
記憶について
記憶はどんどん薄れてゆくものです。
人生最高潮に嬉しかったときでも、それはいっときのことなので、すぐに忘れてしまう。
二度と、そのときの気持ちは味わえないものなのです。
例えば、満月の夜に帰り道で隣家からふと洩れてきたベートーヴェン。
部活を辞めようか悩んでいた状況と、そのピアノの音色と、それをやさしく見ていてくれているような月。
あのときのあの気持ちは、そのときの状況下でしか感じられません。
それがときにせつなくなるし、無力さも覚えます。
分かってはいるけれど、どんどん記憶が薄れてゆくことに危機感と焦燥感を覚えます。
一瞬であることにこそ美しさがあるのかもしれません。
でも、だからこそ、わたしはその美を零さないように、ことばで掬って、かたちにしているのだと思います。
その時のことばを見返して、その時の美を思い出して、浸っていられるように。
忘れていくことは虫が食べ始めた結果だ