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ただ、春の記憶

    大学の春はわかりやすい。卒業生を見送り、新年度のガイダンスの準備が始まる。自転車操業的に各学年のガイダンスの対応をし、講師懇談会で先生方にご挨拶をして、クラス編成をして、あっという間に授業が始まる。

    卒業式に久しぶりに学生が集まり華やぐ。みんないつもとは違う装いだ。そして、またほんの一瞬静かになる。次の瞬間、キャンパスは学生たちであふれかえる。学食に列ができる。まぶしい。

    ガイダンスをして、そして、とにかく授業が始まる。あっという間に4月12日になり、人生早すぎる!と、ひとり焦る。で、研究室でパソコンに向かう。

    一連の中で春の記憶がよみがえった。今年もまたバスの中から夜桜を眺めているなと思う車窓に映った過去の記憶だ。路線バスがタイムマシーンになって主人公を未来に届けたのは「不適切にもほどがある」(2024年、TBS)だが、関東バス/中41は過去へのタイムマシーンでした。なんて。

    25年ぐらい前、今年と同じピンクの提灯に照らし出された夜桜の公園に駆けつけた。19時30分頃だった。私にとってはまだ宵の口。その日も大学で作業をしていた。そこに電話がかかってきた。もうすでに携帯電話はあったけれど、大学の固定電話だった。うーん、営業時間はもう済んでいるんだけど、緊急のことだったら……と電話に出てしまう性分だ。確かに、緊急事態風だった。何してるんですか、早く来てください!みんな来てますよ!(みんなって誰よ、というか、上滝ゼミのメンツだー。間違いなくみんなかー。まだ自分のゼミを持っていなかった)。おそらく5時台から三々五々あつまった学生たちが大所帯になって、来る気配のない私に痺れを切らせて連絡してきたのだ。あるいはいないことがバレてしまったのだ。彼らは残業している私のことを思ってくれたのだなぁ、と今はそう思う。

    行くのを渋ったような、嬉しかったような、その割合の配分は思い出せない。とにかく、書きかけの原稿のファイルを閉じて、大学を出た。電話の向こうの盛り上がりからするとアルコールは十分足りているはず。あとは、ノンアル派のお腹が空いている頃。当時の江古田で知らない人はいない24時間営業のおにぎりやさん「やぐら」でシャケにぎりとコンブにぎりとウィンナにぎりをそれなりに奮発して買ってバスに乗った。

    結局、ちょうど今の時間と同じくらい20時20分頃に到着した。それなりに歓迎され、おにぎりはノンアル派だけでなく、酔っ払って炭水化物が欲しくなっていた男子も頬張ってくれた。うん、うん、満足の差し入れだった。あの時のにぎわいが懐かしい。

    窓から見える公園の人出は、ぼちぼちといったところ。信号で止まった左手にあるセブンイレブンから出てきたカップル。店先で立ち止まり、男子が缶チューハイを開け、女子がアイスバーを開けて互いに傾ける。チューハイとアイスバーを寄せて乾杯。かんぱーい!という声が聞こえなくても聞こえてきた。向こう側の土手には男子大学生ふたりが並んで体育座りで語らっている。

    バスを降りて、いつもの定番ポジション、といっても近年のことだが歩道橋から通りを撮る。と、その様子を見た60代の女子友二人連れが立ち止まって私と同じ場所でスマホをとり出す。ほろ酔い気分ではしゃいでベストショットを探る。そして、また二人、また二人と人が立ち止まった。

    駅に向かうと、「赤いスイトピー」(松田聖子、作詞=松本隆、作曲=呉田軽穂、1979年)のバイオリンの音色が聞こえてきた。数日前に卒業生がスイトピー入りの花束を贈ってくれた。ストリートバイオリニストになんでもリクエストしてください!と。どうかとは、思ったが、「赤いスイトピー」をアンコール演奏してもらった。

    🎵 I will follow you  あな〜たに  ついてゆきたい
     I will follow you  ちょ〜っぴり 気が弱いけど
     素敵な人だから 🎵

    私にとって、「あなた」 はもう一人の自分かもしれない。もう一人の自分の思うままに従って、ついていっています。これでも「ちょっぴり」気が弱い。最後のフレーズは自分がそう信じてあげないとね。

    私の次に入ったリクエストは、F1のテーマ曲「TRUTH」(T-SQUARE、1987年)だった。隣で聞いていた女子大生に「エフワン」って何?と聞かれた。「聞いたら絶対わかると思う!」と私。演奏が始まった。大学生、明らかにわからなかったみたい。

    それぞれの春。いくつもの春。書いておきたい。素敵な春だから。



     
     
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