
遺物集 六 湯上のツチノコ
どこから来たんだ。……ほう、東京か。そうか、怪我か。
運が良いのか、悪いのか。えらい大雪に、なってしまったなあ。んでも、これで、ゆっくり、湯治が、できるんでねえか。
朝はな、朝市が出るんだよ。……といっても、春から秋までの話でな。この雪の季節は、休みだ。夏場は、笹巻きだの、山菜だの、しそ巻きだの、みんな採れたてを、道いっぱいに、並べてよ。あんたにも、見せたかったなあ。
ここらの過ごし方はな、こうだ。朝、湯につかって、力試しに、ちょっと、散歩する。今日は、ここまで来られた。今日は、ここまでだ。と、そうやって、日ごとに、足の伸びるのを、たしかめるのよ。それが、湯治というもんだ。……まあ、この雪じゃあ、明日は肩まで積もっちまうから、散歩どころでねえがな。
なんだ、わしか。わしはな、もっと上の台地で、牧場を、しとるんだよ。牛を、飼ってな。夏と秋の疲れを、とるのに、冬に、たびたび、降りてくる。蕎麦も、植えとるから、ほれ、川っぺりの蕎麦屋に、届けに来る、ついでよ。
うちの先にはな、四ヶ村といって、棚田の、きれいな村が、ある。段々の田が、山の斜面を、いちめん、鏡みたいに、してな。ほんとなら、あんたにも、見せたいところだ。白樺に、かこまれた湖もある。川ぞいの、団子も、うまいでな。……まあ、深くは、聞かねえ。元気に、なったら、また、来いや。……ありゃ。元気なら、来ねえ、ってか。そりゃあ、そうだわなあ。……まあ、そう言わず、来いな。な。
夏の肘折は、そりゃあ、美しいぞ。冬も、屋根の上まで、雪が積もって、日本一だがな。
……そんじゃあ、ひとつ、面白い話を、してやるわ。こりゃあ、内緒だがよ。
ある時な。うちの牛で、畑を、耕すつもりで、車を、曳いておったのよ。そしたら、うしろで、ぎゅうう、ちゅうう、と、呻き声が、した。こりゃあ、大変だ。だれか、轢いてしもうたか。そう思って、あわてて、車を、止めてな。うしろを、見たのよ。
そしたら、そりゃあ、太くて、短い蛇がよ。ぺしゃんと、潰れて、おったのよ。
蛇と、いってもな。ふつうの蛇じゃねえ。ビール瓶みたいに、胴が、太くて、それでいて、みじかい。こんなもの、見たことも、なかった。こりゃあ、神様の蛇か、何かに、違いない。そう思ってな。ばちが、あたるといかんから、そっと、持って帰って、納屋に、吊るして、おいたのよ。あとで、供養塔でも、建ててやらにゃ、村に、祟りが、あったら、大変だからよ。
そしたら、な。次の日か、次の次の日か。夜に、なってから、納屋のほうで、みやあ、みやあ、と、鳴き声が、するのよ。猫か、赤子か、わからんような、細い声で。
死骸に、いたずらでも、しとる獣が、おるんでねえか。そう思って、提灯さげて、見に、行ったのよ。そしたら、な。吊るしたのと、おんなじ、太くて短い蛇と、それから、そのまんま、小さくした、太い、子っこの蛇が、三匹。地べたに、ひっくり返って、みやあ、みやあ、と、泣いておったのよ。
こりゃあ、死んだ蛇の、家族に、違いない。
悪いこと、したなあ。ごめんなあ。気が、つかなかったもんだから。ほんとに、すまなんだ。……と、手を、あわせて、あやまったっけ。そしたら、四匹が、むくり、と、起き上がって、こっちを、じいっと、見るのよ。長い、長いこと、目が、あった。
わしは、こわくなってな。飛びかかられて、毒でも、あったら、死んじまう。そう思って、そばの、棒っきれを、探して、叩こうと、身がまえたのよ。そしたら、その、四匹がな。ぺこり、ぺこり、と、何度も、何度も、お辞儀を、しはじめて、こう、言うのよ。
――できれば、お父さんを、あの、崖の、地蔵さまの、うしろに、埋めて、ほしい。地蔵さまの、うしろには、腕が、まるごと、入るくらいの、穴が、ある。そこの、いちばん奥に、入れて、大きな岩で、蓋を、してほしい。そう、してくださったら、私どもは、けっして、悪さは、しません。……と、な。
そんなこと、言われてもよ。地蔵さま、といっても、あすこは、地蔵倉といって、凝灰岩の、断崖を、くり抜いた、岩陰に、あるのよ。行くまでも、足の幅しか、ないような、崖っぷちの、細道を、たどっていく。……んだなあ。よくもまあ、あんな、危ないところに、地蔵さまを、据えたもんだ。
噛みつかれても、こわい。けんど、轢いて、しまった手前、断るのも、できん。わかった。わかったから、わしのことも、どうか、許してけろ。……と、また、手を、あわせたよ。
この、大雪じゃあ、あすこには、とても、行けねえがな。夏に、来て、いって、みなされ。地蔵倉の、うしろの、いちばん奥。岩で、蓋を、した、その下によ。……でもな。絶対に、村の人には、言っちゃ、なんねえよ。
新聞やら、テレビやらが、来て、えらい、騒ぎに、なる。そうすっと、この、なんにも、ない村が、変わっちまう。あの、静かな、棚田も、湯けむりも、みんな、な。ほれ、あんた、東京から、来たんだべ。だから、わかるべ。この、なんにも、ない、贅沢がよ。だから、わしは、まだ、村の人にも、言うて、ねえんだ。みんな、観光客が、ほしいからよ。なんでも、無理に、話題に、しちまう。
……ほうや。ツチノコ、ってのが、あるだろう。んだが、もなあ。あれが、ツチノコ、なんだべなあ。喋ったから、わしは、てっきり、神さんだと、思うておったけんど。
……まあ、いい。今日は、めずらしく、湯に、だれも、いねえからよ。だから、話した。内緒な。
おい、あんた、将棋は、打てんのか。……そうか。だめか。まあ、いい。また、風呂で、いっしょに、なったらよ。こんだは、もうひとつ、面白いのを、話して、やるわ。
……んでは。わしは、先に、上がるわ。
(了)