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112:スマートフォンの悪魔

    ながめいづき / 長雨出版

    ・スマートフォンは便利だ。もはやこれ1台があればこの世に起こりうること全て、なんでもできる。
    ・であるが故に、「スマートフォンに費やす時間」というのは近年で加速度的に増えてきている人が多いだろう。

    ・窮屈だ。

    ***

    ・現代においては手軽に時間を消費できることが増えた。
    ・各種SNS、Youtube、ソシャゲ、そのほかいろいろ。
    ・スマホを開くだけでそれらはすべて叶うし、それらを開くことは歯磨きをするとかと同じ感覚で、生活の一部となった。

    ・いや、歯磨き以上に、人々の意識に入り込むようになった。

    ・「通知」という機能があるせいで、スマホを開くだけで即座に該当のアプリへ飛ぶというのも当たり前の行動となった。
    ・また何か1つのアプリを開いていても、バナー通知によってその通知が来た別のアプリへ画面を移すこともあるだろう。
    ・一つの作業に集中するというのが中々難しくなっている。

    ・そして「通知が来る」というのも当たり前になっているので、スマホを開けない時間にも、スマホのことが気になるという意識が存在する。

    ・スマホは便利である一方、「スマホのある生活」は人間の多くの時間を支配するようになった。

    ***

    ・そんなことを思ってから、SNSに関する通知は全部切った。バナー通知どころか、バッジ通知もすべてなくしたのでスマホを開くだけでは何の連絡が来ているかわからない。
    ・連絡が来ているかどうかもわからない。

    ・また、置き型の充電器を買い、充電はそこで行うようにした。
    ・コードを指し、充電をしながらスマホを扱うという行為を許さないようにした。

    ・似たようなことを過去にも綴ったことがある。

    ・このような生活を半年ちょっとくらい続けてみると、驚くほどスマホに費やす時間は減り、スマホのことが気になるという自分の意識は格段に減った。
    ・そして、このようなnoteや創作活動、またそこにかかわる学びの時間などがかなり増えた。

    ・これをしていなかった頃の自分は何をしていたのか思い出せない程だ。

    ・精神状態も以前に比べ健やかなときが増えた。「連絡が来ること」が当たり前の生活じゃなくなり、それに期待しなくなったので、「寂しい」と思う時間も減った。

    ・何をしていたのか思い出せない時間があったということは、スマホは思っている以上に自分の多くの時間を蝕んでいたのだろう。

    ***

    ・「不便を楽しめ」というのはそれはそれで違うと思っているが、ある程度不便である方が精神衛生上良いのではないだろうか。
    ・便利すぎると、無意識のうちにそれに依存してしまう。

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