シン・スキル|フルタイム派遣事務職が「裏スキル」を使ったら1年で社労士試験に合格した
1.はじめに
人材派遣なんて制度、なくなればいいのに。
派遣労働者として派遣先で事務職に就く立場として、そう思っていました。
理由は簡単です。代替可能な安価な労働力としてしか扱われず、誰でもできる作業を行っていたからです。どれだけ長く働いたところで昇進することはなく、常に社内カーストの最底辺にいます。次の仕事に生かせるような能力を育てることができない就業形態だと思いました。
しかし、違う意味での「スキル」を身につけることなら派遣でも可能なのかもしれない、と次第に考えるようになりました。
実働8時間のフルタイム勤務をしながら、実質1年の受験勉強で社会保険労務士(以下「社労士」)試験に合格できたのは、自覚することなく「裏スキル」を身につけていたからなのではないか、ということに気づいたからです。
2.派遣労働の現場で
筆者は、派遣元とは正社員として雇用契約を締結している「常用型派遣」で働いていました。派遣の場合、同じ職場で働けるのは3年が限度という制限があることは世の中に浸透しているかと思いますが、派遣元と無期雇用契約を締結している場合、この3年縛りがなくなります。つまり、3年を超えて働き続けることができるのです。
筆者は同じ職場で3年半ほど働きました。隣の部署の派遣労働者の中には、10年を超えて働いている人もいました。
それだけの期間、業務に従事してもらうのなら直接雇用を打診しても良いのではないかと思うのですが、特にそういった話をされたことはなかったそうです。もちろん、派遣労働者全員が正社員登用を希望しているわけではないと思いますが、ある程度の年数が経った時に派遣労働者の希望を聞く制度があっても良いのではないかと思います。
こういった派遣労働の現場を目の当たりにすると、派遣元と無期雇用契約を結んでいたとしても、一定の上限があったほうが良いのではないかと思ってしまいます。一方、「派遣労働に関する実態調査」(令和5年3月発行)の「自由意見」のページを読むと、3年を超えて働けるようにしてほしいという意見が複数掲載されていました。
上限なく働けることでいつまでも同じ業務とポジションに留まり続けるデメリット、上限があることで雇用が不安定になるデメリット、どちらにも一長一短があります。
一般社団法人日本人材派遣協会「派遣・労働市場の概要」(2026年5月)によると、2026年1~3月期の派遣労働者はおよそ151万人(役員を除く全雇用者5,823万人のうち約3%)です。割合としては大きくありませんが、筆者が冒頭に掲げた「労働者派遣の制度をなくす」ことは、いささか横暴だったかもしれません。そもそも制度をなくすことも簡単ではありません。現行の制度のまま、派遣労働者にも何かできることはないだろうか?ということで提唱したいのが、「裏スキル」の概念です。
3.「表スキル」と「裏スキル」
仕事の場面において、筆者はあまり意識せず「スキル」という言葉を使っていましたが、そもそも、一般的に「スキル」とは何を指すのでしょうか?
有名どころの転職サイトを見に行ってみると「訓練や学習によって獲得した技能のこと。つまり生まれつきの才能ではなく、後天的に習得するもの」とされています。
・パソナ「ビジネススキルとは?」
・マイナビエージェント「スキルの定義」
・マイナビジョブ20「スキルとは?」
一般的に言われる「スキル」は、①数字や年数で表すことができるもの、②履歴書や職務経歴書に記載することができるもの、③客観的に証明することができるもの、と言えそうです。
この、客観的に表すことができるスキルのことを「表スキル」と呼ぶこととします。
では、「裏スキル」とは一体どのようなものなのでしょうか?
