
はなと魔法のたね~世界一幸せな魔女になるための、5つのレッスン
【あらすじ】
自分に自信がなく「心配事リスト」が手放せない13歳の見習い魔女・はな。アイルランドの霧の森で、長老のハリネズミDr.ウィズダムから「世界は自分の心のたね(意識)が映し出すスクリーン」であり、「欲しいものを先に他者へ与えること(利他)」が宇宙最強の魔法だと教わる。 はなは「友達がほしい」という願いのために孤独なおばあちゃんへパイを届け、現実が変わる奇跡(発芽)を体験。エリートの兄と共に、お金や情熱のたねを植え、瀕死の愛猫を救う命がけの癒しの瞑想にも挑む。 その利他の光は世界中を癒すパパの秘密のオフィスへと繋がり、はなは世界への感謝に満ちた「真の幸せな魔女」へと成長していく。思考、言葉、そして行動で未来を耕す、新時代の魔法ファンタジー。
第1章:霧の森と、ひと粒のたね
第1話 鏡の向こうのひとりぼっち
「おはよう、はな。今日も鏡とおしゃべり?」
相棒の黒猫ジャレットが、ベッドの足元であくびをしながら言いました。
はなとジャレットの一日は、隣のママの部屋から聞こえるティンシャの音で始まります。おしゃべり好きなアイルランドの小鳥たちが、窓でおはようを告げるにぎやかな声の間から響く、澄んだ音色が心地いいのです。
でも、今朝のはなは、鏡に映る自分を見つめて、深いため息をつきました。 「ねえ、ジャレット。私、学校に行くのが少し怖いんだ。転校して一週間たつのに、まだ誰ともちゃんとおしゃべりできていないんだもの」
はなは真面目な女の子でしたが、自分に自信がなくて、何をするにも「失敗したらどうしよう」と考えてしまうのでした。真剣な眼差しで、お気に入りのラベンダーの香りがするリップクリームをそっと唇に滑らせてから、机の上のノートを開きます。そこには、心配事を忘れないようにするための「心配事リスト」がびっしりと書き留められていました。
『もしも新しい箒が、私の言うことを聞かなくて、空でバラバラになったら……』 『そのままアイルランドの冷たい海に真っ逆さまに落ちて、サメに食べられたらどうしよう……』
「あなたは想像力が豊かすぎるのね」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたママが、優しく微笑みました。
「大丈夫よ、はな。今日は学校もお休みだし、あなただけの新しい箒の材料を探しに、森へ出かけましょう。森はいつだって、必要なものを必要なだけ準備して待ってくれているわ」
第2話 霧の森と古代の智慧
夏の終わりのアイルランドの朝は、いつも銀色の霧に包まれています。13歳になったばかりの見習い魔女のはなは、湿った土の匂いを吸い込みながら、ママとジャレットの後に続いて、森の奥へと続く道を歩いていました。
道の両側には大きなサンザシの木が何本も立ち並び、その根元にはいろんな色やデザインの妖精たちの家のドアがついていました。今日は、まだ朝が早いせいか、どのドアもぴたりと閉じたままでした。
歩きながら、ママがふっと目を閉じました。また始まった。ママの「どこでも瞑想」です。ママは植物の力で人々や動物たちを癒す魔女なのですが、最近、森の妖精たちに誘われて古代の智慧を学ぶようになってから、ますます浮世離れした雰囲気をまとうようになり、はなは困ったものだと思っていました。周りの人にどう思われるかなんて、ママは考えていないのかしら、とはなは少し恥ずかしい気持ちになるのです。そんなママの先生は、Dr.ウィズダムという森の長老だそうですが、実際に会ったことがある人は滅多にいないということでした。
「はな、そんなに額にしわを寄せていたら、せっかくの幸運も見逃してしまうわよ。ほら見て、あなたの好きなブラックベリーがいっぱいよ」
先を歩いていた知的な黒猫のジャレットが、しなやかな足取りで振り返りました。
「本当だ!」 顔を上げると、一面にブラックベリーが朝の光を受けてきらきらと輝いています。はなは夢中でブラックベリーを摘んでは、口に放り込みました。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がります。 しかし、ふと気づくと、霧が濃くなっていて、ママもジャレットの姿もありません。
「はぐれちゃったんだ……」 はなの胸に、急に不安がこみあげてきた、その時でした。
第3話 巨大なスクリーンと「たね」
霧のカーテンがふわりと開き、目の前に巨大な樫の木が現れました。その木陰に座って、不思議なハリネズミが静かに本を読んでいました。
「ようこそ、はな」
彼こそが、森の長老Dr.ウィズダムでした。彼の思慮深い青い目に吸い込まれそうになりながら、はなは言いました。
「こんにちは。私、はなといいます。ママたちとはぐれてしまって……」
はながうつむくと、Dr.ウィズダムは目を輝かせて言いました。
「君はたねを持っているね」
「え?たね?」
はなは手のひらを見ましたが、何もありません。ポケットも探ってみましたが、ブラックベリーが一粒ぽろりと出てきただけで、たねなんか見当たりません。
