
祖父と父の話
祖父が自殺したとき、私は心から「楽になれてよかったね」と思った。
悲しくはなかった。
死ぬことより、祖父がつらいまま生き続けることの方が、私にはずっと悲しかったから。
祖父は東京の片隅で、わりと有名な着物の染め師の分家として生まれた。
戦前という時代もあってか、その家では愛人や妾の存在も、今よりずっと当たり前に近かったのだと思う。
祖父自身も、妾の子だった。
兄弟はたくさんいたけれど、幼くして亡くなった子も多かった。体が弱く、妾の子であることで、つらい思いもたくさんしたらしい。
そして、祖父の父――曽祖父も、私の父と同じように放蕩な男だったようだ。
父は、どこに行っても誰とでも仲良くなれる人だった。
知らない人の輪の中に、いつのまにか昔からいたみたいな顔で混ざっている。そういう人だった。
私自身、父を恨んでいないし、むしろ人としては好きだ。ただ、父としては、だめな人だった。家を守るとか、お金を残すとか、そういうことができる人ではなかった。
ギャンブルをして、女性と遊ぶ。父が帰ってきたあと、家のお金はよく底をついていた。
祖父は、そんな父のことを何度も助けた。
長く勤めていた染め師の仕事も早くに辞め、そのお金を借金の返済にあてていた。
祖父が自殺した理由のひとつには、家にお金がなくなってしまったこともあったのだと思う。自分がいなくなることで、祖母にお金を残す。それが、祖父にできる最後の家庭の守り方だったのかもしれない。
祖父は遺言書に、父のことを許さないと残していた。
すべてカタカナで並んだその文字を見たとき、私は少し怖かった。祖父の中にあった怒りが、紙の上でまだ固まって残っているようだった。
でも最後の方に、祖母へ向けて、洗濯用洗剤の置き場所が書いてあった。
私は、あんなに重たいことを書いたあとに、洗剤かよ。と、思わず 「洗濯くらい父にやらせろや」と少し笑ってしまった。
そういうところが、なんだか私の家族らしかった。
そして、そんな祖父もまた、ただ誰かに振り回されて生きてきた人ではなかった。
後日、母から聞いた話では、祖父が身を投げた海は、かつて不倫相手と過ごした思い出の場所だったらしい。
私は少し驚いた。祖父は真面目で、誠実な人だと思っていたからだ。祖母以外の女性とそういう関係があったとは、想像していなかった。
ちゃらんぽらんな人は、息を吸うように浮気をする。
誠実な人は、誠実に誰かを愛してしまうことで、不倫をするのかもしれない。
でも、それを聞いても、祖父が祖母を愛していたことまで消えるわけではなかった。
不倫をしたことも、祖母を愛していたことも、どちらも祖父の中にあったのだと思う。
人は、ひとつの感情だけで生きているわけではない。きれいな形でしか誰かを愛せないわけでもない。
ただ、そんな人生を昔から見せられてきた私は、これからどうやって人を愛していったらいいのだろう。
三十四年間染みついた価値観は、すぐに書き換えられるわけではなく、今、どんぶらこと流れてきた桃をつかみ取るようなタイミングで結婚生活にたどり着いた私は、正直まだ戸惑っている。
それでも私は、人から見たらいびつでも、その人の中では精一杯の愛だったものを抱えながら、今日も生活を続けていく。
洗剤の場所を共有したり、毎日のごはんを作ったりしながら。