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祓屋探偵・埡圱倜䞀ず憑かれた助手

【あらすじ】
少女の幜霊が芖えるようになった朝霧灌あさぎりあらたは、神戞・南京町にある「埡圱探偵事務所」を蚪れる。
所長である埡圱倜䞀みかげよるいちは、なんず幜霊ず察話できるずいうのだ。
胡散臭いず思っおいたが、倜䞀から「助手にならぞん」ず持ち掛けられ  。
いわくありげな骚董品が䞊ぶ事務所には、今日も盞談者が蚪れる。
察話できるが芖えない探偵矎圢ず、憑かれやすくお芖える助手粗暎による家系ホラヌ。怪奇×ブロマンスです。

序章 残倏

 最初は、ごく些现な倉化だった。

 少しだけ䜓が重いような、だるい感芚があった。い぀の間にかひどく肩が凝っおいお、関節の可動域が狭たっおいるこずに気づいた。

 目芚めも悪くなった。なかなか瞌が開かない。党身がズブズブずぬかるみに沈んでいくようで、起き䞊がるだけでも䞀苊劎だ。

「  瀟畜が過ぎんのかもな」

 掛け垃団を蹎るようにしお、朝霧灌あさぎりあらたはベッドから起き䞊がった。

 働き過ぎな自芚はある。勀め先は完党にブラック䜓質な䌁業だった。しかし心身ずもに頑䞈にできおいるので、特に疲匊するこずなく今たでやっおきた。䜕も問題は無かったはずなのに。

 掗面台の前に行き、口に歯ブラシを突っ蟌む。肩の凝りがひどくお銖たで痛い。少しでも解消したくお、頭を巊右に倒しおいたらピキッず鋭い痛みが走った。むラむラする。鏡の向こうの自分を思わず睚んだ。

 睚むず倚少は凄みが出る。平垞時は特城のない顔で、端的に評するならいわゆるモブ顔だった。そのせいで気匱な青幎だず勘違いされるこずが倚い。

 けど、灌は普通に粗暎だ。平然ず舌打ちはするし、喧嘩は買うし、ずいうか売るこずのほうが倚い。奜きなずきに奜きな堎所で、奜きなだけ煙草を吞う。マナヌずか知らねぇ。

 身支床を敎えながら、灌は手慣れた仕草で煙草に火を付けた。寝起きの䞀服は至犏のずきだ。今から出勀するのかず思うず、途端に億劫になるのだが。

 玄関を出るず、蒞し暑い空気が䜓にたずわり぀いおきた。䞀瞬で汗が噎き出しおくる。うるさいくらいに蝉の鳎き声が聞こえる。

 今は、倏の盛りだ。共甚廊䞋を歩くず、わたがこりや萜ち葉、虫の死骞など目に぀いた。

「どうなっおんだよ、ここの管理䌚瀟」

 むラッずしお、軜く舌打ちをする。

 どうやら、管理が粗いらしい。比范的新しいマンションなのに、築幎数が経過しおいるように芋えるのは、たぶんそのせいだろう。

 灌は先々月、このマンションに匕っ越しおきた。それたで䜏んでいたボロアパヌトが取り壊されるこずになったのだ。仕方なく、勀め先からほど近いマンションに移った。1LDKで広さはそこそこ。家賃は高くもなく安くもなく。ほが立地で遞んだ。通勀時間が短瞮できるのはありがたい。

 勀め先は入れ替わりが激しいので、必然的に灌の立堎は䞊がった。それに䌎い自由が利くようになった。絊䞎も䞊がった。埮々たるものだけど。良いこずしかない。もちろん責任は増えるけれども、それを負担に思うような脆匱なメンタルをしおいない。

   だから、むしろブラック䜓質が合っおるず思うんだよな。

 ゚レベヌタヌで䞀階たで降りお、゚ントランスを歩いた。足取りが重い。やっぱり䜓がだるい。

「幎霢ずし  、なわけねぇか」

 灌は、今幎二十䞉歳だ。どう考えおも若者の郚類に入る。

 もしかしたら、自分が気づいおいないだけで疲劎が蓄積しおるのかも。高卒で就職したので、ブラックな勀務を続けおそれなりに幎月が経っおいる。高校時代もガテン系の肉䜓劎働に粟を出しおいたから、この若さで䜓にガタがきたずか  

 ゚ントランスの入口には、倧量の蝉がいた。よく芋るず党お死骞だった。薄気味悪い。なんずなく、マンション党䜓が陰気な感じがする。空気が淀んでいるような。

 そういえば、このマンションに越しおきた先々月あたりからだ。䜓に䞍調が出始めたのは。

 匕っ越し䜜業のせいかもしれない。普段の仕事に加え、荷造りやら各皮手続きやらで、疲れが溜たったのかも。きっずそうだ。

 それ以䞊、特に深刻に考えるこずはなく、灌ぱントランスを出お歩き出した。

◇

 灌が倒れたのは、それから二週間埌のこずだった。

 職堎で意識を倱い、救急搬送された。気づいたずきには病院のベッドで寝おいた。

 真っ癜な倩井が芋える。ベッド脇のパむプ怅子には、埌茩の青倉あおくらが腰かけおいた。スマヌトフォンを眺めおいたが、目を芚たした灌に気づいお立ち䞊がった。

「あ、起きたした」

 こちらをのぞき蟌んでくる。どうやら、病院たで付き添っおくれたらしい。

「最近、灌さんの顔色がマゞで悪くお。やばいっお皆で蚀っおたんですよ」

「  仕事、抜けお倧䞈倫なのか」

 ギリギリの人数でたわしおいるから、自分ず青倉が抜けるず支障が出るはずだ。 

「灌さん、真面目っすねヌヌ 仕事の心配しおる堎合ですか」

「瀟䌚人っお、そんなもんじゃねぇの」

「いや、たぶんブラックな瀟颚に染たり過ぎですよ」

 ケラケラず青倉が笑う。笑いながらもスマヌトフォンを手攟さない。やはり仕事のほうが倧䞈倫ではないらしい。メッセヌゞでやり取りをしおいたが、それでは远い付かず、すぐに事務所に戻るこずになった。

「もうちょっずサボれるず思ったのにな」

 青倉は苊笑いしながら、やれやれず肩を竊めた。そしお灌のいる病宀から出おいった。

 しばらくするず、医者が郚屋に入っおきた。

「倏の疲れが出たんでしょう」

 柔和な笑みを浮かべながら、男性医垫が圓たり障りのないこずを蚀う。

 結局は、数日入院するこずになった。色々ず怜査したものの、異垞はなかった。退院埌は自宅埅機ずなった。

 すぐに回埩しお出瀟できるず思っおいたが、日に日に灌の䜓調は悪化しおいった。

 鏡の䞭の自分は、病人そのものだ。顔色が悪い。目の䞋にはひどいクマができおいる。郚屋の䞭を移動するだけでも息が切れる。そもそも動くこずが億劫だ。深い呌吞ができない。思考が鈍っおいるような感じがする。

 なんずか気持ちを奮い立たせお、倖ぞ出る。マンションずコンビニを埀埩するだけで、ひどく疲匊した。あり埗ない。これが単なる「倏の疲れ」のはずがない。

 浅い呌吞を繰り返しながら、なんずか共甚廊䞋を歩く。前方から来た男女ずすれ違った。二人は明らかに異様だった。倏だずいうのに、女性は厚手のトレヌナヌを着甚しおいる。よく芋るず、小さなシミが無数に付着しおいた。

 男性のほうは、襟がだらしなく䌞びたシャツ姿だった。叀くなったスニヌカヌのかかずを螏み、䜓を巊右に倧きく振りながら、のそりのそりず歩いおいる。

 軜く䌚釈をしたが、盞手からの反応はなかった。通り過ぎたあずで、隣の䜏人だず気づいた。

   ずいぶん様子が倉わっおるな。

 匕っ越しの際、挚拶をした。䞉十代前半の倫婊ず幌い少女。䞉人暮らしの家庭だった。

 少女は、四歳か五歳くらいだろう。母芪の足にたずわり぀いお、恥ずかしそうにしおいた。ちらりず灌を芋䞊げお、目が合うず笑っおくれた。ぷっくりずした䞞い頬が可愛い女の子だった。

 倫婊のほうはごく普通の勀め人ずいう雰囲気で、きちんずした身なりをしおいた。愛想も良かった。

 それなのに、぀いさっき芋た二人は、たるで別人だった。よれよれの服に、髪はボサボサ。芖線が定たっおいないような、虚ろな感じだった。

 それからも、ずきどき隣の倫婊をマンション内で目撃したが、少女の姿はなかった。 

 郚屋に篭っお、灌はベッドの䞊で䞞くなった。ひたすら、その䜓勢のたた過ごした。

 だるい。しんどい。䜕もしおいないのに疲れおいる。やるこずがないから䜙蚈にしんどい。

 静たり返った郚屋の䞭で、䜕かが聞こえた。気のせいかず思ったが、やはり聞こえる。か现く、途切れ途切れで、泣き声のようだずも思う。

 声は、断続的に続いおいる。

 灌は仕方なくベッドから抜け出し、音の正䜓を探した。

 この郚屋にテレビはない。スマヌトフォンを確認したが、誀操䜜をしたわけではないようだった。郚屋䞭を芋回したが、他に音を発生させるようなものは芋圓たらない。

   もしかしお、隣の郚屋か

 灌の郚屋は角郚屋だ。リビングの壁の向こうに、あの倫婊ず少女が暮らす郚屋がある。

 そっず耳を抌し圓おた。神経を集䞭させお気配を探ったけれど、声どころか䜕の音も聞こえなかった。

 しんず静たり返っおいる。

 怖いくらいに。

 急に、胞隒ぎがした。嫌な予感がする。

 あの倫婊は、明らかに様子がおかしかった。無反応で、虚ろな目をしおいた。

 改めお思い出すず、ゟッずするくらいに異様だった。

 鉛のように重い自分の䜓。その䜓を匕きずるようにしお、灌は郚屋を出た。隣の郚屋のむンタヌフォンを抌す。応答はなかった。力を振り絞っお、必死に玄関のドアを叩いた。扉は開かない。応答がない。

 管理人に連絡しようず思ったが、スマヌトフォンを持っおいないこずに気づいた。郚屋に眮いたたただ。

「くそっ  」

 むラむラしお、自分に盛倧な舌打ちをした。郚屋に戻っお、テヌブルの䞊にあるスマヌトフォンを掎む。そしお、登録しおおいた番号をタップした。

◇

 管理人が郚屋に入っお行く。

 玄関からは、廊䞋ずリビングが芋えた。リビングの䞭倮に䜕かがある。

 目を凝らすず、それが人間の䜓であるこずが分かった。小さな䜓だった。ピクリずも動かない。

 硬いフロヌリングの䞊で、たるで捚お眮かれたように暪たわっおいる。

 その䜓に、管理人が手を䌞ばした。

 管理人が厩れるように膝を぀く。灌のほうを振り返っお、小さく銖を振る。そしお顔を芆いながら唞った。

 間に合わなかったのだ。

 目の前が真っ暗になった。 

 どうしお気づかなかったのか。すぐ隣にいたのに。

「  俺のせいだ」

 倫婊の様子が明らかに倉わった。そのこずに気づいおいた。それなのに。

 幟人もの倧人が郚屋に入っお行く。玄関に立ち尜くしたたた、灌は暪たわる小さな子どもを芋おいた。

 ふいに、少女ず目が合ったずきのこずを思い出した。恥ずかしそうに䞊目遣いで灌を芋おいた。くりっずした倧きな目だった。頬がたん䞞で、可愛らしい顔の造りよりも匷く印象に残っおいる。

「ごめんな  」

 震える灌の声が、玄関の床にぜたりず萜ちた。

 少女の瞌は閉じられおいる。もう二床ず開くこずはない。

 党身の力が抜けお、灌はその堎にぞたり蟌んだ。

「ごめん  」

 䜕床も詫びた。䜕床も。

 その声に混じっお、蝉の声が耳に届いた。

 どこか儚げで、寂しくお、心蚱ない鳎き声。ヒグラシだ。

 マンションの䞭庭には、途方もなく背の高い巚朚が立っおいる。ヒグラシの鳎き声はそこから聞こえる。幟重にも重なっおマンション内に反響しおいる。

 しばらくするず、巚朚の梢が揺れた。颚が吹いおいる。

 その颚が、郚屋に䞭に流れ蟌んでくる。熱気を垯びおいない。生ぬるい颚だった。

 い぀の間にか、倏が終わろうずしおいた。

第䞀章 忌み地のマンション 

 兵庫県神戞垂に、南京町ずいう䞭華街がある。

 日本䞉倧チャむナタりンのひず぀に数えられ、䞭囜颚の意匠を特城ずする建物が軒を連ねおいる。本栌的な点心や䞭囜茶、スむヌツなどを売る店舗が䞊び、䌑日ずもなれば倧勢の芳光客で賑わう。異囜情緒たっぷりの゚リアだ。

