
少しだけ、ゆとりがほしい
最近、noteを書くのが好きだなと思う。
記事を書いて、誰かが読んでくれて、スキを押してくれる。
その通知を見ると嬉しい。
「今回はなかなかいい記事が書けたかもしれない」と少し誇らしくなる。
でも不思議なもので、その誇らしさに反比例するように、思ったよりスキが増えないと少し残念な気持ちにもなる。
自分の日常や考えを書いているだけなのに、どこかで「誰かの心に届いてほしい」と思っているのだろう。
本当は、多くの人に共感してもらえる記事や、「お金を払ってでも読みたい」と思ってもらえる記事を書けたらいいなと思う。
もちろん、世の中そんなに甘くないこともわかっている。
私はこれまで、お金に困った時期もあった。
副業をしたこともある。
好きなことなら続くと思っていた。
でも実際は違った。
好きだからこそ責任を感じてしまい、気が休まらなくなった。
結局、途中でやめてしまったこともある。
逆に、嫌々やる仕事も続かなかった。
転々と働いてきた中で、ようやく自分に合う働き方が少しわかった気がする。
人間関係が極端に悪くなくて、給料もそれなりにいい。
責任が重すぎず、自分のペースを保てる仕事。
そういう環境が、結局一番長く続いている。
だから時々思う。
もっと給料のいい仕事に転職すればいいのではないか。
資格を活かして正社員になればいいのではないか。
そう言われれば、その通りだ。
私自身も、それが収入を増やす一番の近道だということくらいわかっている。
でも、それを選ばないのには理由がある。
以前、責任の重い仕事をしていた。
家に帰っても仕事のことが頭から離れず、いつも時間に追われていた。
収入は今より良かったかもしれない。
でも、今のような穏やかさはなかった。
だから私は、収入だけを追いかける生き方を選ばなかった。
その代わり、今を保ちながらできるやり方で、少しでも良い方法を探している。
もちろん悩みはある。
一番は教育費だ。
子どもが大きくなるにつれて、お金はどんどんかかる。
本当は、好きな学校に行っていいよと胸を張って言いたい。
でも現実はそう簡単ではない。
仕送りは難しい。
奨学金やアルバイトに頼ることになるかもしれない。
できれば自宅から通ってほしい。
でも、それは親の希望であって、子どもの希望ではない。
低所得世帯でもない。
多子世帯でもない。
だから支援の対象になりにくい。
けれど、決して余裕があるわけではない。
そんな家庭は意外と多いのではないだろうか。
先のことを考えると不安になる。
車も買い替えたい。
家電もいつ壊れるかわからない。
ありがたいことに、今はどちらも頑張ってくれている。
物は壊れるまで使うつもりだ。
でも、自分の身体だけは違う。
身体を壊すまで頑張るつもりはない。
旦那はほぼ毎日残業だ。
残業代があるから家計も少し助かる。
職場でいろいろあるのだろうけれど、多くは語らない。
帰宅して、ご飯を食べて、テレビを見ながらビールを何缶も飲む。
以前はそんな姿にイライラしていた時期もあった。
でも最近は放っておくことにした。
旦那がビールを飲んでいる横で、私は宅トレをしている。
それが平日の我が家の風景だ。
休日になれば家族で食事をして、それなりに会話をする。
特別なことは何もない。
でも、子どもたちはちゃんと育っている。
家庭も今のところ穏やかだ。
旦那が安らいでいるかは正直わからないけれど、少なくとも子どもたちには安心できる場所であってほしいと思う。
今までお金持ちになりたいと思っていた。
でも最近は少し考え方が変わった。
お金持ちには、お金持ちなりの努力や責任がある。
私には、その重さは向いていないのかもしれない。
豪遊したいわけではない。
贅沢をしたいわけでもない。
ただ、少しだけゆとりがほしい。
教育費を心配しすぎなくていいくらい。
家電が壊れても慌てなくていいくらい。
その程度でいい。
私の人生は、たぶんこんな感じで回っている。
大成功しているわけではない。
お金にも余裕はない。
不安だってある。
それでも、以前のようにお金のことで毎日落ち込むことはなくなった。
家族はそれなりに元気で、私はこうして文章を書いている。
思い描いていた人生とは少し違う。
でも悪くない。
それなりは、それなりにいい。