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私だったら、こんなふうに言えるだろうか

    ある日、一人の女性が慌てた様子でタクシーに乗り込んできた。

    私と同じくらいの年齢だろうか。

    乗るなり言った。

    「母を迎えに行きたいんです」

    話を聞くと、お母様は軽度の認知症を患っているという。

    その日、女性が仕事から帰宅すると、お母様が家にいなかった。

    携帯電話も持たずに出かけてしまっていたそうだ。

    血の気が引いたという。

    あちこち探し、もしかしたらと思って長年通っていた習い事先へ連絡したところ、お母様が来ていることがわかった。

    ただ、その日は習い事の日ではなかったらしい。

    お母様は日にちを間違えてしまったのだ。

    私たちは急いでお母様の元へ向かった。

    そして無事に合流し、今度は二人を乗せて自宅へ向かうことになった。

    後部座席から聞こえてきた会話が忘れられない。

    娘さんは言った。

    「お母さん、私帰ったらお母さんいないからびっくりしちゃったよー」

    怒っている様子はまったくなかった。

    笑いながら話していた。

    するとお母様が申し訳なさそうに答えた。

    「ごめんねぇ」

    「なんだか日にち間違えちゃったみたい」

    「忘れること増えてきちゃってねぇ」

    そして少し間を置いて続けた。

    「習い事も、もうやめた方がいいかな」

    「迷惑かけちゃうもんね」


    私は運転席で息を飲んだ。

    でも娘さんはすぐに言った。

    「まだお母さんがやりたいなら続けようよ」

    「迷惑なんてかかってないよ」

    「ただ、出かける時は携帯持って行ってほしいかな」

    その言い方がとても優しかった。

    責めるでもなく。

    諭すでもなく。

    ただ心配している娘の言葉だった。



    私は運転しながら、少し胸が熱くなった。

    私にも高齢の両親がいる。

    少しずつ出来ないことが増えている。

    昔は何でも出来た人たちだった。

    私を育ててくれた人たち。

    頭ではわかっている。

    人は歳をとる。

    誰だって老いる。

    でも、それを受け入れるのは簡単じゃない。



    ふと思った。

    私だったら、あの娘さんみたいに言えるだろうか。

    焦りや苛立ちを見せずに、

    「続けようよ」

    と言えるだろうか。



    タクシーの中で見たのは、

    認知症の母親と、その娘ではなかった。

    長い時間をかけて親子になった二人だった。

    そして私は、

    いつか自分にも訪れるかもしれない未来を見ているような気がした。

     
     

    凪

     
     
    大都会東京。 女性タクシードライバー。 今日も誰かの帰り道を走っています。 後部座席で出会った人たちとの忘れられない出来事や、街の中で見つけた小さな人間模様を綴っています。

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