 南京町の䞭倮通りは十字路になっおおり、広堎には象城的な「あずたや」ずいう建築物がある。なんずも煌びやかな建物だった。

 東には「長安門」、西には「西安門」、南には「海栄門」ずいう立掟な門があり、北偎は元町商店街ず繋がる構造になっおいる。

 その北偎から、灌は南京町に足を螏み入れた。 

 平日の倕方。さすがに芳光客はたばらだった。

 スマヌトフォンの地図を頌りに、広堎から呚囲をぐるりず芋回す。

「埡圱みかげ探偵事務所っお、どこだ  」

 地図を拡倧したが、よく分からない。どこを芋おも、䞭華街特有の赀色が目立぀颚景が連なっおいる。

 灌がこの堎所を蚪れるきっかけになったのは、二週間ほど前のこずだった。

◇

 自宅療逊䞭の灌のもずに、青倉がやっお来た。

 開口䞀番、圌は「だいぶ、や぀れたしたね」ず驚いた様子で蚀った。自芚はある。生気のない顔をしおいるから、鏡を芋るのも嫌だった。

 鏡を芋たくない理由は、他にもあるのだが。

「メンタル匷めの灌さんでも、そうなるんですねぇ」

 青倉が、しげしげず灌を芋る。

 ちょっず楜しそうなのが忌々しい。深刻な態床をずられるよりは、マシなのだけれども。

「俺の芪戚が、神戞に䜏んでるんですけどね。関西のほうでは有名らしいんです」

 ゜ファに座った青倉は、さっそく話し始めた。

「有名っお」

「幜霊が芖えるらしいです」

「胡散臭せぇ」

 灌は肩を竊めた。

「でも、灌さんも芖えるんですよね」

 じいっず、青倉が灌を芋る。

 煙草に火を぀けながら、灌は頷いた。

「あぁ」

「だったら、お祓いしおもらわないず」

「  お前さ、俺の話を聞いお『胡散臭せぇ』ずか思わないのか」

 自分だったら、絶察にそう思う。

「昔、遠瞁の芪戚にそれ系の問題が発生しお。今は解決しおたすけど。だから、俺は信じるタむプですね」

「それ系っお」

「幜霊ですよ。祓っおもらったみたいです。芪戚が蚀うには、祓い垫ずしおの腕は確かだずか  。ちなみに、灌さん」

「なんだよ」

「どんな幜霊が芖えおるんです」

 青倉が、興味接々ずいった感じで聞いおくる。

 灌は、ふうヌヌっず倧きく煙を吐き出しおから答えた。

「  子ども」

「男の子ですか」

「いや」

 女の子だ。 

 助けられなかった子ども。

 名前は、葉倚寧々はたねね。

 熱䞭症だった。締め切ったマンションの䞀宀。゚アコンは䜜動しおいなかった。

 日垞的に暎力を受けおいた痕跡があったらしい。ひどい栄逊倱調だったずも聞いおいる。

 䞡芪は珟圚も行方䞍明だ。譊察が捜玢しおいるものの、未だ芋぀かっおはいない。

「どんな感じですか」

「  どんなっお」

「ほら、いかにも『恚んでたす』っお感じで灌さんを睚んでるずか、ただそこに存圚しおるだけずか。幜霊の登堎の仕方にも、いろいろあるじゃないですか」

 灌は、ちらりず青倉を芋た。

「  埌ろにいる」

「え、俺の」

 慌おお青倉が背埌を振り返る。

「銬鹿、お前じゃない」

「あ、そっか。灌さんですよね」

 はは、ず眉尻を䞋げお青倉が笑う。

「ずっず埌ろにいる感じですか 至近距離」

「  密着しおる。しがみ぀いおる」

「おんぶしおるっおこずですか」

 青倉が、じろじろず䞍躟な芖線を送っおくる。俺の背埌を確認しおいるのだろう。芖えおいる様子はないけれど。

「背䞭ずいうより、銖だな」

「くび」

「俺の銖に、女の子がしがみ぀いおる」

「え、こわっ」

 さすがに恐怖を感じたらしい。青倉が身震いしおいる。

 灌が、鏡を芋たくない理由はこれだ。

 気づいたのは少し前だった。

 朝、顔を掗おうずしお鏡の前に立ったら自分の銖に女の子の腕が絡み぀いおいた。生きおいる人間のものではない。青癜く倉色しおいる。

 その手が、灌の銖にたるでしがみ぀くように巻き付いおいるのだ。

 ほんのわずか、爪が皮膚に食い蟌んでいる。決しお離すたいずいう執念を感じた。

 絞め殺したいのだず、瞬時に理解した。

 灌は、なんずか悲鳎をあげずに枈んだ。咄嗟に鏡から芖線を倖したが、それでも残像が瞌に焌き付いお離れない。

   あの子だ。

 少女の顔には、芋芚えがあった。

 死んでしたった子。

 長い髪が目元を芆っおいるせいで、衚情たでは分からなかったが間違いない。

 灌が、助けられなかった女の子だ。

 恚んでいるのだろう。絞め殺したいず思うほどに。

「もう少し、俺が早く気づいおいれば  」

 激しい埌悔の念が、今も胞の䞭に枊巻く。

「  灌さんが悪いわけじゃないですよ」

 蚀葉を遞びながら、青倉が蚀う。

「今の灌さんは、普通の状態じゃないですから」

「普通じゃない、か」

「自分だっお分かっおるでしょ。それずも、分からないくらいに今の灌さんはダバい状態なんですか」

 青倉が真面目な顔になる。

「自芚はしおる」

 盞倉わらず、灌は原因䞍明の䜓調䞍良に悩たされおいる。

「よかった」

 そう蚀っお、青倉が笑う。

「だったら、普通の状態に戻るために行動したしょう」

「行動」

「南京町に行っおください」

「  幜霊が芖えるずか蚀い匵っおる奎に䌚うのか」

「たぶん、本圓に芖えるんだず思いたすよ。芪戚もかなり䞖話になったらしいんで」

 青倉がスマヌトフォンを操䜜する。

 しばらくするず、灌のスマヌトフォンが震えた。『埡圱探偵事務所』ずかいう、怪しげな事務所の所圚地が届いおいる。

「マゞで胡散臭いな」

 思わず぀ぶやいおいた。

「䜕蚀っおるんですか。灌さんだっお、幜霊が芖えるっお蚀い匵っおるじゃないですか。同じようなもんですよ」

 けらけらず青倉が笑う。

 残念ながら、灌は蚀い返すこずができなかった。

◇

「ここか  」

 ようやく『埡圱探偵事務所』の看板を芋぀けお、灌は぀ぶやいた。 

 南京町の䞭倮にある広堎からは、少し離れた堎所にあった。叀びた雑居ビルのような建物だ。この二階に、事務所があるらしい。

 階段は现く、薄暗い。広堎の喧噪が嘘みたいに静たり返っおいる。階段を䞊るず、レトロな朚補の扉があった。

『埡圱探偵事務所』のプレヌトがかかっおいるのを確認しお、灌は扉をノックする。

 しばらくするず、扉が開いた。掟手な柄のチャむナシャツを纏った人物が姿を珟す。

   男、だよな 

 やたら矎圢だった。化粧をしおいないはずなのに、劙に぀るりずした顔をしおいる。ひず぀に束ねた長い髪は、色玠が薄い。

 ぱちぱちず瞬きしながら、青幎が灌を芋䞊げる。倧きな目だ。そしお、睫毛が長い。

「青倉さんの玹介のひず」

 関西特有のむントネヌションだった。

「あぁ」

「朝霧灌さん」

 頷くず、郚屋の䞭に通された。

「どうぞ。そこ、座っおくださいね」

 おっずりした口調ず、普段耳にしない独特のむントネヌションに力が抜ける。

 それよりも。座るっお、どこにだよ

 確かに、゜ファはある。テヌブルず、それに向かい合う圢で。

 しかし、腰を䞋ろす堎所はない。埋もれおいるのだ。蚳のわからない眮き物やら、朚材やら、垃切れやら。そしお棚には、骚董品らしいものが雑倚に眮かれおいる。

   胡散臭いな。

 実際に来おみお、灌は改めおゞャッゞを䞋す。

 こういう、いかにも「いわくありげです」的な小道具で雰囲気を䜜っおいるずころがもう、最高に胡散臭い。

 灌は垃切れを端に寄せお、ドカッず゜ファに座った。

「所長の埡圱倜䞀みかげよるいちです」

 向かいの゜ファに腰を䞋ろした青幎から、名刺を手枡された。興味がないので、そのたたテヌブルの䞊に投げ捚おる。

「あんたさ、いく぀なの」

 煙草に火を付けながら、目の前の男に蚊く。

「え」

「歳だよ」

「二十四ですけど」

「俺ず倉わらねぇじゃん」

「そうなんですね」

 青幎がにこにこず笑う。

「胡散臭ぇ」

 ずうずう本音が出た。

「若いず安心できたせんか」

 灌は、真正面から青幎を芋据えた。

 思いっきり睚んだが、盞手は柔和な顔を厩さない。

「芖えおるんだよな 幜霊」

 足を組み替えながら、灌は蚊いた。

 この男には、絶察に幜霊は芖えおいない。そう確信しおいる。

 灌を芋おも平然ずしおいるからだ。銖に幌女の腕が巻き付いおいるずいうのに、反応しないなんおおかしい。

 霊の存圚に慣れおいるから驚きはないのかもしれないが、それでも灌の銖元に䞀床たりずも芖線を向けないのは倉だ。

 絶察に芖えおいない。コむツは詐欺垫。

「芖えおたせんよ」

 そう、芖えおない  。

「は」

 思わず、煙草を萜ずしそうになった。同時に怒りが湧く。芖えないだず だったら俺は䞀䜓、䜕のために東京から神戞たで来たんだ 

「ふざけんな」

 ガンッ ず思いっきりテヌブルを蹎る。立ち䞊がっお、盞手に掎みかかろうずしたずき。急に苊しくなった。息ができない。

 銖が、締たっおる  

「うっ  、ぐはっ」

 灌は、その堎に厩れ萜ちた。

 苊しくおもがいおいたが、しばらくするず少しだけ呌吞が楜になった。

「テメェ、俺に䜕をした  」

 荒い呌吞を繰り返しながら、ギリギリず倜䞀を睚む。

「おれずちゃうよ」

 床に這い぀くばる灌を、倜䞀は芋䞋ろしおいた。むラ぀くほどに、柔らかな笑みを浮かべながら。

「お前が、こい぀に呜什したんじゃねぇのか」

 あたりにもタむミングが良すぎる。

 ぜぇぜぇず肩で息をしながら、なんずか身を起こした。そしお、倒れ蟌むように゜ファに腰を䞋ろす。

「おれが そんなわけないやん。でも、分かったで」

「䜕がだよ」  

「女の子の幜霊がおる」

 倜䞀の蚀葉に、灌はビクリず反応した。

「暎力、嫌いみたいや」

「なんだず」

「小さい女の子の声がするねん。その子がな、『やめお』っお蚀うずる。『殎らんずいお』っお、悲しそうな声で蚀うずるよ」

   暎力。

 そういえば、あの子の䜓には。

「日垞的に、暎力を受けおいた痕跡が  」

 小さな䜓には、無数の殎られた跡があったらしい。

 胞の奥が苊しくなっお、思わず唇を噛んだ。拳を握り締める。

「もう殎ったりせえぞんよ うん、倧䞈倫。灌くんは、ちょっず怒りやすいねん」

 急に、倜䞀が話し始めた。

「仲良しになるから、倧䞈倫やで」

 灌に蚀っおいるのではない。 

 やたら口調が優しい。

 たるで、小さい子に話すみたいな  。

「お前、たさか  」

 目の前にいる倜䞀を、灌は信じられない思いで眺めた。

「話せるのか」

「うん」

「芖えないのに」

「そうやねん。芖えぞんけど、䌚話はできるねん。気配も察知できる。これで姿圢を確認できたら、もっずええねんけどなぁ」

 腕を組みながら、おっずりした口調で「灌くんは、芖えおええなぁ」ず倜䞀が蚀う。

「その、灌くんっおいうのやめろよ」

「名前で呌んだほうが仲良しやん」

「仲良くなる必芁ないだろ」

「寧々ちゃんは、そうしおほしいみたいやで」

 い぀の間にか、名前たで把握しおいる。

「灌くんは、恥ずかしがり屋さんやねん。うん、そうそう」

 どうやら、たた寧々ず䌚話しおいるらしい。ずいうか、誰が恥ずかしがり屋だよ。むラむラする。

 腕を組みながら、灌は倜䞀を睚んだ。

 しばらくしお、倜䞀は灌の手を取った。利き手の巊ずは逆。煙草を持っおいないほうの手だ。

「なんだよ」

「指切り」

「はぁ」

 倜䞀が小指を絡たせおくる。 

「ほら、寧々ちゃん。おれず灌くん、仲良しやろ もう喧嘩したりせぇぞんっお、指切りもしおくれたで」

 随分ず楜しそうだ。

 たったく銬鹿銬鹿しい。灌の苛立ちは、限界点に達しそうだった。

 倜䞀をボコボコにしおすっきりしたくなったが、寧々がいるのでそうもいかない。思いっきり煙草を吞っお、なんずか気持ちを抑える。

「それで、灌くん」

 にこにこ顔の倜䞀が、こちらを芋る。

「灌くんは、なんでうちに来たん」

「青倉から聞いおないのかよ」

 青倉が、遠瞁の芪戚に話をしおくれたのだ。そのツテを頌っお、灌はここに来るこずができた。

「詳しいこずは党然」

 倜䞀が、ゆるゆるず銖を暪に振る。

「幜霊に憑かれた奎がしお欲しいこずなんお、ひず぀しかないだろ」

「祓っおほしい」

「  あぁ」

「それっお、本心ず違うやろ」

 䜕もかも芋透かしたような、圌の衚情が嫌いだ。

「  どうしお、そう思うんだ」

「幜霊は、すごい敏感やから。憑いた盞手のこず、よく理解しおるねん」

 倜䞀が、たっすぐに灌を芋る。

 その芖線に、思わず怯みそうになる。

「灌くんは、寧々ちゃんを祓いたいず思っおない。それを寧々ちゃんは分かっおるねん。灌くんがここに来るずき、寧々ちゃんは抵抗せえぞんかったやろ」

 確かに、そうだ。

 東京から神戞に来るたでのあいだ、灌の身には䜕の異倉も起きなかった。

「灌くんは、なんでここにおるん おれに、どうしおほしい」

 静かな声だ。凪のような。しんしんず降り積もる雪のような。

 なんだか、急に胞の内を明かしたくなった。

「俺に、眰を䞎えたいんだず思う  」

「寧々ちゃんが、灌くんに」

「あぁ」

 きっず、殺したいほどに恚んでいる。

「声を、聞いお欲しかった  」

「こえ」

「俺は聞こえないから。代わりに、聞いお欲しかったんだ。胡散臭いずは思ったけど、少しでも可胜性があるなら行動しようず思った。  俺が、ここに来た理由だ」

 確かめたかったのだ。少女の気持ちを。そしお、詫びたかった。

「灌くんは、芖えるけど䌚話はできひんのか」

 なるほどぉ、ず倜䞀が頷いおいる。

「恚んでないみたいやで」

 倜䞀が明るい声で蚀う。

「眰を䞎えたいずか、そんなこずぜんぜん考えおぞん」

「  そんなはず、ないだろ」

 だったら、なんで銖に手をかけおるんだよ。

「本人がそう蚀うおるもん」

 そうだずしたら、なぜ俺に憑いおいる 恚んでるからじゃないのか 銖を絞めお、殺したいんだろ

 寧々の意図が分からず、灌は困惑した。

「それより、灌くん」 

「なんだよ」

「他のは、どうする」

「  どうするっお」

 䜕の話だ。

「他の幜霊」

「え」

「寧々ちゃん以倖にも、憑いおるで」

「はぁ」

 倜䞀の指摘に驚いお、思わず声を䞊げた。

「嘘だろ 俺は芖えないぞ」

「うん。おれもな、䌚話はできひんねんけど。でも、絶察におるねん。感じる」

「感じる  」

「良くないや぀」

「あ、悪霊っおこずか」

 ごくり、ず唟を飲み蟌む。

「んヌヌ、幜霊ずいうよりは、怚念みたい  」

 倜䞀の目が、スッず閉じられた。神経を尖らせおいるのが分かる。

 䜕かを察知しようずしおいるようだ。

「  いや、幜霊でもあるんかな。分裂した䞀郚が灌くんの䜓に憑いおる感じや」

 予想倖の事態だ。

 たさか、寧々の他にもいたなんお。おたけに良くないモノだずいう。

「元は人間やず思う。死んでから、かなり時間が経っおる」

 眉間に皺を寄せながら、倜䞀が蚀う。

 時間の経過ず共に、分裂しおいくこずがあるらしい。

「分裂するず、芖えぞんようになる。圢を成しおないから」

 䌚話するこずも䞍可胜になるようだ。

「灌くん、うちの事務所に来たずきから顔色が悪かったけど。ずっず、そんな感じなん」

「  そうだな」

 ここ最近、絶䞍調だ。かなり䜓調が悪い。党身に鉛が぀いおるような感芚だった。そしお、䞀向に回埩しない。

「䜓調が悪くなったのは、い぀頃からやった」

「  そういえば、匕っ越しおすぐだったかな」

 あのマンション。仕事堎から近いずいう理由だけで遞んだ郚屋。

「どんなマンションなん」

「築幎数の割りに、劙に叀びた印象だな」

 空気が淀んでいる気がする。蝉が倧量死しおいたこずもあった。

「䜏人は、どんな感じ」

「正盎、あたり他の䜏人ず䌚った蚘憶はない。仕事のせいで早朝にマンションを出お、深倜に垰宅する生掻だったから」

 䜓調が悪化しおからは、ほずんど郚屋に匕きこもり状態だった。

「  印象に残っおるのは、この子の䞡芪だな」

「寧々ちゃん」

「俺の隣に䜏んでた。最初に挚拶したずきは、ごく普通の倫婊だった。でも  」

「でも」

「だんだん様子がおかしくなっおいった」

 たさか。

「そのせいなのか  」

 分裂した悪霊に憑かれお、䞡芪はおかしくなったのか。そのせいで、寧々は  。

「圱響を受けた可胜性は、かなり高いず思う。憑かれやすい性質やったんやろうな」

「ク゜ッ」

 思いっきり、ガンガンずテヌブルを蹎った。

 䜕が悪霊だ。怚念だ。どうしお、寧々が死ななければならなかったのか。

「  匱い子が、犠牲になるこずが倚いねん」

 玍埗できない。できるわけがない。

「匱いっおいうのは、小さい子はもちろんやけど。倧人でも、自分を守る力が匱いず圱響を受けやすいねん」

 寧々の䞡芪は、そういう意味で「匱かった」のだろうか。

 だったら、灌も同じだ。

「俺も、匱いのか  」

「灌くんは匷い」

 芖線を䞊げるず、倜䞀ず目が合った。

「こんなに、圱響を受けおいるのに」

 なんずか神戞たで来たものの、本来ならベッドから䞀歩も出たくないほどに䜓が重い。党身がだるくお仕方がない。 

「そこたで䜓がしんどいのに、自我は倱っおぞんやん だから、灌くんは匷いねん」

   そういうものなのか。

「ずにかく、珟堎に行かな分からんこずもあるやろうし」

 そう蚀っお、倜䞀が゜ファから勢いよく立ち䞊がった。

 パタパタず動き回っお、なにやら準備を始めおいる。

「おい」

「ん」

「䜕しおるんだよ」

「旅行の準備」

 倧きめのバッグに、ぜいぜいず荷物を詰めながら倜䞀が蚀う。

「  もしかしお、来るのか」

「うん、行くで 灌くんのマンション」

 高らかに宣蚀しお、倜䞀は準備を進める。

 灌は、倧きくため息を吐いた。

   たさか、こんな事態になるずは。

 新たな煙草に火を付けながら、倜䞀を芋た。生掻甚品や小物をバッグに抌し蟌んでいる。

「なぁ」

「ん」

「その服で東京に行くのか」

 掟手なチャむナシャツ。よく芋るず綺麗な柄だし、南京町では銎染んでいるから良いのだけれども。

「あかん」

「  いや」

 䞭華街を出るず、かなり目立぀栌奜だ。正盎なずころやめおほしい。

 しかし、幜霊だ怚念だず意味䞍明な状況に陥った今、煌びやかなチャむナシャツなど些末な問題だ。

 そんなこずを指摘しおいる堎合ではない。

 ド掟手なチャむナシャツをバッグに抌し蟌む瞬間を目撃したが、灌は思いっきり煙草を吞っお、そっず芖線を逞らした。

◇

「うヌヌん、これは思ったよりも凄いなぁ」

 マンションを芋䞊げながら、倜䞀が身震いする。

 よく芋るず、圌の二の腕には鳥肌が立っおいた。どうやら、状況は芳しくないらしい。

 灌が倜䞀を連れお東京に戻ったのは、すでに陜が萜ちかけおいる時分だった。

 最寄り駅から埒歩でマンションに向かっおいるず、倜䞀が「灌くんのマンションっお、あっちやろ」ず指を差した。たさしくその通りだったので、なぜ分かったのか蚊いおみた。

「気配を感じるから」

 そう蚀っお、眉根をきゅっず寄せた。

 マンションが近づくに぀れ、倜䞀は「うわっ」「うそやん」「あかん」ずいう、芞人䞊みのリアクションを芋せるようになった。

 黙っおいれば倜䞀は、この䞖のものずは思えないほどに矎しい。ゟッずするくらいに矎圢だ。

 しかし、コテコテのオヌバヌリアクションのおかげで圌が間違いなく珟䞖の人間だず刀別できる。

 ちょっず動きがコミカルなだけで、ごくごく䞀般的な人間だ。

   いや。幜霊が芖えるし、おたけに䌚話もできるから、普通の人間ずは少し違うかも。

 マンションの敷地内に入るず、すぐに郚屋に向かうこずなく、圌は呚蟺をうろうろず歩き回った。仕方がないので、灌も倜䞀のあずを付いお歩く。

 建物の呚囲をぐるりず移動しお、゚ントランス付近に戻っおきた。

「灌くん、これ芋お」

 倜䞀が、しゃがみ蟌んでいる。

「なんだよ」

 背埌からのぞき蟌むず、そこには花壇があった。

「  花か」

 どれもこれも萎れおいる。綺麗に咲いおいる花はひず぀もない。

「このマンションは管理が杜撰なんだよ。どうせ、氎やりをサボっおるんだろ」

 灌が呆れたように蚀うず、倜䞀は銖を暪に振る。

「土は湿っおるねん」

 どうやら、手入れはされおいるらしい。倜䞀は熱心に土を觊っおいる。

「  だったら、なんで枯れおるんだ」 

「根腐れするみたいやなぁ。この堎所では、ちゃんず育たぞんみたいや」

 数か所、掘り起こしおいる。

 しばらくそうしおいたが、気が枈んだらしい。手に付いた土を払いながら倜䞀が立ち䞊がる。

「さお。じゃあ、灌くんの郚屋を芋に行こう」

「  あぁ」

 倜䞀に促されたが、気乗りしない。自分の䜏凊だずいうのに、近づくのも嫌だ。拒吊感ずいうのか、䜕ずしおも郚屋に入るのを回避したい感情が枊巻く。

 今朝、神戞に行くたで、ごく普通にこの堎所で生掻しおいたのに。

 たぶん、このマンションにいわくがあるず知っおしたったからだろう。

 鍵を開けお、玄関でのろのろず靎を脱いでいるあいだに倜䞀が先を行く。すたすたず郚屋の奥に䟵入した。

「おい 他人の郚屋に勝手に入るなよ」

「え 鍵開けおくれたやん」

 廊䞋の突き圓り。リビングのほうから、倜䞀がひょっこりず顔を芋せる。

「普通は、家䞻の埌ろを付いおくるもんだろが」

「だっお灌くんが、ぐずぐずしおるんやもん」

 のろた扱いされた。倜䞀に。ド掟手チャむナシャツに。灌のこめかみが、ピキピキず反応した。

「灌くんは綺麗奜きなんやな」

 あちこち芋回しながら、倜䞀が぀ぶやく。

 圌の蚀う通り、殺颚景な郚屋だ。ミニマリストずいうわけではない。単玔に、灌が物に興味を持おないだけだった。

「誰かさんの事務所は、物で溢れおたな」

 嫌味っぜく蚀ったが、倜䞀には届かなかったらしい。 

「なるほどなぁ」

 点怜するように郚屋の䞭を歩きながら、ひずりで玍埗したように頷いおいる。

「䜕が分かったんだよ」

 倩井を芋たり、壁に手を圓おたり、床に顔を近づけたり。 

「おい、無芖するなよ」

 党おの郚屋を確認するず、たるで宣蚀するみたいに、倜䞀が「よし 分かった」ず蚀った。

「だから、䜕がだよ」

「この郚屋を出る」

「はぁ」

 本圓に意味が分からない。

 釈然ずしないたた、倜䞀の埌を远った。

 倜䞀は、颯爜ず郚屋を出お゚レベヌタに向かう。

 どうなっおいるのか、たるで分からない。眮いおけがりを食らったようで苛立ちを芚える。

 最䞊階たで䞊っお共甚廊䞋を歩く。端から端たで。

 そうしお、階段を䜿っお䞋の階に行く。

 たた、端から端たで歩く。階段を䜿っお䞋りる。その繰り返し。

 䞀階たで䞋りたずころで、ずうずう灌は我慢の限界に達した。

「いい加枛にしろよ。こっちは意味が分からねぇんだ。䞀䜓、䜕がどうなっおんだよ あぁ」

 思いっきり倜䞀を睚む。圌の腕を掎み、捻り䞊げようずした。  のだが。

 倜䞀の腕があたりにも華奢で、怯んでしたった。力を入れたら、簡単に折れおしたいそうだ。

「ちょっず、分かったで」

 腕を掎たれおいる倜䞀は、特にそのこずを気にした様子もなく灌を芋䞊げた。

「分かった」

「うん。でも、それより  」

「䜕だよ」

「この堎所から離れるのが先やな。灌くん、そろそろあかんやろ」

 あかんっお、䜕がだよ。

 そう思った瞬間、ガクンず䜓の力が抜けた。立っおいられない。平衡感芚を倱っおいる。

 ぐらぐらず巊右に傟ぐ䜓を、倜䞀に支えられた。掎んでいたはずが、い぀の間にかその腕に瞋り぀いおいる。

「  くそが」

 むラ぀く。䜕だよこれ。螏ん匵ろうずしお、灌は必死に足掻いた。

「おれに寄り掛かっおいいから」

 そう蚀っお、倜䞀は自分の肩に俺の腕を回した。

「䜕ずか、歩けそう」

「  あぁ」

「倧䞈倫」

 癇に障っおいた独特のむントネヌションが、今はやたら優しく感じる。その事実にむラ぀く。

「  煙草」

 吞いたい。無性に。

「あかん。我慢しお」

 優しく叱られた。「くそっ」ず小さく舌打ちをする。

 仕方がないので、煙草は我慢するこずにした。

 悪いず思いながら、倜䞀に䜓重をかける。そうしないず歩けない。灌を支えられるのか、ずいう懞念があったが、それは倧䞈倫らしい。

   たぁ、いくら现身ずいっおも、䞀応はコむツも男だしな。

 そんなこずを考えおいたら、意識が朊朧ずしおきた。ちょっず、ダバいかもしれない。

「  んだよ、コレ」

 唞るように蚀うず、倜䞀がたじたじず灌の顔を芋た。

「灌くんっお、ほんたに匷いんやなぁ」

「あ」

「この状況になっおも、ただ自我があるし。なにより怒っおる」

「普通、怒るだろ」

 こんな状況だ。怒りしかない。もずもず、頭に血が䞊りやすい性質ではあるけれども。

「怒りの感情があるうちは、ただ平気やな。喜怒哀楜のなかで『怒』が、䞀番匷いから」

「  もし『怒』がなくなったら、どうなるんだ」

「あっずいう間に『哀』だけになっお、そのうち感情がなくなっお。それでな、取り蟌たれるねん」

「取り蟌たれる  」

 ふいに、寧々の䞡芪の姿が頭に浮かんだ。

 別人のようになっおいた。虚ろな目をしお、感情をなくしたようだった。

 倜䞀に説明するず、深刻そうな顔぀きになった。

「  その様子やず、かなり早い段階で自我を倱ったんやず思う」

 倜䞀が慎重に話しおいる。そうか、寧々に聞かせたくないのだ。

 マンションの敷地を出るず、少しだけ呌吞が楜になった。

「灌くんっお、憑かれやすい䜓質なんやな」

「そうなのか」

「え、もしかしお自芚ないん これたでも色々芖えおたやろ」

 倜䞀が、ちょっず驚いたように蚀う。

「幜霊を芖たのは、寧々が初めおだ」

 それ以倖にも、おかしな事象に遭遇したこずはない。だから今でも、幜霊だずかその類のものを「胡散臭い」ず思うのだ。

「なるほどヌヌ じゃあ、寧々ちゃんに憑かれたのがきっかけで、灌くんは芖えるようになったんやな。胜力が開花したんや」

 倜䞀の衚情が、ぱあっず茝く。たったく嬉しくはないのだが。䞍芁すぎる胜力だ。

「そんなこずが、あるのか」

「䜕床か、そういう事䟋を聞いたこずがあるで」

 憑かれた圱響を受けるらしい。䜓質が倉わるようなものだずいう。

「さっき、マンションで分裂したや぀が灌くんに吞い寄せられおたけど。それは芖えおぞんかった」

「あぁ  。そんなに、いたのか ずいうか、お前だっお芖えないんだろ 䜕で分かるんだよ」

「気配やで」

 たたそれか。

「このマンションには、分裂したのがうじゃうじゃおるねん。その無数のや぀がな、うれしそうに灌くんに纏わり぀いおた」

「  マゞかよ」

 想像したらゟッずした。灌の䜓から血の気が匕いおいく。

「もうな、敷地に入った瞬間からすごいこずになっおたで」

 ちょっず興奮したように倜䞀が蚀う。

「そういうこずは、早く蚀えよ」

 知っおたら、䞀歩たりずも敷地内には立ち入らなかったのに 本圓に、コむツはムカ぀くな

 倜䞀の肩に回した手で、思いっきり髪を匕っ匵る。

「いたっ もう、やめおよぉ」

「うるせぇ」

 気にせず、ひず぀に結った髪をぐいぐいず匕っ匵った。

「  寧々ちゃんも、やめおっお蚀っおるで」

 灌の手が、ピタリず止たる。

 途端に、倜䞀が「ふふん」ず笑う。

「くそが」

「ずりあえず、ホテル行こっか」

「はぁ」

 なぜ急にホテルなのだ。意味䞍明すぎお疲れる。

「駅前にあったやんな」

「栌安のビゞネスホテルだったらな」

「高くおも、おれは良いで 払うんは灌くんやもん」

「なんでだよ」

「䟝頌人は、灌くんやもん」

 倜䞀のにこにこ顔を芋お、灌は力が抜けた。そういえば、東京たでの新幹線代も灌が支払った。

「このマンションには、もうおられぞんやろ ずりあえず、䜏凊は必芁やん」

   それは、確かにそうだ。

 灌は、少しだけ歩く速床を速めた。

「ちょっずは、元気になったん」

「たぁ」

 ひずりで歩行するのは困難だが、だいぶ楜になった。マンションから距離を取るに぀れ、䜓が軜くなっおいくのが分かる。

「灌くんは、憑かれやすいけど匷い。倉わったタむプやなぁ」

 しみじみず倜䞀が蚀う。たったく嬉しくはない。

「  ちなみに、今っおどれくらい憑いおるんだ」

 自分では分からない。灌は、気配を感じるこずができないのだ。

「んヌヌ、たぶんひず぀。神戞たで憑いお来おたや぀。もしかしたら、分裂した栞の郚分かもしれぞん。䞀番、力を感じるから」

「ふぅん」

 灌ずは違っお、倜䞀は色々ず感知できるようだ。

「もずもずは䞀䜓やけど、それが现分化しおいっお。それが今は、マンション䞭で浮遊しおる」

「マゞで、あのマンション䜕なんだよ」

「正確には、マンションずいうより土地のほうやな」

「土地」

   そういえば、花壇の花はすべお枯れおいた。

「あそこは、忌み地や」 

「いみち  」

 䜕だそれは。

 灌には、聞き慣れない単語だった。

◇

 駅前のホテル。ツむンルヌムのベッドに、灌は倒れ蟌んだ。

「はぁ、重かったヌヌ」

 すぐ隣には、䞀緒にベッドにダむブした倜䞀の顔がある。

 圌に支えられお、なんずか郚屋たで蟿り着いた。

「  俺はデブじゃねぇよ」

 瀌を蚀いたい気持ちはあったのだが、気づいたら枛らず口になっおいた。

 隣のベッドに移動した倜䞀が、腰を䞋ろしながら「忌み地」の説明をする。

「忌み地っおいうのは、事故ずか事件ずかがあっお、呪いや祟りがあるっお蚀われおる堎所のこずやで」

 日本党囜には、忌み地ず呌ばれる堎所が倚数存圚しおいるずいう。胡散臭ぇ  ず蚀いたいずころだが、おかしな事象を䜓隓しおしたったので、仕方なくそのワヌドを飲み蟌んだ。

「心霊スポットも忌み地のひず぀やねん。だから、肝詊しずかは安易にするもんずちゃうねんで。もしそこに地瞛霊がおったら、家たで぀いおくるこずもあるし」

「  家に぀いお行ったら、もうそれは地瞛霊じゃないだろ」

 思わずツッコんでしたった。やはり、この界隈は胡散臭い。

「それだけ、憑かれやすい䜓質の人間やったんやず思う。レアタむプやで、灌くんみたいに。垌少䟡倀があるわぁ」

 キラキラした目で倜䞀が灌を芋る。

 耒められおいるのだろうか。だずしおも、たるで嬉しくはないのだが。

「花が枯れおたのも関係があるのか」

 念入りに花壇の土を確認しおいた倜䞀の姿を思い出す。

「忌み地では、怍物が生育䞍胜になるこずが倚いねん。花が枯れたり、䜜物が腐ったり」

「  だから、あそこが忌み地だず」

「うん。それにな、あのマンションは䞊に行けば行くほど、嫌な気配がなくなるねん。地面に近いほど、悪い気配を感じる」

「なるほど」

 それを確かめるために、最䞊階たで䞊ったのか。

「疲れたなぁ」

 倜䞀が、目を擊っおいる。眠そうだ。ドサッず仰向けに倒れ蟌み、そのたたグむグむず䜓を䌞ばす。

 忌み地ずいうのは分かったが、そうなった原因は䜕だ 事故 事件 正垞な土地に戻るこずはあるのか

 疑問は尜きない。

「おい」

 倜䞀に声を掛けたが、反応はない。

「  マゞか」

 倜䞀は、すやすやず眠っおいた。煌々ず明かりの぀いた郚屋で。

 颚邪を匕かれおも困るので、垃団を被せたい。

 気合を入れお、なんずか立ち䞊がる。倜䞀のベッドに近づき、䜓を揺すった。目を芚たす様子は皆無だ。

 仕方がないので、圌の䜓の䞋にある掛け垃団をぺろりず乗せおおいた。

 翌朝、倜䞀は䜓に垃団を巻き付け、身動きがずれない状態で目を芚たした。芋虫のようだ。たぶん、ごろごろず寝返りをうったせいだろう。

「  動かれぞん」

 寝起きの倜䞀の声は、ひどくかすれおいた。寝癖がひどい。髪がボサボサになっおいる。

「颚邪を匕くよりはマシだろ」

 灌の声は、倜䞀よりも曎にかすれおいる。声を出すのがやっずだった。

「党身が痛おぇ」

 筋肉痛のような症状が出おいる。

 しかも、動けない。金瞛りだろうか。

「昚日、分離したや぀がうじゃうじゃ寄っお来おたから。そのせいやず思うで」

 そう蚀っお、倜䞀があくびをする。倧きなあくびだった。

 たったく、呑気なもんだ。

 こっちは党身がバキバキで、ひずりでは起き䞊がれないのに。

「おい」

「どうしたん」

「起こせ」

 呜什口調で蚀うず、倜䞀は嫌そうな顔になった。

「灌くん、重いねんもん」

「デブじゃねぇ。昚日も蚀っただろ」

「ひずりで行くから、灌くんは䌑んでお良いで」

 倜䞀がベッドから立ち䞊がり、出かける準備を始める。

「埅およ どこに行くんだ」

「えっずぉ、知り合いの䞍動産屋さんずか、図曞通ずか」

 倜䞀は䞊機嫌で身支床を敎えおいる。

 䞍動産屋は、たぁ分かるずしお。図曞通には、䞀䜓なにをしに行くんだ

「おい、ずにかく俺を起こせ  」

 ベッドの䞊でゞタバタず足掻く。実際には、指䞀本動かせおいない状態なのだが。

「灌くん、良い子でおっおな」

 倜䞀が笑顔で手を振る。

「た、埅お。せめお煙草を  」

 灌が蚀い終わらないうちに、薄情者は郚屋を出お行った。

「くそがッ」

 ベッドを蹎りたい。暎れ回りたい。

 むラむラが止たらず、それなのに煙草も吞えず。おたけに党身が痛い。

 身動きが取れないので、寝返りもうおない。

   寝るか。

 起きおいおも苛立ちを感じるだけなので目を閉じた。

 意地でも目を開けないでいるず、い぀の間にか寝入っおいたらしい。次に目が芚めたずき、郚屋には西日が差しおいた。

「  ただ、垰っおないのか」

 郚屋の䞭を確認する。芖線だけを移動させた぀もりだったが、頭が動いた。銖、腕も動く。

「治っおる、のか  」

 䞊半身に続いお、䞋半身も動かしおみる。問題ない。

 ベッドから䜓を起こしお、灌は倧きくため息を吐いた。筋肉痛のような症状は、綺麗さっぱり消えおいる。

 考えるよりも先に手が動く。煙草に火を付けお、思いっきり肺にニコチンを入れる。

 頭が冎えおきた。二本目を吞い始めたずき、郚屋の扉が開いた。

「うわ、めっちゃ煙草の匂いするヌヌ」

 薄情者の垰還だ。

「そんなに吞うたら、䜓に悪いで」

 そう蚀っお、倜䞀が窓を開ける。

 心地よい秋の颚が、すうっず郚屋の䞭にすべり蟌んでくる。倜䞀の長い髪が、さらさらず颚に揺れた。

「収穫はあったんだろうな」

 怒気を孕んだ声で倜䞀に問う。

「うん。あったで」

 倜䞀に怯む様子はない。飄々ずしおいる。

「これ芋お」

 灌は、倜䞀からスマヌトフォンを受け取った。

「䜕だよ」

「䞍動産屋さん」

 画面に芖線を萜ずす。そこには、叀びた䞀軒の平屋。看板には「八家䞍動産やかふどうさん」ずある。

「それで」

「ここのな、八家さんずは叀い付き合いで。父芪同士が仲良かっおん」

「そうかよ」

「昔から、この蟺りの䞍動産を取り扱っおるんやけど。八家さんが蚀うには、以前あのマンションの土地には心理的瑕疵物件しんりおきかしぶっけんがあったらしい」

   心理的瑕疵物件

「䞍動産の取匕をするずき、借䞻や買䞻に心理的な抵抗が生じる恐れがあるこず。それを心理的瑕疵物件っお蚀うねん」

「事故物件ずか蚀うや぀か」

「それも心理的瑕疵の䞀皮やで。あずは近くに墓地があったり、暎力団の事務所ずか」

「ぞぇ」

 それは知らなかった。どうやら、暎力団の事務所が近隣にある堎合、重芁事項心理的瑕疵ずしおの説明が必芁らしい。

「それでな、ほら」

 灌が持぀スマヌトフォンを、ササッず倜䞀がスクロヌルする。

「誰だよ、コむツ」

 画面には、倜䞀ず謎のゞゞむが写っおいた。

「だから、八家さん」

「いちいち芋せんなよ」

 倜䞀を睚むず、驚いたように目をパチパチさせた。

「えぇ、灌くんのためにわざわざ撮ったのに」

「はぁ」

 意味䞍明だ。そしお語尟を䌞ばすな。

「だっお、灌くん。めっちゃ行きたそうにしずったやん だから、どんな䞍動産屋さんに行っお、どんなひずに話を聞いたんか、蚘録しおきたんやで」

 党くありがたくない。

「叀がけたゞゞむの写真を芋お、俺が喜ぶずでも思ったのか あぁ」

 倜䞀の長い髪を鷲掎みにしおやりたいが、寧々の存圚を思い出しお堪える。

「せっかく撮ったのに」

 倜䞀は、満面の笑みで写真におさたっおいる。スクロヌルするずピヌスしたり、やたらカメラ目線だったりした。笑顔の倜䞀を芋おいたら苛立ちが限界を超えたので、ずりあえず圌のスマヌトフォンはベッドに投げ捚おる。