「たねはね、目に見えないんだよ。きみは確かに、魔法のたねの話を聞くたねを持っているよ」「魔法のたね、ですって?」
戸惑うはなに向かって微笑むと、Dr.ウィズダムは、足元から一本の木の枝を拾い上げました。
「はな、これを見てごらん。これは何かな?」
「……ええと、木の枝です」
「そうかな?わしには、魔法の杖に見えるよ。ほら、こうすると字が書ける。わしにとっては、これはペンでもある」
Dr.ウィズダムは、地面の土にすらすらと文字を書いて見せました。
「では、もしここに君の相棒の猫のジャレットが走ってきたら、これをガジガジと噛み始めるだろうね。猫にとってこれは何かな?」
「……噛むおもちゃ、かな?」
Dr.ウィズダムはニッコリとうなずきました。
「その通り。では、君と私とジャレット、誰が正しいと思う?」
「え?誰が正しいかって…みんな正しいと思います。私にとっては木の枝で、あなたにとっては魔法の杖やペン、ジャレットにとってはおもちゃ」
「その通りだよ。それでは、この森から誰もいなくなったら、これは木の枝かな? それともペンかな? おもちゃかな?」
はなは真剣に考え込みました。
「……誰も見ていないなら……なんでもないもの?うーん、木の枝にも魔法の杖にも、ペンにもおもちゃにもなれる感じもする」
「そうなんだよ。なんにでもなり得る可能性があるんだ。では、はな、いいかい?これをペンと見ることにしよう。その場合に、それはペンの側から来るのか、それとも君の側から来るのか、どちらだろう?」
「それは……私の側から来ていると思います」
「正解だよ。では、このペンが君の心から来ているのなら、目を閉じて、それが他のものであると強く願えば、今すぐ別のものに変えることはできるかな?たとえば、これをキラキラと輝くダイヤモンドに変えてみてごらん」
はなは、木の枝を見つめて念じてみましたが、その姿かたちは変わりません。
「いいえ……できません」
「そうなんだよ。何かが、君の心にこれをペンと見させているんだ。それこそが、私が『たね』と呼んでいるものなんだよ。そしてね、はな。この世界は、君の心のたねが映し出している巨大なスクリーンのようなものなんだよ」
Dr.ウィズダムは、手を広げてくるりと一回転しました。まるで、はなの周りにある360度の景色すべてが、映画のスクリーンのように見えてくるようでした。 はなは、自分の手のひらをじっと見つめました。
「じゃあ……私の世界がつまらなかったり、寂しいと感じるのは、私がそういうたねを植えているからなの?」
「そういうこと。でも悲しむことはないんだよ。たねさえ変われば、スクリーンに映る景色は、明日からでも変えられるんだからね」
はなはドキドキしてきました。Dr.ウィズダムは、木の枝で、地面に4つの光る足跡を描きました。
「このたねを心に植えて、早く育てるには、4つのコツがあるんだ。 一、まず、自分がほしいものを一言で決める。 二、同じものがほしい人を、誰か一人見つける。 三、その人を助けるために、具体的に行動する。 四、夜、寝る前に、その人を助けた時の幸せな気持ちを思い出す」
はなは、4つのコツの一つひとつを、じっくりと心に刻みました。
「『自分がほしいものを、先に、誰かにあげる』。これが、この宇宙で一番強力な魔法のたねなんだよ」
魔法は、呪文を唱えることだけだと思っていたはなにとって、それは初めて聞くお話でした。でも、もし自分の行動が「たね」になって、見たい未来を作っていけるのだとしたら……。 「私にも、できるかもしれない!」
はなの胸にあたたかい光が灯ったのを感じた時、森の奥からママとジャレットがはなを呼ぶ声が聞こえてきました。 はなは、Dr.ウィズダムに丁寧にお礼を言って、声がする方へ走っていきました。
「ママ聞いて!私、Dr.ウィズダムに会ったの!魔法のたねのことを教えてもらったわ。私、たねを植えてみたい。転校したばかりで、まだ誰も話し相手がいないから……魔法のたねで、お友達を作り出せるかしら?」
ママは優しく微笑んで、はなの肩を抱き寄せました。
「ええ、魔法のたねを植えましょう。あなたが与えるものを、あなたは受け取ることになるわ。どんな花が咲くか、一緒に見守りましょうね」
霧が晴れた森の向こうに、はなの新しい一歩を応援するかのように、大きな虹がかかっていました。
第4話 孤独なおばあちゃんへのプレゼント
学校の帰り道、はなはいつもの重い足取りではなく、何かを探すようにキョロキョロしながら歩いていました。Dr.ウィズダムの「4つのコツ」が頭の中にあったからです。
(私がほしいものは、友達。気の合う、本当の友達。じゃあ、同じように寂しくて、誰かとおしゃべりしたいって思っている人はどこにいるかな……?)
「はな、あそこを見て」 途中まで迎えに来てくれたジャレットが、しっぽで指した先には、蔦に覆われた小さな家がありました。そこに住んでいるのは、村で一番の長生き、97歳のおばあちゃんです。おばあちゃんは家族を亡くして以来、ずっとひとりきりで暮らしているのでした。
(もしかしたら、おばあちゃんも、私と同じように『誰かと楽しい時間を過ごしたい』って思っているかもしれない!)
