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365日バッジを目指している

    rihito

    私は現在、47歳。中年である。
    だけど実に子供っぽいところがある。
    それはこのnoteにも表れている。

    ここで、文章力や内容だと思った人には申し訳ない。
    これでも本人としては頑張って書いているつもりだ。
    能力不足として、もっと精進せねばと反省する。

    では何なのか?というと、
    「365日連続投稿でもらえるバッジが欲しい」

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    冷静に考えれば、ただの自己満足だ。
    毎日投稿に意味はないという記事もよく見かけるし、投稿頻度より記事の質を上げた方がいいという意見はもっともだと思う。
    より良い記事を書くための学びにも時間を割けて、合理的でもある。

    それでも私は毎日書くと決めた。
    なぜなら私は、インプットばかりしてアウトプットから逃げ続けてきた人間だからだ。

    時間を有意義に使えている。
    学びを得て、賢くなった気分にもなれる。
    インプットには、そんな風に短期的に自己肯定感を上げる力がある。

    本当にその知識が身についているのか。
    それを活かす力が自分に備わっているのか。
    行動を起こさない限り、わからないままでいられる。

    一方のアウトプットは、色々と都合が悪い。

    「継続は力なり」という言葉があるように、続けていれば大きな力となる。
    インプットだけでは得られない学びもある。
    それはわかっていても、結果が出るまでには時間がかかる。

    そもそも自分に出来ることなのか。
    頑張ったところで、時間が無駄になるのではないか。
    自分には才能がないと証明されるのが怖い。
    せっかく上がった自己肯定感に水を差してしまう。

    そうやって私はアウトプットを潜在的に遠ざけてきた。
    おかげで、努力した経験がないままこの年齢になってしまった。
    だけどこんな自分から、そろそろ変わりたい。

    365日連続投稿のバッジをもらえたら、それが叶う気がした。

    たぶん金色の折り紙で作られたメダルのようなものだ。
    大人が本気で目指すものではないのかもしれない。
    それでも私にとっては、「365日やり遂げた」という自分への勲章なのだ。

    ところが、毎日投稿を始めた頃と今では状況が違う。
    あの頃は無職で、時間だけはたっぷりあった。
    今はアルバイトとはいえ仕事をしている。
    帰宅してから記事を書くと、眠気との戦いになる日もある。

    昨日は頭がぐらぐらするほど眠かった。
    きっとまともな文章を書けていない。
    そして推敲できるだけの集中力もない。

    「何はともあれ、とにかく公開だけはしよう」
    そんな義務感から、そのまま投稿した。 

    翌日、恐る恐る読み返してみる。
    案の定、おかしな文章になっていた。
    私は、しれっと修正した。

    本来なら、ここで取るべき行動は決まっている。

    毎日投稿が負担になり、一時的とはいえ推敲前の文章を読者に読ませるくらいなら、投稿頻度を落とした方がいい。
    バッジにこだわらず質を優先すべきだ。

    ……わかっている。
    わかっているのだが、やっぱりバッジが欲しい。

    だから投稿時間が日付を跨ぐギリギリになるときは、申し訳ないけれど推敲なしで投稿する。
    そしてnoteの公式ヘルプでは公開日は変わらないとあるので、おかしな箇所は翌日になってからしれっと直して更新しようと思う。

    我ながら、読者ファーストとはほど遠い運用である。

    ここでさらにワガママを言わせてもらうと、誤字脱字やおかしな箇所があっても、
    「昨日は睡魔に負けそうだったんだな」
    と思っていただけるとありがたい。

    そして翌日以降も直っていなかったら、
    「あ、忘れてるな。」
    と笑って見逃していただけると、なおありがたい。

    とはいえ、あまりにもワガママなことを言っているのは承知の上だ。
    甘えすぎず、できる限り完成した文章を届けられるよう努力するつもりでいる。


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    rihito

     
     
    一人暮らしの独身アラフィフ。 25年勤めた会社を辞めて無職に。 noteとKindleで0→1達成。 「好きなこと」や「考えていること」を書きながら、 文章で生きられるのかを試しています。

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