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トゥーシューズは音を奪う #毎週ショートショートnote

    麦野 渚

    アダージョの二拍目、佐伯は一瞬だけ長く立つ。
    放課後の多目的室は松ヤニの甘い匂いで夕方を引き留め、彼女の高い背がすっと伸びるたび、空気もそれに倣って膨らむ。
    鏡の中のその一秒に気をさらわれ、わたしは最後のピルエットを外した。

    「先輩、リボン、いつもゆるいから。貸して」
    しゃがんだ佐伯の指が、くるぶしを一度だけ撫で、リボンに手をかける。
    「いい、自分でやる」
    「ううん。先輩、すぐ背伸びするから」
    「背伸び?」
    「わたしの前だけ、先輩の顔する」
    脈がひとつ跳ねて、つま先まで響く。佐伯はわたしの顔を確かめるように見て、いたずらっぽく笑っていた。
    「今の、うるさいなって顔。かわいい」
    「……生意気」
    「知ってます」

    彼女はわたしの靴の上に自分の足先をそっと重ね、ポアントの形でトン、と二度。
    「先輩のここ、好き。中にドキドキが入ってる感じ」
    「入ってない」
    「じゃあ、さっき入った」

    立ち上がると、リボンが固く、足首に小さな鍵がかかったような感覚がした。圧のかかった血管がトン、と床に返事をする。
    立てば床は五ミリ遠く感じて、その分だけ佐伯と近い。目をそらしても、つま先にトントン、という音が鳴る。
    それはたしかに、さっきまで胸にいた音だった。



    #毎週ショートショートnote の「 #ときめきトゥーシューズ 」というお題で書きました。

     
     
     
    noteでは日記と短編小説、Xでは短歌を🌱 白玉が好きです⚪️

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