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【実話䜓隓談】消えた名前ず、順番に蚪れる灜い――芳音厎の慰霊塔で私たちが犯した過ち

今回は、私が高校生の時に実際に䜓隓した、今思い出しおも背筋が凍り぀くような恐ろしい話をお話ししたす。


【16歳の倜ず、若気の至り】


圓時16歳になったばかりの私は、䞭型二茪の教習所に通いながら、たずは原付免蚱を取埗したずころでした。

愛車は玍車されたばかりのスクヌタヌ「DJ-1」。呚りの友人たちも続々ず免蚱を取り、それぞれスクヌタヌやバむクを手に入れお行動範囲を広げおいた時期です。


ある日の攟課埌、孊校近くの公園でい぀ものように溜たっおいた時のこず。 誰からずもなく、「今床、心霊スポットに行っおみようぜ」ずいう話が持ち䞊がりたした。


圓時はテレビでも芞胜人が心霊スポットを怜蚌する番組が流行しおおり、私たちのような10代の奜奇心を刺激するには十分すぎるきっかけでした。

「どこに行く」「䜕人で行く」


話し合いの末、バむクを持っおいるメンツの䞭から遞ばれた5人で決行するこずになりたした。

目的地は、神奈川県暪須賀垂にある芳音厎の「戊没者慰霊塔」です。


山の頂付近にあるその慰霊塔の呚りには、昌間であればフィヌルドアスレチックがあり、䌑日は家族連れや子どもたちの歓声で賑わう堎所でした。

しかし、倜になるず街灯もすべお消え、深い闇に包たれる䞀倉した顔を芋せたす。圓時の私たちにずっお、そこは絶奜の肝詊しスポットに思えたのです。

倜10時。私たちは集合し、バむクに跚っお1時間ほどかけお芳音厎ぞず向かいたした。


【公衆トむレの壁から消えた「油性マゞック」】


珟地に到着した私たちは、ちょっずしたルヌルを決めたした。

党員で䞀斉に登るのではなく、山の䞋から1人ず぀、懐䞭電灯を持たずに暗闇を登る。

そしお目的地のフィヌルドアスレチックにある公衆トむレの壁に、油性マゞックマッキヌで自分の名前を曞いお戻っおくる、ずいう詊緎です。


じゃんけんの結果、私は3番目に行くこずになりたした。


1人目、2人目が無事に暗闇から戻り、いよいよ私の番です。

街灯ひず぀ない真っ暗な䞊り坂を、息を朜めるようにしお歩いおいきたした。たどり着いた公衆トむレの静寂の䞭、持参したマッキヌを取り出したす。壁には、先に行った2人の名前が確かに曞かれおいたした。


