HYDE、再び「Forbidden Colours」へ──静けさは消えていなかった
HYDEが再び「Forbidden Colours」を歌ったという。
その事実を知った時、私は少しだけ安心した。ああ、この人の核は変わっていなかったのだ、と。
もちろん、今のHYDEについて、多くの人が最初に思い浮かべるのは、巨大なアリーナを支配する存在だろう。世界各地を巡り、激しいロックサウンドの中心で、観客を熱狂へ導くカリスマとしての姿である。
しかし、その一方で、昔から彼の中には、もう一人のHYDEがいたように思う。声を強く張り上げなくても、その場の空気を変えてしまう人。夜の湿度や静けさを声の中に抱え、感情を露骨に表へ出すのではなく、余白の中へ漂わせる人。
私は、その「静のHYDE」こそが、彼の最も本質的な部分の一つなのではないかと思っている。
ただし、ここで「HYDEのルーツはDavid Sylvianだ」と短絡的に言いたいわけではない。そんな単純な話ではないし、むしろこれは、私自身がなぜHYDEの声に惹かれたのかという話でもある。
私は中学時代、LUNA SEAを中心に聴きながら、並行してL’Arc-en-Cielの『DUNE』『Tierra』をリアルタイムで聴き込んでいた。同じ頃に惹かれていたのは、Jim Morrison、Dave Gahan、Lou Reedのように、声そのものに陰影を持つ人たちだった。
そこに共通していたのは、単純な音域の広さではない。声を張り上げすぎず、空白を恐れず、歌い上げるよりも漂わせること。その人が声を発しただけで、周囲の空気が少し変わってしまうことだった。
私は、当時のHYDEにも近いものを感じていたのだと思う。
実際、学生時代には、コピーバンドでラルクのボーカルを頼まれたこともある。ただ、それは「HYDEになりたかった」からではなかった。むしろ自分の中では、MorrisonやGahan、Reedのような「夜の声」に惹かれていた。その感覚が、結果として初期のHYDEとも接続していた。
そして重要なのは、当時の私は、まだDavid Sylvianを深く知らなかったことだ。つまり、HYDEが好きだったからSylvianを聴いたわけではない。私がSylvianへたどり着いた経路は、もっと遠回りだった。
入口にあったのはLUNA SEAだった。そこからSUGIZOのソロ活動へ向かい、参加していたMick Karnのソロ作品やJBKを通じてJapanを遡った。並行して聴いていた坂本龍一との接続もあり、そこからようやくSylvianの音楽へ深く入っていった。
私にとってSylvianは、「80年代ニューウェーブの美形アイコン」ではなかった。むしろ、孤独や静寂を引き受けながら、音数を削り、余白の中に緊張感を生み出す、極めて特異な表現者だった。声を強く張らなくても、わずかな息遣いや音の揺れだけで、聴き手の内側へ深く入ってくる。
後年になって、HYDEがSylvianをルーツの一つとして挙げ、「Forbidden Colours」を歌っていることを知った時、私は非常に腑に落ちるものがあった。自分がHYDEに感じていた静けさの一部は、確かにここへつながっていたのかもしれない。
ただ、興味深いのは、HYDEの歌がSylvianの模倣にはまったくなっていないことだ。むしろ彼は、Sylvianから受け取った静けさを、自分自身の身体を通して別のものへ変えている。
HYDEの英語歌唱には、ネイティブスピーカーへ同化しようとする感覚よりも、日本語を母語とする身体を残したまま、世界へ接続していく感覚があるように思う。母音の残し方や息の混ぜ方、ブレスを置く位置、音節の間に生まれる余白。そこには、英語の発音を正確に再現することだけを目的とした歌とは違うものが残っている。
自分の身体を消して海外へ近づくのではなく、自分の身体のまま異なる文化の中へ入っていくこと。
ただし、その土地性は、横須賀という街を色濃く背負ったhideとは少し違う。HYDEの場合、地元との関係は、音楽の表面に直接現れるというよりも、自分が戻っていく場所としての身体感覚に近いように見える。
だからこそ、ウィーン公演を前に和歌山でライブを行ったことに、私は強く惹かれた。彼は、どこの国にも属さないグローバルスターになろうとしているのではない。和歌山という帰る場所を持った身体のまま、世界へ向かおうとしている。
その感覚は、横須賀性を抱えたhideとも、ブリストルという土地の記憶を背負ったMassive Attackとも、どこかで重なる。土地との関係を捨てて世界へ出ていくのではなく、ローカルな異物のまま世界へ接続していくこと。HYDEにも、確かにその感覚がある。
そして、ここで避けて通れないのが、『JEKYLL』という作品だ。
興味深いのは、HYDE自身が、このアルバムを当初「ROENTGEN 2」と呼んでいたことだった。つまり彼の中でも、『ROENTGEN』は単なる過去の作品ではなく、「静のHYDE」へ接続する現在進行形の水脈として残り続けていた。
その構想は、2021年のソロ20周年というタイミングですでに始まっていたという。コロナ禍によって制作は前倒しされながらも、完成までには約5年を要し、最終的にタイトルは『ROENTGEN 2』ではなく、『JEKYLL』へと変化していった。
ここは、かなり重要だと思う。
HYDEがやろうとしていたのは、単純な『ROENTGEN』の再現や懐古ではなかった。25年を経た現在の自分が、あらためて静けさとどう向き合うのか。年齢や経験を重ねた声で、今の自分にしか歌えないものを、どのように形にするのか。その問いの先に、『JEKYLL』という作品が生まれたのではないかと思う。
