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記者会見、その後

    8月8日に行った記者会見から3日が過ぎた。しかしこの裁判について、どの新聞社も報道していない。3日経って報道しないということは、今後報道されることもないだろう。
    読売新聞は、記者からの質問で明らかなように、あら探しのために来ていた。ところが、いまいちうまく叩く材料が見当たらなかったものだから、報じなかった。そういうことだと思う。
    地元紙ということで、神戸新聞には多少期待していたんだけど、やはり報じなかった。
    つまり、マスコミ全社がこの訴訟の存在を黙殺している。
    これは完全に異常事態です。これがどれほど異常なことか、みなさんわかりますか?

    たとえば、かつての水俣病。メチル水銀と患者の神経症状の因果関係を認めない企業側/政府側のスタンスの新聞社もあったが、被害者側に寄り添った報道をする新聞社もきちんと存在した。
    あるいは子宮頸癌ワクチン。やはり、報道に消極的な新聞社がある一方で、被害の実態を詳細に報じる新聞社があった。
    水俣病にせよ子宮頸癌ワクチンにせよ、裁判となれば、さすがにすべての新聞社が報じた。当たり前のことである。マスメディアは社会の公器であり、国民の知る権利に奉仕することこそ、新聞社の存在意義なのだから。
    しかしこのコロナワクチンの裁判については、報道する新聞社がひとつたりとも存在しない。

    子宮頸癌ワクチン禍は8年前のことである。つまり、8年前にはまだマスコミに良心が残っていた。製薬会社を敵に回してでも国民の健康被害を守らねばならない、という矜持を持った新聞社や記者がかろうじて存在したということだ。
    しかし、2021年の今、すでに900人以上が死亡したコロナワクチンについて、その接種中止を求める裁判の存在を、どの新聞社も報じなかった。

    恐ろしい情報操作が行われている、ということがわかりますか?
    コロナワクチンに対するスタンスに、新聞社のあいだで違いがあってもいいと思う。推進派であってもいいし、慎重派であってもいい。社の方針に読者が共感するなら売り上げが伸びるだろうし、そうでないなら支持を失うだろう。
    ただ、推進派であれ慎重派であれ、裁判という客観的な動きがあれば、当然報道するものである。ましてや、現在、コロナワクチンを打つべきか打たざるべきか、というのは国論を二分すると言っても過言ではない一大トピックである。そのワクチンについて、接種中止を求める裁判が起こったのに、すべてのマスコミが報道しなかった。黙殺した。
    こんなことは通常あり得ない。

    第二次大戦中、当時の新聞社は大本営発表を無批判に垂れ流した。いわば、国民の知る権利をないがしろにした“前科”があるわけだ。そのため、戦後、どの新聞社も、戦時に報道機関として適切に機能しなかったことへの反省を表明している。
    でもね、いいですか、マスコミのみなさん。
    今ですよ。
    今、みなさんは、二度と繰り返すまいと反省したはずのかつての過ちを、犯している最中なんですよ。
    現在進行形の狂気なんです。
    記者としての自分が、あるいは新聞社としての自社が、狂気に陥っていると認識していますか?

    何も難しいことは言っていないつもりです。
    ワクチンを打ちましょう、という主張がある一方で、ワクチンのせいで死亡を含む多くの被害が出ているという現実がある。
    前者のナラティブばかりではなく、少しでも後者の声に目を向けてもらえませんか。
    言っていることはこれだけのことなんです。
    裁判という客観的事実を報道することさえ難しいのでしょうか?
    コロナワクチンを打て、という一方的な情報発信しかできないのでしょうか?
    だとしたら、あなた方の存在意義って何でしょう?
    政府広報誌と一体どれほどの違いがありますか?


     
    神戸市元町で「ナカムラクリニック」を開業。健康情報を配信中。翻訳本「オーソモレキュラー医学入門」著書「医療のウソを暴く! 免疫破壊 「薬」と「ワクチン」が身体を壊す!」など http://www.clnakamura.com 078-599-9122

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