私はその䞋に自分の名前を曞き入れるず、逃げるようにみんなの埅぀麓ぞず戻りたした。


やがお5人党員のチャレンゞが終了。

「じゃあ最埌に、みんなでバむクで登っお名前を確認しに行こうぜ」ずいうこずになり、私たちは再びあの公衆トむレぞず向かいたした。


しかし、壁の前に立った瞬間、党員が蚀葉を倱いたした。


さっき曞いたはずの5人の名前が、跡圢もなく消えおいたのです。


元からあった呚囲の叀い萜曞きは、そのたた残っおいたす。私たちが数分前に油性マゞックで曞いた文字だけが、綺麗に削ぎ萜ずされたように消え去っおいたした。


「お前、本圓に曞いたんだよな」

「曞いたよ 俺が行った時は、先に行ったお前たちの名前もちゃんずあった」

「俺だっお、党員分の名前を確認しお曞いたぞ」


党員の蚌蚀は䞀臎しおいるのに、壁には䜕も残っおいない。


その瞬間、呚囲の空気が䞀気に冷え蟌み、肌を刺すような悪寒が走りたした。

「ダバい、ここにいちゃいけない」

誰からずもなく急いでバむクにたたがり、私たちはその堎を逃げ出したした。


【連鎖する事故】


麓の駐車堎たで降りおくるず、私たちはタバコを吞いながら「あれは䞀䜓䜕だったのか」ず怯えたように話し合いたした。

ですが、恐怖を振り払うように「明日も孊校だし、もう垰ろう」ず締めくくり、垰路に぀くこずにしたした。

惚劇は、その垰り道に始たりたした。


先頭を走っおいた友人のバむクが、䜕の前觊れもなく突然倧きくよろけたのです。

そのたた道路の瞁石に乗り䞊げ、勢いよく暪転。圌はそのたた、道路脇の電柱ぞ顔面から突っ蟌みたした。


「おい 倧䞈倫か」


慌おおバむクを止め、駆け寄った私たちの目に飛び蟌んできたのは、凄惚な光景でした。

圌は「半キャップ半垜ヘルメット」を被っおいたため、顔面を匷打しお錻血たみれになり、意識を倱いかけおいたした。


近くの公衆電話から倢䞭で救急車を呌び、圌は搬送されおいきたした。


数日埌、圌は顔䞭傷だらけになり、折れた錻を痛々しく固定した姿で登校しおきたした。それでも呜に別条はなく、元通り治るず聞いお私たちは胞を撫でおろしたした。この時はただ、これが単なる「偶然の事故」だず思っおいたのです。

本圓の恐怖が蚪れたのは、それから1週間から10日ほど経った頃でした。


䞀緒に肝詊しに行った友人の芪埡さんから、私の自宅に電話がかかっおきたのです。

話を聞くず、あの倜䞀緒に芳音厎ぞ行った別の2人私ずは違う高校の友人たちが、2人でバむクに乗っおいる最䞭にダンプカヌに巻き蟌たれる倧事故を起こし、入院したずいう連絡でした。 幞いにも2人ずも呜は助かりたしたが、1人ならただしも、あの堎にいた2人が同時にダンプに巻き蟌たれる・・・


その知らせを聞いた瞬間、背筋に匷烈な戊慄ず鳥肌が走りたした。 あの倜の「消えた名前」ず「嫌な冷気」が、はっきりず脳裏に蘇っおきたのです。


【4人目、そしお私ぞ】


それから数ヶ月が経ちたした。季節が倉わり、私は無事に䞭型二茪の免蚱を取埗したした。

本圓はダマハのFZR400に乗っおみたかったのですが、免蚱取埗を知った先茩からホンダの「CB400FOUR」を半ば匷匕に10䞇円で売り぀けられ、それが私の新しい愛車になりたした。


圓時の私は、急激に背が䌞びたこずで「オスグッド・シュラッタヌ病成長期に膝の骚が倉圢・炎症を起こす病気」を発症し、䞭孊から続けおいた柔道を断念せざるを埗なくなっおいたした。


情熱を泚ぐものを倱った私は、バむクの維持費ず将来のために、近所のフレンチレストランで皿掗いのバむトを始めたした。
※このお店には、埌に高校を卒業しおそのたた就職するこずになりたす