はなは勇気を出して、呼び鈴を鳴らしました。 チリン、と高い音が響き、ドアが開きました。そこには、背中の丸まった、少し寂しそうな目をしたおばあちゃんが立っていました。
「……おや、小さな魔女さんじゃないか。どうしたんだい?」
「おばあちゃん、こんにちは!あの、よかったら一緒にこれをつまみながら、お茶でもどうかなと思って……」
はなが、今朝ママが焼いてくれたブラックベリーのパイを差し出すと、甘酸っぱくて香ばしい香りが、ふわりと辺りに広がりました。
おばあちゃんの目が、ぱっと明るくなりました。
「まあ! 嬉しいねえ。ちょうどお茶を淹れようと思っていたところだよ。さあ、あがっていらっしゃい」
はなとおばあちゃんは、暖炉の前に並んで座り、たくさんおしゃべりをしました。学校のことや、アイルランドに住む妖精たちの話。はなは、おばあちゃんがまるで歌うように話す昔話に、すっかり引き込まれていきました。おばあちゃんが何度も「ありがとう、本当に楽しいわ」と言ってシワの刻まれた顔で笑うのを見て、はなの胸の奥がじんわりと温かくなっていきました。
第5話 魔法のたねがはじけた夜
その夜、ベッドに入ったはなは、いつものように「友達がいなくて寂しい」と泣くのをやめました。代わりに、おばあちゃんがパイを美味しそうに食べて「楽しいねえ」と笑った顔を思い出しました。
「おばあちゃん、今頃ぐっすり眠れているかな。喜んでくれてよかったな……」
幸せな気持ちに包まれて、はなは深い眠りにつきました。 それは、はなの胸の中に植えられた「魔法のたね」に、キラキラと輝く光の水が注がれた瞬間でした。
次の朝。 教室の席に座ってノートを広げようとすると、後ろからトントンと肩を叩かれました。
「ねえ、はな! そのリップバーム、すごくいい香りよね!気になっていたの」
振り返ると、そこにはクラスで一番明るい笑顔の女の子が立っていました。 「あ……ありがとう! ママがエッセンシャルオイルで作ってくれたの。よかったら、今度一緒に作ってみない?」
はなは自分でも驚きました。いつもなら緊張して縮こまってしまうのに、今日は自然と言葉が溢れてきたのです。
「素敵! 私、ダイアナっていうの。よろしくね、はな!」
差し伸べられたダイアナの手を、はなはしっかりと握り返しました。
窓の外からは、アイルランドの小鳥たちのさえずりが聞こえてきます。はなは、自分の胸のあたりをそっと触ってみました。そこには、昨日植えたばかりのたねから、小さくて力強い「芽」が、ひょっこりと顔を出しているような気がしました。
第2章:お金のたねと、不思議な4ユーロ
第1話 トイレ掃除と「豊かさのたね」
ダイアナと仲良くなって、学校が楽しくなってくると、はなには新しい悩みができました。それは、毎週水曜日のお昼休みのことです。
「はな! 今日はサンドイッチの日だよ。一緒に食堂へ行こうよ!」
ダイアナが、弾むような声で誘いに来ます。 水曜日は午前中で授業が終わり。お弁当がいらないこの日は、食堂で特別な「虹色サンドイッチ」が販売されるのです。ジューシーなチキンと新鮮なレタス、それに魔法のハーブソースがたっぷりかかって、お値段は2ユーロ(約300円)なんです。
「私、今日は持ってきたリンゴがあるから……」
はなはダイアナを見送ったあと、小さくため息をつきました。本当は、あの虹色サンドイッチを食べてみたい。けれど、はなのパパは世界を飛び回るビジネスマンでありながら、「超」がつくほどの倹約家だったのです。
「必要なものは、すべて揃っている。無駄遣いは、思考の羽を重くするだけだよ」
それがパパの口癖でした。だから、はなのお財布はいつも空っぽ。サンドイッチの2ユーロだって、はなにとっては高い壁でした。
その日の夜、はなは黒猫のジャレットに相談しました。
「友情のたねはうまくいったけど、お金のたねはどうすれば植えられるのかな? 誰かにお金をあげればいいの? でも私、1ユーロも持っていないのよ」
ジャレットは賢そうに目を細めて言いました。
「はな、お金のたねは『お金そのもの』だけじゃないわ。誰かの豊かさを助けること、つまり『価値を提供すること』も立派なたねになるのよ。たとえば、ママが一番面倒だと思っていることは何か考えてみて」
「そうねえ……毎日の、猫たちのトイレ掃除かしら!」
次の日から、はなは毎日欠かさず、ジャレットとルナのトイレをピカピカに磨き上げました。砂を入れ替え、消臭のためのラベンダーのハーブを添えて、猫たちが気持ちよく使えるようにしたのです。
3日目の朝、ママが驚いた顔で言いました。
「はな、あなたが猫たちの世話をしてくれるおかげで、私の瞑想の時間が1時間も増えたわ。本当に助かっているの。お礼に、月に20ユーロのお小遣いを渡したいのだけれど、どうかしら?」
「えっ! いいの?」
はなは飛び上がって喜びました。たねが、さっそく小さな芽を出したのです。
第2話 2ユーロが教えてくれた魔法
次の水曜日、はなの手にはキラリと光る2ユーロ硬貨がありました。
(やった! 今日こそ虹色サンドイッチが食べられる!)
ダイアナと一緒に食堂の列に並んでいると、後ろに並んだクラスメイトの男の子が、悲しそうな顔でお財布を覗き込んでいるのに気づきました。
「どうしたの?」
「……お金を持ってくるのを忘れちゃったんだ。今日はとってもお腹が空いているのに」
はなは、自分の手の中の2ユーロを見つめました。これを彼にあげたら、自分は今日もリンゴだけ。お腹の虫がキュルルと鳴きます。でも――はなはDr.ウィズダムの言葉を思い出しました。
『君がほしいものを、先に、必要としている誰かかにあげるんだよ』
「はい、これでサンドイッチを食べて!」
はなは、思いきって2ユーロを彼に手渡しました。
「えっ、いいの!? ありがとう、はな!」
男の子の弾けるような笑顔を見た瞬間、はなのお腹の空っぽな感覚はどこかへ吹き飛び、胸の奥が羽が生えたように軽やかになりました。 その夜、ベッドの中で「今日も友達を助けられた。よいたねを植えられたんだ」と思い出しながら、幸せな気持ちで眠りにつきました。
第3話 2倍になって返ってきた!