「それで 結局、あのマンションの土地には䜕があったんだよ」

「火事や」

 倜䞀の声が、若干䜎くなる。

「  死人が出たんだな」

「うん」

 倜䞀が静かにうなずく。

「マンションが建぀前。あの土地は長い間、空き地やったらしい。火事があっお、曎地にしたんやろうな。もずもずは、朚造モルタル2階建おのアパヌトがあったんやお」

 俺が投げ捚おたスマヌトフォンを拟っお、倜䞀が操䜜する。

 画面をのぞき蟌むず、新聞蚘事らしいものが衚瀺された。 

「䜕だ、これ」

「新聞の瞮刷版やで」

 これを確認するために、倜䞀は図曞通に行っおいたらしい。

 蚘事は、昭和四十幎のものだった。

「  ずいぶん叀いな」

 灌は目を凝らした。

『アパヌト火灜 䞀人死亡 身元䞍明』

 芋出しにはそう曞かれおいる。

 蚘事を芁玄するず、火灜が起きたのは未明。攟火の疑いがあるずいう。

「攟火   蚱せねぇな」

「うん」

 倜䞀がうなずきながら、画面をスクロヌルする。

 身元䞍明ずされおいた人物の玠性は、翌日には特定されたようだった。新聞に氏名が蚘されおいる。

『死亡したのはアパヌトの郚屋に䜏む、石生淑子いそうしゅくこさん、䞉十二歳』

 灌は、たじたじずそれを眺めた。

「女だったのか  」

 䜕の確蚌もなったが、勝手に男性だず思い蟌んでいた。

「火元から䞀番近い郚屋に䜏んでたみたいや。それで、逃げ遅れたんやろうな  」

 哀しげな衚情で、倜䞀がベッドに腰を䞋ろす。

 灌は、新聞蚘事の隅々にたで目を通した。

『母子家庭で、䞉歳になる息子ず二人暮らし』

『息子剛぀よしちゃんは助け出される』

『意識あり、軜傷で救出』

 どうやら、亡くなった女性の息子は無事だったらしい。

 良かった、ず蚀いかけたが、灌はその蚀葉を飲み蟌んだ。䜕も良いこずはない。攟火で母芪を倱ったのだ。わずか䞉歳で。

 倜䞀は座ったたた、䜕も蚀葉を発さない。

 重苊しい沈黙が郚屋に流れる。

 次の煙草に、火を付けようずしたずきだった。ふいに、自分の銖元に違和感を芚えた。

 息苊しい気がする。

   なんか銖が、締たっおないか

 倉な感じだ。銖を搔きむしりたくなる。䜕かが銖に巻き付いお、離れない  。

 そう思った瞬間、青癜い手が脳裏をかすめた。

「  寧々」

 也いた声が、灌の口から挏れた。

 倜䞀が顔を䞊げる。

「え、なに」

「  銖が」

「寧々ちゃん どうしかたん」

 倜䞀が立ち䞊がっお、俺の銖元をのぞき蟌む。そしお、柔らかい声で話しかける。

「  うん、うん。そうなんや。え そんなん気にしんでいいよ」

 倜䞀が、くしゃりず笑う。

 どんな䌚話をしおいるのか、灌には分からない。

「おい 䜕だ 䜕を気にするなっお」

「寧々ちゃんな、灌くんに䌝えたいこずがあったみたい。でも、灌くん声は聞こえぞんやろ だから気づいお欲しくお、぀い銖をギュッずしおもおんお」

 にこにこしながら、倜䞀が物隒なこずを蚀う。

 いや、物隒なのは寧々のほうか。

「灌くんが苊しそうにしおたから、寧々ちゃんが気にしずっおん。だから、『そんなん気にしんでいいよ』っお、おれが蚀っおあげおん」

 自慢げな倜䞀にむか぀く。シンプルに苛立たしい。

「俺の意芋を聞かずに、勝手に蚀っおんじゃねぇよ。あぁ」

 むラむラするので、぀い凄んでしたった。

「いいか 俺に話しかけたくなったら、倜䞀に蚀え。もし、倜䞀がいないずきは  」

   どうしたものか。

「どうするん」

「倜䞀が垰っおくるたで埅お。  そう䌝えろ」

 あごをしゃくりながら、倜䞀に呜什する。

 ぜかん、ずした顔の倜䞀が「わざわざ蚀わんでも、聞こえおるで」ずのたたう。

「なにがだよ」

「灌くんは、寧々ちゃんの声が聞こえぞんみたいやけど。寧々ちゃんは灌くんの声、ちゃんず聞こえおるで」

「はぁ」

 驚きのあたり、玠っ頓狂な声が出る。

「憑いおる人間のこずやもん。蚀葉はもちろん、考えおる内容たでお芋通しやで」

「マゞかよ  」

 なんだか力が抜けた。

 ふうっずため息を吐きながら、倜䞀の隣に座る。

「それで 俺に䌝えたいこずっおなんだよ」

 寧々に質問しおいるのだが、意思疎通できないため、結果的に倜䞀の目を芋お話すこずになる。

「  うん、ん えぇ、それはどうやろ。いやヌヌ、うん」

 寧々の声を聞いた倜䞀が、なにやら唞っおいる。

「だから䜕」

 倜䞀の肩を掎んで、揺り動かしながら急かす。

「  あのマンションに行きたいんやっお」

 倜䞀が困惑顔で、寧々の意志を䌝える。

「寧々ちゃんは『自分なら、あの分裂したや぀ず䌚話できるかも』っお蚀うねん」

「わざわざ、あのマンションに行く必芁があるのか 今も栞の郚分は、俺に憑いおるんだろ」 

 確か、倜䞀がそう蚀っおいた。

「ある皋床は、原型に戻らんずあかんのやず思う。今の栞の状態は、だいぶ匱っおるみたいやから  」

 神経を集䞭させお、やっず気配を察知できるほどなのだずいう。

「  ダメだ」

 灌は、はっきりず蚀った。

「原型に戻っお、そい぀が力を取り戻したらどうなるか分からねぇだろ」

「でも、寧々ちゃんが  」

 駄々っ子のように、倜䞀が食い䞋がっおくる。

「危険だ。华䞋」

「  寧々ちゃんは『探しおる気がする』っおいうねん」

「探しおる」

「うん。灌くんが目にした新聞蚘事の内容が分かったみたいで。それで、気づいたこずがあるんやっお」

 灌の発する蚀葉はもちろん、思考たで理解できるずいうのは、どうやら本圓らしい。

「分離したや぀が、初めお灌くんにくっ぀いおきたずき。寧々ちゃんは、すぐに良くない存圚やっお分かったんやっお。でも、どこか自分ず近いものを感じ取っおたらしい」

   だから、寧々はずっず倧人しくしおいたのか。たるで共存するみたいに。

「寧々ちゃんも探しおるから。お父さんずお母さんのこず」

 灌は、拳をぎゅっず握りしめた。

「アむツのせいで、寧々はひどい目にあったんだぞ」

 倜䞀にも、寧々自身にも、語りかけるように灌は蚀った。

 寧々の䞡芪が、正垞でいられなくなった原因。それは、あの分離したモノに圱響を受けたからだ。

 幞せそうだった。䞡芪ず寧々。あのマンションに匕っ越しおこなければ、今もただ幞犏な日々が続いおいたのに。

「寧々にずっおは、憎いダツだろ。そんな盞手ず䌚っおどうする 䌚話しお、どうするっおいうんだよ」

 灌は、うめくように声を絞り出した。

「  それでも、寧々ちゃんは蚀っおあげたいんやっお」

「蚀う 䜕をだ」

「息子が無事やったこず。助かっお、ちゃんず生きおるっおこず」

 分離したや぀が探しおるのは、間違いなく息子の剛だ。

 長い幎月、分離しお、粉々になっお。それでも自分の子どもを探し続けおいるのだ。

 灌は、倧きく息を吐いた。そしお、立ち䞊がる。

「行くん」

「あぁ」

 寧々が、そこたで蚀うなら仕方がない。自分にできるこずがあるなら、叶えおやりたい。それが、寧々に察する莖眪だず思うから。

「  危険なのは間違いないぞ。少しでもダバいず思ったら、すぐに撀退するからな」

「もちろん」

 お互いうなずき合っお、灌ず倜䞀は郚屋を出た。

 倜の闇に、マンションの癜い倖壁ががんやりず浮かび䞊がっおいる。灌は肩で息をしながら、それを芋䞊げた。

「灌くん、倧䞈倫」

 倜䞀が心配そうな顔でこちらを芋おいる。

 マンションが近づくに぀れ、灌の䜓に負荷がかかった。䜕かに抌し぀ぶされそうな感じだ。

「  なんずか、倧䞈倫だ」

 自分の声が、予想以䞊に疲匊しおいるこずに気づく。

 倜䞀の衚情は、さらに䞍安げなものになった。銖元を泚芖しおいるから、おそらく寧々の声を聞いおいるのだろう。

「おい」

 灌は、肘で圌の肩を小突いた。

「  今、寧々ちゃんが䌚話を詊みおる」

 どうやら、分裂したや぀に語りかけおいる最䞭らしい。

 事態が奜転すれば良いが、その逆もあるわけで  。

 そんなこずを考えおいたら、ふいにマンションの䞀角が黒ずんで芋えた。癜い倖壁の䞀郚に、シミのようなものが付着しおいる。

 そのシミが、どんどん倧きくなっおいく。黒い塊が䞍気味に蠢いおいる。いや、取り蟌んでいるのだ。分離したものが集たっお、少しず぀人型を圢成しおいた。

 寧々の声に、呌応したのだろうか。

「あそこに、いる  」
 
 灌は、マンションの䞉階付近を指さした。

「え、どこ 灌くん、芋えるん」

「あぁ。少しず぀圢になっおる」

 芖るこずができない倜䞀は「倧䞈倫なん」ず、ひたすら心配そうにしおいる。

 少しでも圌の䞍安を和らげるために、灌は自分が芋えるものを実況䞭継するみたいに、事现かに䌝えた。䜙蚈に䞍安を煜るだけかもしれないが、䜕も分からないよりはマシだろう。

 しばらくするず、急に倜䞀が震え出した。

「おい、倜䞀 どうした」

 ぶるぶるず震えながら、「声が聞こえる」ず倜䞀は蚀った。

「声 奎の声か」

「うん。『アツむ』っお。䜕床も繰り返しおる。呻き声みたいな、悲鳎みたいな声や。泣き叫んでる  」

 無意識に、倜䞀が自分の耳を塞いだ。

 それでも流れ蟌んでくるのだろう。たるで、分離したや぀に䜓を乗っ取られたみたいに、倜䞀は『アツむ』ず繰り返す。

「倜䞀 しっかりしろ」

 灌は倜䞀の䞡肩を掎んで、匷く揺さぶった。それでも、正気に戻る様子はない。

 い぀の間にか、灌の身にも異倉が生じおいた。党身が焌けるように熱いのだ。

   なんだこれ。

『ア、ツむ  ア  ツ、む  』

 倜䞀のものずは思えない甲高い声が、圌の口から挏れる。

   女の声だ。

 そう思った瞬間、目の前に炎が芋えた。それから、叀びたアパヌトも。新聞の瞮刷版で目にしたのず同じアパヌトだ。

 炎は勢いを増しおいく。あっずいう間にアパヌトは火に包たれた。ゎォゎォず音を立おながら激しく燃えおいる。窓が割れ、その䞭から火がうねるようにしお出おいる。

   これは、圓時の火事なのか。

 郚屋の䞭に人圱が芋える。ダむニングから、キッチン、廊䞋、人圱は移動しおいる。

『コォ  ド、コォ  』

 炎に焌かれながら、现身の䜓が熱さにのた打ち回っおいる。

『ドコ  ドコ、ナノ  』

 いや、探しおいるのだ。

『ド、コ  ドコニ、むルノ  ドコ、ニ  』

 黒焊げになりながら、それでも探しおいる。たったひずりの息子を。
 
「くそッ」

 灌は、思いっきり舌打ちした。そしお、力の限り叫んだ。

「おい、女 アンタの息子は無事だったぞ」

 近所の䜏人に救出されお、䞀呜を取り留めたのだ。

「安心しろ 助かったんだ」

 灌は炎に向かっお叫んだ。近づけば近づくほど、党身が焌かれるように熱い。熱颚を感じる。焊げた匂いが錻を぀く。

 飛んで来る火の粉を避けながら、灌はたた䞀歩、近づいた。

「埌遺症もなくお、元気に育っお 倧人になっおる」

 倜䞀が集めた資料の䞭に、平成元幎のものがあった。䟋の新聞の瞮刷版。

 防灜に関する科孊技術の研究を行う法人が玹介されおいた。研究員の䞭に、芋芚えのある名前があったのだ。

 石生剛。

「アンタの息子は、倧孊に行っお 立掟な研究員になった」

 倜䞀のスマヌトフォンの䞭にある、その蚘事を拡倧した。青幎の顔が、しっかりず写っおいる。

「おい 芋えるか ここにいるぞ」

 スマヌトフォンをかざすず、うねうねず蠢く塊のほうが反応した。

 黒い塊が、倧きくなったり小さくなったりしおいる。歪な圢のたた、収瞮を繰り返す。灌は、自分の銖元が気になった。寧々も䞀緒に、蚎えおくれおいるような気がする。

「もう子どもじゃないけど、自分の息子の顔くらい分かるよな」

 蠢くモノが、少しず぀近づいおくる。人型になれそうで、なれない。䞭途半端な圢のたた、それはゆっくりず灌のずころにやっお来る。

「ずっず探しおたんだから、分かるよな  」

 黒い塊が、じいっず灌の手元をのぞき蟌んでいる。目も口も、茪郭さえも分からないけれど、圌女は芋おいる。息子の姿を、ちゃんず芋おいるず思った。

「ちゃんず、芋えおるんやな  」

 倜䞀が、かすれた声で぀ぶやく。どうやら正気を取り戻したようだ。

 少しず぀、灌の身䜓から熱が匕いおいく。い぀の間にか、炎に包たれたアパヌトは消えおいた。

 ぀いさっきたで、火傷しそうなほど熱かったのに。今はもう、湿った空気が党身を包んでいる。

 黒い塊は、蠢きながらしばらくその堎に留たっおいた。名残惜しそうにしながら、最埌には消滅するみたいに、灌の目の前からいなくなった。

 力が抜けお、灌はその堎にぞたり蟌んだ。ここに来おから、どれくらい時間が経ったのだろう。

「はぁ  」

 倧きくため息を吐きながら、空を芋䞊げた。マンションの最䞊階の向こう、少しず぀空が癜みはじめおいる。

「  アむツ、消えたのか」

「さぁ、どうやろう  」

「気配を感じるか」

 倜䞀が、ゆっくりず銖を振る。

「感じひん」

「そうか」

「  あの幜霊は『思いを遂げた』んやず思う。だから、消滅したんや」

 圌女はずっず、䞀人息子の無事を願っおいた。それがこの䞖に留たる理由だった。願いが叶った今、もう珟䞖にいる必芁はない。

「成仏したっおこずか  」

 思いを遂げた幜霊は、䟋倖なくすべおこの䞖から存圚を消すずいう。

「灌くん、立おる」

「  あぁ、なんずか」

 倜䞀の手を借りお、灌は立ち䞊がった。圌の肩に腕を回す。ひずりで歩くのは、ちょっず無理そうだ。

「寄り掛かっおええで」

 既芖感があり過ぎる。

「なぁ、やっぱ俺。匱くねぇか  」

 䞀瞬のこずずはいえ、倜䞀は意識を乗っ取られたのに。今はもう普通にしおいる。それどころか、灌を支えながら歩いおいる。

「灌くんは匷いで」

 そう蚀っお、倜䞀が埮笑む。灌は、無意識に銖元に觊れた。足を匕きずるようにしお、歩を進める。

 しばらくしお、振り返った。どこにでもある、至っお普通のマンションが芋えた。もう䞍気味さは消えおいる。癜い倖壁で、家賃は高くもなく安くもなく。立地は良し。

 そのマンションが、自分の肩越しに少しず぀遠ざかっおいくのが芋えた。

◇

「  いや。やっぱ、俺は匱ぇわ」

 栌安ホテルの䞀宀。灌は、呻くような声で぀ぶやいた。

 䜓が動かないのだ。金瞛りにあったみたいに。

 昚倜、ずいうかほが今朝のこずだが、郚屋に戻っおから埐々に症状が悪化しおいった。今は指䞀本を動かすのも蟛い。

 倜䞀は「筋肉痛みたいなもんや」ず蚀っおいた。慣れないこずをするず、こうなるらしい。

 䜓が拒吊反応を瀺しおいるのだず説明されたが、むラむラしおあたり耳には入らなかった。

 筋トレは趣味でしおいる。けっこう鍛えおいるず自負しおいるが、幜霊ず接するための筋肉はどうやっお鍛えれば良いのだろう。

「慣れ、か  」

 空になった隣のベッドをがんやりず眺める。

 倜䞀は倖出䞭だ。䟋の「八家䞍動産」に向かっおいる。どうやら、ただの䞍動産屋ではないようだ。オカルト的な事象を取り扱う情報屋らしい。

「胡散臭ぇ  」

 灌の声が、郚屋の䞭にぜたりず萜ちる。静かなのは萜ち着かない。幜霊だなんだず隒ぎがあったし、それになにより、倜䞀の声が耳に぀いお離れない。あのむントネヌションがいけない。耳慣れないものは、劙に残る。

   お前も、さみしいか

 心の䞭で、灌は寧々に話しかけた。倜䞀が蚀うには、灌の声は聞こえおいるらしい。䞀方通行なので、䌚話にはならないが。

 ずいぶん時間が経っお、陜が萜ちかけた時分になり、ようやく倜䞀が郚屋に戻っおきた。

「灌くんが、めずらしく煙草吞っおぞん」

 ベッドで仰向けになっおいる灌を芋お、倜䞀が嬉しそうな顔をする。

「  そういうお前は、花の匂いがするな」

 倜䞀は、花の銙りを纏っおいた。

「えヌヌ、すごい 分かるん 灌は錻が利くんやなぁ」

「普通だろ」

「ワンちゃんみたい」

「誰が犬だよ」

 激しく舌打ちをしながら、灌はベッドから䜓を起こした。䌑息をずったせいか、かなり楜になっおいる。

「花は、あの女のためか」

「なんでそう思うん」

「線銙の匂いもするから」

 倜䞀は、少し寂し気な顔でうなずいた。そしお「やっぱり、灌くんは犬や」ず蚀った。

 昌間、マンションぞ行っお特別な儀匏をしたらしい。䞀床分離しおしたったモノの思念を祓うには、それなりの䟛逊の仕方があるずいう。

「  八家䞍動産のゞゞむず、お前で」

「うん」

「たった二人で、特別な䟛逊ずかできるのか」

 ピヌスサむンをする間が抜けた二人の写真を思い出し、灌は疑いの目で倜䞀を芋た。

「もちろん 八家さんには念のため䞀緒に来おもらったけど、実質おれひずりでやったようなもんやで」

 満面の笑みで倜䞀が答える。

「なんずいっおも、おれは超実力掟の祓い垫やからな」

   超実力掟。自分で蚀うこずだろうか。

「祓い垫っお、そもそもお前、ちゃんず祓えるのか」

「圓たり前やんか」

 倜䞀が、倧きくうなずく。灌は、そんな倜䞀の顔をたじたじず芋た。

「マゞで」

「今回は、土地のこずもあったから難易床はけっこう高いで。完党に穢れがなくなるには時間が必芁やけど、おれがちゃんずお祓いしずいたから倧䞈倫や」

 時間ず共に浄化されおいくらしい。あの土地はいずれ、忌み地ではなくなるずいう。

「おれが祓い垫やっおこず、青倉さんから聞いおぞんかった」

「いや、聞いおた  気がする」

 そもそも、その぀もりで埡圱探偵事務所を蚪れたのだ。

「でもさ。お前、芖えないんだよな 幜霊のこず」

「うん」

「芖えないのに祓えるのか それっお詐欺じゃないか」

 単玔に疑問に思ったのだが、圌の逆鱗に觊れたらしい。キッず倧きな目を吊り䞊げお、倜䞀が怒った。

「ちょっず、灌くん 自分が芖えるからっおそんな颚に蚀わんでもいいやんか おれの䞀䜓どこが詐欺垫やねんな うちの事務所は、安心安党の明瞭䌚蚈やで」

 ぷんすか怒る倜䞀を芋䞋ろしながら、ちょっず気になったので確認しおみた。

「  俺は、明確な料金䜓系を聞いおないんだが」

「ぞ」

 途端に、倜䞀の勢いが止たる。

「いきなり東京たでの亀通費を払わされたし、このホテルだっお俺持ちだし」

「そ、そうやった  」

 倜䞀がしどろもどろになっおいる。

「自信満々で『明朗䌚蚈』を謳うんだから、俺からがったくるなよ」

「あ、圓たり前やんか うちの事務所は悪埳業者ちゃうねんで」

 再び勢いを取り戻しお、安心ず安党をアピヌルしおいた倜䞀だったが、突然、腹が「グり」ず鳎った。

「おれ、めっちゃお腹すいおる  」

 自分の腹をさすりながら、たった今そのこずに気づいたように蚀う。そういえば灌も、今朝からなにも口にしおいない。

「確かに腹枛ったな」

 意識するず、猛烈に空腹を感じる。

「ご飯食べに行こ ええずこ芋぀けおん」

 倜䞀が灌の腕を取った。ぐいぐいず腕を匕かれお、郚屋を出る。

   たた、タカる぀もりだな。

 前方を歩く倜䞀の圢の良い埌頭郚を眺めながら、灌はそっずため息を吐いた。

 ホテルを出お、薄闇の䞭を倜䞀ず歩く。目的の店は、八家䞍動産からの垰り道に芋぀けたらしい。

「駅のな、向こう偎にあるねん」

 倜䞀が指をさす。そういえば、駅の反察偎には䞀床も行ったこずがなかった。螏切を枡り、しばらくするず现い路地があった。昔ながらの飲み屋街のようだ。

「ほら、ここ」
 
 倜䞀が足を止めた。藍色の暖簟ず赀提灯には「お奜み焌き」の癜抜き文字が入っおいる。

 圌の蚀う「ええずこ」ずは、どうやらこの叀びた店のこずらしい。

「  いかにも関西人っお感じだな」

 灌が感想を述べるず、倜䞀は「定期的に゜ヌスが欲しくなるねん」ずうなずく。

 暖簟をくぐるず、明るい店員の声が聞こえた。

「いらっしゃいたせ」

 銙ばしい゜ヌスの匂いが、店内に充満しおいる。

「良い匂いやなぁ」

 錻をくんくんさせながら、倜䞀が腹をさすっおいる。

 半個宀に案内され、鉄板を挟んで倜䞀ず向かい合っお座る。

 さっそく、倜䞀はメニュヌ衚を手に取った。昚今は、タッチパネルでオヌダヌする機䌚が増える䞀方だが、この店はそうではないようだ。

 店内を芋回しおも、いかにも昔ながらずいう雰囲気が挂っおいる。

「迷うなぁ」

 ペラペラずメニュヌ衚をめくっおは、倜䞀が思案しおいる。

「食いもんくらい、さっず決めろよ」

「だっおぇ」

「語尟を䌞ばすな」

「灌くん、お奜み焌きにせぇぞん ほら、このデラックスお奜み焌きずかどう 具がめっちゃ入っお矎味しそうやで」

 倜䞀が、メニュヌ衚を芋せおくる。

「なんでも良いよ、俺は」

 お奜み焌きに興味も思い入れもない。ただ、かなり腹は枛っおいるので早く食べたい。即刻、胃にぶち蟌みたい。

 店員を呌ぶず、倜䞀がオヌダヌを䌝える。

「冷やしトマトずぉ、枝豆ずぉ」

 むントネヌションの語尟が気になっお仕方ない。むラむラする。些现なこずに匕っかかるのは、たぶん腹が枛っおいるせいだ。

「あず、冷奎も」

   酒を飲む気、満々かよ。

「それからデラックスお奜み焌きずぉ、特補焌きそば。あず、おにぎりも あ、おにぎりの具はなしで」

「塩むすびですか」

「うん 塩むすびの塩なしで」

 謎のこだわりだ。店員が若干、困惑しながら「承知したした」ず蚀っお匕き䞋がる。なんずも迷惑な客だった。

「で、どんな感じなんだ」

 灌ずしおは「特別な儀匏」の詳现を知りたい。そこが分からないず、区切りにならない。

 寧々の䞡芪が未だに発芋されおいないので、終わった話ではないのだが。

「どんなっお蚀われおも  」

 倜䞀が困った顔をする。

「写真は」

「そんなん、ないで」 

「撮っおねぇのかよ。䜿えねヌヌ」

「だっお、前に芋せたずきはいらんかったやん」

「ゞゞむずのツヌショットずかいらねぇだろ」

 消えお欲しいず思えば思うほど、二人のピヌス写真が色濃く蚘憶に刻たれおいく。勘匁しおほしい。

「撮るヒマもなかったし あ、でも。おれず䞀緒におったら、たたすぐに芋れるで」

 冷氎の入ったグラスを灌に手枡しながら、倜䞀がそんなこずを蚀う。

「䞀緒  」

 灌は、グラスに口を぀けた。

「うん。おれず組たぞん」

「ブフォッ」

 思わずふき出した。

「灌くんに、助手になっお欲しいねん」

 幜霊が芖える人間ずいうのは、この界隈でもめずらしいようだ。貎重な人材らしい。だからずいっお、簡単に「助手になる」ずはいえない。

 ずいうか、やりたくない。倜䞀が身を眮く䞖界には、安易な気持ちで近づいおはいけない気がする。

 断ろうずしたけれど、ふいに寧々のこずが気になった。灌の思考や蚀葉は理解できおも、䌚話はできない。ひずりがっちだ。

 もう、孀独にはさせたくない。硬いフロヌリングの䞊で、捚お眮かれたように暪たわっおいた寧々の姿を思い出す。

「おたたせしたしたヌヌ」

 テンション高めの店員が、料理を運んできた。倧きめのヘラからスラむドさせるようにしお、目の前の鉄板に䞊べおいく。

 たずは、お奜み焌き。ゞュワッずいう音ず䞀緒に、銙ばしい゜ヌスの匂いが挂っおくる。続いお、焌きそば。

 倜䞀は、さっそく焌きそばを自分奜みにアレンゞし始めた。

 テヌブルには、゜ヌスやマペネヌズずいった調味料をはじめ、青のりや倩かす、玅ショりガずいったものたでもが垞備されおいる。

 ゜ヌスを远加しお、青のりをふりかけ、倩かすも少々。そこたでは良かったのだが、䜕を思ったのか倜䞀は、塩むすび塩抜きたで投入し始めた。

 コテでぐしゃぐしゃにしお、焌きそばず混ぜおいる。

「おい、やめろ」

 灌は、思わず眉をひそめた。

「え」

「食いもんで遊ぶな」

「遊んでぞんよ」

 倜䞀が、䞍思議そうな顔で灌を芋る。

「じゃあ、それは䞀䜓なんだよ」

「そばめし」

「はぁ」

「知らん 神戞発祥のB玚グルメやねんけど」

 そう蚀っお、小皿にそばめしを盛っおいる。

 焌きそばを现かく刻み、癜米ず䞀緒に鉄板で炒めたものをそう呌ぶらしい。

「䞀床も東京から出たこずない俺が、そんなもん知るわけないだろ」

「これにな、甘蟛く煮た牛すじずこんにゃくを入れたら、完党に神戞の味やねんけどな」

 その「甘蟛く煮た牛すじずこんにゃく」ずいうのは、「がっかけ」ずいうらしい。それは酒の肎に良さそうなので、興味がある。

「はい」

「な、なんだよ」

 いきなり倜䞀から小皿を手枡されお、灌は戞惑う。こんもりず盛られた、そばめし。これを食えずいうこずか

「寧々ちゃんの分」

   なるほど。

 小皿を自分の手元に眮き、灌は自分が食べおいたデラックスお奜み焌きをコテで切り分けた。そばめしが盛られた小皿に、デンず乗せる。

「寧々ちゃん、良かったなぁ。灌くんにもお奜み焌き、分けおもらっお」

 俺の銖元を芋お埮笑み぀぀、そばめしを頬匵っおいる。

「䜕か、蚀っおるか  」

「ん 寧々ちゃん めっちゃ喜んでるよ」

「  そうか」

「冷やしトマトも矎味しいっお」

 どうやら、酒のツマミではなく寧々が食べる甚だったらしい。

「  お前さ」

「んむ」

 口の䞭をそばめしでいっぱいにした倜䞀が、顔を䞊げる。その間が抜けた顔に、思わず脱力する。麗しさず矎貌が完党に行方䞍明だ。

「そういうこずは、俺にも分かるようにしろよ」

 灌には、二人の䌚話は聞こえない。

「ほぉひうほずっお」

「俺も状況を把握できるように、お前が通蚳しろ。垞に説明しろ。どんなこずでもだ。分かったな」

「  うん」

「今日は俺が奢っおやる。でも、助手になったらお前が払えよ」

「う、うん」

 倜䞀の目がきらきらず茝く。

 寧々のためだ。きっずそのほうが良い。倜䞀は、うるさいくらいに賑やかだから。寧々の蚀葉を聞いおあげられるから。

 きっず、倜䞀ず䞀緒にいれば寧々はさみしくない。

「うちの事務所は、これでも関西のほうではかなり有名やねん」

 なにやら、倜䞀が埗意気な顔をしおいる。そういえば、青倉もそんなこずを蚀っおいたっけ。

「だから」

「䟝頌人から『緊急事態』『今すぐ来お』っお蚀われるこずも倚いねん。だからな、䌑み無しが続くこずもあっお  」

 倜䞀が、䞊目遣いで灌をちらりず芋る。

「ブラックな䜓質には慣れおる」

 肉䜓的にも、粟神的にも。

「亀枉成立や」

 倜䞀は勢いよく立ち䞊がった。「これから、よろしくな」ず蚀っお、゜ヌスで汚れた口元を拭う。そうしお、満面の笑みを芋せたのだった。

第二章 䞍幞が続く家

 早朝、カヌテンを開けるず海が芋えた。

 朝陜を济びお、キラキラず波が茝いおいる。眺めの良い郚屋だ。六甲山の䞭腹に建぀このアパヌトからは、神戞枯を䞀望できる。

 党宀オヌシャンビュヌで、それなりに築幎数は経っおいるものの、かなりの人気物件だずいう。

 郚屋の借䞻は倜䞀だ。仕事関係で埗たツテのおかげで借りるこずができたらしい。それも、かなりの栌安で。

「おい、起きろ。朝だぞ」

 倜䞀の郚屋ぞ行き、乱暎に䜓を揺さぶった。圌は朝が苊手だ。そのせいで最近は、倜䞀を起こすこずも業務の䞀環ずなっおいる。

 朝食を䜜っおずいっおも食パンを焌くだけだが寝がけ県の倜䞀の口にぶち蟌む。そしお車の助手垭に圌を抌し蟌み、職堎のある南京町たで連行する。

 倜䞀が所有するSUV型のパむクカヌの運転にもずいぶん慣れた。ど掟手なチャむナシャツを纏う青幎が、隣にいるこずも。

◇

「チッ、邪魔だな」

 眉間に皺を寄せながら、灌は舌打ちをした。

 埡圱探偵事務所は盞倉わらず物で溢れおいる。儀瀌甚民族衣装やら、謎のお面やら、杖やら蝋燭やら。棚に攟眮された鉱物たちは、矎しくもありグロテスクでもある。

 物が散乱しおいるせいで、ずにかく掃陀がやりにくい。灌は、慎重にハタキを振った。ここにある物はすべお、自分にずっおはガラクタだ。

 棚をなぎ倒しお、蹎り䞊げお、元の圢が分からないほど粉々にしおゎミの日に出しおしたいたいが、そうもいかない。

 おそらく䟡倀がある品々なのだろう。たずえ無䟡倀でも、自分が粗末に扱うこずは蚱されない。灌は雇われの身であり、぀たりそのような暩限はない。

「灌くヌヌん」

 ゎミ屋敷の䞻人  いや、この埡圱探偵事務所の所長である倜䞀が、灌を呌んでいる。

「なんだよ」

「掗濯終わったみたいやで。さっき『ピロピロリン』っお鳎っおた」

 タピオカティヌを飲みながら、倜䞀が報告しに来る。呑気な顔だ。

「ぞぇ」

「灌くんが干しおな」

「はいはい」

「今日、めっちゃ良い倩気やから」

「ぞいぞい」

 いい加枛な返事をしながら、暪目で倜䞀を芋る。圌は、なかなかに人䜿いが荒い。おっずり笑顔で容赊なく仕事を振っおくる。

 今、倜䞀が啜っおいるタピオカティヌだっお、぀いさっき灌がテむクアりトしおきたものだ。南京町で人気のカフェらしく、かなりの行列ができおいた。むラむラしながら灌は列に䞊んだ。買っおくるよう蚀い付かったので仕方がない。瀟畜は埓順な生き物なのだ。

 掃陀を䞀旊切り䞊げお、灌は屋䞊に向かった。雑居ビルには屋䞊があっお、掗濯物はい぀もそこで干しおいる。

 现い階段を䞊っお、扉を開けるず雲ひず぀ない空が広がっおいた。倜䞀の蚀う通り、今日は晎倩だ。秋晎れの日差しは心地よい。

「良い倩気だな  」

 ひずりごずのように、寧々に話しかける。返事がないのは分かっおいる。いや、もしかしたら返事をしおいるのかもしれない。その声が、灌には聞こえないだけで。

「  ったく。䜕床も芋おも、掟手なシャツだ」

 煌びやかなチャむナシャツを広げながら、灌はため息を吐く。埡圱探偵事務所で働き始めお、かれこれ䞉週間が経過した。初日から掗濯物を干すよう呜じられ、以来、毎日のようにこのク゜掟手な代物を目にしおいる。

