
ソファーが置けない
だらしがない人間だと思う。けれど、その一方で「上手な休み方」というものはわからない。
気がつくと1時間もハリガネムシに寄生されたカマキリの動画を見てしまった。なんの生産性もない。けれど、これが「休息」になっているのかというと違う気がする。
こうやって時間を溶かしてしまう自分が目に浮かんだので、あえて家にはソファーもベッドも置かないということを選んだ。リラックススペースの吸引力はすさまじい。すぐに吸い込まれてしまう。またカマキリを見てしまうではないか。
そんな私でも、がんばって机に向かい続けられる日もある。だけど、長くは続かない。数週間は理想的な生活ができたと思っていても、ある日突然、布団から出たくなくなる。私は、布団に寄生した。
そんな自堕落な自分が嫌で嫌でたまらなかった。どうにか理想的な生活を長く続けられる人になりたかった。それなのに、自分を律することができない。
「どうやっても、私はだらしがない人間なんだな。」そう思っていた。けれど、どうやら毎日完璧な生活を送れている人などほとんどいないということを知った。目から鱗である。だって、SNSにはみんな立派なモーニングルーティンを載せているじゃないか。あれは、毎日じゃないの?
毎日の人もいるのだろう。けれど、そうでない人もたくさんいるらしい。「今日はゴロゴロしていた。」なんて話を聞いたときには驚いた。SNSには、そんな日は映らないのだ。
そこで、気づいた。私は、100%がんばるか0%になる環境しか持っていない。中間の休憩所がなかった。小休憩を挟みながら、みんな長く続けているらしい。
だから、多くの人の家にはソファーがあるのか。ソファーでだらんっと休んでまたがんばるのか。ただの椅子ではなかった。そんな機能が備わっていたなんて、売場に書いておいてくれ。
現実に気づいてから、私は机の横に敷いていたラグスペースを小休憩所にした。ヤフオクでクーポンとポイントを駆使し32円で手に入れた、お気に入りのラグだ。そんなお気に入りスペースに、疲れて動けなくなる前にゴロゴロと転がってみる。ダラダラすることは悪いことだと思っていたけれど、これが意外といい。「もうやりたくない。」の気持ちを抱えたまま仕事をしても進まない。小休憩を挟むと、「ちょっとだけがんばるか。」という気持ちになれる……いや、なれない日もあったけど。
こんな風に、ちょっとした余白や休憩を作ることで、細く長く続けられることは多い。そして、それが近道だったりするのだろう。そんな気持ちで、最近はダイエットとも向き合っている。
継続できない私はだらしがないだけだと思っていた。けれど、それはただ疲労をめいいっぱい蓄積させるまで頑張っていただけだった。最近は、ようやく中間地点を作れるようになって、限界を迎える前に休めるようになった。激安ラグのお陰で。
ちなみに、ソファーはまだ買っていない。激安ソファーがまだ見つからないから。