それから2週間後、アイルランドにサウィン(ハロウィン)の季節がやってきました。仮装した子どもたちが「トリック・オア・トリート!」と家々をまわり、お菓子をもらいます。はなもダイアナと一緒に、大きなバスケットを持って近所の家を訪ねました。
「はい、どうぞ。ハッピー・ハロウィン!」
どこの家でも、子どもたちのバスケットには色とりどりのキャンディやチョコレートが投げ込まれます。
ところが、村の外れにある大きなお屋敷の前でのことです。見知らぬ優しい目をしたおじさんが、はなの前に立ち止まりました。 カラン、カラン。 金属のいい音がして、バスケットの中を覗くと……そこにはなんと、ピカピカの「2ユーロ硬貨」が2枚、つまり4ユーロが入っていたのです。他のみんなはお菓子なのに、なぜか、はなにだけ「お金」が手渡されたのでした。
「ジャレット! 見て、本当にお金が返ってきたのよ! しかも2倍になって!」
お家に帰る道すがら、はなは興奮して硬貨を見せました。
「言ったでしょう?」
ジャレットはしっぽを立てて誇らしげです。
「たねは植えたものと同じ種類のものが、しかも大きくなって返ってくるってね」
はなは4ユーロを強く握りしめ、夜空を見上げました。 (この調子なら、ずっと欲しかった『携帯電話』だって……たねで作り出せるかもしれない!) でも、あの鉄壁のパパを説得するには、サンドイッチよりもずっと難しい魔法が必要になりそうでした。
第3章:大魔女と空から届いたローストビーフ
第1話 倹約家のパパと大魔女のルール
「ねえ、パパ。やっぱり携帯電話がほしいな」
はなは夕食の席で、思いきって切り出しました。アイルランドの空は気まぐれです。急に土砂降りの雨が降ることも多く、箒で通学するはなにとって、家族と連絡が取れないのは少し不安だったのです。
ところが、パパは眼鏡をクイッと押し上げて言いました。
「はな、思考に羽をつけなさい。便利な道具に頼りすぎると、自分の頭で考える力が弱まってしまうよ。第一、携帯電話は高いし、今の生活に絶対必要というわけじゃない」
やっぱり、パパの壁は鉄鋼のように厚いものでした。
「あきらめないで、はな。たねの法則を使えば、きっと手に入れられるわ」 ママはそう言って、ハワイの火山の麓に住む、不思議な『大魔女』の話をしてくれました。彼女は、人の心の中にあるたねが眠る貯蔵庫を見ることができる、偉大な魔女だといいます。
「土曜日に、大魔女に会いに行きましょう。ただし、大魔女に会うためにはルールがあるの。お土産に『ローストビーフ』を持っていくこと。でも、お金を使って買うのは禁止よ」
「ええっ! お金を使わずにローストビーフを手に入れるなんて、どうすればいいの?」
はなは途方に暮れました。
「ローストビーフを買いに行く方法を必死で考える? それとも、今できる最高のたねを植える?」 ジャレットに促され、はなは拳をぎゅっと握りました。 「たねを植えるわ! 今、私にできる最高のたねを!」
それからの数日間、はなはお手伝いをさらに増やしました。猫たちの飲み水をいつも新鮮なものに取り替え、夕食の後はみんなの食器をピカピカに洗い、玄関の靴を揃え、夜には家中のドアを丁寧に確認して回りました。
「家族みんなが安心して、気持ちよく過ごせますように」
そう願いを込めて、はなは毎日たねを植え続けました。
そして大魔女に会いに行く約束の土曜日。
「どうしよう、やっぱりローストビーフなんてどこにも……」
はなが玄関で困っていたその時です。ピンポーン!とチャイムが鳴りました。
ドアを開けると、そこには近所に住むいたずらっ子のきつね、フォッキーが立っていました。いつもは、はなをからかって怒らせてばかりの困った子なのですが、その日はなぜか、湯気が立ち上る大きなお皿を抱えていました。
「これ、母ちゃんから。この間、はなが手作りのブラックベリーパイを分けてくれただろ? 母ちゃん、あんなに美味しいパイを食べたのは初めてだって、とっても喜んでたんだ。僕もさ、母ちゃんが嬉しそうにしてて、とっても幸せな気持ちになった。これはそのお礼だよ。母ちゃん特製の、最高級ローストビーフ!」
はなは、あんまり驚いて、声が出ませんでした。 (私のあげたパイが、ローストビーフになって返ってきた……!) 一粒のたねが、パチン!と音を立てて弾けた瞬間でした。
「さあ、出発よ!」
ママがフランキンセンスのエッセンシャルオイルを取り出しました。その神秘的な香りを胸いっぱいに吸い込みながら、大魔女の秘密の呪文を唱えると、なんとわずか0.2秒で、アイルランドの霧の森から常夏のハワイへと、ひとっ飛びに空間が切り替わりました。
第2話 濁る湖と光る貯蔵庫
大魔女の家は、あたたかな風に包まれた火山の麓にありました。その裏手には、しんと静かな気配をたたえた、鏡のような湖が広がっています。 はなを家に招き入れた大魔女は、ローストビーフを一口食べると、満足そうに目を細めました。
「美味しいわね。ねえ、はな。この『美味しい』という幸せは、一体どこからやってきたと思う?」
「ええと……フォッキーのお母さんのお料理が上手だから?」
大魔女はいたずらっぽく笑って、首を振りました。
「Dr.ウィズダムが教えてくれた、木の枝のお話を忘れたのかい? 世界はどこから来ているの?」
大魔女の言葉に、はなはハッと息をのみました。頭の中で、智慧の火花が散ったようでした。
「……私だ!私から来ています! 私がこの間、ひいおばあちゃんやフォッキーにママのパイを分けてあげたから……『美味しい』『嬉しい』という優しさのたねを先に植えたから、それが私に戻ってきたんだ!」
「大正解よ」
大魔女ははなの鼻先をツンとつつきました。