「䌌たような柄ばかり買い蟌みやがっお  」

 ボダキが止たらない。

 倜䞀の生掻拠点は六甲山にあるアパヌトだが、業務が長匕いお事務所に寝泊たりするこずも倚い。そのため、掗濯機を蚭眮しおいるのだった。

 事務所は繁盛しおいる。今日も予定はぎっしりだ。時間を確認するず、もうすぐ䟝頌人がくる時刻だった。

 掗濯を終えお事務所に戻るず、䜕やら声が聞こえおきた。どうやら、予定より幟分早めに䟝頌人が到着したらしい。茶の準備をしながら、挏れおくる声に耳を傟ける。

「  北、東、  南南西」

 方角の話でもしおるのだろうか。淹れたおの䞭囜茶を盆にのせお、茶請けず䞀緒に䟝頌人のもずに運ぶ。

「倱瀌したす」

「なんや、芋いひん子やな」

 䟝頌人は、五十代埌半の男だった。名前は、仁川喜朗にがわよしろう。時折、盞談に来るのだずいう。「子」ず蚀われたこずに察しお、灌のこめかみがピクリず反応した。

 血の気が倚いこずは自芚しおいるので、衚情に苛立ちを出さぬよう留意しながら軜く䌚釈をする。

 さっさず䞋がろうずしたのに、倜䞀が灌の腕を掎んだ。 

「新しく入った子です」

 倜䞀が、灌の玹介をする。朗らかな声だった。ずいうか、お前も「子」っお蚀うのかよ。ガキ扱いか 䞀歳しか違わねぇだろうがよ。あぁ

 奥歯をギリギリず噛み締める。衚情に出おいるかもしれない。感情を「無」にしお、粛々ず業務を遂行したいだけなのに。所長である倜䞀がそれを蚱さない。

「なるほど、助手を雇ったんか」

 ズズッず茶を啜りながら、仁川が灌を芋る。

「繁盛しおるもんなぁ。この事務所も」

「おかげ様で」

「もっず、かわい子ちゃんやったら良かったのになぁ」

 ニダニダず笑う仁川を芋お、カッず頭に血が䞊る。反射的に手が出そうになったが、かろうじお耐えた。でも、殎りたい。タコ殎りにしお、事務所の窓から攟り投げたい。

「䜕を蚀うおるんですか、仁川さん 灌くんは、めっちゃ可愛いんですよ」

 倜䞀が真剣な顔で、ふざけたこずを蚀う。

「どこがやねんな。こんなデカくお無愛想やのに」

 灌を指さしながら、仁川が豪快に笑った。

「たぁ、でも所長が『かわい子ちゃん』やからええか。い぀芋おも、べっぎんさんやもんなぁ。やっぱり若くお可愛い子に話を聞いおもらうず、元気が出るわ」

 仁川の錻の䞋が、だらしなく䌞びおいる。倜䞀を芋る目がシンプルにいやらしい。

   ここはキャバクラじゃねぇよ。

「もう、仁川さんは調子がええんやからぁ」

 照れた様子で、倜䞀が長い髪をかき䞊げる。

   おい。たんざらでもないっお、どういうこずだよ。

「それで今日は、どういったご盞談で」

 ずうずう我慢ができず、灌は口を開いた。倜䞀ず仁川のやり取りがキモすぎお、これ以䞊は聞いおいられない。

「今日は、家の方角に぀いおの盞談に来たんや」

 仁川の答えに、灌は「そうでしたか」ずうなずく。やはり、方角の話だったらしい。

「匕っ越しを考えずっおな、あちこち探しお。気に入った土地を芋぀けたんやけど。懇意にしずる占星術の先生に反察されおしもたんや。どうやら、今䜏んでるずころから芋お、方角が最䜎最悪らしいんや」

 仁川が、がっくりず肩を萜ずす。

   胡散臭ぇ。

 灌はドン匕きした。残念ながら、占星術なるものをたったく信甚しおいないので、胡散臭い以倖の蚀葉が芋぀からない。

「仁川さんはな、建蚭䌚瀟の瀟長さんで。業瞟もすっごい順調なんやっお。それで、広い土地に豪邞を建おるこずに決めたらしいで」

 倜䞀が、にこにこ顔で仁川の玹介をする。

「そうなんですか」

 愛想を振りたくのが絶望的に苊手なので、灌は無衚情でうなずいた。

 少し、分かった気がする。瀟長ずいうのは孀独な䞀面もあるずいうし、だから占星術ずか、幜霊が芖える探偵ずか、そういう科孊的根拠のないものに瞋るのではないだろうか。

「前に䞀床な、占星術の先生のアドバむスを無芖しお、䌚瀟の事務所を移転したこずがあるんや。方角があかんっお蚀われずったんやけど、賃料も安かったし。でも、そうしたら  」

 仁川が、深刻そうな顔をする。

「そうしたら」

 倜䞀は前のめりだ。目がキラキラず光っおいる。たるで奜奇心を隠せおいない。

「幜霊が出たんや  」

 そう蚀っお、仁川が頭を抱えた。

「この目で芋たから、間違いない。癜装束を纏った女の幜霊やった。髪が長くお、がんやりず浮かんでたんや」

 ぶるぶるず仁川が震えおいる。怖がっおいるずころ申し蚳ないのだが、そんな癜装束の、いかにも「幜霊です」的な幜霊はいるのだろうか。芋間違いの可胜性を探りたい。

 幜霊なんおものは、そう簡単に珟れるものではない。ほがむンチキだ。珟圚進行圢で、幌い少女の幜霊に憑かれおいる灌が、断蚀するこずではないのだが。

「気味悪がっお埓業員は蟞めおいくし、業瞟は䞋がるし。今でも埌悔しずるんや  」

「それは、お気の毒でしたね」

 倜䞀が、気遣わしげな顔で仁川に寄りそう。

 仮に、癜装束の女が本物の幜霊だったずしお、それは方角が云々の話ではない。物件に難があったのだろう。いわゆる事故物件だ。賃料が安かったず蚀っおいたから、可胜性は高いず思うのだが。

「それ以来、俺は方角を倧事にするようになったんや」

 はいはい、そうですか。

「でも、今回の土地を諊める螏ん切りが、なかなか぀かんのや。なんずか、あそこに家を建おたい。ええ堎所やねん。どうにか、ならんやろうか  」

 しょんがりする仁川を芋䞋ろしながら、灌は「どうにもならねぇだろ」ず心の䞭で冷たく突き攟す。

「倧䞈倫ですよ」

「えっ」

 倜䞀の明るい声に、思わず灌は反応しおしたった。

 仁川も、驚いたように倜䞀の顔を凝芖しおいる。

「ほ、ほんたか  」

「簡単なこずですよ。回り道をすれば良いんです。方角が悪いっおいうのは、今䜏んでるずころから芋お、ずいうこずなんですよね」

「そうや」

 仁川が、信じられないずいう顔でうなずく。

「だったら、良い方角になるたで匕っ越しを繰り返せば良いんです。転々ずしたら、いずれは良い方角になりたすよ。手間もお金もかかりたすけど、金銭のほうは心配はないでしょ 仁川さん、今はすごい儲けおるんやから」

 倜䞀の解説を聞いお、思わず力が抜けた。銬鹿だろ。誰がそんな぀たらない理由で、䜕床も匕っ越しをするんだよ。完党に金の無駄ではないか。

 いくら仁川が銬鹿野郎で占星術マニアだずしおも、そんな理由で金は䜿わない。金持ちずいうのは、金を䜿わないから金持ちなのだ。

「ええアむデアや  」

 仁川が、ゆっくりず膝を぀いた。倜䞀を芋䞊げながら、恍惚ずした衚情を浮かべおいる。

「ありがずう、ありがずうなぁ  」

 涙目になっお、仁川が倜䞀の手を握る。

「これで、理想の家が建おられる。嬉しいわ、ほんたにありがずう。所長さんは、女神様やぁ  」

 倧銬鹿者じゃねぇか。ずいうか女神っおなんだよ。倜䞀は男なんだが

 灌は思いっきり睚んだが、感激しおいる仁川が気づくこずはなかった。

「盞談に来お良かったわ。たた、䜕かあったら頌むで」

 そう蚀っお、ホクホク顔の仁川は事務所を埌にした。

 事務所には、キッチンが備え付けおある。オフィス甚のミニキッチンなので手狭だが、䟝頌人に茶を入れるくらいしか䜿甚しないので問題はない。

 仁川に出した湯呑をキッチンで掗っおいるず、倜䞀が顔をのぞかせた。

「もうすぐ、次の䟝頌人が来るで」

「分かっおる」

 今日は予定が詰たっおいるのだ。たた、新しく茶の準備をしなければいけない。

「  今床はマシな盞談なんだろうな」

 湯呑をすすぎながら、灌は倜䞀を睚んだ。埡圱事務所で働き始めおから、碌な䟝頌人を芋おいない。

 昚日の盞談者は、劙霢の女性だった。幜霊に憑かれおいるず信じ蟌んでやっお来たのだが、話をしおいるうちに錯乱状態に陥った。「恚たれおいる」ず散々、事務所で喚き散らし、床に這い぀くばっお懺悔を始めた。

 宥めるのにかなり苊劎した。あれはおそらく、䜕か恚たれるようなこずをした自芚があるのだろう。

 そしお今日は、金持ちで占星術マニアの瀟長だ。暇を぀ぶしに来たに違いない。非垞に迷惑だ。

   いや、そのほうがいいのかもな。

 幜霊に出くわすのは危険だ。暇぀ぶしに付き合っお儲かるなら、それが平和で良い。

「灌くんがいおくれお、めっちゃ助かっおるよ」

「どこがだよ」

 掃陀、掗濯、茶の準備。あずは倜䞀を起こしたり、車の運転をしたり。倧した仕事はしおいない。

「だっお、芖える胜力があるから。昚日みたいな䟝頌人が来たずき、確実に幜霊が憑いおないっお、すぐに分かるやん」

「  倜䞀だっお、声が聞こえるんだから。憑いおるかどうか、刀別できるだろ」

「それがなぁ。ごくたたに、人芋知りな幜霊がおるねん。そういう堎合、話しかけおも反応がないわけやん おたけに気配も薄いずなったら、困るねんよなぁ」

「幜霊のくせに人芋知りすんのかよ」

 灌は肩をすくめた。

「幜霊にだっお、性栌はあるよ。生きおた頃の人栌を匕き継いでる感じかな」

「ぞぇ」

「寧々ちゃんも、どっちかっおいうず人芋知りやもんな」

 倜䞀の声が、急に優しくなった。灌の銖元を芋ながら埮笑んでいる。

「  うん、うん。そっかぁ」

 どうやら、寧々ず䌚話しおいるらしい。

「䜕お」

 灌が急かすず、倜䞀がこちらを芋た。

「緊匵するっお」

「誰が」

「寧々ちゃんが」

「  い぀ 誰に」

「毎日、䟝頌人が来るやろ 知らん人やから、緊匵するんやっお」

 そういえば、寧々がただ生きおいるずき。母芪の足にたずわり぀いおいた。たるで、隠れるようにしお。それでも、目が合うず笑っおくれた。ぷっくりずした䞞い頬が可愛くお  。

「灌くん」

 がんやりしおいた灌の芖界に、ずいっず倜䞀が入っおくる。

「  あぁ」

「たぶん、次の䟝頌人は長匕くず思うで」

 倜䞀が、ちょっずだけ真剣な顔をする。

「盞談内容、聞いおるのか」

「䞀応は。詳しいこずは、盎接䌚っおからっおこずになっおるんやけど。なんか、䞍思議な珟象が起こっおるらしいねん」

 物䜓が移動したり、発火したり。䞍気味な音が鳎り響く「ラップ珟象」も生じおいるずいう。

「それっお、ポルタヌガむスト珟象ずかいうや぀か」

「灌くん、よく知っおるなぁ。偉い偉い」

「垞識だろ」

 耒められおも、䞀ミリも嬉しくない。

 そうこうしおいたら、事務所の入口の扉がノックされた。次の䟝頌人がやっお来たのだ。

 倜䞀が、䟝頌人を゜ファに案内する。灌は茶の準備を始めた。

 䟝頌人は、若い男性だった。おそらく二十代埌半だろう。気が匱そうで、いかにも軟匱そうに芋えた。湯呑に茶をそそぎながら、灌は銖を捻る。

   芖えなかったな。

 䞀芋した限りでは、圌に幜霊が憑いおいる様子はなかった。ずいぶん疲れおいるようではあったが。

 盆に茶をのせお、茶請けず䞀緒に䟝頌人の元ぞ運ぶ。倜䞀の隣に座っお、灌は泚意深く䟝頌人を芳察した。

 黒髪、痩せ型、切れ長の目。特に、䞍審な点はない。

   やっぱり、䜕も芖えねぇ。

 この案件、倜䞀は「長匕きそうだ」ず蚀っおいたが、芋立おを誀ったのだろうか。䟝頌人ず名刺を亀換したらしく、テヌブルの䞊に眮かれたそれを灌は手に取った。

 倧手補薬メヌカヌに勀める䌚瀟員のようだ。名前は、的圢良治たずがたりょうじ。

「  工事が、できないんです」

 的圢が芖線を萜ずす。ため息亀じりの声だ。

「工事ずいうのは」

 萜ち着いた声色で、倜䞀が問う。

 灌に察しおの口調ずは、たるで違っおいる。寧々に察するものずも䞀臎しない。぀いさっき、仁川ず話しおいたずきの口ぶりずも違う。

 意倖にも、䟝頌人を芋お話しおいるのだなず気づく。

「解䜓工事です。家が叀くなったので、解䜓しお曎地にしたいんですが。工事を始めようずするず、こずごずく劚害されおしたうんです」

 的圢が、肩を萜ずす。

「その劚害ずいうのは、『䞍思議な珟象』のせいですか 物䜓が移動するずか、発火するずか  」

「そうです。具䜓的には、解䜓業者の車のタむダがパンクしたり、持参した工具が壊れたり。なんでも、工具が宙に浮くんだそうです。浮いたず思ったら、地面に叩き぀けるように萜䞋したそうで  。それから、電動工具が発火したずも聞いおいたす。火柱が出おいたずか」

「的圢さんは、その珟象を実際にご芧になられたこずがあるんですか」

「いえ」

 的圢は、力なく銖を振った。

「僕は、その家で暮らしおいるわけではないんです。家の所圚地は䞹波のほうなんですが、かなりの山奥でしお。神戞の垂街地にある営業所に勀務しおいるものですから、通勀ずなるず厳しくお  」

「なるほど」

 京郜ずの県境にあるらしい。そしお、的圢は䞀床もその家で生掻したこずはないずいう。

「家  ずいうより、屋敷ずいう感じなんですが。本家なんです。僕は、もずもず分家ですから。子どもの頃、䜕床か芪戚の集たりで行ったこずはありたすけど  。その芪戚も次々に亡くなっお、それで僕が継いだんです」

 的圢の衚情には、疲劎が滲んでいる。

「  䞍可思議な珟象ずいうのが、解䜓業者の狂蚀ずいう可胜性はありたせんか」

 倜䞀が問うず、的圢が顔を䞊げた。

「狂蚀 嘘だず蚀うんですか 䞀䜓、䜕のために  」

「たずえば、工期を䌞ばしお費甚を䜙分に請求するためずか」

「  その可胜性は、ないず思いたす」

「なぜですか」

「そ、それは  」

 蚀葉が詰たった。芖線を圷埚わせる。どうやら、埌ろめたいこずがあるらしい。しばらくしお、的圢は芚悟を決めたように、ゆっくりず口を開いた。

「いわくが、あるんです」

「  いわく」

 的圢が、震えるように頷く。

「あの家には、幜霊が棲み぀いおいるんです  」

「その幜霊が、様々な珟象を匕き起こしおいるず」

「はい」

 こくり、ず的圢が頷いた。灌は、倜䞀ず顔を芋合わせる。

「あの家にいわくがあるこずは、地元では有名な話なんです。だから近隣の解䜓業者には、すべお断られおしたっお  。ようやく匕き受けおくれるずころが芋぀かっお安心しおいたんですが。今床のこずで、䞍気味がられおしたったので、たた別の解䜓業者を探すこずになるず思いたす。でも、おかしな珟象がなくならない限り同じこずの繰り返しだず思うんです」

「  そうですね」
 
 倜䞀が、盞槌をう぀。

「だから、僕はここに来たんです。あの家に憑いた幜霊を祓っおください。どうか、お願いしたす。老朜化が進んで、このたただず倒壊する可胜性があっお危険なんです」

 的圢が、テヌブルに頭を擊り付けるようにしお懇願する。

「分かりたした。では䞀床、そのお屋敷を調査させおください」

「ひ、匕き受けおいただけるんですか  」

 ゆっくりず、的圢が頭を䞊げる。

「えぇ。我々にお任せください」

 そう蚀っお、倜䞀は優しく埮笑んだ。

◇

「䞍安になっおるずきに、あんな颚に蚀われたら参っちたうよな  」

 的圢が垰ったあず、灌は゜ファにだらしなく座り、煙草に火を付けた。

「たいる   それっお、どういうこず」

 隣にいる倜䞀が、䞍思議そうな顔で灌を芋る。

「惜しみなく、金を払いそうだなっおこず」

 幜霊ず䌚話したり、気配を察知したり。圌の胜力は本物だけれども、たずえ力がなくおも、盞手をその気にさせるこずは可胜だず思う。自分のペヌスに匕き蟌むのが䞊手いずいうか。

「たぁ、詐欺垫に向いおるっおこずだな」

「もう、灌くん おれは詐欺垫ず違うっお、䜕床も蚀うおるやんか」

 眉間に皺を寄せながら、灌の肩をバシバシず叩く。

「はぁ。それにしおも、疲れたなぁ  」

 ゜ファに身を沈めながら、倜䞀が目を瞑る。

 疲劎が蓄積しおいるのだろう。䟝頌は埌を絶たない。昚日も䞀昚日も盞談者がやっお来た。明日も明埌日も、来る予定だ。

「  さっきの盞談者の件。安請け合いしお、本圓に良かったのか」

 的圢の蚀う幜霊が実圚するなら、ぜったいに悪霊だ。そうに決たっおいる。良い幜霊が解䜓業者の邪魔をするはずがない。

「だっお、人間じゃなくお家に憑いおるっお蚀うんやもん。珟地に行かんこずには、始たらぞんやん 䞹波たで行くずなるず、亀通費もけっこうかかるし。匕き受けたほうが話が早いねん」

「話しが早い」

「請求がしやすいっおこず。最近、ガ゜リン代が高隰しずるからなぁ」

 匕き出しから電卓を取り出し、慣れた手぀きでパチパチず数字を叩き出す。

「ちゃっかりしおるな  」

 おっずりしおいるくせに、なかなかに商売人だ。

「圓たり前やんか ここの事務所だっお、タダで借りおるんずちゃうねんで 家賃を払わなあかんねんから」

「でも、栌安なんだろ」

 この事務所も、六甲山のアパヌトも、盞堎よりもずいぶん安く借りおいるらしい。䞭叀で賌入したずいうパむクカヌも、䟋のツテのおかげでお倀打ち䟡栌だったずいう。

「そうやけど」

「前から思っおたけど、ツテっお䜕だよ どういう繋がりなんだ」

「簡単に蚀うず、䟝頌人やで。仁川さんみたいなひずがいっぱいおるねん」

   タニマチみたいなもんか 

「矚たしい限りだな」

「でもな、お倀打ち䟡栌にならぞんのもあるんやで。電気代に氎道代、ガス料金。これだけは正芏の倀段を玍めなあかん」

 かなり口惜しそうだ。  こい぀、さおはドケチだな。

「あ、そうや 助手の絊料も払わんずあかん」

 灌を指さしながら、倜䞀が倩を仰ぐ。

「そこは、䜕があっおもケチんなよ」

 ふヌヌっず煙を吐きながら、灌は倜䞀にクギをさした。

 倜䞀が、勢いよく゜ファから立ち䞊がる。そしお「どしどし働くで」「儲けるでぇ」ず蚀っお、やる気を芋せたのだった。

◇

 数日先たで予定が埋たっおいたが、なんずか調敎しお郜合を぀けた。そしお、翌週には䞹波に向かうこずができた。

「助手がおるっお、最高やな 助手垭でのんびりできるもん」

 ハンドルを握る灌の隣で、倜䞀はのほほんず座っおいる。

「寛ぐなよ」

 道案内くらいしろ、ず肘で倜䞀を突く。

「だっお、おれは運転が埗意ちゃうし」

 そう蚀っお、倜䞀は寝る䜓勢に入った。すぐに静かな寝息が聞こえおくる。

 今日は早朝から行動を開始しおいる。寝䞍足なのだろう。灌だっお同じこずだが、倜䞀の衚情に疲劎が芋えたので、圌を揺り起こすのを止めた。

 この車のハンドルも、ずいぶん手に銎染んでいる。毎日のように運転しおいるからだ。出勀時ず退勀時、倜䞀の運転手をしおいる。

 圌が暮らす六甲山のアパヌトに、灌も厄介になっおいるのだ。ルヌムシェアずいうのだろうか。神戞に来おから慌ただしく、郚屋を探す時間が持おおいない。

 倜䞀は、このたた灌ずの同居生掻を垌望しおいる。運転手ずしお䜿えるし、䜕より「䜏宅手圓を節玄できる」ずニダニダしおいたので、ドケチな圌ずしおは郜合が良いのだろう。

 すやすやず眠る倜䞀を暪目で芋る。熟睡しおいるのを確認しお、灌はアクセルを螏み蟌んだ。

 高速を飛ばしたくったおかげで、かなり時間を短瞮できた。このたたいけば、到着予定時刻よりも、ずいぶん前に目的地に着ける。迷わなければ、の話だが。

 灌は道路脇に車を停車させた。これから、いよいよ山道に入る。このたたナビに埓うず、行き止たりになるず的圢から蚀われおいる。少し前に厖厩れが発生し、道路が寞断されたたたらしい。

 回り道をする必芁があるのだが、分岐点が分かりにくいずいう。石造りの叀い境界暙があり、それが目印ずいうこずだった。

 マップを確認しおいるず、倜䞀が目を芚たした。

「  もう、着いたん」

 目を擊りながら、ゆっくりず身を起こす。

「これから山道に入るずころだ。ただ、寝ずけよ」

「分岐点を芋぀けなあかんねやろ」

「あぁ」

「おれが助手垭偎を芋るから。灌くんは、運転垭偎を芋おな」

 ぐいっず䜓を䌞ばしながら、倜䞀が倧きな欠䌞をする。

 境界暙は小さく、雑草に埋もれおいる可胜性もある。

「寝惚けお、芋萜ずすなよ」

 肩を竊めながら少し笑っお、灌は車を発進させた。

 山道は、かなりの悪路だった。舗装はされおいるが、砂利が倚くガタガタず車䜓が揺れる。道幅は狭く、突然カヌブが珟れるのだ。朚々が生い茂り、日䞭だずいうのに薄暗い。さらに芖界を遮るように、折れお垂れ䞋がった枝がフロントガラスを叩く。

 い぀察向車が来るか分からず、灌は甚心しながらアクセルを螏んだ。倜䞀は、車から顔を出しお境界暙を探しおいる。

 必芁以䞊にスピヌドを緩めおいたこずが功を奏したのだろう。二十分ほど車を走らせたずころで、無事に境界暙を芋぀けるこずができた。

「あ 灌くん、あったで」

 興奮した面持ちで、倜䞀が灌を芋る。

「これが分岐点か  」

 的圢から聞いおいた通り、境界暙のそばに现い道があった。目印が無ければ、発芋するこずは䞍可胜だっただろう。枯れ草に隠れるようにしお、未舗装の道路が続いおいる。

 枯れ草をなぎ倒すようにしお现い道に入った。倧きく車䜓を揺らしながら進む。しばらくするず、倜䞀の顔色が悪いこずに気づいた。

「どうした」

「  嫌な感じがする」

 灌は䞀床、車を停めた。ちらりず倜䞀の腕を芋る。ぷ぀ぷ぀ず鳥肌が立っおいた。

「気配がするのか」

 灌が問うず、こくり、ず倜䞀は頷いた。

   これは、確実にいるな。

 倜䞀の様子から察するに、確実に悪いモノだろう。どんな悪霊を芖るこずになるのか、考えただけでも憂鬱だった。憂鬱ずいうより、はっきり蚀っお恐怖に近い。できれば芖たくない。蚱されるならUタヌンしお、神戞に垰りたい。 

   でも、ダメだ。

 これは仕事で、灌は雇われの身なのだ。青い顔をしながら、それでも倜䞀は匕き返す気はないらしい。

「ここから近いで。たぶん、もうすぐや」

 倜䞀は、たっすぐ前を芋据えおいる。

 もうずっくに、ずいうより最初から芚悟を決めおいるのだろう倜䞀を前にしお、灌は自分を情けなく思った。

「  分かった。行くぞ」

 煙草に火を付ける。思いっきり吞い蟌む。それから、ゆっくりず車を発進させた。

 しばらくするず集萜が芋えた。叀い瓊屋根の家ず田んがが点圚しおいる。小さな村だった。

 村の入口で車を停車しお、歩きながら呚囲を確認する。人の気配はない。怖いくらいに静たり返っおいる。

「もしかしたら、廃村なんかもしれぞんな  」

 顔色の悪い倜䞀が、きょろきょろず蟺りを芋回した。

「おい、あれじゃないか」

 灌は、目の前に珟れた倧きな家を指さした。

 村の入口から、䞀番奥たったずころに建っおいる。的圢から聞いおいた通り、家ずいうよりは屋敷だった。呚囲はぐるりず壁で囲われおいる。たるで城壁のようだが、どう考えおもこの集萜には䞍釣り合いだ。

 的圢から枡された鍵を䜿っお解錠し、門扉をくぐる。敷地内には、母屋ず離れ、それから蔵がある。

 母屋に入るため、曇りガラスの匕き戞を開ける。途端にカビの匂いが錻を぀いた。もう䜕幎も、人の出入りがないのだろう。

 換気もされおいないようだ。空気がひどく淀んでいる。

 カビの匂いに我慢できず、灌は窓に手をかけた。しかし、なかなか開かない。建お付けが悪いのだ。盞圓に叀い家なので、仕方がないのだが。

 力を蟌めお、匷匕に窓を開けた。灌の呌吞は楜になったが、倜䞀は苊しそうだ。

「おい、ぞばるなよ」

「  分かっおる」

 真っ青な顔をしながら、倜䞀がうなずく。

 それにしおも広い屋敷だ。襖を開けるず、たた次の襖が珟れる。

 屋敷の䞭をぐるぐるず移動する。自分が今、どこにいるのか分からない。たるで迷路に迷い蟌んだようだった。勢いよくスパン ず襖を開けおいた灌だったが、その郚屋を芋た瞬間、腰を抜かしそうになった。

「  なん、だ。これ」

「ここ、仏間やな  」

 隣にいる倜䞀も、どうやら怯んでいるらしい。灌の背埌から、そっず郚屋の䞭をうかがっおいる。

 仏間には違いないのだろうが、明らかに様子がおかしい。遺圱の数が尋垞ではないのだ。壁䞀面が、額瞁に入った故人の写真で埋め尜くされおいる。

 圓初は鎚居に吊るしおいたのかもしれない。しかし、それでは远い぀かなくなったのだろう。

「い、いくら歎史のある家だからっお、倚すぎないか  」

 尻蟌みしながらも、灌は郚屋に足を螏み入れた。

「若くしお、亡くなった方もいるみたいや」 

 倜䞀が指摘した通り、若幎者の遺圱もいく぀かある。ほずんどがモノクロだった。ぐるりず郚屋を芋回しおいるうちに、奇劙な感芚になった。遺圱に写る人物たちに、じっず芋られおいるような気がするのだ。たるで監芖されおいるような。どの遺圱を芋おも、圌らず目が合っおいる錯芚に陥る。

 倜䞀の足元がふら぀き、灌は慌おお䜓を支えた。

「ずりあえず、出るぞ」

 倜䞀の䜓を匕きずるようにしお、郚屋をあずにする。

「う、うん  」

 なるべく仏間からは離れたい。なんずか玄関付近たでたどり着き、瞁偎で倜䞀を䌑たせる。

「倧䞈倫か」

「うん、平気やで。  けど、びっくりしたな」

「あれ、党員が死んだっおこずだよな  」

 遺圱なのだから圓然のこずだ。けれど、信じられないくらいに、おびただしい遺圱の数だった。

 瞁偎のガラス戞を開け、灌は倧きく深呌吞をした。立掟な螏石がある。ここから䞭庭に出られる構造らしい。

「それにしおも、でけぇ家だな  」

 広い屋敷だ。造りもしっかりしおいる。築幎数はかなり経過しおいるはずだ。それでも、的圢から聞いおいたほどではない。ざっず芋ただけだが、倒壊の危険はなさそうだった。

 ずりあえず萜ち着こうず、煙草に手を䌞ばしたずき。䞭庭のほうから、䜕かが聞こえた。

   タン、タンタン。

 気のせいかず思ったが、間違いない。かすかに音がする。どこからずもなく、灌の耳に届く。

   タンタン。タン。

「䜕だよ、この音」

「え」

 倜䞀が、銖をかしげる。

「聞こえないか」

   タンタン。タン、タン。

 倜䞀の衚情が、ハッずしたものになる。そしお、ゆっくりず頷いた。

「聞こえる。䜕の音なんやろ  」

 倜䞀が、蟺りを芋回しおいる。

「そういえば『ラップ珟象』が生じおるっお話だったよな  」

 この音が、そうなのだろうか。

 足音かず思ったが、違う気がする。もっず䜕か、匟むような音だ。灌は耳を柄たした。どこから音が聞こえるのか。神経を尖らせお探る。

   タン。タン、タンタン、タン。

 少しず぀、音が近づいおくる。

 聎芚に意識が向いおいたせいで、䞀瞬、気づくのが遅れた。い぀の間にか、目の前にいた。着物を纏った少女だ。

 螏石の近くで、小さな女の子が手毬で遊んでいる。
 
 灌は、思わず息をのむ。

 音の正䜓が分かった。手毬を぀く音だったのだ。

 倜䞀は、少女の存圚に気付いおいない。すぐそばにいるのに。

   確定だな。

 今、灌の目の前にいる少女は生きおはいない。幜霊だ。

「倜䞀」

 そっず静かに倜䞀を呌ぶ。

「どうしたん」
 
「いる。そこに」

 芖線で堎所を瀺した。

 䜕が、ず蚀いかけたけれど、倜䞀はその蚀葉を飲み蟌んだ。

「  ひずり」

「あぁ」

 さっき、倧量の遺圱を仏間で芋た。それで数倚の幜霊が出珟したのではず考えたのだろう。

 少女の姿圢、手毬のこず。自分が芖えおいるものを倜䞀に、事现かに䌝える。うなずきながら、灌の説明を真剣に聞いおいた倜䞀だったが、急に䜓がピクリず反応した。

「こ、声が  」

「聞こえるのか」

 あの少女ず、察話できるのだろうか。少し期埅を持ったけれど、倜䞀は「違うねん」ず銖を振る。

「歌っずる」

「うた  」

「たぶん、手毬唄や」

 ずいぶん悲しいメロディヌだずいう。

「䞀旊、この家を出るぞ」

 そう蚀っお、灌は倜䞀の腕を掎んだ。䞀床、情報を敎理したい。仏間の遺圱のこず、そしお少女の幜霊のこず。的圢に尋問する必芁がある。䜕ずなく、あの男はただ、自分たちに隠しおいるこずがある気がする。

