メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byyanotatsuya

ショートショート_ 微睡み

    砂浜で夏にやることで思い出すこと言えば、スイカ割りだろうか。

    スイカ好きの私からすると、スイカは包丁できちんと綺麗に割って分配されるべきで。粗っぽくたたき割るものではない、勿体ないではないかと思ったものである。

    変わった子供の発想だ。

    だが。

    そういう夏の風物詩。既に古の話なのだろうか。

    最近の子供の夏休みの絵日記を覗いてみたいと思う。


    翻って。我が家の子供たちには、スイカ割りは体験させたことがない。

    彼らの絵日記には、砂浜のスイカ割りは、恐らく一度も登場したことがないだろう。

    それは、私が海は泳ぐためのものではなくて潮騒を聴きに行くためのところだと思い込んでいたのと。

    やっぱり、スイカは無造作にたたき割るものではないと思っていたからだろう。

    こう考えると、親の思い込みや思考が子供に与える影響というのはバカにできない。

    思うに。

    人間。生来のタチというものはあるが。後天的に刷り込まれた環境由来のものに、大いに左右されるものなのだろうと思ったりするのである。


    そんな日曜日の午後に、またもや、荒技をやってしまった。



    さて、小牧幸助さんの、シロクマ文芸部の最新お題は、毎週木曜日に出る。

    そして、今回のお題は、「砂浜で」から始まる小説・詩歌・エッセイなどを自由に書いてみませんか?いうことで。


    そして、たらはかにさんからのお題は…。

    表のお題が【惑星総転居】で。裏のお題が【学生総隠居】|д゚)チラッということだ。


    また、山根あきらさんの、青ブラ文学部のお題は、少し早めに出る。

    今回は、「夕涼みと蝉の声」というお題で作品を書いてみませんか?ということで。

    今回の投稿には使わないが。ここのところ、すでに創作大賞の募集期間に入り、しばらくは続くということで、期限のない「青ブラアンケート」が出ている。


    また、以前の「青ブラ文学部」の裏のお題が「知られざる名曲」ということで出ていて。これも期限がないという。今後も、折に触れて使えそうだ。また、いつか使おう。

    こういう配慮というか、気持ちが有難い。


    今回は、「青ブラ文学部」のお題「夕涼みと蝉の声」を、本文に埋め込むということにしよう。



    心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟つぶやいた。

    コジ、「荒技師あらわざし」だなんて、あんまりおおっぴらに言わないほうがいいよ。


    うむ……。そうだな。



    3人の企画は両方とも、膨大な数のファンの方、参加希望者を抱えていらっしゃって。お題を出すだけでも、大変だと思うのである。それでもお題を出してくれる。毎週。ほんとうに、ありがたい限りだ。ほんとうに励みになる。

    また、今回は、2号さんのシロクマ文芸部作品を読んでみた。ちょっとその感想を、シロクマ感想文として書いてみる。

    今週も、「シロクマ文芸部・砂浜で」で検索して飛んで行き、「シロクマ感想文」をほんの少し、コメントを残した。

    砂浜でさば缶を開ける「開け音」これが人を癒すかどうかは少し疑問が残るところではあるが。でも、ひょっとしたら癒されたりハマったりする人がいるかもしれないとは、ほんの少し思う。

    男の出で立ち。どうして、全身銀色のラッシュガードに身を包んでいるのかは謎だが、そもそも行為自体が謎。「開け音」がバズるのも謎だから、その謎を深める効果はかなりあり。それによって、2号さんの世界観が完成されたと言っても過言ではないだろう。

    それにしても。

    最後のSurströmmingの缶は、決して開けてはならない玉手箱だったのだろう。

    音は音で楽しむ。それ以上を求めるのは人のなせる強欲である。

    そういう教訓を滲ませた寓話だと、私は感じた。

    昨日はゆっくり休んだので。ここから先は、惰眠を貪らずに、さあ、働こう。そう自分を奮い立たせるに十分な、良き作品だった。


    今、生きていられることに感謝して。今宵も、月に祈ろう。



    心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟つぶやいた。

    せっかく出していただいたお題を、小牧幸助さんの始まりの言葉(シロクマ文芸部)と、たらはかにさんの裏表のお題(毎週ショートショートnote)、そして山根あきらさんの青ブラ文学部のお題。4ついっぺんに書く荒技。まして、シロクマ感想文と、全部で5重の荒技。あまりにもやりすぎじゃないかな。