「あなたが誰かにあげた喜びが、今、巡り巡ってあなたを喜ばせているのよ。さあ、あなたの『意識の種』の貯蔵庫を見てみましょうか」
大魔女がはなを湖のほとりへと誘いました。覗き込むと、水底の奥深くに、キラキラと光る小さなガラス玉のようなものが、無数に沈んでいるのが見えます。
「わあ、綺麗……!」
「そう、あそこに光って見えるのがあなたの植えたよいたねたちよ。でもね、はな。もしあなたが、心の中でこんな言葉を呟いたらどうなるかしら。――『携帯電話なんて、うちには高くて無理よ』」
大魔女がそう言った瞬間、どこからともなく『無理』と刻まれた真っ黒な大きな石が飛んできて、静かな湖面にドボン!と激しい音を立てて落ちました。
「あっ!」 水面にしぶきが上がり、はなのワンピースを濡らします。 「『パパがダメって言うに決まっているわ、どうせ私は子供だもの』」
大魔女がネガティブな言葉を重ねるたびに、大きな石がドボンドボンと湖に突き刺さりました。みるみるうちに湖の水は泥のように濁り、さっきまで美しく輝いていた「光るたね」が、真っ暗な闇の中に完全に隠れて見えなくなってしまいました。
「嫌だ! 私のたねが見えなくなっちゃった!」
はなは激しい恐怖に襲われ、大魔女の手をギュッと掴みました。
「そうなのよ、はな。あなたの心の湖は、あなたが投げ込む『諦め』や『不満』の石で、簡単に濁ってしまう。そうして本当の望みが見えなくなったとき、人は『自分には未来を選ぶ力がないんだ』と思い込んでしまうの。大魔女である私が見ているのはね、濁りの奥底に沈んでいる、あなたの本当のたねの輝きなのよ」
大魔女は、はなの小さな手を、自身の温かい手のひらで包み込みました。
「いいこと、はな。携帯電話が欲しいのは、ただ便利だからじゃないはず。あなたは、自分の力で世界と繋がりたい。自分の決断で、誰かと響き合いたい。そうなんでしょ?」
胸の奥がツンとしました。図星でした。自分には力がないと思っていたから、パパがダメと言うのを言い訳にしていた。でも、本当は自分で選びたかったのです。
「私のたねを……信じてもいいの?」
「信じるのではないわ。『決める』のよ。 私はこれを手に入れる、と。いいこと、はな。大魔女のルールを教えましょう。それはね――『あなたの口は、私の口』という真実。あなたが誰かを喜ばせれば、それは自分を喜ばせることになる。自分で自分の人生を決めていいの。あなたの人生のお庭に、あなただけの花を咲かせる準備は、もうできているわ」
大魔女がパチンと指を鳴らすと、湖の泥水が一瞬にしてクリスタルのように透き通り、はなの足元から無数の光の粒がシュアアアッと夜空へ向かって浮かび上がりました。
「ごらんなさい。あなたが毎日植え続けた『家族への奉仕』のたねが、こんなにたくさん芽を出す準備をしているわ。今夜はたっぷり、良い気持ちになって眠りなさい。たねは眠っている間にぐんぐん育つのだから」
第3話 奇跡の電話
ハワイから戻って数日後のこと。仕事で外国に行っていたパパの友人から、パパの携帯電話に連絡が入りました。
「最新のスマートフォンが1台余ってしまったんだが、君の娘さんにどうだい? ぜひプレゼントさせてほしい」
あの倹約家のパパが、なんと笑顔でその電話を引き受け、はなの部屋へとやってきました。
「はな、これからは家族の連絡用にこれが必要かもしれないな。君が毎日、家のことを一生懸命手伝って、みんなを安心させてくれているのをパパは知っているよ。ありがとう」
はなの手の中に、ずっと欲しかった、ピカピカの携帯電話が手渡されました。 じわりと胸が熱くなります。
「私……おねだりしたんじゃない。自分で決めて、自分で手に入れたんだ!」
はなは気づきました。魔法とは、不思議な呪文を唱えることではなく、誰かを幸せにすることで、自分の未来を美しく耕すことなのだと。
第4章:エリートの兄と秘密の野球チーム
第1話 孤独なエリートと新しい「たね」
はなの家には、実はもう一人、魔法使いがいました。はなのお兄さんのカイです。彼は魔法学園のエリートクラスに在籍する優等生でした。難しい数式や呪文を解くのは大得意でしたが、どこかいつも冷めていて、「面倒くさい」が口癖の、ちょっとひねくれた16歳の男の子でした。
「はな、またお小遣いをもらったのかい? 高価な携帯電話まで手に入れて……。君の『たねの法則』とやらは、案外バカにできないね」
カイは、ピカピカの携帯電話を操作するはなを、部屋の隅から横目で見ていました。彼は優秀でしたが、実は「自分は何のために魔法を学んでいるんだろう?」と、心にぽっかり穴が空いたような虚しさを感じていたのです。
「よし、僕も『お金のたね』とやらを植えてみるか」
カイは、はなを真似して、相棒の黒猫ルナと一緒に、家中を掃除し始めました。これまで「自分はエリートだからお手伝いなんてしなくていい」と尊大にかまえていた彼が、雑巾を持って床を磨き、窓を拭き、猫たちのブラッシングを始めたのです。
すると、どうでしょう! 家の中は、ママがにんまりするほどピカピカになりました。
「あら、お兄ちゃんがこんなに働いてくれるなんて。ご褒美が必要ね」
カイの財布にも、どんどん「お金のたね」が発芽し始め、欲しかった自転車も手に入れました。相棒のルナのお皿にも大好物のかつお節がのせられるようになって、ルナも嬉しそうに喉を鳴らしています。
しかし、お金が貯まってくると、カイは自分の中に生まれた小さな違和感に気づきました。
「ママ、貯まったお小遣いで、ママのセッションを受けたいんだ。ほら、エッセンシャルオイルを使って、心の深いところにある本当のヴィジョンをリーディングするやつ」
「いいわよ、アロマティックヴィジョンリーディングのことね。やってみましょう」
