
【日記】歯医者の帰り道、空まで帰る道。
はなのさくきせつの
はなをすするこども
はみだしたあおぞら
はいしゃのかえりみち
そっとみみうちする
このこえはだれなの
これからどれくらい
どれくらいたったの
うまれそだったまち
もういないひとたち
なくなってくかたち
なくならないきもち
そっとてをひらいて
なにもないてのひら
ぽけっとにかくして
そらまでかえるみち
私には祖国が無い。
生まれや国籍は日本だ。しかし母は中国生まれの中国人で、いわゆる帰化人というやつである。
ただ、その母の母、つまり祖母は日本人なのだ。つまり母は日系中国人。この時点でややこしくなってくる。
そのうえ、祖母の姓は「金」と、どうも大陸系の日本人だったっぽい。それ以上のルーツは遡れない。祖母がどこで生まれ育ったかを、母の7人いる兄弟姉妹、誰も知らないからである。
いろいろあって、祖父の祖国もわかっていない。とりあえず中国生まれではなく、どこか違うところから渡って来た人らしい。
私は日本では中国人、中国では日本人として育ち、ハーフ(最近はミックスというらしい)とも言えない微妙な人間として生きている。戦時中のごたごたがあってこうなったから、私は政治の話になると、曖昧な表情しか浮かべることができない。私たちのような人間にとって、政治は「アイデンティティがはっきりしている人」とはまた違った問題になるからだ。
私には「田舎」もない。
母方の祖母が暮らしていた家は、老朽化により完全にリフォームされ、安く売り払われてしまった。祖母は92歳で亡くなるまでに2回も引っ越ししているから、「あの懐かしい家」はどこにもなくなってしまった。
父方の親戚とは絶縁状態にある。
これに関してはいわゆる嫁姑問題のあれだからアレなんだが、とりあえず、母方にも父方にも、私が身を寄せる場所は無い。
母校も、無くなってしまった。
もちろん物理的には存在する。ただ、制服が変わった。ジャージも変わった。私たちが在籍していた頃には無かった校則もできた。定期的に学校を訪れていた部活動のOB・OGは、学校の方針で追い出されるようになった。吹奏楽部でいつものように指導をしていたとき、「ここはもうあなたの居場所じゃない、出て行って」と言われたときの悲しさは、今でも忘れることができない。
高校は文春レベルの不祥事でよくわかんないことになり、一時廃校も噂された。同時にクラスLINEも空中分散して学友の行方もわからず、先生がたはどこへ行ったことやら。同窓会の話も回ってこない。
ようやく繋がった同級生のひとりが結婚したことや、元クライメイトが時々あげる子どもの写真で、しあわせをお裾分けさせてもらっているのが、唯一の喜びである。
大学は改革があり、専攻していたコースが消滅した。講師陣にもお世話になった教授がたの名前が消え、私はいよいよ、いつか訪ねられる母校を失った。
信頼できる両親もいない。母は精神病気質で、昔は包丁を振り回しヒステリーを起こすひとだった。昔から中国の親戚に、電話で何時間も私の悪口を言っていた。幼い私がそれを全て理解していたとも知らずに。
父は優しいが世間にまるで関心がなく、何かを相談できるひとではなかった。
両親の精神病気質は私にも引き継がれ、私の人格は大量の精神安定剤によって保たれている。
そんな状態の「私」に「私」が存在しているのか、それは自分にもわからない。
気付かぬうちに、大好きなケーキ屋が閉店していた。
母が務めていた産院は、先生が亡くなり廃業した。
幼い頃通っていた商店街が、大きなスーパーに変わっていた。
友だちと遊んだ草原は住宅地に変わった。
WBCで日本が初優勝したとき、そこらじゅうのみんなで小さなブラウン管テレビを見詰めたあの学童は、建物ごと消えてしまった。
公園からはいつの間にか、遊具が消えた。
生まれ育った街に、あのころ毎日転げ回って遊んだ友達はどれくらい残っているんだろうか。
中学校の中庭で寝転がって歌ったクラスメイトは、今もこの街にいるんだろうか。
小学生の頃、1年1000円のお年玉からなけなしの150円を払って、パスカルズの「326」を買った。Appleが単曲売りをやっていた時代の話である。アルバムを買うお金は無かったから、ただ1曲だけ、「歌詞があるから」とか「知久さんが歌ってるから」とか、そういうつまらない理由で買ったような気がする。
いい曲だな、と思っていた。ただ、それだけだった。
ついこのあいだ、ちょうど春ごろだったか。幼い頃に通っていた歯医者へ行った。歯だけは丈夫なものだから、10年ぶりくらい、歯石取りに行ったのだ。
そうしたら受付のおばさんが「さやかちゃん?!大きくなって!」と驚いて、懐かしがって古い古いカルテを出してくれた。私が幼稚園児の頃からの、日焼けしたカルテである。
歯医者の中は、置いてある絵本や遊具、その暗さやカーテンのレースまで、何も変わっていなかった。
歯医者のカルテのファイルの中に、「私」が存在した。
「私」が存在していた証拠が、確かにそこにあった。
保育園の花壇から白い花が匂う帰り道、ほんの少しの寒さでポケットに手を突っ込み、自然と口ずさむ「326」。少しつるつるになった歯と、柔らかな春の空。
わたしはいま、たぶん、ここにいるんだと思う。
Text:安藤さやか