 集萜の入口たで戻り、停車させおいた車に乗り蟌む。

「はぁヌヌ  」

 どちらずもなく、ため息を吐いた。

「  ずりあえず、麓の町たで行っお宿を芋぀けるぞ」

「うん」

 灌はハンドルを握り、車を方向転換させた。慎重に来た道を匕き返す。

「お前、平気か」

 倜䞀は、ずいぶんや぀れおいる。

「倧䞈倫やで。  それがな、䞍思議ず嫌な感じはなくなっおん」

 仏間から瞁偎に移動したあたりから、気配は感じるものの䞍快感はなくなったずいう。自分たちが来たこずを喜んでいるような、歓迎されおいるような感芚だったらしい。

「あの幜霊が喜んでたっお そうは芋えなかったけどな」

 ひずりで、手毬を぀いおいただけだった。

 その割には、灌ず倜䞀のすぐそばにいお、劙に距離が近いのこずは気になったが。

「  それでな」

 もったいぶったように、倜䞀が䞊目遣いで灌を芖る。

「なんだよ」

「寂しいねん」

「はぁ」

 玠っ頓狂な声を䞊げおしたった。䞀䜓、コむツは䜕を蚀い出したんだ。

「女の子の気配がな、劙に寂し気な感じがした」

   なんだよ。そっちかよ。

 ずりあえず安堵する。片手でハンドルを操䜜しながら、髪をぐしゃぐしゃずかき混ぜおいるず。

   あれ、なんか。倉な感じだ。 

 銖に違和感を芚えた。気のせいかず思ったが違う。苊しい。呌吞がしにくい。これは、完党に身に芚えのある感芚だ。

「どうした」

 灌は、寧々に呌びかけた。

「え」

 倜䞀が怪蚝な顔をする。

「違う、お前じゃなくお。たぶん寧々が䜕か蚀おうずしおる」

「そうなん 寧々ちゃん、どうかしたん」

 倜䞀が、こちらに身を寄せおくる。

「  うん、うん。たた、灌くんの銖を絞めおもた そんなん、寧々ちゃんが謝る必芁ないで。寧々ちゃんの声が聞こえぞん、灌くんが悪いねんから。もっず、ぎゅうっおしおも平気やで」

 倜䞀が笑っおいる。埮笑みながら物隒なこずを蚀っおいる。

「いや、それはやめろ」

 呆れながら、灌が口にしたずき。

「えぇ」

 倜䞀が倧きな声を出した。ビクッず灌の肩が䞊がる。

「いきなり、䜕だよ」

 ハンドル操䜜を誀りそうになり、反射的に肘で倜䞀を突く。

 倜䞀は、衚情を匷匵らせおいた。無蚀でフロントガラスを芋぀めおいる。いや、茫然ずしおいるずいったほうが良いのか。

「灌くん、埌ろ  」

「は」 

 正面を芋据えたたた、倜䞀が静かに蚀う。

「埌ろの垭、芋おくれる  」

 たさか。

 灌は、ごくりず唟を飲む。

 そんなはずはない。そう思いながら、灌はルヌムミラヌで埌郚座垭を確認した。

「嘘だろ  」 

 それが芖えた瞬間、灌は無意識にブレヌキを螏んでいた。

 車が急停止する。おそるおそるずいった感じで、倜䞀が尋ねおくる。

「  おるん」

 灌は、䞡手で顔を芆った。

「寧々ちゃんが『女の子が぀いおきおる』っお蚀うんやけど。ほ、ほんたなん   ほんたに、埌ろにおるん」

 間違いなく、いる。

 手毬を抱えた少女が、埌郚座垭に座っおいた。

「あぁ  」

 灌は、ゆっくりず頷いた。

 う぀むき加枛だったが、口元だけは確認できた。わずかに笑みを浮かべおいたこずだけは分かった。

◇

 集萜があった山を䞋り、枅流沿いの垂道をしばらく走ったずころに宿を芋぀けた。叀い民宿だった。

 老倫婊が二人で、现々ず営業しおいるようだ。和宀に案内され、灌はすぐに畳の䞊に寝転がった。ひどく䜓力を消耗した気がする。

 手持無沙汰なのか、倜䞀はちたちたず茶を淹れはじめた。座卓には盆が眮かれ、茶筒や急須、湯呑がセットになり甚意されおいた。

 ポットから急須に湯をそそぐ。湯の出が悪い。ちょろちょろずいう音が、なんずも緊匵感を削いでいく。

「  ホテルのほうが良かったな」

「なんで」

「思い出すだろ」

 この郚屋には襖がある。畳特有の匂いもする。どうしおも、あの屋敷の仏間を連想しおしたうのだ。掋宀を垌望したのだが、残念ながらこの民宿には和宀しかなかった。 

「でも、この子は和宀のほうが慣れおるんちゃう」

 にこにこ顔で、倜䞀が呚囲を芋回しおいる。圌の衚情が芋慣れたものだったので、灌は密かに安堵した。悪い気配に、倜䞀の心身が浞食されおいくのは、芋おいる灌だっお蟛い。

「  なかなか、しゃべらぞんなぁ」

 郚屋のあちこちを芋おは、倜䞀がため息を吐く。どうやら少女は、蚀葉を発さないようだ。そのため郚屋のどこにいるのか、倜䞀には刀断が぀かないらしい。

「そっち」

 ふいっず顎をしゃくっお、灌は居堎所を教えた。

 少女は郚屋の隅で正座しおいた。やはりう぀むき加枛で、膝の䞊には手毬を眮いおいる。

「どうぞ」

 灌の目の前に、コトリず湯呑が眮かれた。それもふた぀。

   寧々の分か。

 そう思っお、茶をすする。

 座卓の䞊には、さらにふた぀の湯呑があった。ひず぀は、倜䞀のもの。もうひず぀は  。

「お前、埋儀だな」

 少女の分を茶を淹れたらしい。

「ひずりだけ仲間倖れにできひんやろ」

 そう蚀っお、倜䞀が湯呑を抌し付けおくる。灌から枡せずいうこずだろうか。仕方なく、郚屋の隅にいる少女の前に湯呑を眮いた。

 倜䞀が、「飲んでる」ず目配せしおくる。

「いや」

 残念ながら、少女は湯呑に手を付けない。

「そっかぁ  」

 倜䞀が肩を萜ずす。

「それより。的圢は 電話したんだろ」

 的圢には、問いただしたいこずが山ほどある。

「したけど、出えぞんかった。ただ昌間やから、仕事䞭なんちゃうかな」

 そう蚀い぀぀、倜䞀は再床、的圢にコヌルしおいる。

「  あかんわ」

 倜䞀が銖を振る。

「チッ」

 舌打ちをしながら、灌は立ち䞊がった。

「どこ行くん」

「フロント」

「甚事でもあるん」

「この民宿、あの集萜からそう遠くないだろ」

 代々、同じ堎所で民宿を経営しおいるず蚀っおいた。あの老倫婊から、䜕か話が聞けるのではず思ったのだ。

 灌が睚んだ通り、老倫婊は山䞭にある集萜のこずを知っおいた。

 倜䞀が人圓たりの良さを発揮しお、話を聞き出しおいく。根掘り葉掘りずいった感じなのに、䞍快感を感じさせないのが倜䞀のすごいずころだ。

「そうなんですよ。おれたち、神戞のほうからドラむブに来たんですけど。土砂厩れで通行止めになっおお。回り道しようずしたら、ガタガタの道に入っおしたっお   車は揺れるし倧倉やったんです」

「それは、難儀でしたねぇ」

 䜜務衣に前掛けずいう出で立ちの女将が、灌ず倜䞀を劎っおくれる。

「その道を進んで行ったら、小さな集萜にたどり着いおたんです。やたら立掟な壁に囲たれた屋敷がある村やったんですけど」

「あぁ、あの村か  」

 同じく䜜務衣姿の宿の䞻人が、癜くなった髭をザリザリず撫でる。

「ご存知なんですか。道を尋ねようず思っお、ちょっず村の䞭に入らせおもらったんですけどね。誰もおらんかったんです」

「今は、皆さん山を䞋りたんちゃうかしら。数幎前、廃村になったらしいず聞いたわよ」

 やはり、珟圚は廃村のようだ。

「新しい䜏人が、次から次に来たけど。結局、あかんかったなぁ」

「  次から次に、ですか」

 䞻人の蚀葉に、倜䞀が銖をかしげる。

 灌も䞍思議に思った。あんな蟺鄙なずころにある集萜だ。新たな䜏人が次々ずやっお来るなんおこずが、あるのだろうか。

「村長さんのお宅のこずや。壁に囲たれた家があったやろ。あの屋敷に䜏むずな、必ず䞍幞が蚪れるんや」

 女将ず䞻人が、互いの顔を芋ながらうなずきあう。 

「呪われずるんやろねぇ  。次々ず死んでいくんやもん」

 女将が、重々しい口調で蚀った。
 
 背筋がヒダリず冷たくなる。灌は我慢できず、二人に蚊ねた。

「し、死んでいく   䞍幞が蚪れるっおいうのは、䞀䜓どういうこずなんですか」

 宿の䞻人が深く息を吐いた。それから、ゆっくりず語り始めた。

「  確か、的圢ずいう名前やったな。昔からあの村の長やった䞀族で、山の麓にも分家がようさんあったんや。集萜にある倧きな屋敷には代々、的圢の圓䞻が暮らしずった。でも、い぀の頃からか、的圢の圓䞻は長生きできんようになっおなぁ」

 民宿があるこの近蟺や、さらに川を䞋った堎所にも䜕軒か的圢の家があったらしい。

「たいおいが病で亡くなったず聞いずるけど。事故やったり、自分で銖をくくったりずいう話もあった。それで、ずうずう本家だけでは維持できんようになっお。分家の人間が継いだりもしたんやけど、やっぱりあかんかった。皆、次々ず死んでしたうんや」

 分家が的圢を継ぐ。継いでは亡くなる。その繰り返しだったらしい。そしお、少しず぀的圢の分家はその数を枛らしおいったずいう。

「集萜の人も怖がっおしもおねぇ。圓初は、疫病ちゃうかずいう噂があったみたいやけど。的圢さんのずころにだけ死人が出るもんやから。あれは疫病やなくお、呪いなんやろうっお。それで、あのお城みたいな壁を぀くったんよ」

 小さな集萜には䞍釣り合いだった。たるで城壁のようだず、灌もあのずき思った。

「  村民からの、芁望だったずいうこずですか 屋敷の䞭に、呪いを閉じ蟌めるための」

「ずいぶん昔の話やし、噂で聞いただけやけどね。なんや呪たじない垫だか巫女さんだかを村に呌んで、あの壁をこしらえたそうやわ。ちょっず、胡散臭い気もするけどね」

 そう蚀っお、女将が苊笑いする。

「でも、次々ず的圢の人間が死んでいったのは事実やからね。呪いやず噂されるのも仕方ないず思うわ。  もし、ほんたに呪いなんやったずしたら、的圢さんはきっず、ずいぶんひどいこずをしたんやろね」 

◇

 話を聞き終え、灌は倜䞀ず䞀緒に郚屋ぞ向かった。

「䞍幞が続く家、か。  どう思う」

「的圢の人たちが、次々ず亡くなったのは事実やし。実際にあの家には幜霊がおった。噂話は、だいたい合っおるんちゃうかな」

 倜䞀の蚀葉に、灌はうなずく。

「ただ、呪い垫ずか巫女ずかのくだりは嘘っぜくねぇか」

 いにしえの時代から、むンチキな野郎がのさばっおいたのだなず、灌は呆れた。

「なんで、嘘やず思うん」

 倜䞀の疑問に答えるべく、灌は郚屋の扉を開けた。

「蚌拠」

「え」

「郚屋の隅に、いる」

 少女の幜霊は正座したたた、同じ堎所にいた。

「呪いの元凶が、屋敷から出ちたっおるじゃねぇかよ」

 壁の圹割を果たせおいない。封じ蟌めるはずが、やすやすず突砎されおしたっおいる。

「それは、たぶん灌くんのせいやず思うで」

「はぁ」

 自分のせいにされ、灌は眉を寄せた。心倖にもほどがある。

「なんで俺のせいなんだよ」

「灌くんはな、特異䜓質やねん。寧々ちゃんに憑かれたせいで倉異したんやず思うけど。ずにかく、幜霊に奜かれやすいねん。波長が合うっおいうんかな。だから、本来は出られぞんかった壁をすり抜けるこずができた。灌くんに憑くこずでな」

 䞀ミリもうれしくない。ずいうか、それっお。

「もしかしお、あの子は俺に憑いおるのか  」

「そうやで」

 䜕を今さら、ずいう顔で倜䞀が灌を芋る。

「銖には寧々ちゃんが抱き着いたたたやのに、たた新しい子が憑くなんおなぁ。灌くんはすごいで 幌女にモテモテやん」

 誀解を招く蚀い方はやめお欲しい。

「じゃあ、この子は久しぶりに屋敷の倖に出たっおのか」

 灌は、ちらりず少女のほうを芋た。

「おれは、そう思うよ。だからずっず、じいっずしおるんちゃうかな。着物姿なんやろ おたけに手毬を持っおる。時代を感じるもん。亡くなっおから、盞圓な幎月が経っおるはずや。䞖界が䞀倉しおるず思う。この時代が未知の䞖界すぎお、気軜に動き回られぞんのちゃうかなぁ」

 なるほど、ず蚀いかけたずころで、倜䞀のスマヌトフォンが震えた。画面には『的圢良治』ず衚瀺されおいた。

 倜䞀の手から、スマヌトフォンをふんだくった。そしお、画面をタップする。

「おめぇ、ふざけんなよ」

 いきなり灌が声を荒げたので、的圢は「ヒッ」ず小さく悲鳎のような声を䞊げた。

 灌は構わず、怒鳎り続ける。あんな物隒な屋敷だずは聞いおいない。仏間の遺圱の数が尋垞ではない。

「それにな、あの家は盞圓に叀いが、䜏もうず思えば䜏めるじゃねぇか」

 建付けが悪い箇所はあったものの、倒壊の危険があるようには芋えなかった。党䜓的な぀くりがしっかりしおいるのだ。改築した圢跡もあった。

「お前は『倒壊寞前で危険だから』ず蚀っおいた。そのための工事だず申告したが、それは嘘だ」

 電話の向こうで、的圢が抌し黙る。

『  すみたせん、あなたの蚀う通りです』

 小さくため息を吐いお、灌は倜䞀にも聞こえるよう、スマヌトフォンを操䜜した。

「隙されたようで、腹が立぀んだがな」

『あの家を解䜓しお、曎地にしようずしおいるのは本圓なんです。でも、その理由を正盎に蚀うず、匕き受けおもらえないのではず思ったので  』

 的圢の声は匱々しく、そしお震えおいる。

   小狡い野郎だな。

 灌は䜙蚈に苛立った。もし目の前にいたら、顔面に枟身の䞀発を入れおいるずころだ。

「おい、俺にボコられたくなかったら、おめぇの知っおるこずを党お話せ。いいか 党郚だぞ。隠し事なんおしやがったら、ただじゃおかねぇからな」

 䜎い声で、脅すように蚀う。 

『わっ、分かりたした  』

 的圢は決意したように、あの家にた぀わる「いわく」ずやらを打ち明けた。

『的圢の家は、庄屋だったんです』

 庄屋ずは、簡単にいえば村の長だ。江戞時代に村圹人の長ずしお、村政党般を叞っおいた。関西特有の呌称でもある。

 だから的圢の圓䞻は、あんなに立掟な屋敷に䜏むこずができたのだ。

『珟存する民家は数えるほどですが、昔はかなり倧きな集萜だったそうです。もずもずは朚地垫きじしの集団だったずか』

「なんだ その、朚地垫ずかいうのは」

『蜆蜀ろくろを䜿っお、朚工品の補造や加工をする職人のこずです。蜆蜀垫ずも呌ばれおいたずか。玠材が豊富に取れる山䞭を集団で移動しお、生掻を営んでいたようです』

 時折、里に䞋りお亀易をしお、生蚈を立おおいようだ。

『どういう経緯があったのかは䞍明ですが、い぀の頃からか移動生掻をやめお、集萜を䜜ったようです。焌畑耕䜜ず林業で、それなりに栄えおいた時期もあったず聞いおいたす。ただ、昔からその蟺りは地盀が緩い土地だったそうで。䜕床か土砂灜害に芋舞われおいるんです』

 そういえば、぀い最近も厖厩れが発生しおいる。だからこそ境界暙を探すハメになったのだ。

『今から、玄二癟幎ほど前。江戞時代の終わり頃だったらしいのですが、土砂灜害によっお村の倧半の家が抌し流されおしたったようなんです。倧勢が亡くなったずか  』

「それで」

 灌は煙草に火を付けた。ゆっくりず煙を吐き出しながら、電話の向こうの的圢に問う。

『圓時、土砂灜害ずいうのは、土地の神様の怒りの珟れだず考えられおいたようで。その怒りを鎮めるために、生莄を捧げるこずになったんだそうです』

「生莄  」

 灌が、そう぀ぶやいた瞬間「タン」ず音がした。灌の背埌で。

 ゆっくりず振り返る。

 少女が、手毬を぀いおいた。

   タン。タン、タン。タンタタ、タン。

 その音は、倜䞀にも聞こえたようだ。

「たさか、そんな。嘘やんな  」

 灌ず倜䞀は、思わず顔を芋合わせた。

「そ、その生莄っおいうのは  。飌っおる牛ずか鶏ずか、村で採れた䜜物ずか。そういう類のもんを捧げるんだよな  」

 そうであっお欲しいず思う。いくら江戞時代ずはいえ、そんなこずがあるのか

『いえ、人間です』

 的圢の蚀葉に、思わず息を飲んだ。

『幌い子を生莄に差し出したんです。「カダ」ずいう名前の少女でした。幎は八぀。生たれお間もなく、䞡芪が流行り病で呜を萜ずしお、的圢の本家が匕き取ったんです。どうやら、瞁者だったようで  』

「自分たちが育おた子を生莄にしたのか」

『  所詮は、ただの瞁者ですから。自分たちの家族ではない。それに的圢の家は、䞀床も土砂灜害の被害に遭っおいなかったそうです。ぎりぎり被害を免れおいたずか。誰も死なず、被害が及ばす、倧きな屋敷で悠々ず暮らしおいる。村人たちの䞍満を鎮めるためには、ちょうど良かったのかもしれたせん。的圢の血を匕いおいる者が、生莄になる。的圢の家も犠牲を払った。村人のために尜くした。そう思わせたかったんだず思いたす』

「お前の先祖は、碌でもねぇ奎だな」

 灌は端的に蚀っお、的圢を突き攟した。

『  僕も、そう思いたす』 

 自嘲するように、的圢が蚀った。

『今、的圢に財産ずいえるものはほずんどありたせん。屋敷はあの状態ですし、土地だっお䟡倀は無いに等しい。僕の䞡芪は二人ずも病気で亡くなりたしたが、生前、盞続は攟棄するようにず蚀っおいたした。でも、僕はそうしなかった。生莄のこずを聞いお、悪いこずだず思いながら、心のどこかで「仕方がない」ず思ったんです。そう思っおしたった。だから、僕は的圢の家を継いだんです。間違いなく僕は、的圢の血を匕いた人間です』

「責任を取る぀もりか」

『僕が、的圢の最埌のひずりなんです。もう、分家もすべお滅んでしたった。人間がひずりもいなくなったのに、呪いだけ残っおるなんおおかしいじゃないですか』

 䞍思議ず、的圢の声は力匷かった。

「  それを、正盎に蚀えば良かったじゃねぇか」

『倱瀌ながら、あたり信甚しおいないんです。幜霊ずか、呪いずか。あの屋敷には、確かに幜霊がいお。自分はそれを信じおいるんですけど。でも、他人がそれを口にするず、ひどく胡散臭く感じるずいうか。あた぀さえ、商売にしおいるひずのこずは  』

 気匱な男だず、初めお芋たずきに思った。でも今は、䞍思議ず違う印象を受ける。

 倜䞀はムスッずしおいたが、灌はどちらかずいうず的圢の意芋に近い。

 通話を終えたあずで「もしかしたら、的圢ずは気が合うかもしれねぇわ」ず蚀ったら、倜䞀はたすたす膚れっ面になった。

「うちの事務所は、安心安党をモットヌにしおるんやからな」

「明朗䌚蚈」

「そうや」

 倜䞀が、ふんっ ず顔を背ける。ご機嫌を損ねたらしい。

 的圢からコヌルがあったずきは晎れおいたのに、気づいたら雚が降り出しおいた。カヌテンの隙間から挏れおいた倕陜が、すうっず途切れおいく。

 郚屋の灯りを぀けお、倜䞀が茶を淹れ始めた。たたしおも、湯呑が四぀。

 灌ず倜䞀、寧々。それから  。

「お前も、懲りねぇな」

 そう蚀いながら、灌は少女の目の前に湯呑を眮いた。どうせ手を付けないだろうず螏んで、しばらく様子をうかがっおいたのだが。

「あ  」

 思わず、灌の声が挏れた。

 少女が、湯呑に手を䌞ばしたのだ。倜䞀は目を茝かせおいる。ちょっず倧げさなくらいに感激しおいる。でも、なぜだ。

「お前、芖えおないだろ」

「うん。でもな、聞こえるから」

「は」

「寧々ちゃんがな、声をかけおあげたんやで」

 興奮気味に、倜䞀が詳现を告げる。

 どうやら、寧々が茶をすすめたらしいのだ。

「寧々ちゃんが『いっしょに、飲もう』っお蚀っおな、誘っおあげおん」

 キラキラの目をした倜䞀が、灌にガバッず抱き着いおくる。

「おい、䜕だよ  」

 ぎゅうぎゅうず抱きしめられお、灌は硬盎した。

「寧々ちゃん、人芋知りやのに。えらいなぁ、がんばったなぁ」

 倜䞀が抱きしめおいるのは、灌ではなく寧々のようだ。ひたすら「ええ子や」ず繰り返しおいる。

 少女が、そっず湯呑に口を぀ける。

「  あの子が、『カダ』で間違いないんだよな」

 生莄にされた、的圢の瞁者。

「うん」

 倜䞀の衚情が翳る。

「間違いない。寧々ちゃんがな、『カダちゃん』っお名前を呌んだら、反応しおん。小さい声やったけど、確かに『はい』っお返事したんや」

「そうか  」

「あの子には、もう誰かを呪う力は残っおぞん」

 気配で分かるのだず、倜䞀は蚀った。

「でも、的圢の人間がこずごずく䞍幞になったのは、あの子のせいなんだろ」

「間違いなく、そうや。どうしおも蚱せぞんかったんやろうなぁ。自分だけが犠牲になっお、恚んで。それがい぀の間にか、呪いになった。  次々ず的圢の人間を呪うこずで、簡単にいえば気が枈んだんや」

   だったら、カダが消滅しないのはなぜだ

「思いを遂げたら、珟䞖から消えるんだろ でも、あの子はただここにいる」

「他にも、なにか『思い』があるんずちゃうかな  」 

 その『思い』が䜕なのか。残念ながら、倜䞀では分からないずいう。

「さすがに気配で探るこずは、できひん  。灌くんは、どう」

「なんで俺なんだよ」

「だっお、灌くんに憑いおるんやもん。『思い』らしきもの、感じ取れぞんの」

「無理いうなよ」

 灌は、銖を振った。

 ふいに手毬を぀く音が聞こえお、灌は自然ずカダのほうを芋る。

「う、うそだろ  」

 寧々が、そこにいた。カダではなく、寧々が手毬を぀いおいたのだ。慣れないお぀きで、おちおちず手毬を叩いおいる。

 寧々は手毬で遊んだこずがないのだろう。力の加枛が分からないのだ。すぐに、思いもよらぬ方向ぞ飛んでいっおしたう。その手毬を、カダず䞀緒に远いかける。そしおたた、おちおちず぀く。

「な、なんで」

 驚愕しおいる灌ずは反察に、倜䞀は満足そうな顔でうなずいおいる。

「人芋知り同士、気が合うんやろうなぁ」

「  どういうこずだ」

 蚳が分からず、灌は䜎い声で倜䞀に問う。

「䞀緒に遊んでるんやで。灌くんは芖えおるんやから、分かるやろ」

 目をぱちくりさせながら、倜䞀が「おれも芖たいなぁ」蚀う。

「なんで二人は、ああいうこずになっおるんだ その経緯を聞いおるんだよ」

 むラむラする。思いっきり、倜䞀の腕を捻り䞊げたい。
 
「寧々ちゃんに声をかけおもらったんが、よっぜど嬉しかったんやろうなぁ。『手毬を貞しおあげる』っお、あの子が蚀うたんや。それでな、二人で仲良く遊んでるねん」

 すぐ目の前にある、にこにこ顔の倜䞀を自分から匕き剥がす。

「ずいうか、寧々は俺から離れられたんだな  」

 垞に灌の銖たわりにぞばり぀いおいたので、なんだか倉な感じだ。 

「もしかしお、寧々ちゃんが離れおいっおショックなん 孀独 䟘しい」

 倜䞀が、茶化すように蚀う。

「そんなわけあるかよ」 

 灌はそう蚀っお、倜䞀の肩を軜く小突いた。

 深倜になっおも雚は止たず、シトシトずいう雚音が郚屋の䞭に響く。

「雚、止たぞんな  」

 暪になった倜䞀が、ぜ぀りず蚀った。

「ただ、起きおたのか」

「うん。灌くんもやろ 枕が倉わったら、寝られぞんもんな」

 茶化すように倜䞀が蚀う。

「うるせぇ」

 普段は粗暎を絵に描いたような灌だが、繊现な郚分もある。倜䞀が指摘した通り、枕が倉わるず寝付けないのだ。

「朝になったら、晎れずるかな」

「そうだず良いけどな。雚の䞭、あの酷道を運転するのは面倒くせぇから」

 いい加枛、眠りたい。灌は祈るように目を閉じた。

◇

 目が芚めるず、どういうわけか灌は、あの的圢の屋敷にいた。

 䞀瞬、蚳が分からなかった。間違いなく、自分は民宿にいたはずだ。

 それなのに、どうしお  。

 ふいに、足音が聞こえた。振り返るず数人の男女がいた。皆、着物を纏っおいる。その䞭の䞀人、䞭幎の女が灌を芋お眉を朜める。

「カダ、そんなずころで䜕をしおるん」

 甲高い声だった。

 女が睚みながら、こちらに向かっおくる。

「母屋には来たらあかんっお、い぀も蚀うおたすやろ。あんたの家はね、あの蔵なんよ。分かる」

 女が、土蔵を指さす。

「嬉しいやろ もずもず䜏んでた家より、あの蔵のほうがよっぜど立掟なんやから」

 女の口元は、ひどく歪んでいる。なんお醜い顔だろうず思う。

 仕方なく蔵に戻り、手毬を぀く。

 手毬には、わずかに泥が付着しおいる。䜕床も拭ったが、なかなか綺麗にはならない。泥を芋る床に、耳の奥に蜟音が響く。嫌な音だ。

 濁流が、党おを飲み蟌んでしたった。

 父ず母の墓。それから生家。的圢の屋敷ず比べるず、みすがらしい家だったけれど、自分にずっおは倧切な家だった。

 唯䞀、手元に残ったのが手毬だった。

 母から教わった手毬唄を歌う。

 こんな歌だったろうか。あの頃よりも、ずいぶん物悲しいメロディヌが耳に届く。

   寂しい。

 最近、毎日のように思う。

 ここには、自分を気遣っおくれる者はいない。優しい蚀葉をかけおもらうこずもない。

 寂しい。心现い。

 自分はずっず、ひずりがっちだ。

   誰も、おらぞんの

 ひずりで手毬を぀くのは、飜きおしたった。誰か、誰か。䞀緒に遊びたい。名前を呌んで欲しい。寂しい。心现い。誰か  。

◇

「灌くん」

 䜓を揺すられお、灌は目が芚めた。

「倜䞀、か  」

「うん」

 暗闇の䞭に、がんやりず倜䞀の顔が浮かんでいる。心配そうに、灌をのぞき蟌んでいる。  

「倧䞈倫 うなされおたけど」

「平気だ」

   あれは、倢だったのか。

 それにしおは、ずいぶんリアルだった。党身が気持ち悪い。汗でぐっしょりだ。

 目を閉じたが、それから眠るこずはできなかった。朝になっおも、雚は降り続いおいた。

「雚の勢い、昚日より増しおるなぁ」

 倜䞀が、窓の倖の曇倩を眺めお蚀った。民宿のすぐそばを流れる川も、昚倜より増氎しおいるようだ。

「今日は、行動できひんな  。あの集萜の蟺りは地盀が緩いらしいから、たた土砂厩れでも起こったら倧倉やし」

「ツむおねぇな」

 垃団から䜓を起こし、灌は舌打ちをした。

 䞍機嫌な灌ずは反察に、倜䞀は楜しそうだ。䞊機嫌で茶を淹れ始める。

「おれも䞀緒に遊べたらなぁ」

 昚日に匕き続き、寧々ずカダは䞀緒に遊んでいる。なんでも、カダに手毬唄を教えおもらい、寧々も䞀緒に歌っおいるずいうのだ。

「  お前、良い幎しお手毬なんかで遊びたいのか」

 小銬鹿にしたように蚀うず、倜䞀が憐れんだような目で灌を芋た。

「灌くん。寧々ちゃんの歌が聞かれぞんからっお、おれに嫉劬せんずいおよ」

「はぁ」

 芋圓違いも良いずころだ。なぜ、倜䞀なんぞに嫉劬しなければいけないのか。たぁ、倚少は寧々の手毬唄が聞けたらいいかも、ずは思うのだが  。

「はぁヌヌい、お茶ですよ」

 声を聞いお、二人のいる堎所を正確に掎んでいる。倜䞀は寧々ずカダの近くに湯呑を眮いた。

 手毬で遊ぶのを䞭断しお、二人は仲良く茶を飲み始めた。こうしお䞊んでいるのを芋るず、友だちのようであり、姉効のようでもある。

「寂しくは、なさそうだな  」

「え 灌くん、䜕か蚀うた」

 ズズ ず茶をすすりながら、倜䞀が灌のほうを芋る。

「いや。別に」

「灌くんの分もあるで」

「あぁ」

 柔らかく湯気の立぀湯呑に、灌は手を䌞ばした。
 
 翌日になっおも、倩気は回埩しなかった。雚の勢いは衰えない。

 新たに土砂厩れが発生しお、たた山道の䞀郚が通行止めになったらしいず宿の䞻人が教えおくれた。幞いにも集萜ぞ行くルヌトずは被っおおらず、ひずたず安堵したのだが  。

「暇だな」

 灌は、悶々ずしながら煙草を吞った。事態が進展しないこずに苛立ちが募る。

 倜䞀は、電卓をバチバチず叩いお思案しおいる。

「事務所に戻られぞんから、盞談料が入っおこない あれは立掟な収入源やから、困ったなぁ。おたけに宿賃もかかるし  」

 経営者は倧倉だ。こういうずき、劎働者で良かったず心の底から思う。

 寧々ずカダは、盞倉わらず仲良く遊んでいる。぀いさっき、民宿の䞭を探怜するのだず蚀っお、二人で郚屋を出おいった。さすがに手毬を぀くのにも飜きたのだろう。

「同じ歌やのに、最初に聞いたのずむメヌゞが違うねんなぁ」

 ふいに、倜䞀が蚀った。

「手毬唄のこずか」

「うん。ずいぶん物悲しい歌やなっお思っおんけど。気づいたら、ぜんぜん違う印象になっおおん」

 䞍思議やなぁ、ず倜䞀は埮笑む。

 倢の䞭で、自分も同じこずを思った。  いや、違う。あれは、カダの蚘憶だったのではないか。

「  倜䞀」

「うん」

「昚倜、倢を芋た」

「そうなん」

「倢だけど、たぶん倢じゃない」

 倜䞀が、怪蚝な顔になる。

「どういう意味」 
 
 自分が芋たこずを倜䞀に話した。的圢の人間に、蟛くあたられおいたこず。母屋に足を螏み入れるこずすら蚱されおいなかったこず。蔵の䞭で暮らしおいたこず。ずっず、寂しかったこず。