ママは、特別なエッセンシャルオイルを9種類、カイの前に並べました。植物の持つ純粋なエネルギーが、カイの現在地と行き先、心のブロックを映し出していきます。最後はギフト!4つのエッセンシャルオイルからメッセージを受け取り、その香りを嗅いだ瞬間、カイはハッとしました。
「僕が本当にほしいのは……『生きる目的』や『情熱を注げる何か』なんだ」
カイの目に、初めて本当の希望の光が宿りました。それからカイは、「魔法の4つのステップ」を、自分の深い願いのために使ってみることにしました。
一、自分の才能や情熱を知り、使命に生きたいと心から『決める』。
二、同じように才能を見つけたい『誰かを見つける』。
三、その人の才能や素敵なところを伝えて『助ける』。
四、夜、寝る前に、その幸せを『思い出す』。
カイは学校で、魔法の練習をサボっている後輩に
「君にはこんなすごい才能があるじゃないか」
と本気で励まし、クラスメイトの悩みの相談に乗って、相手の素敵なところを言葉にして伝え続けました。
第2話 霧の森の快音と、黄金のライン
そんなある日の放課後。カイがいつものように後輩の背中をポンと叩き、「お前なら絶対にできるよ」と声をかけた瞬間でした。後輩の顔がぱっと明るくなり、
「先輩、ありがとうございます!」と笑いました。
その瞬間、ポケットにずっしりとした重みを感じたカイが手を入れてみると、そこにあったのは硬くて丸い革の感触でした。取り出してみると――それはなんと、カイがかつて日本にいたときに泥だらけになるまで握りしめていた、あの野球のボールだったのです。アイルランドの魔法学校には、絶対に存在するはずのないものでした。
「どうして野球のボールがここに……?」
驚くカイの耳に、相棒のルナがささやきました。
「カイ、たねが発芽したんじゃない? 君が誰かの心に情熱の火を灯したから、君の情熱のたねが形になったんだよ。そのボールを、よく見てごらん」
よく見ると、白いボールの縫い目から、うっすらと黄金色の光が漏れ、学校の裏の森の奥へと一筋のラインを描いてまっすぐに伸びていました。
「まさか……!」
カイは胸の高鳴りを抑えきれず、光のラインをたどって霧の森へと駆け出しました。大きな樫の木の前に来たとき、霧のカーテンがさっと開きます。 カキーン! 霧の向こうから響いたのは、カイの魂を揺さぶる、あのバットの快音でした。
カイは自分の目を疑いました。そこには、魔法の箒ではなく、バットを握りしめた少年たちがいて、みんなで泥だらけになってボールを追いかけていたのです。アイルランドの霧の森に隠された、幻の野球チームでした。
「……見つけた!」
カイの心に、本物の火が灯りました。これこそが、彼がずっと探していた「情熱」の居場所でした。カイはチームに入り、仲間と共に泥だらけになってボールを追うようになりました。かつての「面倒くさがりなお兄さん」はもうどこにもいません。
「情熱のたねを植えたら、自分の居場所が見つかったんだ。同じ情熱を持つ仲間もね」
カイは、相棒のルナを肩に乗せて、晴れやかな顔で笑いました。 はなはそれを見て確信しました。「たねの法則」は、単に欲しいものを手に入れるためだけのものじゃない。それは、その人が本当に輝くことができる場所へ導いてくれる、心の羅針盤なのだと。
第3話 ルナの危機と、命がけの秘密の瞑想
はなとカイにとって、たねを植えることが日常となってきたある日のこと。いつものように森で狩りに熱中していたルナが、誤って高い木から落ちてしまいました。傷ついた右足を引きずって、やっとのことで家に帰ってきたルナは、声を出す元気もありません。獣医師の診断は、目の前が真っ暗になるものでした。
「指を脱臼していますね。これでは、自然に治る可能性はありません。手術で指を切断するほかありませんね」
「切断だなんて! そんなことをしたら、ルナは一生狩りができなくなってしまう。誇り高いルナから、生きる喜びを奪いたくない!」
ルナを家に連れて帰って来たママは、カイとはなを呼びました。
「今からあなたたちに、古代から伝わる秘密の瞑想を教えるわ。これは、相手の苦しみや痛みを自分の心で受け取り、代わりに愛と智慧のエネルギーを送る、特別な癒しの魔法よ。三人で力を合わせれば、ルナを救えるかもしれない」
三人はルナを囲んで座りました。しかしルナは、極限の痛みと恐怖で体を硬くし、大好きな家族にさえ牙を剥きそうになっています。 ママが、森の香りのエッセンシャルオイルを自分の手のひらに落とし、ゆっくりとやさしくルナの背中をなでていきました。はなとカイもママの真似をして、優しい羽のような手つきでルナに触れます。「痛かったね」「怖かったね」と寄り添う気持ちを、手のひらから直接伝えるように。
しだいにルナの強張っていた体がふっと緩み、喉が「ゴロゴロ」と小さく鳴りました。
「さあ、秘密の瞑想に入るわよ。目を閉じて」
ママの声に合わせて、ゆっくりと深い呼吸を重ねます。ルナの痛みを、吸う息で集めていくと、それは不気味な黒い煙のかたまりとなって、ルナの体から出てきて、三人の目の前に浮かび上がりました。
「さあ、これからルナの痛みや苦しみである黒いかたまりを吸い込むわよ。その前にちょっと準備をしましょう。あなたたちの心に、愛を象徴するバラの花を一輪置くの。そして、その上に、智慧を象徴する輝くダイヤモンドを一粒、置いてちょうだい。ダイヤモンドから放たれる光線で、黒いかたまりは一瞬で破壊されるわ。ゆっくり3回呼吸を数えたら、一気に自分の体の中に吸い込むわよ!」
「――そんなの、怖い!」
はなは思わず目を開け、叫びました。 目の前で禍々しく渦巻く、どす黒い煙。それを自分の体の中に吸い込むなんて、本能が「ダメだ」と拒絶しています。もし、あの激痛や恐怖がそのまま自分のものになってしまったら……?
