
「投与」という言葉をやめてみた
■ 所長の一言
ある日、所長にふと言われた。
「『投与』という言葉、あまり使わない方がいいよ。利用者さんに”投げて与える”って、どうなんだろうね。医療者が当たり前に使っている言葉は、医療者以外には当たり前じゃないから」
一瞬、うまく飲み込めなかった。
他職種連携の場では「投与」と言った方が伝わりやすいし、そもそも利用者さんやご家族に向かって直接「投与しますね」なんて言葉は使っていない。
最初は「そこまで気にすることかな」と、心の中で少し反発すら感じていた。けれど、その言葉は棘のように頭から離れなかった。
■ 誰のための言葉なのか
他職種の間で無意識に使っている言葉の中に、同じような違和感を孕んだものがまだあるのではないか。
そう思って振り返ってみると、いくつも思い当たった。
「体交(体位変換)」「デク(褥瘡)」――現場で効率のために飛び交う略語や専門用語。それらは確かに便利だが、一体誰のための言葉なのだろう。
いつの間にか、ケアに入る前に「この言葉を、生活の場にそのまま持ち込んでいいのか」と自問するようになった。
■ 医療モデルと生活モデルの境界線
病院は医療を提供する場所であり、退院すればそこで一区切りがつく。しかし、在宅はそうではない。
利用者さんとご家族にとって、そこはかけがえのない「生活の場」だ。疾患を抱えながらも、その人らしい暮らしが最期の時まで続いていく。医療はその生活を支える一部であって、決して主役ではないのだ。
病棟での当たり前を、そのまま生活の場に持ち込んでいいはずがない。所長の一言は、その本質的な違いに気づかせてくれた。
■ 今、心がけていること
「投与」をはじめ、医療者だけの常識に染まった言葉を使っていないか。ケアに入る前、私は今もふと立ち止まって考える。
利用者さんとご家族の日常に、医療者の「当たり前」を無自覚に持ち込まないこと。
小さな言葉ひとつへのこだわりだが、在宅という場に立つ看護師として、これからも大切にしていきたい。