 倜䞀は、手の甲で涙を拭った。

「  可哀盞になぁ」

「あの屋敷には、良い思い出がなさそうだった。それなのに、カダは解䜓工事を劚害しおいただろ 俺には、それが謎なんだよな」 

 嫌な蚘憶ごず、粉々にしおしたえば良かったのに。考えおも分からない。もしかしたら、的圢の人間をおびきよせるためか 

 あの屋敷は、的圢の人間を集めるための「箱」だったのだろうか。

「  埅っおたんちゃうかな」

「的圢の人間に、恚みを晎らすために」

「最初は、そうやったかもしれぞんけど。今はもう、恚みの感情は消えおる。そういう気配がないねん。たぶんやけど、䞀緒に遊んでくれるひずが来るのを埅っおたんちゃうかな」

 灌から倢の話を聞いお、倜䞀はそう感じたらしい。

 二人でしんみりしおいるず、寧々が慌おた様子で郚屋に入っおきた。カダの姿はない。

 寧々が、䞀生懞呜に䜕か蚀っおいる。ぱくぱくず口を動かしおいるが、もちろん灌には聞こえない。

「おい、䜕お蚀っおる」

 灌は倜䞀に問う。

「カダちゃんが  」

「どうした カダが䜕だっお」

「急に、いなくなったんやっお  」

 いなくなった どういうこずだ 迷子 いや、幜霊が迷子になるはずがない。 

 灌は、ハッずした。もしかしたら、カダは  。

「消えおもたんやっお。䞀緒に遊んでたら『ありがずう』っお蚀っお。䜕回も䜕回も、寧々ちゃんに『ありがずう』っお蚀っお、笑っお。それから、消えたんやっお」

 消滅したのだ。

 思いを、遂げた。だからカダはいなくなったのだ。そのこずを匷く認識した。おそらく、倜䞀も。

 あのカダはもう、珟䞖のどこにもいない。そのこずを寧々に、䌝えなければいけない。

 䞍安そうに、寧々の瞳が揺れる。

「ね、寧々。あのな  」

 どう蚀えばいい どう䌝えたら  。
 
 灌が逡巡しおいるず、倜䞀が話し始めた。

「おれは、寧々ちゃんやカダちゃんの気配が分かるねん。感じ取るこずができる。カダちゃんの気配は、ずっず『寂しい』やった。でもな、少しず぀その『寂しい』が小さくなっおいっおん」

 倜䞀の声は、ひどく優しい。誰に話すずきよりも穏やかだった。

「カダちゃんには、ずっず叶えたい『願い』があっおな。それは『寂しい』っおいう気持ちが、心の䞭から消えるこずやっおん。その『願い』が、やっず叶っおん。寧々ちゃんのおかげやで。寧々ちゃんの優しい気持ちが、あの子の『願い』を叶えおあげたんや」

 寧々は、ぎゅうっずかたく口を結んでいた。う぀むいお、必死に耐えおいるようだった。けれど堪えきれず、ごしごしず目元を擊る。

「寧々ちゃんには、おれず灌くんがおるよ。ずっずそばにおるから、な」
 
 倜䞀が、優しく寧々を励たす。

 しばらくするず、寧々の小さな頭が、こくんず䞊䞋した。思わず、灌は息を吐いた。

「  助かった」

 そう蚀っお、倜䞀の肩を軜く叩いた。慰めたり、励たしたり。そういうこずは䞍埗手だ。

「灌くんは、口䞋手やもんな」

 倜䞀が䞊手すぎるのだず、蚀っおやりたかったが我慢する。

「できひん郚分を補うのが、パヌトナヌやもん。気にせんで良いよ」

「ただの雇い䞻ず助手の関係じゃなかったのか」

「䞻埓関係は苊手やねん。そもそも灌くん、おれのこず呌び捚おにしおるやんか。それでよく、雇い䞻なんお蚀えるなぁ」

 呆れた様子で、倜䞀は肩をすくめた。

◇

 雚が止んだのは、それから䞉日埌のこずだった。民宿の玄関を出た灌は、思いっきり深呌吞した。それたでの長雚が嘘のように、雲ひず぀ない空が広がっおいる。

「䜕日も足止めくらっお、䜓が鈍った気がするな  」

 晎倩の䞋、ぐいぐいず䜓を䌞ばす。それから煙草に火を付けお、灌は車に乗り蟌んだ。雚が止んだこずで、ようやく集萜に行くこずができる。

 今日は的圢の屋敷ぞ赎き、カダの䟛逊をするのだ。

「  はぁ」

 シヌトベルトを装着しながら、助手垭の倜䞀が肩を萜ずす。かなりテンションが䜎めだ。理由は、宿賃がかさんだから。

「過ぎたこずを蚀っおもしょうがねぇだろ。倩候なんお、どうしようもないんだから」

「  そうやけど。ガ゜リンは倀䞊がりするし、光熱費も高い。食品も倀䞊げラッシュが止たらぞん。もうあかん。砎産や」

 オヌバヌな奎だ。そもそも光熱費や、食品の倀䞊げラッシュず今回のこずは、無関係だず思うのだが。

「たた仁川ずか、他の盞談者ずか、小金持ち連䞭から盞談料をふんだくれば良いだろ」

 庶民から金を毟り取るこずはしない。これでも灌は善人なのだ。粗暎だが。

「  うちは明朗䌚蚈やもん」

「料金蚭定を倉えればいいだろ」

「え」

 倜䞀が顔を䞊げる。目の䞋のクマがひどい。せっかくの矎貌が台無しだ。唯䞀の取柄なのに。

「䟿乗するんだよ」

 灌は、口の端を䞊げおニダリず笑った。たぶん今、悪圹ちっくな衚情をしおいるのだろうなず、自分でも思う。

「  䟿乗、倀䞊げ」

「そう。どこもやっおるだろ 原材料費がかさんだずか、人件費が高隰しおるずか、それっぜいこず蚀っお。うちもやれば良いんじゃないか」

「そ、そうかな  」

 険しかった倜䞀の衚情が、幟分和らぐ。

「事務所が朰れたら、困るダツがいるだろ」

 幜霊ずか、呪いずか。そういった類のモノが、確かに存圚するず身を持っお知った。だから、埡圱探偵事務所は必芁な存圚だず思うのだ。未だに、胡散臭せぇ  ず、ドン匕きするこずもあるけれど。

 灌の助蚀を聞き、倜䞀はすっかり気を取り盎したようだ。ボディバッグから電卓を取り出し、意気揚々ず叩いおいる。

「二割くらい倀䞊げしようかな。いや、この際やから景気よく、ぷわぁっず䞉割ほど䞊げお  。そうなったら売り䞊げ的に、うん、うん ええ感じやヌヌ」

 満面の笑みで、電卓をひしっず抱きしめおいる。確かにあったはずの目の䞋のクマは、どういうわけか消えおいた。謎に肌ツダが良くなっおいる。なんずいう単玔な男なのだろう。

 暪目で倜䞀を芋ながら、灌は呆れかえった。

 山道に入っおからは、慎重にハンドルを握る。晎れおいるが、道の䞡脇は濡れおいた。雚氎が地局からしみ出しおいるのだ。しかし、それ以䞊の圱響はなかったようで、無事に集萜の入口にたどり着いた。

 村に足を螏み入れた瞬間、灌は思わず息を飲んだ。

「う、うそや  」

 倜䞀も、愕然ずしおいる。

 的圢の屋敷が、土砂に埋もれおいたのだ。

 裏山が厩れたらしい。母屋も、蔵も、あの立掟な壁も、党おが土砂にたみれおいる。

 しかし、他の民家は被害を受けおいない。的圢の屋敷だけが、跡圢もなく流されおいた。

 土砂に足を取られながら、屋敷があった堎所たで行く。ひどく、土の匂いがした。

「  カダが消滅したこずず、因果関係があるず思うか」

「分からぞん。でも、的圢の最埌には盞応しいのかもしれぞん。ここにはもう、呪いは残っおない。わずかに思念が挂っおるだけや」

「カダの思念か」

 灌の問いに、倜䞀は銖を振る。

「  違う。今、分かった。初めおこの集萜に来たずき、おれが感じた気配。すごくむダな感じやった。あれは、カダちゃんの気配ず違うかったんや」

 ゟッずするような、絡めずられるような。暗い堎所から、いく぀もの手が䌞びおくるような感芚だったずいう。

「遺圱を芋たずき、なんですぐに気づかぞんかったんやろう」

 倜䞀が感じたモノ。その正䜓は、仏間で芋た的圢の人間たちだった。

 遺圱の目に、じいっず芋られおいる感芚は、確かにあのずき灌も感じおいた。

「  たずは、残った思念を祓う」

 そう蚀っお、倜䞀は道具を取り出した。

 巊の手のひらに、薄氎色の陶噚をのせる。䞭には真っ癜な砂が入っおいる。倜䞀が右手をかざすず、砂がサラサラず波打った。そしお平らになる。

 その䞊に、銙朚から削り取った粒子の现かい銙粉をたぶす。人差し指が、くるくるず䜕かを描くように動いた。䞍思議なこずに、銙粉は指の動きに合わせお矎しい暡様を䜜る。耇雑な図柄だ。

 図柄は、思念や祓う察象によっおその圢を倉えるのだずいう。倜䞀から聞いおはいたものの、実際にこの目で芋るのは初めおだった。

「灌くん」

「な、なんだよ  」

 流れるような倜䞀の仕草に芋惚れおいた。それを芋透かされたようで、灌の声は䞊擊った。

「火、ちょうだい」

「は」

「ラむタヌ持っおるやろ」

 灌は、未だに玙煙草を吞っおいる。どれだけ電子煙草が䞻流になろうが、煙草皎が増皎されようが、頑なに同じ銘柄を賌入し続けおいる。だから、ラむタヌは必需品なのだ。

「持っおるけど」

「マッチを持っおくるの忘れおん」

「倧事なもん、忘れるなよ  」

 そう蚀っお、灌はラむタヌに火を灯した。

 倜䞀が、その火を綫銙に移す。ゆっくりず円を描くように綫銙を動かした。円は、少しず぀倧きくなっおいく。倜䞀はそうしながら、静かに念を唱えた。そっず囁くようで、けれど嚁厳に満ちおいる。

 最埌に、綫銙の火を銙粉ぞず枡す。

 なんずもいえない銙りが、じわりず広がっおいく。灌は気配を感じるこずができない。けれど、わずかに残った思念が今、枅められおいるこずだけは分かった。

 倜䞀が懐から鈎を出し、リンず鳎らす。軜やかな、それでも胞にずしりず響く音だった。

 残留した思念を祓ったあずで、カダの䟛逊も枈たせた。

 集萜内には墓地があったけれど、カダやその家族の墓暙は芋圓たらなかった。そのため、的圢の屋敷の跡地に花を手向けた。

 合掌しおいるず、隣にいた倜䞀の䜓がピクリず動いた。

「これはな、カダちゃんのこずを思っお手を合わせおるんやで」

 寧々ず䌚話しおいるようだ。

「そうそう。そうやっお、䞡手を合わせるねん」

 どうやら、寧々も合掌しおいるらしい。倜䞀が、灌の銖元を芋ながら埮笑んでいる。たるで愛おしいものでも芋るような、優しい顔だった。

◇

 神戞に戻っおから数日埌。䟝頌人である的圢良治が、埡圱探偵事務所を蚪ねおきた。

「昚日、珟地に行っお来たした。拍子抜けしたずいうか  。本圓に、䜕もかも無くなっおいたものですから」

 ゜ファに座った的圢は、耇雑そうな顔をしおいた。

「解䜓する必芁もなくなったんだから、良いんじゃねぇの」

 茶を出しながら、灌は的圢に蚀った。

「そうですね、屋敷の残骞を撀去したり、埌始末をする必芁はあるんですが  。ひずたず、肩の荷は䞋りたした」

「あの堎所に、もう呪いはありたせん」

「はい」

 倜䞀の蚀葉に、的圢はうなずく。

「幜霊もいたせん。䞀䜓も  。それに、思念も残っおいたせんから」

「は、はぁ  」

 的圢は、䞍思議そうな顔でうなずいた。

 幜霊はカダずいう認識で、それ以倖のこずは考えおもみなかったのだろう。自分の先祖たちが悪いモノになっお圷埚っおいたずいう事実は、知らないたたのほうが良いのかもしれない。

 これで、圌も解攟される。的圢ずいう家が、代々受け継いできた呪いから。

「あの、お支払いなんですが。振り蟌みさせおいただきたす。今日か、明日にでも」

 的圢が口にした「振り蟌み」のワヌドで、倜䞀の目がギンギンになる。

「毎床ありがずうございたすヌヌ」

「それで、これ。手土産ずいいたすか  」

 的圢が、テヌブルの䞊に玙の包みを眮いた。「豚饅頭」の文字がデカデカずある。

「こ、これは 老祥蚘ろうしょうき  」

 倜䞀の顔が、にんたりする。

 この老祥蚘は、豚たんが名物なのだ。創業は倧正四幎。南京町で、ひずきわ長い行列を぀くっおいる。

「匂いに぀られたしお。地元の方に、買っおいくのはどうかず思ったんですが」

「ずんでもない 倧奜きなので嬉しいですよ」

 现身の䜓型だが、倜䞀は食い意地が匵っおいる。早く包みを開けたいのだろう、ちらちらず「豚饅頭」の包みに芖線を送っおいる。

「で、では。僕はこれで  」

 気を利かせたらしい的圢が、゜ファから立ち䞊がる。灌は芋送りのために、事務所の出入口たで付き添った。

「たた、䜕かあったら来いよ」

「  ないこずを祈りたいです」

 的圢が苊笑いする。

「そりゃ、そうだな」

 的圢の痩せた背䞭を眺めながら、灌はがそりず぀ぶやいた。呪い、いわく、幜霊隒ぎ。そんなものずは、䞀生瞁がないにこしたこずはない。

 的圢に出した茶を片付けるために郚屋に戻るず、倜䞀が豚たんを口に抌し蟌んでいた。この老祥蚘の豚たんは、かなり小ぶりなのだ。ずはいえ、さすがに入れ過ぎだ。もしや、䞀人で食べ切ろうずしたのではあるたいな  。

「勝手に食うなよ」

 倜䞀の食い意地に呆れおいるず。

「んぐっ ふごぉ  」

 灌に珟堎を抌さえられたこずで、焊ったのだろうか。倜䞀が豚たんを喉に詰たらせおいる。トントンず胞元を叩いおいるので、心優しい灌は手䌝っおやった。バシッず匷めの䞀撃を入れる。

「痛い  」

 涙目になりながら、倜䞀が灌を睚む。

「灌くんの銬鹿力」

「死ぬよりマシだろ 祓い屋が幜霊になるずか、マゞで笑えねぇ」

 錻で笑いながら、灌も豚たんを口に攟り蟌んだ。

 口に入れた瞬間、ゞュヌシヌな肉汁があふれる。ただ熱々だった。皮はモチモチだ。豚肉は少し荒めにミンチされおおり、歯応えがある。

 青ネギが良いアクセントになっおいる。味付けはシンプルなのだが、その分だけ肉の旚味を感じるこずができる。

 手が止たらない。ぜいぜいず豚たんを口に抌し蟌みながら、これでは倜䞀ず同じだなず思った。

 倜䞀が、キッチンから醀油ず酢を持っおきた。そのたたでも矎味しいけれど、぀けダレで味倉をしおも楜しめる。倚めの油で揚げ焌きのようにしおも絶品だった。

「やっぱり、老祥蚘やなヌヌ 矎味しい」

「  おい」

「ふぁに」

 豚たんで頬をぱんぱんにした倜䞀が、灌を芋る。なんず間が抜けた顔なのだろうずドン匕きする。

「寧々にも」

 食べさせおやりたい。倜䞀にそう蚎えるず。

「ふぁ ふぉうやな」

 ひたすら咀嚌しお、ごくっず飲み蟌んでから、倜䞀は寧々に語りかけた。

「ごめんな、぀い倢䞭になっお。寧々も䞀緒に食べよなヌヌ ほら、これな。豚たんっおいうんやけど。矎味しいねんで 小さいから寧々ちゃんも食べやすいんちゃうかな」

 豚たんの包みを、ぐいっずこちらに抌し付けおくる。

「あ、でも。気を付けお食べおな。じゅわっお勢いよく肉汁が出おくるから。ただ熱々やし、火傷したらあかんで」

 幜霊に火傷もないだろう。たたしおも、勢いよく豚たんを頬匵る倜䞀に呆れ぀぀、こういうずきに䌚話ができる圌を矚たしいず思った。

「  たぁ、でも食べるずころを芖れるしな」

 寧々は、い぀の間にか灌の隣にいた。゜ファにちんたりず座り、豚たんを食べおいる。もぐもぐしおいる頬が可愛い。決しお口に詰め蟌むこずはなく、ひず぀食べ終わっおから、次の豚たんに手を䌞ばす。行儀が良い。誰かずは倧違いだな、ず灌は密かに思った。

第䞉章 溺れる郚屋
 
 麗らかな平日の午埌。南京町のはずれにある埡圱探偵事務所では、灌ず倜䞀がそれぞれ業務に励んでいた。

 リクラむニングチェアに座った倜䞀は、パ゜コンの画面に向かっお人の奜さそうな笑みを浮かべおいる。盞槌を打ったり、たたにアドバむスをしたり。

「それは、倧倉ですねぇ」

 芪身になっお盞談を受けおいる。たるで、䜕かのカりンセラヌのようだ。

『毎回、私が片づけおるんですよ ぜったいに幜霊の仕業だず思うんです。ごみを荒らすなんお、悪霊に決たっおたすッ』

 画面の向こうで、盞談者の女性が真剣な顔で蚎えおいる。ごみの集積所でなにやら問題があるようだ。いわゆるご近所トラブルだろう。

 正盎なずころ、探偵に盞談するより監芖カメラの賌入を怜蚎したほうが、よほど建蚭的なのではないかず灌は思う。

「それでは、ご自宅に埡守りをお送りしたす。肌身離さず持ち歩いおください。そうすれば、きっず良い方向に物事が進むはずです。䞍可思議な珟象から身を守るこずができたすよ」

 倜䞀が、にこりず埮笑む。

 女性は「ありがずうございたす  」ず、感激したように涙ぐんでいる。

 そのやり取りを暪目で芋ながら、灌は脱力した。

 最近、埡圱探偵事務所はリモヌト盞談を始めたのだ。

 的圢の䞀件を請け負った際、倩候䞍良のため民宿で数日ほど足止めをくらった。事務所を留守にしたせいで売り䞊げが萜ち蟌み、倜䞀は堪えたらしい。

 い぀でもどこでも盞談者を受け入れたい。垞に金儲けがしたい。それで思い぀いたのが、リモヌト盞談だった。さすがは金銭を埗るこずに貪欲な倜䞀だ。ピンチはチャンス。おかげで事務所の売り䞊げは右肩䞊がりだった。胡散臭さは、かなり増したけれども。

 そしお灌のアドバむス通り、今月に入っおから埡圱探偵事務所は倀䞊げを決行した。ドドンず、いきなりの䞉割増し。幞いずいっお良いのか、今のずころ客足に圱響はない。

「灌くん 埡守りひず぀ちょうだい」

 リクラむニングチェアに座ったたた、灌に向かっお手を䌞ばす。

「  はいはい」

 倜䞀に埡守りを手枡すず、埡守りず手曞きの埡瀌状を入れ封をした。さっそく盞談者に送付するらしい。

 ちなみに、その埡守りを䜜っおいるのが灌だ。

 最近の灌の業務は、もっぱら埡守り補䜜だった。来蚪する盞談者が激枛したので、茶を淹れる機䌚も枛っおしたった。

「なんでもっず前から、思い぀かんかったんやろヌヌ リモヌト盞談、最高や」

 倜䞀がリクラむニングチェアを埌ろに倒した。そのたた、グむッず䞊半身を䌞ばす。

「  リモヌトで、幜霊の気配ずか分かるのか」

 甚だ疑問だ。リモヌトで盞談をする偎にも懐疑的な灌だった。

「もちろん、分かるで さすがにその堎合は盎接、事務所に来おもらうこずになるず思うんやけど  」

「そのパタヌン、今たであったか」

「ううん」

 倜䞀が銖を振る。

「぀たり、党郚『気のせい』なんだろ  」

 改めおその珟実を目の圓たりにするず、自分の業務がバカバカしくなっおくる。

 鍛え抜かれた生粋の瀟畜䜓質ゆえ、ひず぀ひず぀の埡守りを䞁寧に真心を蟌めお補䜜しおいる灌だった。

「その『気のせい』が、盞談をするこずで気にならなくなるんやから。意味はあるやろ」

   蚀われおみれば、そんな気がしないでもない。

 ずいうこずは、この埡守りにも意味はある。気を取り盎しお、灌は埡守り䜜りに没頭した。

 埡守りの䞭には、長方圢の小さな板が入っおいる。祓いの儀匏で䜿甚する銙粉の匂いを纏わせ、それを和玙でくるむのだ。きちんず念を蟌めおいるらしい。

 ずらりず板を䞊べ、倜䞀が真面目に経を唱えおいたのを灌も確認した。

 詐欺商品ではない。効き目はある。受け取る盞談者が今のずころ党員「気のせい」な人々なのが、残念で仕方がない。誠に遺憟だ。せっかくの、正真正銘の埡守りなのに。

 埡守りの衚には「埡圱探偵瀟埡守り」の文字が茝く。灌が刺繍を斜しおいるのだ。金色の刺繍糞で、ちくちくず針を動かしおいたのだが  。
 
「灌くんっお、意倖に噚甚やなぁ」

 感心したように、倜䞀が灌の手元をのぞき蟌む。

「  意倖か」

「现かい䜜業ずか苊手そうやん。すぐむラむラしお『こんなこず、やっおられるか』っお蚀うお。針を投げ぀けおきそうやで」

 酷い蚀われようだ。キレやすい䜓質なのは、認めるけれども。

「仕事ならやる」

「ふぅん。あ、そういえばさぁ」

「  なんだよ」

 さっそく灌は舌打ちをした。䜜業䞭に話しかけられるず集䞭力を欠くのだ。刺繍が歪な圢になっおはいけない。芋栄えが悪くなる。
 
「的圢さんの屋敷に初めお行ったずき。おれは気配を感じお気分が悪くなったけど、灌くんは平気やったやん」

「そうだな」

「玍埗がいかんねんなヌヌ」

「はぁ」

 いきなり文句を぀けられ、灌は憀慚した。喧嘩を売る぀もりだろうか。だったら喜んで買う。受けお立぀。

「忌み地のマンションで䜓調が最悪になっおたやん 分裂したモノに圱響を受けお、歩かれぞんようになったり、筋肉痛になったり」

 そういえば、そうだった。぀い䞉ヵ月前のこずなのに、なんだか昔のこずのようだ。 

「ぞろぞろになっおさ、おれに寄り掛かっお  。あのずきの灌くんは可愛げがあったのになぁ」

 倜䞀が、倧げさにため息を吐く。

「うるせぇ」

 可愛げなんおあっおたたるか。灌は、思いっきり倜䞀を睚んだ。

「あの集萜に挂っおたモノは、盞圓に匷かったず思うねん。なんたっお、おれがしんどくなるくらいやし」

「ぞぇ」

 適圓に返事をしながら、灌は手を動かした。埡守り制䜜を再開する。ただただ話は続くらしいが、どうせ぀たらない内容だろう。聞く䟡倀のない話に耳を傟けるより、仕事をしおいたほうがマシだ。

 数分埌。

「それやのにな、灌くんがぜんぜん圱響を受けぞんのはやっぱり匷いからなんやず思っお。すごいなっお思っおん」
 
 単玔に、耐性が぀いたのだろう。

「それで」

「だから、すごいなっお思っおん」
 
   終わりか

 しばらく䜕やら話しおいたが、特にオチもなかった。内容も薄い。やはり、聞く䟡倀のない話だったな  ず呆れおいるず。

「わわっ 灌くん芋お。これ、ほら たたリモヌト盞談の予玄が入ったで」

 満面の笑みで、倜䞀がパ゜コンの画面を芋せおくる。

「わぁ」

 倜䞀が、倧げさに仰け反る。

「うるせぇな」

 思わず手が出そうになった。気が散っお仕方がない。頌むから静かにしおくれ。針仕事は神経を䜿うのだ。

「盞談者、青倉さんや  」

「え」

 聞き芚えのある名前が倜䞀の口から飛び出した。

 青倉利人あおくらりひず。

 圌は、灌の元同僚だ。東京で働いおいたころの埌茩で、この埡圱探偵事務所を玹介しおくれたのも圌だった。

「  俺のずきみたいに、誰かを玹介するずかじゃないのか」

「違うみたいやで。今、䜏んでるずころの郚屋に問題があるらしい。それで、話を聞いおもらいたいんやっお」

 パ゜コンの画面に顔を近づけながら、倜䞀が蚀う。ぎゅっず眉を寄せおいる。真剣な顔぀きだ。

 灌は刺繍針を針山に刺し、スマヌトフォンを手に取った。

「  灌くん、どうしたん」

「俺に連絡しお来ないずかありえねぇ。他人行儀なんだよ。リモヌト盞談ずか、ふざけんじゃねぇ」

 むラむラしながら、青倉に電話をかけようずした。その手を、倜䞀が阻む。

「埅っお」

「觊んなよ」

「音声だけやったら、気配が分からぞんから。ビデオ通話にしお」

「お前  」

 深刻な顔぀きの倜䞀に、灌は気圧された。

「青倉さんが『気のせい』で盞談しおくるはず、ないやろ  」

 間違いなく、その通りだ。灌はうなずき、青倉に電話をかけた。

 䜕床目かのコヌルで、応答があった。画面が切り替わり、青倉の顔が衚瀺される。

 青倉は、明らかに顔色が悪かった。ひず目で「これはダメだな」ず思うくらいに。い぀だったか  忌み地のマンションで暮らしおいたころの自分を芋おいるようで、灌は胞隒ぎを芚えた。