はなの身体はガタガタと震え、逃げ出したい衝動に駆られました。その時、横に座る兄のカイが、はなの手をギュッと握りしめました。カイの目にも恐怖の色がありましたが、それ以上に強い覚悟が宿っていました。
「大丈夫だ、はな。ルナを見てみろよ」
そこには、いつもの勇敢さは消え、子猫のように小さく丸まって震えるルナの姿がありました。 (ルナを助けたい。私の恐怖よりも、ルナの痛みを消してあげたい……!) はなの中で、恐怖の波が引き、代わりに底知れない愛が湧き上がってきました。
「カイ、私もやってみる」
はなはもう一度目を閉じ、心のダイヤモンドを強く輝かせました。
「いち……、に……、さん……さあ、今よ!」
ママの合図とともに、はなとカイは覚悟を決めて、思いきりその黒いかたまりを吸い込みました。
真っ黒い苦しみが肺に入ってきた瞬間――はなの心の中のダイヤモンドが、太陽よりも眩しい光線を放ちました。チリチリと音がして、黒い苦しみは一瞬で粉々に砕け散り、透き通った光へと浄化されていったのです。
「ハァー……」
白い煙を吐き出すと同時に、今度は大地から吸い上げた優しいエメラルドグリーンの癒しのエネルギーが、三人の吐く息とともにルナの体を包み込みました。
「二人ともありがとう。目を開けていいわよ」
恐る恐る目を開けた二人は、揃ってあっと声を上げました。なぜって?大ケガなどなかったように、すたすたと歩くルナの姿があったからです。
「俺は偉大なハンターなんだぜ。みんなのおかげで、痛みがすっかり消えた。ありがとう」
ルナの足の指は、まるで奇跡のように元通りになっていました。 誰かの苦しみを受け取り、愛を送るという「癒しの魔法」が、二人の心の中で美しく発芽したのです。
その瞬間でした。 ルナの体から放たれたまばゆいエメラルドグリーンの光が、はなたちの部屋の天井を突き抜け、アイルランドの空へとまっすぐに上っていきました。そして、遥か彼方の空の向こうへと、光の川のように流れ出していったのです。
「あ……あの光、どこへ行くの?」
はなが窓の外を指差しました。
「あれは、私たちが放った利他の光よ」
ママが厳かに言いました。
「今、世界のどこかで、大きな調和のラインがピカッと書き換えられたわ。パパが世界中で行っている仕事と、たった今、繋がったのよ」
「パパの仕事と……?」
はなとカイは顔を見合わせました。自分の部屋でルナを救った小さな優しさが、どうして世界と繋がっているのか。その秘密を確かめるため、はなはパパのいるダブリンのオフィスへと向かうことになるのです。
第5章:平和の戦士たちと、黄金の羅針盤
第1話 パパの秘密のオフィス
はなは、ダブリンの南にあるオフィスにパパを訪ねました。オフィスは古いレンガ造りの趣ある建物の中にありました。
「よく来たね、はな」
パパに迎えられ、エントランスに足を踏み入れると、壁の本棚が静かにスライドして、光り輝く秘密の部屋が現れました。 そこには、見たこともないほど巨大な水晶のスクリーンが鎮座しており、世界中から集まった黄金の光の筋が、まるで大河のようにきらきらと流れていました。
「パパ、これはなあに?」
はなが目を見張ると、パパは誇らしげに微笑みました。
「これが宇宙の調和(Rta)を可視化したものだよ。誰かが誰かの幸せを願い、行動するたびに、このラインは太く、強くなるんだ」
「RTA Services Ltd.」――それは、パパが大切にしている古代哲学の「宇宙の調和(Rta)」と、「自分よりもまず誰かのために(利他)」という2つの願いが込められた会社の名前だったのです。
ちょうどオフィスでは、巨大な水晶のスクリーンを前に、世界を癒す平和の戦士や魔女たちがホログラムのように浮かび上がり、緊迫した会議を行っていました。 その中にいた、大きな盾を持った凛々しい平和の戦士が微笑み、はなに語りかけます。
「ようこそ、はな。人間は言葉を使うと、つい言い訳をしたり、相手を攻撃したりしてしまう。だから我々は、言葉を一切使わない『魔法の外交』を行うんだ。純粋な植物の力を借りて、相手の背中に敬意を持って触れるとき、国境も、人間と動物の境界線さえもすべて溶かしてしまうのさ」
その時、水晶のスクリーンの真ん中を、ひときわ眩しい黄金の太い光の筋がサーッと突き抜けました。
「あ……!」
はなは息をのみました。その光の輝きに見覚えがあったからです。スクリーンをよく見ると、光の源泉には、アイルランドの自宅のリビングで、ママとカイ、そしてはなの三人で力を合わせてルナの痛みを吸い込み、エメラルドグリーンの光で包み込んでいる「あの夜の自分たちの姿」が映し出されていました。
「パパ、これ、私とカイがお家でルナにやったお手当てと、魔法の瞑想だわ!」
「その通りだよ、はな」
パパは、はなの肩に手を置きました。
「君たちがルナの背中をなで、苦しみを受け取ったとき、この世界の『調和(Rta)』のラインが、こうして黄金色に太く輝いたんだよ」
第2話 大地の恵みと宝石の言葉
巨大な水晶のスクリーンには、戦争で傷ついた世界中の人々や、栄養を失ってひび割れた地球の土壌、怯える動物たちが映し出されていました。 そこに、おっとりとした茶色の猫タビを抱いた「大地と水の魔女」が、静かに語りかけました。
「人々が自分の利益ばかりを求め、相手への感謝や、与えることを忘れると、私たちが立つこの大地からも活力を奪っていくのよ。すべての『たね』の育つ場所である土壌は、私たちの心の豊かさのバロメーターなの」
「大地を元気にするために、私にできることがあるかしら?」
「はな、毎日のご飯を食べる時に、恵みを与えてくれた土や作ってくれた人、運んでくれた人など関わってくれたすべてに、心から『ありがとう』と言ってみて。その小さな感謝のたねが、世界中の土壌を潤すわ」
はながうなずくと、タビもゴロゴロとのどを鳴らしました。
さらに、ママが親しみを込めて「おばばさん」と呼んでいる「舞台の魔女」が、歌うような声で言いました。
「言葉はギフトなのよ。だから、誰かに向けるあなたの言葉を、ダイヤモンドやルビーのようなキラキラした宝石のように扱ってほしいの。そしてね、はな。よいたねを植えた『自分自身』に対して感謝をすることも、忘れないで」
「自分に感謝する?」
はなは首を傾げました。
「おばばさん、それはどうして?」
「なぜって、世界はどこから来ているんだっけ?」
「私の……心のたね!」