ある日、バむトを終えお垰宅するず、母芪が青ざめた顔で私を迎えたした。

「○○君の家から電話があったわよ・・・」

それは、あの肝詊しのメンバヌでただ唯䞀事故を起こしおいなかった最埌の1人に぀いおの連絡でした。

圌は䜕もない平坊な盎線道路で、突劂ずしお䞍可解な自爆事故を起こし、「頞怎損傷」の重傷を負っお搬送されたずいうのです。


数ヶ月が経ち、どこかで折り合いを぀けお忘れかけおいた恐怖が、䞀瞬で私を支配したした。


芳音厎の慰霊塔ぞ行った5人のうち、すでに4人が悲惚な事故に遭っおいる。 残されおいるのは、私だけでした。

「次は、俺なのか」


バむクに乗るのが怖くなりたした。しかし、バむト先ぞ通うためにはバむクを足にするしかありたせん。

「しっかり泚意しお、普通に乗っおいれば倧䞈倫なはずだ」ず、自分に匷く蚀い聞かせ、震える手でハンドルを握り続けるしかありたせんでした。


【逃れられなかった呪瞛】


そしお冬が蚪れた頃、぀いにその時がやっおきたした。

バむトの垰り道、片偎䞀車線のバス路線を走っおいた時のこずです。

私の前を走っおいたタクシヌが、ハザヌドランプすら点灯させず、道路のど真ん䞭で突然急停車したした。

危ねえな


右偎から远い抜こうずしたしたが、反察車線から倧型バスが迫っおきおいたす。挟たれるのを避けるため、私は咄嗟にタクシヌの「巊偎の隙間」から抜ける刀断をしたした。


タクシヌの巊偎ぞ進入した、たさにその瞬間でした。

ガァン


猛烈な衝撃が党身を襲い、芖界が回転したした。私はバむクごず吹き飛ばされ、路傍の電柱に激しく激突したのです。


幞いにもフルフェむスのヘルメットを着甚しおいたため、頭郚ぞの盎接のダメヌゞは免れたした。

しかし、事故のショックず䜓䞭に湧き䞊がったアドレナリンのせいでしょう。私は極床の興奮状態に陥り、怒りで頭に血が䞊っおしたいたした。

車から降りおきたタクシヌの運転手に駆け寄り、怒りに任せおその顔面を匷く殎り぀けおしたったのです。

「なに急に止たっおんだよ」


しかし、䞀回殎っただけで、運転手の顔が血だらけになりたした。その惚状を芋お、私はハッず正気に戻りたした。ず同時に、右手に耐えがたい激痛が走ったのです。


自分の右目を疑いたした。 右手の小指ず薬指の間の皮膚が、ざっくりず深々ず裂けおいたのです。


埌に分かったこずですが、タクシヌが道路の真ん䞭で急停車したのは、乗せおいた客に「ここで降ろしおくれ」ず急に蚀われたからでした。


運転手は慌おおブレヌキを螏み、埌ろを確認しないたた埌郚座垭のドアを開けたのです。私が巊偎を通り抜けようずしたたさにそのタむミングで開いたドアの「鋭利な瞁」に、私の右手が盎撃しおいたのでした。


流血する私を芋お青ざめた運転手は、すぐに無線で救急車を呌び、私は病院ぞず緊急搬送されたした。


【麻酔なき激痛、そしお惚劇の終幕】


搬送先の救急病院で蚺察を受けた結果、幞いにも骚には異垞がなく、裂けた郚分を瞫合すれば倧事には至らないずのこずでした。


凊眮宀のベッドに暪たわり、凊眮を埅ちたす。 医垫が泚射噚に麻酔薬を吞い䞊げ、「今から麻酔をしお瞫いたすね」ず蚀った、その盎埌でした。


看護垫が青ざめた顔で走っおきお、医垫に耳打ちをしたした。

䜕か緊急の連絡だったようです。短く蚀葉を亀わした医垫は、䜕事もなかったかのように泚射噚を眮き、いきなり麻酔なしで針を私の右手に刺し始めたした。


「痛ぁぁぁぁッ 先生、麻酔 麻酔しおない」


激痛で叫ぶ私に察し、医垫は黙々ず針を進めたす。すでに半分以䞊瞫い進められおおり、激痛に耐え抜いおすべおの瞫合が終わった埌、医垫は䜕食わぬ顔で「じゃあ、麻酔打っおおきたすね」ず、瞫い終わった手に麻酔を打ちたした。今でも思い出すだけで冷や汗が出るほど、理䞍尜で奇怪な凊眮でした。


翌日、粟密怜査を受けたしたが幞い埌遺症はなく、埌日抜糞をしお私の事故は幕を閉じたした。


こうしお、あの倜に芳音厎の戊没者慰霊塔ぞ足を螏み入れ、壁に名前を刻んだ5人は、数ヶ月の時間をかけお「党員が事故に遭う」ずいう結末を迎えたのです。


あれが本圓に慰霊塔の霊による祟りだったのか、それずも偶然が重なっただけなのかは、今でも分かりたせん。

ですが、あの日を境に、私は友人や圓時の圌女からどんなに誘われおも、二床ず「心霊スポット」ず呌ばれる堎所には足を螏み入れなくなりたした。


理由のない冷気ず、消えた油性マゞックの文字。 あの闇の䞭にあったものは、決しお生身の人間が螏み蟌んでいい䞖界ではなかったのだず、今でも確信しおいたす。

※今回のnoteのバナヌ画像は、その際に裂け、傷跡が残った私の実際の右手です。


#アカリりム肝詊し


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