
金魚は、どこにもいない。
私は金魚が好きだ。
特に赤と白の琉金。
丸みのある体に、
ひらひらと揺れる長い尾びれ。
鮮やかな色も。
あの形も。
全部好き。
⸻
お祭りで金魚を見ると、
つい足を止めてしまう。
子どもの頃は、金魚すくいも好きだった。
でも家に連れて帰ると、
一週間ほどでいなくなってしまう。
鮮やかな存在感だけを残して。
だから今は、金魚は家で飼わない。
外で眺めるくらいが、私にはちょうどいい。
⸻
大人になって訪れたアートアクアリウム。
そこにいた金魚は、お祭りやショップで見た金魚とは少し違って見えた。
暗い空間。
光。
ガラス。
水。
まるで一つの作品だった。
美しい、けれど、少し怖い。
自然の生命力というより、
完成された作品だった。
なのに、ちゃんと生きている。
だからこそ、美しさが不安定で、
そのアンバランスさに目が離せなかった。
⸻
金魚は、湖や川があまりにも似合わない。
色鮮やかな熱帯魚だって、海を泳いでいる姿が想像できる。
でも金魚は、冷たいガラスの水槽が一番似合う。
自然の中ではなく、
人の暮らしの中で完成する生き物。
そんな気がする。
⸻
今でも私は、
金魚を見るたびに目を奪われる。
ひらひらと揺れる尾びれも、
絵の具を溶かしたような赤も、
誰かに美しいと思われるためだけに、
生まれてきたような姿をしている。
憧れが形になった生き物。
誰かが見た夢みたいだ。