「そういうことよ。よいことが起こったら、それはあなたの心によいたねがあったから。そのたねを植えたのは、他の誰でもない、あなた自身でしょう?」
「そうか!」はなは、大発見をしたように叫びました。
「人間はね、放っておくと自分で欠点を探したり、勝手に不安を創り出してしまう、いわば『苦しみ製造機』みたいなものなのよ。でもね、はな。心から『感謝』をしているその瞬間だけは、苦しみは絶対に創造されないの。感謝の時間が長いほど、自分も周りも幸せになれるのよ」
「わかったわ。ありがとう、おばばさん!私、たくさん感謝の練習をしてみる!」
はなは強くうなずきました。
第3話 パパの秘密の宝箱と、3つのたね
オフィスの奥の部屋には、パパが大切にしている「秘密の宝箱」が置いてありました。
「中を見たいかい?」
パパが尋ねます。
「もちろん! きっとたくさんの金貨が入っているにちがいないわ」
はなが宝箱の重いふたを持ち上げると、部屋中に甘さとシャープさが混じった、独特なメリッサの香りが広がりました。ママがいつも「魂に真実と光を呼び起こす、光の精油よ」と言っていたエッセンシャルオイルの香りです。それと同時に、楽しそうな子どもたちの笑い声が、光の粒となって部屋中にはじけました。
宝箱の中に金貨は一枚もなく、代わりに「子どもたちの笑顔の記憶」が詰まった小さな光の球が、たくさん詰まっていました。パパがずっと続けてきたインドの孤児院への寄付は、この光を絶やさないための聖なる儀式だったのです。
パパは、空中に光の筋で大きな器を描いて見せました。
「毎日、一滴ずつでもいい。誰かのために、自分にできることを差し出し続けるんだ。最初は器の底を濡らす程度かもしれないけれど、それをやめずに続けていると、ある日突然、器から水が溢れ出す。その溢れた水こそが、君の人生に流れ込む『豊かさ』なんだよ。奪われることを恐れて注ぐのをやめてしまう人は、自分の器が乾いていくことにも気づかない。『豊かさの源』は、外にあるんじゃない。君が誰かに与えようとする、その心の中にあるんだ」
はなは、パパの言葉を一文字も漏らさないように胸に刻みました。今まで、パパが「無駄遣いはダメだ」と言っていたのは、ケチだったからではなく、「自分のエネルギーという大切な水を、どこに注ぐべきか」を誰よりも知っていたからなのだと、ようやく気づいたのです。
パパはもう一度、水晶のスクリーンを指差しました。
「はな、多くの人は目に見える『行動』だけがたねとなり、結果を作ると思っている。でもね、真実はもっと奥深いんだ。 一、君の心に浮かぶ小さな考え(思考)。 二、君の口から出る空気のふるえ(言葉)。 三、君が実際に動かすその手(行動)。 この三つでたねは植えられる。どれが最も多く、強いたねを作り出すと思う?」
「それは……」はなは、自分の胸に手を当てました。
「無意識のうちに、頭の中でずっと浮かんでくる『思考』じゃないかしら!」
「その通りだ」
パパは優しく頷きました。 はなの脳裏に、今までノートに書き溜めてきた「心配事リスト」の真っ黒い文字が、走馬灯のように駆け巡りました。 『友達ができなかったらどうしよう』『失敗したらどうしよう』――それらのネガティブな思考そのものが、自分の世界のスクリーンを濁らせる悪いたねになっていたのだと気づき、はなは急に怖くなりました。
「パパ、私、たくさん悪いたねを植えちゃったかもしれない……」
不安が最高潮に達したその時、パパがはなの胸を、トン、と優しく叩きました。
パパの手から伝わる温かな熱で、はなの不安はみるみるうちに溶けて、キラキラとした黄金色のはちみつへと変わっていきました。そのとろりとしたはちみつが、はなの胸の真ん中で固まって、精巧な羅針盤の形を成していきます。
「これが、君の羅針盤だ、はな。素材は君が今まで流してきた『不安の涙』だよ。それを利他の熱で溶かして、感謝で固めたから、もう二度と錆びることはない」
はなの心の中に現れたその羅針盤は、針が震えるたびに、チリン、チリンと、妖精の家のチャイムのような澄んだ音を響かせました。
「迷ったらこの羅針盤に従いなさい。針が『利他』の方角を指したとき、君は宇宙で一番強い魔女になれる」
はなは、自分の体中にあたたかい光が流れ込むような感覚を覚えました。 「発芽を焦る必要はないんだわ。私が正しくよいたねを植えて、感謝の水をあげ続けていれば、宇宙の時計は完璧な時に針を進めてくれる。私、この真実の智慧を、いつか世界中に届けられる魔女になりたい!」
はなの瞳には、もう一切の迷いはありませんでした。自分で決断できるようになったこと。自分を信頼できるようになったこと。それこそが、このたねを巡る旅で得た、一番大きな「魔法」だったのです。
エピローグ:魔法のオイルと新しい私
ある日の午後、はなはママのサロンにいました。そのサロンは、庭に建てられたヨルトという円形の小屋で、天窓から太陽や月の光が降り注ぎ、自然とのつながりを感じられる場所でした。そこでママに教わって作っていたのは、特別なクリーム。人々が「美魔女クリーム」と呼ぶそれは、心と体、そして魂の記憶を癒すための魔法のオイルがたっぷり入ったクリームです。
ボウルの中でバターとクリームを混ぜ合わせ、植物たちの力がぎゅっとつまったエッセンシャルオイルを一滴ずつ落としていきます。
「ローズは、自分の価値を認めるため。コパイバは、すべては自分の内側から来ていることを思い出すために。そして、忘れてはいけないゼラニウム。たねを燃やしてしまう怒りの感情を、優しくケアしてくれるわ」
何十種類ものエッセンシャルオイルの香りが心地よく混ざり合い、黄金色のはちみつのように輝くクリームが完成しました。そっと胸に塗ってみると、はなの体の中に、温かい光が満ちてきました。
「ママ、私、もう大丈夫。自分のたねを、どんな意図で、どうやって植えればいいか分かったから」
ママの魔法のサロンの窓から見上げたアイルランドの空に、さーっと大きな、美しい虹がかかりました。それは、はなが植えた「利他の決意のたね」が、世界中で花開いたあかしのように、いつまでも美しく輝いていました。
はなは、お気に入りのノートの新しいページに、今度はキラキラした文字で、こう書き込みました。
『わたしがなりたい「世界一幸せな魔女」は、魔法の呪文が使える魔女じゃない。自分を信じて、世界をいっぱいの感謝で愛せるようになった、私のこと』
(おわり)
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