HYDEはインタビューの中で、『ROENTGEN』はリスニング用として作ったアルバムであり、当時はライブで歌うことを想定していなかったと語っている。一方の『JEKYLL』では、コンサートで歌うことを考慮しながらも、ステージ上での再現性だけを優先するのではなく、作品として深く作り込むことを重視したという。
ここに、今のHYDEの凄みがある。若い頃の衝動をそのまま再現するのではなく、歌そのものや音の配置、声が響く空間まで含めて、より繊細に設計している。
特に印象的だったのは、HYDEがインタビューで、「声色の切り替え」を自分の武器として語っていたことだ。一つのコンサートの中で、ウィスパーから地声へ移り、裏声や中性的な息遣いを挟みながら、時には激しく声を張り上げる。その変化が、まるで別の人物が歌っているかのように聴こえる。
HYDE自身も、それを休みなく続けることは、かなりテクニカルな行為だと認識している。実際、公演を観たモノマネ芸人のコロッケから、「あんなに声色が変わるコンサートは観たことがない」と驚かれたという。
私は、ここにHYDEというボーカリストの本質があるように思う。彼は、単に高い声が出るボーカリストではない。声色そのものを、楽曲や空間を変化させる装置として扱える人なのだ。
そして、その感覚は、David Sylvianともどこかでつながっている。派手な技巧を見せることよりも、微細な変化によって空気を揺らすこと。息の量をわずかに変え、声の輪郭を曖昧にしながら、感情の居場所を静かに移動させていくこと。
『JEKYLL』では、昔からHYDEの中にあったその感覚が、さらに深く掘り下げられている。ジャズやシャンソンの気配が入り、オーケストラやハンドパンも使われている。しかし、それらを新しい要素として表面に並べているわけではない。すべてが、現在のHYDEの声をどのような空間に置くのかという問いへ集約されているように聴こえる。
「FADING OUT」では、裏声とウィスパー、地声が絶えず入れ替わり、本人も最も難しい曲の一つとして挙げている。しかし、その難しさこそが、今のHYDEを象徴しているようにも思う。一つの声で一つの人格を表すのではなく、声の中にある複数の表情を行き来しながら、曲そのものを変化させていく。
『JEKYLL』という名前が示す二面性も、単純に激しさと静けさを対比させたものではないのだろう。人間の中には、本来いくつもの声があり、それらは明確に分けられるものではない。静かな声の中にも激しさがあり、強く張り上げた声の奥にも、脆さや孤独が残っている。
HYDEは、その複雑さを声そのものによって表現しようとしているように見える。
さらに重要なのは、HYDE自身が、『ROENTGEN』よりも『JEKYLL』のほうが、自分の精神面を表していると語っていることだ。これは、かなり大きな意味を持つと思う。
私たちリスナーは、長く『ROENTGEN』をHYDEの内省的な作品として受け取ってきた。しかし本人にとっては、25年を経て作られた『JEKYLL』のほうが、より深く現在の自分へ近づいた作品だった。
だからこそ、ツアー終盤の「LAST SONG」の中で、『ROENTGEN』のラスト曲「SECRET LETTERS」のメロディをハミングしたのかもしれない。
HYDEは、作品や演出を考える上で、「輪廻」を意識していると語っている。『ROENTGEN STORIES』でも、物語が最後から最初へと戻っていく構造を作っていたという。
そう考えると、『ROENTGEN』と『JEKYLL』は、単なる25年越しの続編ではない。静かな場所から始まり、激しいロックの時間を通過し、再び静けさへ戻っていく、一つの円環のようなものなのだと思う。
ただし、戻ってきた声は、以前と同じではない。その間に経験した時間や、積み重ねてきた技術、身体の変化までを抱えている。
私は、HYDEの活動を常に追い続けてきた熱心なファンというわけではない。すべての作品やライブをリアルタイムで追えているわけでもないし、彼の活動を網羅的に語れる立場でもない。
むしろ、一人のリスナーとして、人生のある時期に彼の声へ惹かれ、その後も折に触れて戻ってきた側の人間である。だからこそ、今回『JEKYLL』と、その周辺で語られている静けさの感覚に、強く心を動かされた。
特に印象に残ったのは、HYDEがこの作品を通して、自分の声そのものとあらためて向き合っていることだった。声色を切り替えることも、ウィスパーの精度を高めることも、静かなニュアンスを練習によって磨き続けることも、単なる技巧の話には見えなかった。
むしろ、自分の身体とどのように付き合い、その時々の自分にしか出せない声を、どう受け入れていくのか。それは、「どう歌うか」だけではなく、「どう生きるか」にも近い態度のように感じられた。
私は、David Sylvianから多くの影響を受けてきた人間の一人だ。そしてHYDEもまた、Sylvianの表面的な歌唱を模倣するのではなく、「静けさ」という在り方から、何かを受け取ってきたのだと思う。
声を張り上げなくても、人の感情を深く揺らすことはできる。静けさは、弱さではない。声と声の間に残された余白や、感情を言い切らずに残す陰影の中にも、美しさは存在している。
そうした感覚は、時代が変わっても、自分の中で大切にしていきたいと思っている。
HYDEが再び「Forbidden Colours」を歌ったという事実は、単なる過去のカヴァー曲の再演以上のものに感じられた。『ROENTGEN』から『JEKYLL』へと続いてきた長い円環の中で、彼がもう一度、自分の声の原点へ触れたようにも思える。
故郷の和歌山からウィーンへ向かいながら、同時に自分の内側へ帰っていくこと。
ウィーン公演が、HYDEにとって、『JEKYLL』という長い旅路の美しい集大成になることを、陰ながら願っている。