『新芏で営業所を立ち䞊げるこずになっお、メンバヌに遞ばれたんです。それで匕っ越しをしたんですよ』

 さっそく、青倉に事情を聞いた。

『新しい勀務地は暪浜なんです。郜内からだず、通えない距離ではなかったんですけど。朝の通勀ラッシュずか、乗り換えのこずを考えるず、新しく郚屋を借りたほうが良いず思っお』

 目の䞋にクマを䜜った青倉が、疲れたように笑う。

『営業所の話は、急に決たったんです。抱えおる案件を匕き継ぎしながら、慌おお郚屋を探しお  。今思えば、䞍動産屋の蚀いなりだったかもなっお、少し反省しおいたす』

「  盞倉わらずのブラックだな」

『そうですね』

 青倉が苊笑いする。

 その、新しく借りた郚屋ずいうのがマズかったらしい。

『シェアハりスなんです。特にこだわりがあっお遞んだわけではなくお。たたたた条件に合っお、䞍動産屋の営業から、けっこう匷めにすすめられお。たぁ、いいかなっお思ったんです』

 匕っ越しをしおすぐ、異垞を感じたようだ。

『倉な音がしお  。氎音のような感じです。あずは、床が䞍自然に濡れおいたり、郚屋の壁にシミが浮かんできたりずか』

 青倉の衚情には、明らかな疲劎が滲んでいる。

「  それで、お前は倧䞈倫なのか」

 灌の知っおいる青倉は、い぀も飄々ずしおいた。ちょっず生意気で、可愛げのある埌茩だった。その面圱が、今の圌にはない。

『金瞛りがひどくお、寝䞍足にもなったんですけど。今は萜ち着いおたすね  。本調子ずたではいかないですけど。たぶん、郚屋がダメなんだろうなっお思っお。すぐホテルに避難したんです』

 疲れた顔で、青倉が笑う。

「それは、良かったです」

 灌ず青倉しかいなかった画角に、倜䞀が無遠慮に䟵入しおくる。灌のスマヌトフォンに顔を近づけ、「玠晎らしい刀断でしたね」ず蚀っおいる。

 おかげで、灌の顔が隠れおしたった。

「ずっずその郚屋におったら、もっずひどいこずになっおたず思うで 離れお良かったヌヌ」

『灌さんのおかげですよ』

「え、そうなん」

『灌さんもダバいずきあったじゃないですか。なんか、症状が今の自分ず䌌おるなっお思っお。だから、速攻でホテルに逃げたんです。悪いモノからは、距離をずるのが䞀番だず孊んだので』

 灌が東京を離れる際、青倉には事情を説明した。

 幜霊、怚念、忌み地。

 青倉が信じるかどうかは埮劙だったが、倜䞀を玹介しおもらった恩矩もあり、党お正盎に話すず決めたのだ。

「圹に立っおよかったな、灌くん やっぱり、䞀床は幜霊に憑かれたり呪われたりしずくもんやな。経隓になるもんなヌヌ」

 くるっず振り返り、倜䞀が灌を芋䞊げる。

「  たぁな」

 そんな経隓倀はいらない。絶察に。しかし、青倉の心身の状態が悪化しなかったこずは事実なので、ずりあえず良かったのだず自分を玍埗させる。

「青倉」

 倜䞀の頭を抌しのけながら、画面の向こうの青倉の顔を芋る。

『なんです』

「ちゃんず、䌑んでるんだろうな」

『  䌑んでたすよ』

 少しだけ、圌の目が泳ぐ。

「本圓だろうな」

 間髪入れずに、青倉に問う。

『今日たで、䌑みをもらったので。ちゃんず䌑んでたした。明日からは、出勀するんですけど  』

 蚀い蚳みたいな青倉の返答に、思わず頭を抱えた。

 か぀おは灌を「ブラックな瀟颚に染たり過ぎ」だず笑っおいたくせに、今や青倉も立掟な瀟畜だ。

「お前  」

 出勀しおいる堎合ではないだろう。仕事のこずなんお気にするな。ブラック䌚瀟なんお、さっさず切り捚おおしたえ。そう蚀っおやりたいのだが、他人から蚀われたずころで無理なのだ。か぀おの自分がそうだったので、灌にはよく分かる。

「できる限り、サボれよ」

『灌さん  』

 驚いたように、青倉が目を芋匵る。

「出勀しおもいいけど、ずにかく楜をしろ。自分以倖でもやれそうな業務は、できる限り他人に振れ。そしおサボれ」

 今、灌に蚀えるのはこれくらいだ。

「お前が楜をしおいる間に、俺たちが解決しおやる」

『はい  』

 青倉が倧きく息を吐いた。そうしお目を现めお、安心したように笑った。

「珟地調査に行くで」

 通話を終えたあず、倜䞀が元気よく宣蚀した。さっそくバタバタず荷造りを始める。

「やっぱりリモヌトは最高やなぁ。こういうずき、すぐに行動を開始できるもん」

「そうだな」

 い぀でもどこでも金儲け  いや、盞談者から話を聞くこずができる。日皋の調敎もスムヌズだ。

 倜䞀は、お気に入りのチャむナシャツをぎゅうぎゅうに詰め蟌んでいる。圌曰く、チャむナシャツには䞀軍から䞉軍たでランクがあるらしい。

「気分を䞊げるためにも、遠出するずきは䞀軍メンバヌを倚めに連れおいくねん お気に入りのや぀を着たらな、気合が入っお『がんばろう』っお思えるやん」

「そういうもんか  」

 灌はファッションに興味がない。衣服は毎回、ファストファッションで適圓に遞んでいる。唯䞀、奜みずいえるのは着心地くらいだ。

「灌くんには分からぞんかもなヌヌ 毎日、黒ずか癜ずか、そんなんばっかりやん。めっちゃ地味やで」

 地味ではなく、シンプルずいっお欲しい。

「た、灌くんが地味なおかげで、おれのチャむナシャツが映えるねんけど」

 今日も掟手なチャむナシャツを纏っおいる倜䞀が、にひひず笑う。

 匕き立お圹にされるのは埡免だが、面倒なので「はいはい」ず受け流しおおいた。

 南京町の最寄り駅である元町駅から圚来線で新神戞駅に向かい、その日のうちに新幹線で暪浜に向かうこずができた。

 車内で呑気にチヌズかたがこを食べる倜䞀を芋お、思わずため息が挏れる。

「  旅行じゃないんだぞ」

「分かっおるで」

 きょずん、ずした顔の倜䞀が、コンビニの袋をガサガサず持る。取り出したのはビヌフゞャヌキヌだった。

 乗車前にスナック菓子やナッツ類も買い蟌んでいたのを灌は目撃した。どう芋おも、遠足気分な気がする。

「はい、寧々ちゃんもどうぞ」

 灌に向かっお、ビヌフゞャヌキヌを差し出す。

「  チヌズかたがこのほうが良くないか」

 ビヌフゞャヌキヌは硬い。噛み切れるか心配だ。幜霊ずいえども、寧々はただ幌児なのだ。

「寧々ちゃんは、こっちのほうが良いっお蚀うおるよ」

「なら良いけど  。それより、感じたか」

「ぞ」

 豪快にビヌフゞャヌキヌにかぶり぀いおいた倜䞀が、銖をかしげる。

「なにを」

「気配だよ。青倉ず話したずき」

「あぁ、気配な うん、感じたで。匷い念やったなぁ」

 思い出したように、倜䞀がうんうんずうなずく。

「匷いっお、それはダバいんじゃ  」

 灌は焊ったが、倜䞀は萜ち着いおいる。それよりも今はビヌフゞャヌキヌに倢䞭らしい。矎しい顔を歪たせながら、必死に咀嚌しおいる。
 
「そこたで悪い気配じゃなかったから。倧䞈倫やず思うで」

 その蚺断は、信じお良いのだろうか。

「それにしおも、お前のずころに来る盞談者っお  」

「うん」

「家にた぀わる問題を抱えおるこずが倚いよな」

 少し前から、気になっおいたこずだ。

 党おの盞談が、必ずしもそうずいうわけではない。しかし、圧倒的に倚い。今床の青倉の件、それから的圢のずき。

 毎回぀たらない盞談を持ち掛けおくる仁川だっお、「家」関連の話ばかりだ。ずいうか、そもそも灌だっお  。

「俺のずきはマンションだった。厳密にいえば、土地の問題ではあったけど」

「それは、おれが『家』関連の問題に匷いからやで」

「  はい」

 初めお聞く話だ。埗意䞍埗意があるのか

「ほら、匁護士だっおそうやん それぞれ埗意分野があるやろ。医療蚎蚟に特化しおるずか、離婚問題に匷いずか」

「蚀われおみれば、たしかに  」

「医者もそうやん。内科、倖科、耳錻科。いろいろ分かれおるやろ」

「  いや、やっぱり倉じゃないか 同じ扱いにしたら、たぶん匁護士も医者もキレるず思うぞ」

 玍埗しかけたが、なんずか灌は正気を取り戻した。

◇
 

 暪浜に到着するず、灌ず倜䞀はすぐに件のシェアハりスに向かった。新暪浜駅から乗り換えなしで䞉十分ほど。たどり着いたのは閑静な䜏宅街だった。

 䜏環境はかなり良さそうだ。駅チカ物件で、築幎数は八幎。単身者向けのシェアハりスらしい。

 スタむリッシュな倖芳を眺めながら、倜䞀は「栌奜いいなヌヌ」ず感嘆しおいたのだが  。

 玄関の扉に手をかけた瞬間、圌の衚情が曇った。

「あ、あかんかも  」

 みるみるうちに、倜䞀の顔色が悪くなっおいく。

 気配を感じおいるのだろう。察するに、決しお良くないモノだ。

 そこたで悪い気配ではない、ずいうようなこずを倜䞀は蚀っおいたが、やはりアテにならなかったらしい。

「ずにかく、䞭に入るぞ」

 灌は、そっず扉を開けた。

 玄関ず各郚屋の鍵は、電子パネル匏の電子錠が採甚されおいる。あらかじめ青倉から番号を聞いおいたので、難なく䟵入するこずができた。

 珟圚、このシェアハりスに空宀はないらしい。

 倧きなリビングルヌムが共甚郚ずしおあり、䌑日には䜏人たちが集たっおホヌムシアタヌを楜しんだり、ボヌドゲヌムに熱䞭したりするのが習慣だずいう。

 青倉は瀟亀的なタむプなので、䜏人たちにも歓迎されおいたようだ。

 共甚郚はどこも枅朔で、しっかりず管理されおいるのが分かる。ほずんど新築のような綺麗さだった。

 青倉も含めお、䜏人は党員が瀟䌚人らしかった。孊生が䜏むには家賃が高額だし、䜏環境や蚭備が莅沢すぎる。キッチンや济槜぀きバスルヌムが各郚屋に蚭眮されおいるのだ。ランドリヌルヌムは二十四時間䜿甚OKで、防音蚭備も敎っおいる。

「家賃が高額ずいっおも、これだけの蚭備ず綺麗さだったら安いくらいだよな」

「ほんたやな  」

 顔色の悪い倜䞀が、こくりずうなずく。

 青倉の郚屋は䞀階の角郚屋だった。

 電子錠をアンロックしお、郚屋に入る。灌は、ぐるりず宀内を芋回した。䞀芋しただけでは、特に倉わった様子はなかった。

 綺麗に片付いおいる。そういえば、䌚瀟のデスクも垞に片付いおいたな  ず思い出した。

 青倉から「床が䞍自然に濡れおいる」ず聞いおいたが、そのような痕跡は芋圓たらなかった。「郚屋の壁にシミが浮かんでくる」ずいうような珟象も確認できない。

「良い郚屋だが  。そうなるず、倉だな」

 駅チカ物件。蚭備は申し分ない。管理はしっかりされおおり、家賃も芋合っおいるどころかお埗感さえある。

「䞍動産の営業が、ゎリ抌しするような物件ちゃうねんよな」

「あぁ」

 そうなのだ。ほうっおおいおも入居垌望者が殺到するような条件がそろっおいる。

「シャアハりス自䜓が、䞇人受けするもんじゃないけどな。それを差し匕いおも、営業がプッシュする必芁はないず思うんだよな  」

 なにか、特別な理由でもあるのだろうか。䞍動産の営業が、掚さなければいけない理由が。

 ふいに、郚屋の䞭が薄暗くなった。陜が沈みかけおいる。カヌテンを閉めお、灯りを぀けようずしたずき。

   ポチャン。

 なにか、聞こえた。氎音のような。

 振り返るず、倜䞀の衚情がこわばっおいた。どうやら、圌の耳にも届いたようだ。倜䞀ず目が合う。緊匵が走る。

 ごく、ず息を飲んだ瞬間。

   ピチョン、ポチャン。

 たたしおも聞こえた。間違いない。氎滎が、したたり萜ちる音だ。

 倜䞀が、ピクリず反応した。

「寧々ちゃん、どうしたん  」

 灌に近寄り、埮笑みながらうなずく。どうやら、寧々が䜕か蚀っおいるようだ。

 しばらく盞槌をうっおいた倜䞀だったが、ふいに衚情がこわばった。䞀点を芋぀めながら、ぶるりずその䜓が震える。

 倜䞀が芋おいるのは、灌が背を向けおいる壁だ。嫌な予感しかしない。

 灌は、芚悟を決めお振り返った。

「マゞかよ  」

 壁にシミができおいた。癜い壁玙に、茶色いシミが滲んでいる。

 この郚屋に入ったずきには、なかったはずだ。シミは、じわじわず範囲を広げおいく。

 灌は、その様子を信じられない思いで芋぀めた。次の瞬間、頬に冷たい感觊があった。手の甲で拭う。氎滎だった。

 反射的に䞊を芋るず、倩井にもシミがあった。その䞀郚から、氎滎が萜ちおくる。

「あ、灌くん  」

「䜕だよ」

「聞こえる」

 倜䞀の声が、震えおいる。

「氎音だろ」

「うん。そうやねんけど、たた違う音がしおる  」

 違う音だず  

 灌は耳を柄たせた。異垞事態のせいで集䞭できない。それでも、なんずか神経を研ぎ柄たせお音を探った。

 滎る氎の音の他に、たしかに聞こえた。

   コポ、コポポ。

 背䞭がぞくりずした。むダな音だ。溢れおくるような。

   コポ、コポォ、コポポッ。

 これは、逆流する音だ。

   コポポ、コポ、ポポポポポポッ

 灌は、慌おおトむレに向かった。

「ここじゃねぇ  」

 舌打ちをしながら、今床は掗面所ぞ向かう。異垞はない。でも、すぐ近くで音が聞こえる。

 济宀の扉を、灌が開けるず  。

「わっ」

 灌を远いかけおきた倜䞀が、小さく声を䞊げた。

 排氎溝から、茶色い氎が溢れおいたのだ。コポコポず䞍気味な音を立おながら。

「な、なんやこれ  」

 倜䞀が、呆然ずしおいる。

 さっきたで異垞がなかった掗面台の排氎口からも、氎が逆流し始めた。

 掗面所の壁玙からは、氎が滲み出しおくる。い぀の間にか、床が氎浞しだった。廊䞋から氎が浞入しおいるのだ。

「ここを出るぞ」

 そう蚀っお、灌は倜䞀の腕を匕いた。

 郚屋を出お゚レベヌタヌを探したが、階段のほうが早いだろうず刀断しお、非垞階段で二階たで駆け䞊がった。

「ここが、青倉さんの郚屋の真䞊  」

「氎挏れする可胜性は、どう考えおもないな」

 䞊階の郚屋で氎のトラブルがあり、その圱響を受けおいるのかもしれない。そう思っお、念のため確認に来たのだ。

 しかし、青倉の郚屋の真䞊は物眮スペヌスだった。掃陀甚具が雑然ず眮かれおいるだけで、氎が階䞋に挏れおいる様子はなかった。倩井だけではなく壁から氎が滲み出おいる時点で、そもそも䞊階から圱響を受けおいる可胜性は䜎いのだが  。

「どう考えおも、悪いモノじゃねぇか」

 物眮スペヌスの扉を閉めながら、灌は倜䞀に文句を蚀った。

「うヌヌん  」

 倜䞀は、玍埗できないずいう顔だ。

「悪意しかないだろう。あれは完党に、俺たちを脅かしおるぞ。氎を䜿っお远い払っおる。郚屋に入っお欲しくないんじゃないか」

「  話を聞かんず、ただ分からぞん」

「話っお 幜霊にか」

「うん」

 残念ながら、今のずころ幜霊は出珟しおいない。どこに隠れおいるのか。䌚いたくはないが、お目にかからないず問題が解決しない。少なくずも灌は、芖るこずしかできないのだ。

 倜䞀のように気配を感じ取るこずができない。だから、出珟しおもらわないず圹に立たない。

 重い足取りで、再び青倉の郚屋の前に立った。

 郚屋の倖からは、氎を確認できなかった。そっず䞭に入る。氎浞しだったはずの掗面所の床は、䞍思議なこずに也いおいた。

 茶色い氎が逆流しおいた掗面台の排氎口も、济宀の排氎溝も、その痕跡は綺麗さっぱり消えおいる。リビングの壁にあったシミも消倱しおいた。

 灌たちが初めおこの郚屋に入ったずき、壁は綺麗だった。考えおみれば、おかしな話だ。

「青倉も『郚屋の壁にシミが浮かんでくる』ず、蚀っおたよな」

「  うん」

「でも、俺たちが最初に芋たずきも、そしお今だっお、壁にはひず぀もシミがない」

 これは、間違いなく怪奇珟象だ。

「  逆のような、気がするねん」

 倜䞀が、ぜ぀りず蚀った。

「逆」

「远い払いたいんじゃなくお。ここに、おっお欲しいような感じがする。気づいお欲しいっお、蚀っおるような気がする」

「でも、お前  。気配を感じお青くなっおたじゃねぇか」

「それは『埌悔』の念が匷すぎお、気持ち悪くなっただけやねん」

「なんだよ、それ  」

 ずにかく、この郚屋に憑いおいるモノは悪くない。それが倜䞀の蚀い分らしい。

◇

 その日はホテルに宿泊しお、翌日は早朝から八家䞍動産を蚪ねるこずになった。情報収集のためだ。䞍動産の看板を掲げおはいるものの、八家䞍動産はオカルト的な事象を取り扱う情報屋なのだ。

 灌がただ東京に䜏んでいた時分に䞖話になった。今回の物件があるのは暪浜だが、地域性に぀いおは特に問題ないらしい。関東近郊のオカルト物件は、ほずんど網矅しおいるずいう。

 叀い町䞊みが残る䞋町の䞀角に、八家䞍動産はあった。時代を感じるレトロな平屋建お。いかにも個人経営ずいった感じだった。モノクロの物件チラシが、入口に眮かれたスタンド看板に貌り付けおある。

 扉を開けるず、カラン、ずドアベルが鳎った。

「いらっしゃい」

 店の奥から、グレむヘアの男性が姿を珟した。写真では芋たこずがある。

 八家埁倪郎やかせいたろうだ。

「あ、八家さんヌヌ」 

「倜䞀くんか」

 八家が目を现めお笑う。

「朝早くからすみたせん。ちょっずお話を䌺いたくお。お邪魔させおもらいたした」

「盞倉わらず、倜䞀くんのずころは商売繁盛みたいだなぁ」

 八家は絶えず笑みを浮かべおいるのだが、なんずなく衚情にアンバランスさを感じた。たぶん、眉間に皺が刻たれおいるからだろう。柔和な笑みず眉間の深い皺。それが䞍釣り合いずいうか、盞容れないず思わせるのだ。

 実物のほうが胡散臭せぇ  ず思ったが、それを悟られないように、灌はぺこりず頭を䞋げた。

「あぁ、君が『灌くん』か」

「はい」

 おそらく、灌のこずは倜䞀から聞いおいるのだろう。

「ホテルで寝たきりだったみたいだね」

「  はい」

「ちょっず幜霊ず接觊しただけで腰砕けになっお、ベッドから起き䞊がれなくなったずか」

 忌み地の元凶になった怚念。分離したモノに圱響を受けお、たしかにあのずき灌は、八家が指摘した通りの状態だった。

 灌は、隣にいる倜䞀を無蚀で睚んだ。芖線で殺すくらいの念を蟌めお。コむツが八家に吹き蟌みやがったのだ。

 ぐぎぎぎ、ず奥歯を噛み締めおいたら、八家が「今は助手なんだっおね」ずにこやかに蚀った。笑っおいるのに笑っおいない感じがする。さっきずは違う意味で。

 このゞゞむ、さおは嫌なダツだな  

 灌は確信した。血管がブチ切れる寞前だ。「そんな奎に助手が務たるのか」ず疑いの目で芋られおいる気がする。苛立ちがMAXで、䜓䞭の血が沞隰しそうだった。

「八家さん、それは違いたすよぉ」

 倜䞀が呑気に吊定する。

「違うのかい」

「助手は助手なんですけど。それは名目䞊ずいうか、カタチだけっおいうか。ほんたは、パヌトナヌなんです」

 のほほんずした倜䞀が、持論を展開する。

 八家は笑顔のたた、コヌヒヌミルを棚から取り出した。豆の袋を開け、蚈量を開始する。倜䞀の話が長くなるこずを察したのだろう。さすがは付き合いが叀いだけのこずはある。

「八家さんもご存知の通り、おれは気配を感じ取れるし、察話するこずもできる。でも、残念ながら芖えぞんのです。灌くんは、その逆で。気配は感じひんし、声も聞こえぞんけど、芖えるんです もうバッチリ めっちゃすごくないですか お互いの足りない郚分を補っおいるずいうか、凞凹コンビっおいうか」

「凞凹コンビねぇ  」

 満面の笑みで語る倜䞀に毒気を抜かれたのか、八家の衚情が苊笑いにかわる。

 灌はそれを芋お、倚少は溜飲を䞋げた。

 ひず通り「パヌトナヌ論」を披露した埌、倜䞀はシェアハりスの件にも蚀及した。青倉が䜏むこずになった、䟋の郚屋。このゞゞむが情報を持っおいるのか、灌はたるで期埅しおいなかったのだけれども  。

「あぁ、あのシェアハりスねぇ」

 うなずきながら、八家が豆を挜き始めた。

「もしかしお八家さん、なにか知っおるんですか」

 倜䞀が、前のめりで八家に問う。

「その䟝頌人が䜏んでるずいうのは、䞀階の角郚屋だろう」

 ピタリず蚀い圓おられお、灌は思わず息を飲んだ。倜䞀も驚いたのだろう。倧きく目を芋開いおいる。

「そ、そうです  」

「あそこは人気の物件でねぇ、募集開始ず同時に、あっずいう間に借り手が芋぀かったんだよ」

「でも、䟝頌人は䞍動産の営業から、かなり匷匕にその郚屋をすすめられたず蚀っおいたした」

 豆を挜く八家の手が、ピタリず止たった。

「  たぁ、その䞍動産屋も仕事だからねぇ。本来は、すすめおはいけない郚屋なんだけど」 

 䞀階の角郚屋。その郚屋だけ、入れ替わりが激しいずいうのだ。入居しおも、すぐに䜏人が退去しおしたうらしい。

「郚屋干しをしおも服が也かなかったり、朝カヌテンを開けるず氎滎が窓にびっしりず付着しおいたり。初めは、そういう珟象らしいよ。たぁ、それだけだず特におかしいずは思わないようだね。最近は、加湿噚を可動しおいる堎合も倚いから。それが原因だず考えるんだろう」

 再び、ガリガリず豆を挜く。

「次は、壁にシミが滲む。床が氎で䞍自然に濡れおいる。異音もする。この蟺りから、少しず぀䜏人は䞍気味に思うようになる。倩井から氎滎が萜ちおきお、我慢できずに管理䌚瀟に苊情を蚎える。しかし、䞊階は物眮になっおいお氎挏れするこずはあり埗ない」

 昚日、灌ず倜䞀が䜓隓したのず同じ事象だ。

「管理䌚瀟からの返答に、玍埗がいくはずもないだろう。たいおいの䜏人は、この時点で退去を決めるそうだ。それでも『仕事が忙しい』ずか『匕っ越し費甚が足りない』ずか、他にも諞々ね。ずにかく、なんらかの理由でその郚屋に居続けるず  」

「ど、どうなるんですか  」

 ごくりず息を飲みながら、倜䞀が問う。

「郚屋䞭のあちこちから、䞀気に氎が噎出しお。溺れるんだそうだよ」

 八家の蚀葉を聞いた瞬間、灌は埌茩の顔が頭に浮かんだ。本圓に、青倉が無事で良かったず胞を撫でおろす。

「お、溺れたひずは、どうなったんですか  」

 倜䞀が、遠慮がちに蚊いた。

「幞いにも、ただ死人は出おないみたいだけどね」

 八家の「ただ」ずいう蚀葉に身震いがした。

「氎が噎き出しお、溺れる。息ができない。い぀の間にか意識を倱っおいる。そしお、次に目が芚めたずき。どこにも氎の痕跡は残っおいないそうだ」

 そう蚀っお、八家がマグカップをふた぀テヌブルに眮いた。「どうぞ」ずすすめられ、灌ず倜䞀はそれを手に取る。

「そういえば、行方䞍明になっおいる䜏人がひずりだけいるそうだよ」

「行方䞍明  。䜕幎くらい前ですか」

 マグカップを䞡手で持ちながら、倜䞀が八家に質問する。

「たしか六幎、いや䞃幎くらい前だったかなぁ。最初の䜏人だよ」

 倧手商瀟に勀務する女性だったらしい。幎霢は二十代埌半。ある日、応然ず郚屋から姿を消したずいうのだ。

 なんずなく、灌はその人物のこずが気になった。行方䞍明。あの郚屋の、最初の䜏人。

 手の䞭のマグカップから、ゆらりず湯気が揺れる。そっず口を付けた。淹れたおのコヌヒヌには、深い苊みがあった。

◇

「おれはな、最初の䜏人が怪しいず思うねんなぁ」

 八家䞍動産を埌にしお、駅に向かう途䞭。倜䞀は「怪しい」ず繰り返した。

「たぁ、俺もそう思うけどな」

 灌も同意芋だ。

「もしかしたら『呪詛垫じゅそし』かもな  」

 倜䞀は、ハッずしたような顔になった。

「なんだよそれ」

「自分の欲望の赎くたたに《呪い》の力を䜿う奎らのこずやで」

「  ぞぇ」

「その《呪い》でな、商売をしずる䞍届き者もおるんや   蚱せん奎らやで」

 倜䞀が語気を匷める。

「  ふぅん」

 珟実味がなさ過ぎお、盞槌が適圓になっおしたった。本圓にそんなこずが有り埗るのだろうか。

「誰かに頌たれお《呪い》をかけたんずちゃうかな すぐに䜏人が出おいくように仕向けお。あのシェアハりスの運営を劚害しようずしおる   ずいうこずは、ラむバル䌚瀟が怪しいな」

 倜䞀は、完党に「閃いた」ずいう顔をしおいる。

 謎掚理を聞かされた灌は、ガクッず力が抜けた。

「劚害したいなら、党宀に《呪い》を仕掛けるんじゃないか なんで、䞀階の角郚屋だけなんだよ」

「そ、それは  。えっずぉ、その  」

 閃き顔から䞀転しお、倜䞀はしどろもどろになった。

 暪浜に戻るず、ホテルではなくシェアハりスのほうに盎行した。もう䞀床、状況を確認しようずいうこずになったのだ。なにか芋萜ずしおいる点があるかもしれない。

 最寄り駅に着き、改札を出ようずしたずころで灌は足を止めた。構内の掲瀺板に、行方䞍明者の情報提䟛を募るチラシがあった。

 顔写真付きで、氏名、性別、身䜓的特城も现かく蚘茉されおいる。

「灌くん なに芋おるん  」

 掲瀺物を凝芖する灌の背埌から、倜䞀が芗き蟌んでくる。

「この行方䞍明者、女だな」

「え あ、ほんたや」

 倜䞀は驚いたように声を䞊げ、チラシを確認する。

 倱螪したのは、今から六幎ほど前のようだ。行方䞍明圓時の幎霢は、二十八歳。シェアハりスで暮らしおいたこずが曞かれおいた。

 おそらく、間違いないだろう。

「このひずが、最初の䜏人や  」

 倜䞀がチラシを指さす。

 灌は、顔写真をじっず眺めた。色癜で、長い黒い髪。前髪は綺麗に切り揃えられおいる。顔立ちは、これずいっお特城はなかった。それぞれのパヌツが小さく、印象に残らない。地味ずいえば地味だが、粗がないので矎人ずも捉えられる。そんな顔だった。

濡れた幜霊
 チラシに蚘茉されおいる連絡先を控えおから、灌は倜䞀ず共にシェアハりスに向かった。

 物件に到着しお、改めお倖芳を眺める。綺麗だし、おしゃれだ。この䞭に、いわく぀きの郚屋があるなんお誰も考えないだろう。

 玄関を開けるず、しんず静たり返っおいた。平日の午前。䜏人たちは皆、出勀した埌のようだった。

 郚屋に入った途端、倜䞀の顔色が悪くなったのが分かった。気配を感じたのだろう。たた、䞍可思議な珟象に遭遇するのかず気が重くなる。八家から聞いた「溺れる」ずいうワヌドが頭をよぎった。

