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面倒で、愛おしい時間

    娘の髪は細く、絡まりやすい。
    櫛でとかすたびに、引っかかる。
    小さく「ママ、痛い」と声がする。

    掃除機をかけたばかりの床に、娘の髪が落ちている。

    「ごめんね、ちょっと我慢してね」そう言いながら、ゆっくり毛先から少しずつほどいていく。


    「ママ、今日はハーフアップにして」
    朝のバタバタした時間のなか、娘のリクエスト通りの髪型にするのが日課だ。

    不器用な私は、娘の発表会や行事のたびにSNSでヘアアレンジ動画を見て練習している。
    見よう見まねだけれど、娘が喜ぶ髪型をしたくてやっている。


    娘は幼稚園の頃から髪を伸ばしていた。

    細く長い髪を毎日洗い、乾かし、朝に結ぶ。
    簡単なようで、実際はかなり時間がかかる。正直、面倒だと思う日も多かった。

    それでも、娘の「切りたくない」という気持ちはなるべく尊重したかった。

    理由がある。


    私自身、幼稚園の頃は髪が長く、毎朝母が結んでくれていたのを覚えている。

    だけど小学校に入った頃、母に髪を切るよう言われた。
    正確には覚えていない。でも、「毎日結ぶのが大変だから」という理由だった気がする。

    記憶は曖昧だけれど、好きだった長い髪がなくなった日。
    ショートになった自分は、なんだかかわいくなかった。
    少しさみしくて、少し恥ずかしい。そんな気持ちだったような記憶がある。

    そしてドキドキしながら学校に行った日。
    クラスの男子に言われた。
    「男っぽい髪型!」

    たった一言だったけれど、子どもの私には十分すぎるほど傷つく言葉だった。


    短い髪の自分が嫌だった。でも、その気持ちは母に言えなかった。
    母を困らせることはできなかったから。

    だから親になった私は、娘の「切りたくない」を受け入れてあげたかった。
    あの頃の私に、「切らなくていいよ」と言ってあげるように。


    けれど、子育ては綺麗ごとだけではない。
    毎日のバタバタのなかで、娘の長い髪をケアするのは、正直かなり面倒だった。

    私はそこまで器用ではない。
    髪型に細かく注文をつけられると、余裕のない朝にはイライラしてしまう。

    ちょうどその頃、6歳差の下の子を出産したばかりだった。

    下の子の頻回な授乳や夜泣き対応をしながら、家事をやって、そして娘の髪のケアをするのは負担に感じていた。

    だから、心のどこかで「切ってくれたらラクなのに」と思ってしまう自分もいた。


    そんなとき、母が手伝いに来てくれて、私に言った一言。
    「もう小学生になるんだし、下の子を見ながら髪の毛を縛るのは大変じゃない?切ったほうがラクなんじゃない?」

    私は、言葉に詰まった。

    以前なら「娘が切りたくないって言うから」
    そう、迷わず答えられた。

    でも、その日は言葉が出なかった。


    ドライヤーを持っていた手を止めて、泣き出した下の子を抱き上げる。
    「ごめんね、ちょっと待ってね」と言いながら。
    娘の髪は、まだ半分しか乾いていない。

    母もこうだったのかな。
    そう思ったとき、初めて母の背負っていた景色が見えた気がした。


    そしてある日、つい言ってしまった。
    下の子が泣くなか、娘がいつものように「ママ、髪の毛乾かして」と言ってきたときに。
    イライラしていたのだと思う。

    「もう1年生なんだし、少しは自分で乾かしたりできるようにならなきゃ。いつまでもママはできないよ。できないなら切るしかないんじゃない?」

    言った瞬間、はっとした。


    それは、昔母が私に言った言葉とよく似ていた。

    娘には同じ思いをさせたくなかった。
    だから、髪を切るかどうかは娘に決めてほしかった。
    「切ったら?」とは言いたくなかった。

    私は母とは違う母親になりたいと思っていたはずだった。

    それなのに、余裕をなくした私は、母と同じ場所に立っていた。


    あの日の母も、今の私と同じような気持ちだったのだろうか。
    余裕がなかったのだろうか。

    私はずっと、「切られた娘」の気持ちばかり覚えていた。
    でも、親になった今ならわかる。

    子どもの希望を尊重したいと思いながら。
    でも、「ラクになりたい」と願ってしまうことも。
    子育ては、理想だけでできないことも。

    母も、母なりに精一杯だったのかもしれない。


    結局、娘は1年生の夏に髪を切った。
    緊張しながら美容室に向かう車の中は、いつもの娘の元気な声は聞こえない。
    俯きながら椅子に座る娘には、笑顔で話しかけてくれる美容師さんの声も聞こえていないようだった。

    ハサミを入れる度に、娘の細く長い髪が床に落ちていく。
    娘は鏡に映る自分の様子を、ただじっと見つめていた。

    髪の毛を切ったあとの娘は、少し照れくさそうな、そして少し複雑な表情をしていた。
    「かわいくなったね!」と私が言うと、少しホッとしたように笑った。


    髪の毛が短くなったら、洗うのも乾かすのも早く、結ぶ必要もない。

    「楽になったね!」と言うと娘は笑顔で
    「うん!」と言っていた。

    でも、笑顔だったのはほんの少しの間だった。


    「やっぱり、切らなきゃよかった……」
    娘はぽつりと言った。

    友達に、「髪長い方が似合ってたよ」と言われたらしい。
    「ママは短い姿もすごく似合っていると思うよ」と言ったけれど、娘の耳にはあまり届いていなかった。


    それから1年。
    2年生になった娘の髪は、また伸びてきた。

    「もう切らない!」
    そう言う娘の髪を、私はまた毎朝結んでいる。

    今なら、母が大変だったこともわかる。
    それでも、あの日髪を切りたくなかった私がいたことも、忘れてはいない。

    下の子の保育園の準備をして、自分の身支度を整えて、その合間に娘の細く絡まりやすい髪をとかす。
    まとめやすいようにと、私の使っているお気に入りのヘアバームをつける。
    ほんのり香るこの香りを娘も気に入っている。

    2年生になり、自分で髪の毛を洗って乾かす日も増えた。
    それでも、絡まり具合で「昨日は娘が乾かした日」だとわかる。

    朝の貴重な時間。
    正直面倒だと思う日もある。
    だけど、いつか娘は自分で髪を乾かして、自分で結ぶようになるのだろう。

    私が髪に触れることも、きっとなくなる。

    だから今日も私は、娘の絡まった細い髪をそっととかしている。

    面倒で、愛おしい時間だ。

     
     
    片づけとエニアグラム(心理学)で忙しいママの心とお家を整えるための発信をしています。 片づけで家を好きになり、そしてエニアグラムで自分と家族を知ると、もっと自分が好きになる。 ラクに、あなたらしく生きられるママが増えますように。 7歳・1歳ママ|札幌|整理収納アドバイザー

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