
【ホラー小説】現代奇譚:不可視の侵入者
まえがき
私たちはいつから、「家の中なら安全だ」と錯覚するようになったのだろうか。
頑丈なディンプルキー、オートロックの共有玄関、外の様子を映し出すモニター付きインターホン、そして手元で世界と繋がるスマートフォン。現代の住まいは、人類の歴史上もっとも強固なセキュリティに守られた「絶対的な聖域」であるかのように思える。他人の煩わしい視線をシャットアウトし、ただ一人だけの自由と孤独を貪る無菌室――そう信じて疑わない人は多いはずだ。
しかし、本当にそうだろうか。
あなたが他者を排除するために閉ざしたその壁の向こうに、もし、最初から「別の誰か」が息を潜めていたとしたら。あなたが利便性と安全のために導入したスマート家電やAIアプリが、あなたの孤独を愛撫するように観察し、そのプライベートな領域を解体するための暗号を紡ぎ出していたとしたら。そして、あなたが何気なく開いた画面のなかに、自分すら気づいていない「私生活の記録」がリアルタイムで更新されていたとしたら、あなたはどうするだろうか。
本書に収録されている十の物語は、決してどこか遠い世界の、誰か異国の怪談ではない。今、この文章を読んでいるあなた自身の、その部屋の、そのスマートフォンのすぐ裏側で、今夜にでも起きるかもしれない日常の亀裂の記録である。
SNSのアルゴリズムが弾き出した不気味な隣人、防音室の無菌の音声の底から浮かび上がる地を這う声、高解像度のレンズが捉えた真夜中のクローゼットの侵入者、あるいは、あなたの死の瞬間をリアルタイムで編纂し続ける公開プロフィールの空白――。
一度でもその違和感に触れてしまえば、もう二度と、元の「静かな孤独」には戻れない。
【読者への警告】
本書を読み進める前に、どうか一度だけ、ご自身の背後を振り返ってください。 そして、ベランダの鍵が本当にかかっているか、クローゼットの扉に僅かな隙間がないか、確かめることを強くお勧めします。 システムはただ正確に、次の『獲物』を導き出しているだけなのだから。