「表スキル」の逆、つまり数値や合格証などで客観的に表すことができないスキルを指します。
ここからは筆者の派遣労働の現場での経験になります。
筆者は、女性派遣労働者のマジョリティである事務職に就いていました。仕事内容は、①助成金をもらって行う開発事業の監査対応のための資料管理、②部署内の経費精算、③部署内の出張旅費精算が主たるものでした。初めて行く派遣先、初めて使うシステム、ローカルルールがわからない等、最初のうちは自分の10割の力で仕事をこなしますから、心身ともに疲れます。しかも、全く勝手がわからないため要領も悪いです。
それでも次第に慣れてくると、仕事をこなす力の出力を9割、8割…と減らしていくことができ、徐々に時間にも気持ちにも余力が生まれてくるようになりました。
最初はさっぱりわからなかった監査用の資料集めも、四半期ごとの監査の準備に携わるうちに、どの資料がどの場面で必要になるのかが少しずつわかるようになってきます。すると、毎月、数字が確定した時点で収集すれば楽になることに気づき、監査前に慌てて奔走することがなくなってきました。
経費精算の場面でも、システムに入力する際の表題のつけ方のルールはありませんでしたが、敢えてマイルールを作りました。交際費や会議費の科目で処理した伝票は後日問い合わせを受けることがあるため、「利用日+相手先+品名+数量+担当者名」の順で入れるようにしていました。
また、電子帳簿保存法の施行後は、請求書や領収証を紙ではなく電子で受領した時の処理モレをどうすれば良いか悩みました(それまでは処理モレを防ぐために紙に印刷していました)。
紙の場合は手元に原本があるため「未処理ファイル」に綴じておけばすぐにわかります。せっかく電子帳簿保存法が始まったというのに、電子で受領した請求書等を印刷しては本末転倒ですし、何より法で決められた原本以外のものをわざわざ紙にすることは無駄ですので、改善が必要でした。
そこで考えたのは、メールボックスに「請求書・領収書」のフォルダを作り、受領したメールを一旦そのフォルダに手動で移動します。システム入力が終わるまでは未読にしておき、入力が終わったら既読にし、かつリアクションのスタンプを押すことにしました。スタンプなら自分の受信フォルダ内ですぐに確認できるので見やすかったです。
更に、処理済の証憑一式は、PDFの編集ソフトを使って1ファイルにまとめ、個人フォルダにも格納しておきました。電子帳簿保存法で必要な証憑はシステムに格納済ですが、たまにしか発生しない処理の確認や問い合わせ対応の際には、システムを起動するより手元で保管しておいたほうが検索しやすかったためです。これは誰かに見せるためではなく、未来の自分を楽にするためのものでした。
こうして、自分の担当業務を徐々に最適化していきました。受けた業務は即日処理を行い、1日8時間の所定労働時間では余るようになりました。基本的に常に手待ちの状態でしたので、問い合わせへの調べものなどにじっくり時間を充てることができ、業務に追われるような感覚は皆無でした。
派遣労働者のメリットは、契約にない業務は手待ち時間があってもやらなくても良いことでした。
筆者の派遣先では、eラーニングが充実していました。受講必須のものもあれば、任意で受講できるものもありました。余った時間を使って、積極的にeラーニングで勉強することができ、大変ありがたかったです。
働き始めて2年ほど経つ頃には、出力を3~4割程度まで減らすことができました。通勤時間は40分ほどでラッシュとは無縁の経路でしたので、全く疲れることなく日々が過ぎていきました。自分の業務は最適化されていましたので、毎日定時で帰っていました。
4.余白を使って社労士へ挑戦
そしてついに、社労士への挑戦が始まります。
社労士を意識して段取りを始めたのは、試験に合格した2025年から遡ること2年半ほど前になります。派遣先で働き始めて半年ほど経過した2023年春頃のことでした。
派遣元とは正社員雇用であっても、派遣という就業形態で働いている限り、責任ある仕事に就くことはできませんでした。特に誇りもやりがいもなく、水面下で転職活動を始めました。しかし全くうまくいかず、自己肯定感は下がる一方です。とりあえず仕事はあるので、こんなにメンタルを削ってまで転職活動をする必要があるのか自問自答しました。
そんな時にふと思い出したことがあります。
「そういえばずいぶん前に、CFP®を取ったらいずれは社労士を、と思い描いていたことがあったな…。社労士ならば、独占業務があるから開業という方法も選べるのではないか。」
その時点で、筆者はCFP®3課目を合格済でした。
やるべきことが決まりました。
2023年6月、同年11月、2024年6月にCFP®試験を受け、6課目コンプリートを達成しました(1回1課の受検でした)。CFP®の勉強を通じて、人生で初めて「ひとつの問題集を7回転する」という王道の勉強ができるようになりました。また、毎日勉強する習慣ができたこと、朝型に変えて毎日同じ時間に勉強することなど、社労士受験においても土台になる習慣を先に作っておけたことは収穫でした。
