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扉の向こうに彼女はいる#5

    エピローグ 帰り道


     トネさんの部屋を訪れたその晩、亜沙美さんの霊は現れなかった。次の日も、その次の日も。
     一週間が過ぎた頃、夜にバイトから帰ってくると、アパートの前でコンビニ袋をぶら下げた米村さんと会った。

    「あれからどう」

    「今のところ平和です」

    「霊能者の伝手もできたことだしさ、これからどんどんオカルト案件調べていこうと思うんだよね。ていうか、祥子ちゃん、この際オカルト研入らないか。たぶん、心霊現象とかに出会いやすいタイプなんじゃないかと思って。助けになるかもしれないよ」

     相変わらずの軽い口調に、少し苛立ちを覚えた。

    「もう解決しましたから大丈夫です。今日は用事があるのでまた」と返しておいた。
     彼は、この事件を自分の話のネタの一つとして楽しんでいるのだ。オカルト研だったというのは前に聞いたことがあったけど、何人ぐらいいるんだろう。ちょっとだけ興味があるが、あの人と関わるのはもうやめておいたほうがいい。

     それから7月になった。その間、小野瀬さんが弟子の篠山さんを呼び、「念のために」と供養の儀式を行なってくれた。小野瀬さんは五月は週に一回、六月は二週に一回と、頻度を減らしながらも、尚くんと一緒にトネさんの部屋と、わたしの部屋の様子を見にきてくれたが、特に異常はない。

     隣の三〇二号室は、新しい住人が決まったようだ。叔父が「やっと決まったよ」と安心していた。
     そういえば、顛末が叔父の奥さんから、私の母に伝わったようで、叔父は相当に怒られたようだった。叔父は昔から姉である私の母には頭が上がらないようで、私が卒業するまで、さらに家賃の値下げを提案してきた。叔父としても、三〇二号室にも人が住むようになったし、結果的にはプラスということなのだろう。

     その日は、まだ7月初めとは思えないまさに真夏といった暑い日だった。昼さがり、大学の午後の講義が休みだったので、わたしはアパートに向かって歩いていた。
     道の先は十字路で、アスファルト表面が、熱さのせいか歪んで見えた。十字路を右に曲がれば、もうすぐ、わたしの住むアパートだ。早く冷たい飲み物が飲みたいと歩みを早める。
     そこに、道路上を動く小さなものが目に入った。
     なんだろうと目をこらすと、どうも人形のように見える。白い服を着せられた木片のようなもの。
     トネさんの部屋にあったコシロサマだった。
     コシロサマは、十字路を右から左に横切っていった。風にあおられた木片のようでもあり、自分の意思でずるずると這っているようでもあった。
     とっさにわたしは走って追いかけたが、十字路にたどり着いてみると、もうその姿を見つけることはできなかった。
     見間違い……だったのだろうか。
     その日、トネさんのもとから、コシロサマが消えた。
     お寺に預ける予定が決まっていたのに、いつの間にか消えてしまったのだそうだ。
    「私が必要としなくなったから、出ていったのかもしれないわね」とはトネさんの談。

     電話で小野瀬さんに聞くと、特に問題視していなかった。

    「トネさんから必要とされなくなって、どこかに行ったんでしょう」

    「やっぱり供養してもらったほうがよかったんでしょうか」

    「それでもよかったんですが、トネさんが気持ちを整理するには、コシロサマをすぐには取り上げないほうがよいと思ったんです。コシロサマを否定すると、どこに被害を被るかも予想できなかったので」

    「でも、どこかでまた誰かに……」

    「氷川さんはお優しい。コシロサマのせいで、また被害に遭う方がいるかもしれないと思ってしまうのでしょう。全く知らないどこかの誰かを心配している。それはよいことだと思います。ただ、わたしに言わせて貰えば、コシロサマが悪いことを引き起こすのではなく、人の営みの淀みのようなものが、コシロサマのような存在を作ってしまうのですよ」

    「わかります……でも、思ってしまうんです。コシロサマがなければ、亜沙美さんは迷わずに済んだのかな、と」

    「――あのような存在は、どこにでも潜んでいて、普通に生きていれば、惑わされることもないんです」

    「そうですね……」

    「お、尚が電話変わりたいみたいです」

     尚くんが、電話に出ると、電話慣れしていないのだろう、声を張って話す。

    「お姉ちゃん。あの人形はね。悪いだけじゃないんだよ。願いを引き受ける人形なんだ」

     はっとした。呪いの人形というイメージに引っ張られていた。そうか、よいにしろ悪いにしろ、願いを引き受け、叶えようとする、神様だった。願う人によってその性質は変わりうるのかもしれない。

    「尚のいうとおりですね。それがいい方向に向くのか悪い方向に向くのかは、出会い次第なのでしょう」

    「そうですね」

     どうしようもない想いを抱えたとき、わたしだったら何にすがるのだろう。大切な人がいなくなってしまったとき、どうやって自分を納得させればいいんだろう。そんなことを考えながら、いつもどおりアパートに帰ると、三階のベランダでトネさんが洗濯物を取り込んでいるのが見えて、互いに会釈した。
     トネさんは、最近は元気に見えるけど、これからも、きっと亜沙美さんのことを思い出しては悲しみにくれることがあるのだろう。

     わたしはどうだろう。亜沙美さんの分までがんばろうというのは、少し傲慢かもしれない。それでも、自分なりにがんばって生きていこう。そして、きっと、たまには、この事件や亜沙美さんのことを思い出すのだろう。

    (了)


    ※本作は全5話です。各話は本記事下部に表示されるマガジン『扉の向こうに彼女はいる』からお読みいただけます。


    #創作大賞2026 #ホラー小説部門

     
     
    ホラー、ミステリ好きです。小説家になろう、エブリスタに小説を投稿していましたが、読んでもらう機会を広げようとnote始めました。作品お読みいただけたら、何か反応もいただけるとすごく励みになります。基本ホラー作品を書いています。映画感想、ゲーム作成等の記事もたまに。

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