    そうだ、今週はな重の荒技だ。


    うむ。


    これで何週間だろうか。この7月で2年になろうとしている。


    まあ、続けられるだけ、続けるさ。



    心の中の、リトルkojuroが、また、ボソリと、呟つぶやいた。

    まるで、悪ガキそのものだな。


    まあな。


    なんのはなしですか。

    画像
    荒技って、調子によるなよって……いや、あのぅ……


    さて。それでは、本編にまいりましょう。今週の荒技、「ショートショート_ 微睡まどろみ」約410字を、どうぞ。


    画像

    砂浜で財前は寝転がっていた。




    彼はエージェントではないが、時に臨場して戦況を伺う。

    ツールを創造し改善するためには、現場の状況分析が欠かせない。もちろん、マイクロウェアラブルカメラで常時解析してはいるが、実視確認が一番のフィードバックデータの元となる。

    敵を確保したあと束の間の休息をとり、夢を見たのだ。






    地球は既に荒れ果てていて、火星に向かう宇宙船の中は若者だらけだった。


    彼らが口々に言っているのだ。



    「これからは学校も試験も何にも無い。実に愉快な青春を送れる」


    もう教育を受けさせる義務は無く。自由勝手に各々が学べば良いという時代になったのだという。



    「そんなバカなことがあるべきじゃない!若いうちに大切な権利を放棄するな!」


    そう叫んだとき、夕涼みと蝉の声に包まれて、ふと目が覚めた。







    西の空に三日月が見えた。

    やがて夏の大三角が輝く。

    今夜は天王星が5°まで月に最接近する日だ。






    財前は起き上がり、研究所にある天体観測ドームへと急いだ。


    画像

    《余滴》
    「砂浜で」とくれば、スイカ割りという頭脳展開が私はお決まりなのですが。冒頭のエッセイ部分で使ってしまったので違う展開にしました。笑

    さて。毎週ショートショートのお題の解説です。
    ショートショートnoteカードゲームでは、お題の言葉そのものを入れ込まないで匂わせるのを流儀としています。

    小牧幸助さんの書き出しのお題や、山根あきらさんの青ブラ文学部のお題、水曜日の「三題噺」の三つのお題は、その言葉そのものをストレートに文章に入れ込むのですが、たらはかにさんのお題は、表も裏も、なるべく言葉そのものは入れ込まない方が良いという流儀に沿い、なるべくそうしていっている“つもり”なんです。

    しかし、方や、私のこの「荒技」にお題の言葉を探し続ける人もいらっしゃいまして。

    たらはかにさんのお題については、今日は、ここに解説を入れてみようと思います。

    ですが。

    この解説ついての一切の苦情は受け付けません。なぜならば、これこそが、「荒技」だからです。笑

    ①表のお題が【惑星総転居】→財前の夢の中では、もはや地球は荒れ果てて火星への移住しか道を残されておらず。人類は総員転居の段になっています。惑星間移住のための宇宙船に乗っている財前。そこでの出来事です。

    ②裏のお題【学生総隠居】|д゚)チラッ→学生達も例外なく学業を離れて移住することとなり。その際、移住先には学校はなく。学ぶ場合は勝手にネットを探して自由に学びなさいとお触れが出たようで。試験勉強もしなくて良くなった学生は寧ろ喜んでおり。まるで隠居してしまった学生のように頼りなく財前には見えたのです。

    「学校も試験も何にも無い」というのは「ゲゲゲの鬼太郎」のオープニングの歌の一節で。あの歌詞は水木しげる先生の作詞だそうです。夏の、怪談の季節。ちょっとしたオマージュでした。

    それにしても荒技。なかなか難しいです。時間もかかりますし。なにせ、頭がついてきません。荒技師への道は、まだまだ遠く彼方にあり。欠片も見えてきません。


    昼間のそんなこんなを家内に語ろうとして後ろを振り向くと、空のソファーが、静かに笑っていた。

    先日から家内は、あるプロジェクトで、都心のホテルに泊まり込んでいる。

    シーンとした部屋の空気に、なんだか、心が追いつかない。



    昼間のやりとりからすると、家内は、元気なようである。

    家内が元気だと、我が家は、明るくて平和である。





    だから。




    これで、いいのだ。

    画像
    荒技師への道は、遠いなぁ……また来週チャレンジだな




    画像
    荒技師って、本当に目指していいのかい?って、話




    この記事が参加している募集

     
     
     

    kojuro

     
     
    なぜかキナリ杯をきっかけに、noteを書くようになった。気ままに、気長に、書きたいときに、書きたいことを書きたいだけ書く。

    あなたへのおすすめ