社労士受験生の中には、合格後を見据えて社労士事務所などに転職をする人もいますが、筆者は開業を視野に入れていたこともあり、環境を変えずに受験することとしました。既に仕事のサイクルは出来上がっていたので、勉強時間の確保を始めとしたスケジュール管理がしやすかったです。気持ちの上では、勉強が本業で、派遣労働が副業という感覚でした。
余談ですが、社労士の本試験でハラスメントに関する問題が出題されました。なんと、派遣先のeラーニングで学んだ内容が出題され、派遣労働が合格の一部に寄与するという想定外の収穫もありました。
5.「当たり前」を疑う
勉強中は、社労士になりたいという正のモチベーションだけでなく、こんな底辺労働から絶対に抜け出してやるという負のモチベーションも原動力になっていました。
もし不合格になってしまったら、あと1年、今の派遣労働を続けなければならないのです。それだけは絶対に避けたいという気持ちも、良い方向に働いてくれたと思っています。
努力が実り、無事に合格を勝ち取ることができたのですが、筆者の試練はここで終わりませんでした。
派遣契約を終了し、派遣元のバックオフィス勤務を希望していましたが、空きがありませんでした。
派遣元へは社労士受験のことも、合格後はバックオフィスを希望することも伝えていました。難色を示す素振りがなかったので、叶うものとばかり思っていました。ところが合格の連絡をしたところ、社長から「いつか合格するとは思っていたけれど、まさかこんなに早いとは」との言葉が返ってきました。
社長の想定よりもだいぶ早く受かってしまったようでした。
行き先をなくし、「こんなはずではなかった」と失意の中、社労士事務所への転職活動を始めました。しかし現実は厳しく、合格率5.5%を勝ち抜いたにも関わらず、門戸を開いてくれる事務所はありませんでした。
9社から不採用となったところで、転職をする気力を失い、応募をやめました。
面接まで進んだ事務所の面接官と話している時に、社労士事務所のお客様は経営者であり、労働者個人ではないということを改めて思い知ります。
筆者は就職氷河期世代です。社労士の受験勉強をする中で、この資格を通じて就職氷河期世代を支援するようなことをやりたいと思うようになっていきました。
でも、社労士事務所は、労働者を支援する場所ではなかったのです。
この転職活動を通じて、筆者は「社労士とは、中小企業と顧問契約を結んで手続、給与計算、労務相談をする」といった王道の業務をやりたいわけではない、ということをはっきり認識しました。
それならば、考え方を変えてみます。
社労士を、派遣会社の営業という立場で生かせないだろうか?
筆者は派遣労働をしたことで、「派遣会社の営業担当は、話を聞いてくれるが解決してくれるわけではない」ことや、「派遣先のコンプライアンス窓口もまた、話を聞いて調査をしてくれるが解決してくれるわけではない」ことを経験しました。
また、仲の良い同僚には社労士試験に合格したことを伝えていたので、労務関係で悩んでいる人がいる、という話題が筆者のもとに集まってくるようになりました。たとえば、何か相談したいことがあっても誰に相談すれば良いのかわからないとか、窓口があっても勇気が出なくて相談しづらいといったことです。
その時は、「本来なら、会社の関係者ではない社労士がそういった相談を受けられたらいいのに」と思ったものですが、自らその道を開拓しようというところまで思い至りませんでした。
派遣労働を離れ、社労士事務所への転職活動に失敗し、やっと「世の中の当たり前を疑う」境地に辿り着きました。
「専属社労士のいる派遣会社」というコンセプトは、どの派遣会社も打ち出していないのではないか?
会社の中でも比較的弱い立場にいる派遣労働者を、社労士の専門知識を使って支援することができるのではないか?
後方のバックオフィスではなく、営業担当として派遣労働者と対話する最前線に出るのです。
筆者が疑った「当たり前」は、「社労士業務のあり方」でした。
では、社労士が営業担当になることで、一体どんな付加価値を提供できるのでしょうか?
筆者のこれまでの派遣労働を棚卸ししていた時に、そこに「裏スキル」が働いていたことに気づきました。
事務職の派遣労働ではスキルが身につかないと思い込んでいましたが、自分の業務を最適化し、毎日を省エネで過ごし、余力を受験勉強に費やしたあの経験こそが、「裏スキル」だったのです。
「裏スキル」を身につければ、筆者のように余力で資格を取るなど新しいものに挑戦することで、今までとは違う道を切り開くことが可能になります。なにも社労士のような合格率の低いものでなくても、社会人として持っていたほうが良いような「日商簿記検定」や「ITパスポート」など、可能性は無限大です。
派遣労働のデメリットをメリットに置き換えられるかは、自分次第です。
6.参考資料
東京都産業労働局 「派遣労働ハンドブック」 2026年3月発行
東京都産業労働局 「派遣労働に関する実態調査」 2023年3月発行