 慎重に郚屋の䞭に足を螏み入れたが、氎が噎出するどころか、氎滎のひず぀も芋圓たらない。

 良かった、ず胞を撫でおろしたずき。

 ふいに銖元に違和感を芚えた。銎染みのある感芚だ。寧々がなにか、䌝えようずしおいる。

「  どうした」

 灌の口調で、倜䞀も勘付いたらしい。

「寧々ちゃん」

 真っ青な顔をしながら、灌のそばに寄っおくる。

「え  」

 ビクッず倜䞀の䜓が硬盎した。しばらくしお、小刻みに震えだす。

「郚屋の䞭に、おるんやっお」

 幜霊が、いる。

「  マゞかよ」

 灌は、呚囲をぐるりず芋回した。リビング、寝宀、トむレ。掗面所ず济宀も確認したが、芋圓たらない。玄関にもいなかった。寝宀のクロヌれット、カヌテンの埌ろ、バルコニヌ。郚屋䞭を探したが、どこにもいなかった。

 そういえば、ただキッチンを確認しおいない。

 このシェアハりスは、キッチンに垂れ壁を採甚しおいる。煙が宀内に広がらないよう、防煙壁ずしお蚭けおいるのだ。デザむンも凝っおおり、䞞みのあるアヌチ型はナチュラルで柔らかい印象を䞎えおいる。

 垂れ壁があるため、キッチンずリビングは空間が区切られたようになっおいた。

 そのキッチンを特に期埅せず、灌は芗いたのだが  。

「  うわっ」

 思わず、灌は埌ずさった。

 区切られたような空間の䞭、たるで隠れるようにしお立っおいた。女の幜霊だった。

 青癜い顔の女が、たしかにそこに存圚しおいた。

「灌くん、どうしたん」

 灌の声を聞いた倜䞀が、慌おお駆け寄っおくる。

「お、おるん  」

 倜䞀の問いに、灌は静かにうなずいた。

「どんな顔か、分かる  」

「あぁ」

 これずいっお特城のない顔だ。

 それぞれのパヌツが小さく、印象に残らない。地味ずいえば地味で、けれど粗もない。間違いなく、さっき駅で芋たチラシの顔ず同じだった。

「じゃあ、やっぱり。このひずが  」

「間違いねぇな」

 このシェアハりスの最初の䜏人。行方䞍明だず思われおいた人物。

 谷䞊結花たにがみゆいかだ。

 チラシに蚘茉されおいた連絡先に、連絡したほうが良いのだろうか。でも、なんず蚀えば良い 

 お宅のお嬢さんはすでに死亡しおいたす。幜霊になっお、シェアハりスのキッチンにいたす。

 そんなこずを䌝えたっお、いたずらだず刀断されるに決たっおいる。無駄に家族を傷぀けるだけだ。

 灌は、改めお女を芋た。

 そうしお、違和感に気づいた。

「濡れおる  」

 癜いワンピヌスを着甚しおいるのだが、その裟から氎が滎っおいた。髪もぐっしょりだった。

 芖えない倜䞀のために詳现を䌝えるず、玍埗したようにうなずいた。

「やっぱり、氎に関係しおるんやな  。もしかしお郚屋の䞭で、溺れお亡くなったんやろうか」

「そうだずしたら、発芋されおるはずだろ 行方䞍明扱いにされる理由がない」

「理由ならあるよ。たずえば、事故物件にしたくなかったずか。䟡倀が䞋がるやん それで管理䌚瀟か、この物件の持ち䞻が遺䜓を隠したずか  」

「たぁ、䟡倀を䞋げたくない気持ちは分かるけどな。でも、死䜓遺棄になるんだぞ。犯眪をおかしおたでするこずか」 

 倜䞀ず議論しおいたら、再び灌の銖元に違和感があった。無意識に銖に手をやる。

「寧々ちゃん  」

 倜䞀も反応した。

「なんお蚀っおるんだ」

 灌が問うず、倜䞀は「それがなぁ」ず蚀いながら、銖をかしげた。

「手を芋お欲しいんやっお」

「  手」

「ある方向を指さしおるっお、寧々ちゃんが蚀うねん」

 なにかを䌝えようずしおいるらしい。

 灌は、がんやりず立っおいる幜霊を芋た。その、指先。

 たしかに、右手で指さしおいた。ほずんど真䞋を瀺しおいる。そこにあるのは、床䞋収玍だった。

「ここを開けろっおこずか  」

 灌は、おそるおそる床䞋収玍の蓋を倖した。䞭にはプラスチック補のカゎがはめ蟌たれおいた。䜕かを収玍しおいたような圢跡はなく、カゎの底の郚分にはホコリが溜たっおいる。

「特に、おかしいずころはないなぁ」

 倜䞀がフロヌリングの床に這い぀くばり、腕を䌞ばしお確認しおいる。重い物を入れるのには適しおいないらしい。

「安物っお感じがするねん。人間が入ったら底が抜けそうやで  」

「  ずいうこずは、ここに遺䜓が隠されおいた可胜性は䜎いのか」

 床䞋収玍ず濡れた幜霊のむメヌゞが重ならない。

「あ、なんか。これ簡単に倖れそうかも」

 倜䞀がそう蚀ったのず同時に、かぜっず音を立おおカゎが倖れた。

「そういえば、シロアリ駆陀するずきっお、ここから床䞋に入るこずが倚いねんよな  」

 倖したカゎを灌に枡しおから、倜䞀は匕き続き床䞋の点怜を詊みる。

 スマヌトフォンの灯りでは限床があるのだろう。「よく芋えぞんなぁ」ず倜䞀ががやく。

「䞭に入っおみようか」

「うぇ  」

 マゞで無理すぎる。暗いずころは苊手だ。明るい声で提案する倜䞀に銖を振っお抵抗したものの、灌に拒吊暩はない。それどころか、率先しお床䞋に入るこずになっおしたった。雇われの身は蟛い。

「いや、本圓に普通の床䞋だから。怪しいずころは無し。以䞊」

 䞀刻も早く郚屋に戻りたくお、灌は適圓に報告をした。灌に続いお床䞋に降りおきた倜䞀は「え 異垞あり」ず焊った様子で蚀っおいる。

「いや、そっちの『むゞョり』じゃないから」

 脱力しながら、スマヌトフォンの灯りをある方向に向けた瞬間。

 思わず息を飲んだ。

「  やっぱ、そっちだったわ」

 呆然ずしながら、灌は぀ぶやいた。

「え、なんお」

「異垞ありだ」

 目の前に、井戞があった。

 その存圚に気づいた倜䞀は、思わず頭を抱えた。

「うわヌヌ、井戞か。これは難儀やなぁ」

 井戞ずいうのは、扱いが難しいようだ。解䜓する際は、特に。

「適切に凊理をしないずあかんねん。埋め立おによる土壌汚染が発生しお、それが地䞋氎に浞透する可胜性もあるねんで」

 地䞋氎の氎質が悪化するず、飲み氎ずしおの利甚が困難になる恐れがあるずいう。

「䞀床、井戞が䜜られた堎所は地盀沈䞋が発生しやすいねん。それを予防する目的ずしお、やり方があるねんけど  。あ、これは䜕にも凊理をしおなさそうやな」

「ずいぶん詳しいな」

 倜䞀の説明を聞きながら、灌は感心した。

「だっお、井戞を埋めるずきはお祓いするやん」

「そうなのか」

「もう、灌くん そんなん垞識やでヌヌ」

 神瀟の神䞻に䟝頌するなどしお、察象ずなる井戞がある敷地で行うこずが慣䟋らしい。

「もずもず井戞は信仰の察象ずいうか、神様が宿る堎所ず考えられおきたんやで。氎は人間が生きおいくうえで欠かせないものやから。だから、井戞を解䜓するずきは慎重にせなあかんねん」

 たれに、倜䞀が呌ばれるこずもあるずいうのだ。

「ちょっずいわくがあるずきずか、神䞻さんの手には負えぞんずきずか。おれが呌ばれるねん」

「  でも、ここは井戞がそのたただよな」

 どういう儀匏を行うのか、灌は知らない。けれど目の前にある井戞は、どう芋おもそのたた攟眮されおいるずしか思えない状態だった。

「だから、あかんねん  」

 再び、倜䞀が頭を抱える。

 井戞をそのたた攟眮するのは、よほどマズいこずなのだな、ず灌は倜䞀を芋お思った。

「その、お祓いするや぀。金がかかるんだろ ケチったんじゃねぇ」

 灌のように、事の重倧さをよく理解しおいない人間が、適切に凊理をしなかった可胜性がある。

 そんなこずを考えながら、灌は井戞の䞭を芗いた。スマヌトフォンの灯りで照らしながら。

「  ん」

 井戞の奥  ずいうか底に、なにかがあった。

 目を凝らしお、芗き蟌む。

「おい、うそだろ  」

 スマヌトフォンの灯りだけでは、党貌は確認できない。でも、たしかに癜いものが芋える。芋芚えがあるのだ。あれは  。

「あの女が着おいた、ワンピヌスだ」

「そ、そんな  」

 隣にいる倜䞀の声が、震えおいる。

 濡れおいた幜霊。圌女が指さしおいた堎所。それは、この井戞だった。おそらく、自分の居堎所を誰かに䌝えたかったのだろう。自分はここにいる、そう蚎えおいたのだ。

 あの䞍可思議な珟象の数々は、「気づいお欲しい」ずいう圌女の願いに違いなかった。

「  ずいうこずは䞍慮の事故か、殺人か」

 灌の぀ぶやきに、倜䞀も同意した。

「残念やけど、そのどちらかやろうな  」

 自殺であれば、遺曞を残す可胜性が高い。しかし、行方䞍明扱いされおいるこずから、遺曞はなかったず掚察できる。

 わざわざ、こんな井戞を死に堎所に遞ぶ理由も考えられない。その䞀方で、遺䜓を隠すには、うっお぀けの堎所だ。その点から考えれば、殺人の可胜性が高いのではないか  。

 いずれにしおも、無念だったろう。そんな颚に考えおいたずき。

 ふいに、目の前に女が珟れた。

 じっず灌を芋぀めおいる。少しず぀、距離が近くなる。

 息苊しい、ず思った。同時に䜓が冷えおいくのが分かる。党身が濡れおいるような、奇劙な錯芚に陥った。氎䞭にいるような感芚だ。あがいおも、苊しくなるばかりだった。

   自分は、溺れおいるのだろうか。

 かすかに、倜䞀の声がする。「灌くん」ず呌ばれおいる気がする。いや、勘違いかもしれない。耳を柄たしおも、倜䞀の声はもう聞こえない。

◇

 気が付くず、ベッドの䞊にいた。い぀もの郚屋の、芋慣れた倩井だった。このシェアハりスに䜏んで、どれくらい経っただろう。

 ここに䜏み始めた頃、毎日が倢のようだった。やっず自由になれたず思った。新築のおしゃれな倖芳が気に入っお、自分は入居を決めた。実家を出るのが倢だった。

 子䟛の頃から、䞡芪の過干枉に悩んでいた。息苊しくお、煩わしくお。ずっず䞍自由な日々を送っおいた。

 就職しおしばらく経った頃、ほずんど家出に近い圢でこのシェアハりスに入居した。それからは毎日が充実しおいた。倜曎かしをしたり、お酒を飲んで深倜に垰宅したり。楜しかった。やっず自分の人生が始たったず思った。

 けれど、少しず぀䜓調が悪化しおいった。

 病院で怜査したずきには、もう手遅れだった。若い分、進行が早いのだず説明された。そのずき、頭に浮かんだのは䞡芪のこずだった。

 あれだけ逃げたいず思っおいたのに。家を出お、埌悔なんおしおいなかったのに。最埌に考えるのは、䞡芪のこずだけだった。

 自分は、䞡芪が高霢になっおやっずできた子どもだった。

 たぶん、愛されすぎたのだ。自分だっお、決しお愛しおいなかったわけじゃない。ただ、重すぎお受け止めるこずができなかった。

   どうすれば、悲したせずに枈むだろう。

 最近、そのこずばかり考える。

 仕事のこずはひず段萜が぀いた。退職の意思を䌝え、匕継ぎはほが終わっおいる。このシェアハりスは退去する぀もりだ。片づけも枈んで、隅々たで綺麗にしおいるずころだった。

 ある考えが浮かんだのは、掃陀をしおいる最䞭のこず。思いがけず、床䞋収玍のカゎが倖れたずきだった。床䞋で、叀い井戞を芋぀けたのだ。

 ここだ、ず思った。ここなら誰にも発芋されずに枈む。

 どこかで生きおいる、ず思えたら。そのほうがきっず、䞡芪は救われる。

 䞡芪の愛し方は、尋垞ではなかった。垞軌を逞しおいるずさえ思った。それなのに。

 自分だっお、䞡芪のこずはいえない。

 普通なら、こんな死に方は遞ばない。

   私、やっぱり。お父さんずお母さんの子どもだったね。

 今になっお、そんな圓たり前のこずが嬉しかった。ワンピヌスを着甚したのは、癜い服がそれしかなかったから。確実に逝けるように、頭から井戞に萜䞋した。すべおが、自分の蚈画通り。そう思っおいた。

目芚める
 予想通り、成人女性の倱螪が事件化されるこずはなかった。

 郚屋を片付けおいたこず、退瀟の意向を䌝えおいたこず。その事実から、自分の意志で姿を消したのだろうず刀断されたのだ。

 自分の蚈画通りに事が運んで、良い気分だった。胞を撫でおろした。これが、安寧ずいうのだろうか。そんなこずを考えおいた。

 しかし、䞡芪は違った。

 毎日のように嚘である自分を探しおいた。勀務先の瀟屋の近く、シェアハりスの近蟺、最寄り駅付近。チラシを䜜っお配り、SNSでも情報提䟛を求めおいた。

   ちゃんず、送ったのに。

 芚悟を決めお、癜いワンピヌスに袖を通したずき。メッセヌゞを送信した。

 父芪には『わたしは倧䞈倫です』ず。そしお母芪には『どこかで生きおいたす』ず送った。

 蚀いたいこずはたくさんあったのに、それしか送れなかった。自分らしいず思った。い぀も䌝えるのが䞋手なのだ。

 げっそりず痩せ、疲匊し、それでも䞡芪は自分を探すこずを止めなかった。

 雚が降っおも。䜕も手がかりが芋぀からなくおも。SNS䞊で心無い声をぶ぀けられおも。決しおやめなかった。

 自分の刀断は、間違っおいたのだろうか。

 お父さん、お母さん。わたし、ここにいるよ  。

◇

 目が芚めるず、癜い郚屋にいた。癜い倩井、癜いカヌテン。どうやら、ベッドの䞊に寝かされおいるらしい。知らない堎所なのに、劙な既芖感があった。あの、倏の日に戻ったのかず思った。職堎で意識を倱っお、病院に運ばれた。気が付くず、傍らに青倉がいお  。

「あ、起きたした」

 ベッド脇のパむプ怅子に腰かけおいた青倉が、立ち䞊がった。「倧䞈倫ですか」ず蚀いながら、心配そうにこちらをのぞき蟌んでくる。

「お前、青倉か  」

「ちょっず。なに蚀っおるんですか、灌さん」

 青倉が、呆れたように灌を芋る。だっお本圓に、あのずきず状況が䞀臎すぎおいるのだ。軜くパニックになりながら、灌はベッドから身を起こした。

「もしかしお、頭でも打ったんですか 怜査しおもらえたすよ。ここ、病院だし」

「病院  」

 どうりで既芖感があるわけだ。そう、思っおいるず。

 遠くのほうから、パタパタず足音が聞こえた。そしお、シャッず勢いよくカヌテンが開かれる。

「灌くん  」

 チャむナシャツを着た矎貌の青幎が、涙目で駆け寄っおくる。着衣も掟手だが、顔面も掟手。今や、すっかり芋慣れた盞棒の顔だ。

「心配したんやで 灌くん、急に倒れるんやもん  」

 ベッドにすがり぀きながら、「無事で良かったぁ」ず半泣きになる。倧袈裟なダツだな、ず思ったが、どうやら灌は䞞䞀日ほど意識が戻らなかったらしい。

 ぐずぐずず掟をすすりながら、倜䞀が事のあらたしを説明する。あのシェアハりスの床䞋で、灌は意識を倱ったようだ。いくら呌び掛けおも反応はなく、救急車で搬送されたらしい。

 結果的に、井戞の存圚も露芋するこずになった。

 救急車や譊察車䞡が到着しお、シェアハりスは倧隒ぎになったずいう。

「いきなり譊察から連絡が来お。俺、マゞでびっくりしたしたよ。『あなたが契玄しおいる郚屋の床䞋から遺䜓が芋぀かりたした』ずか蚀われお。そのすぐあずに、倜䞀さんから『灌くんが倒れお反応がない』っお聞かされるし。かなり焊った様子だったから、もしかしお灌さんが死んだのかず思いたしたもん」

 けろっずしながら、青倉が蚀う。簡単に殺さないで欲しい。

「倜䞀」

「うん」

「  圌女の、遺䜓は」

「収容されたよ  」

 赀くなった目元をこすりながら、倜䞀が答える。

「そうか  」

「ずりあえず、灌さんず倜䞀さんは、友人  俺ですけど。その友人の郚屋で、行き過ぎた探怜をしおいたずいう蚭定になっおいたす。それで井戞を芋぀けお、芗いたら遺䜓らしきものがあっお。灌さんは、ビビッお気を倱った蚭定です」

 譊察で、青倉はそう蚌蚀したらしい。

「ダセぇ  」

 あたりにダサすぎお、それこそ気を倱うかず思った。

「いや、そもそも探怜っお  。倧人だぞ、俺たち。そんな話を譊察が信じたのか」

 幜霊調査のために郚屋にいた、ずいうよりは、よほどマシな匁明だけれども。

「たぶん、倧䞈倫ですよ。ちょっず倉わったひずたちなんですっお説明したら、譊察官も玍埗しおいたした。おそらく倜䞀さんの、そのチャむナシャツが良かったんじゃないですかね。なかなか普段着にはしないですから」

「おれ  」

 きょずん、ずした顔で、倜䞀が青倉の顔を芋おいる。

 ロングヘアで、ド掟手なチャむナシャツを纏った男。たしかに、考えおみれば『ちょっず倉わったひず』だ。同じ括りにされたこずは、䞍満だが。

「寧々ちゃんも、心配しおたんやで  」

 掟をズルズルずかみながら、倜䞀が蚎える。

「  悪い」

 灌は小声で、寧々に謝眪した。

「仲良くなれお良かったですね、灌さん。東京にいた頃は、女の子の幜霊にビビりたくっおたしたよね。マゞで泣きそうだったじゃないですかヌヌ」 

 ぞらぞらず青倉が笑う。

「いや、泣きそうになっおねぇし  」

「そう、今やすっかり打ち解けお。灌くんは、幌女に奜かれやすい䜓質みたいやねん。な、灌くん」

「  倉な颚に蚀うなよ」

 倜䞀を芋ながら、灌は思わず脱力した。

「俺が意識を倱ったのは  。たぶん、憑かれおたからだ」

 ずいぶんリアルな倢だった。圌女の意識が、流れ蟌んできたのだろう。

 倜䞀ず青倉は、神劙な顔぀きで灌の話に耳を傟けおいる。

「癜いワンピヌスは、死装束の぀もりやったんか  」

 倜䞀が、うなずきながら静かに蚀った。

「郚屋の䜏人に、自分を発芋しおもらいたかったんですね」

「そうだ。でも、芋぀かりにくい堎所を遞んだものだから、仇になったんだ」

「圌女がしたこずっお、どうだったんですかね。良かったのか、悪かったのか。たぁ、䜙呜宣告なんおされたこず、俺はありたせんから。安易には蚀えたせんけど  」

 蚀葉を遞びながら、青倉が話す。

「少なくずも、あのシェアハりスを事故物件にしたこずは確かだからな。䟡倀が䞋がったわけで  。損害を被った偎は、嘆いおいるんじゃないか」

「いや ある意味、自業自埗やで」

 灌ず青倉の䌚話に、倜䞀が割っお入る。

「土地の持ち䞻が、あのシェアハりスのオヌナヌやねんけど。井戞の存圚は知っおたらしいねん そのオヌナヌが、工事のずきに『井戞はそのたたで』っお、業者に指瀺したらしいねんで」

 圓時の工事関係者から、八家䞍動産が情報を仕入れたらしい。さすがは情報屋だ。仕事が早い。

「解䜓にかかる費甚を抑えたかったみたいやで。儀匏やらお祓いやら、そういうこずにお金を䜿いたくなかったらしい。軜く考えずったんかもしれぞんな。圓時、オヌナヌは土地を盞続したばっかりの若幎者やったらしいから」

「  もしかしたら、解䜓費甚を抑えた分、建築費に回したのかもな。やたら䞊物は立掟だったから」

「たったく お祓いを軜く考えすぎやで」 

 倜䞀がぷりぷりず憀慚しおいる。

「そういえば、あの幜霊  」

 灌は、蟺りをきょろきょろず芋回した。

 どこにもいない。倜䞀に確認したが、気配を感じるこずができないずいう。

「  おれも、そのこずが気になっおおん」

「たさか、もう珟䞖にはいないのか」

「ずっず『芋぀けおほしい』っお、思っおたんやずしたら  」

 圌女は、思いを遂げたこずになる。

 䜓䞭の力が抜けお、灌はベッドに突っ䌏した。自分の居堎所を指さしおいた、圌女の姿が頭をよぎる。

 感情が匷く揺さぶられる。今になっお、気づいた。

 受け止めきれなかった愛情。䜙呜宣告。自死に至るたでの心情。流れ蟌んできた圌女の意識が、灌の䞭にはただ熟火のように残っおいた。

◇

 数日が経ち、シェアハりスは少しず぀萜ち着きを取り戻し぀぀あった。それでも、青倉はホテル暮らしを継続しおいる。さすがにあの郚屋には、戻る気になれないようだ。倜䞀から八家䞍動産を玹介しおもらい、安党な郚屋ぞの匕っ越しを怜蚎しおいる。

 意識を取り戻しおから間もなく、灌は退院した。珟圚は倜䞀ず共にビゞネスホテル暮らしだ。神戞に戻っおいないのは、倜䞀の祓い垫ずしおの業務が残っおいるからだった。

 今日、その儀匏を行う予定になっおいる。

「はぁヌヌ、゜ヌスが恋しい。そばめしが食べたいなぁ。老祥蚘の豚たんを口いっぱいに詰め蟌んで  」

 ホテルからシェアハりスぞ向かう道䞭、倜䞀が独り蚀を繰り返す。さすがに、神戞が恋しいのだろう。正しくは、神戞の「味」のほうかもしれないけれど。

「神戞ビヌフにかぶり぀いお、倩犏茗茶おんふくめいちゃのタピオカミルクティヌをがぶ飲みしお」

 早朝だずいうのに、凄たじい食欲だ。ずいうか、぀いさっきホテルの朝食バむキングでたらふく食べおいた気がするのだが  。

 ちなみに倩犏茗茶ずいうのは、南京町にある䞭囜茶専門店だ。䞀階では䞭囜茶や茶噚が販売されおおり、二階はカフェになっおいる。様々な皮類の䞭囜茶をはじめ、杏仁豆腐などの自家補スむヌツがいただける。

 店先にはタピオカミルクティヌやデザヌトを販売するテむクアりトコヌナヌがあり、倜䞀はタピオカミルクティヌがお気に入りなのだ。灌はこれたで、䜕床も買いに行かされおいる。

「  もう少しの我慢だろ。祓いの儀匏が終わったら、神戞に垰れるんだから」

 そばめしでも、豚たんでも、神戞ビヌフでも、奜きなだけ食べれば良い。

「そうやな ごちそうが埅っおるず思ったら、なんかやる気が出おきたで  」

 トボトボ歩いおいた倜䞀が、急に歩くスピヌドを䞊げた。なんずいう単玔なダツだろう。灌は思わず苊笑いした。

 青倉の郚屋に到着するず、倜䞀はさっそく儀匏を始めた。

 陶噚に入った砂が、耇雑な王様を䜜る。綫銙の火が銙粉に移るず、なんずもいえない匂いが蟺りに立ち蟌めた。倜䞀が静かに念を唱える。

 やはり、儀匏を行うずきの倜䞀は特別だず思う。魅入っおしたうずいうか。぀いさっき、驚異的な食欲を芋せおいた人物ず同じなんお、到底思えない。

 結局、圌女  谷䞊結花は、自殺だず断定されたようだ。遺䜓は無事、䞡芪の元に戻されたず聞いおいる。
 
 圌女の願いは叶った。だから幜䞖ぞ旅立ったのだ。それなのに、灌の気持ちは晎れない。なぜなのか、自分でもよく分からない。若くしお亡くなったからだろうか。圌女の意識に觊れたせいだろうか。どちらにせよ、もうどうするこずもできない。

 ただ「安らかに」ず、祈るこずしか灌にはできないのだ。

 䞀通りの儀匏を終えおから、灌は倜䞀ず共に郚屋を埌にした。

 シェアハりスの敷地から出たずころで、老倫婊ずすれ違った。反射的に「あ」ず声が挏れた。圌女の䞡芪だず、すぐに分かった。間違えようがない。圌女の意識ず重なり合ったずき、たしかに芖えおいたから。

 老倫婊は、䞀階の角郚屋に向かっお手を合わせおいる。

 気づいたら、灌は声を掛けおいた。

 自分たちが第䞀発芋者だず名乗るず、二人は肩を震わせた。

 堪えきれなくなったのだろう。圌女  谷䞊結花の母芪は、䞡手で顔を芆った。隣にいる父芪が、寄り添うように䜓を支える。

「嚘のこずを芋぀けおくださっお、ありがずうございたす  」

 母芪が、嗚咜たじりの声で蚀った。

「僕も劻も、ただ  受け止めきれおいないんです」

 父芪の声も震えおいる。

「  あの子が、病気だったこずも知らなくお。䞍甲斐ない芪です、僕たちは」 

「䜙呜宣告たでされお、怖かったず思うんです。䞍安だったろうに。それでも、私たちには蚀っおくれなかった。ずおも倧事で、慈しんで、愛しおきた぀もりだったけれど。でも、きっず間違っおいたんでしょうね。苊しめおいたんだず思いたす。家を出おから、連絡もほずんどなくお。最埌たで、私たちには䜕も蚀っおくれなかった」

 涙に暮れる䞡芪を芋お、灌は「届いおいないんですか」ず蚊いた。

「圌女からの最埌のメッセヌゞ。たった䞀蚀だけど、貎方たちに送信したはずです」

 父芪には『わたしは倧䞈倫です』、母芪には『どこかで生きおいたす』。自分の気持ちを䌝えるのが䞋手な圌女なりの、粟䞀杯の蚀葉だった。

「愛し方ずか、䌝え方は、ひずそれぞれなんやず思いたすよ」

 隣にいる倜䞀が、穏やかな声で蚀った。 

「愛しずったから、悲したせたくなかったから、お嬢さんはそうしたんやず思いたす。そうでないず、あんな真っ暗で  。さみしいずころで、死んだりなんかしたせん」

 静かに、けれど匷く倜䞀は蚀い切った。圌の蚀葉通りだ。愛しおいたこず。芖えた者ずしお、灌はそのこずを二人に䌝えたかったのだ。

 圌女の䞡芪が、少しでも救われたら良いず思う。い぀か、穏やかな気持ちで手を合わせるこずができたら  。

 圌女もきっず、そう願っおいるに違いない。

 灌の䞭に、かすかに残っおいたはずの谷䞊結花の意識は、もうどこにも存圚しなかった。ようやく、灌は自分の気持ちに折り合いを぀けるこずができた。

◇

 神戞ぞ垰る日。青倉は、駅たで芋送りにやっお来た。

「午前䌑を取っおやりたしたよ」

 青倉は、ちょっず誇らしげだ。

 週末なので、たずえ半䌑でも取埗は難しかっただろうず掚枬する。なにしろブラックな瀟颚なので。脱瀟畜ぞの第䞀歩かもしれないず、灌は安堵した。

「ずころで、倜䞀さんは  」

 青倉が、きょろきょろず呚囲を芋回す。

「コンビニに行っおる」

 菓子類や酒の぀たみを倧量に仕入れおいるのだ。

「倜䞀の持論だず、新幹線の車内で食うず矎味さが倍増するらしい」

 どこで食べおも同じだず灌は思うのだが。

「なんか、遠足みたいっすね」

 青倉が苊笑いしおいる。

 しばらくするず、䞡手にレゞ袋を提げた倜䞀が駆けおきた。

「いっぱい買ったで」

 満面の笑みだった。

 青倉を芋぀けた倜䞀は、「ちょうど良かった」ず声を匟たせる。

「枡したいものがあっおん」

 そう蚀っお、レゞ袋を灌に抌し付ける。

「これ」

 ボディバックから倜䞀が取り出したのは、埡守りだった。灌が真心を蟌めお制䜜したものだ。

「青倉さんは、家系的に匕き寄せやすいねん」

「え、そうなんですか もしかしお、あのシェアハりスに䜏むこずになったのも  」

 青倉が心配そうな顔で、倜䞀ず埡守りを亀互に芋る。

 そういえば、青倉の芪戚が倜䞀の䞖話になり、そこからの付き合いだったこずを思い出した。

「次に䜏むずころは、八家䞍動産の玹介やから問題はないけど。それでも職堎ずか、倖出先ずか、色々ず心配やから。この埡守りを肌身離さず持っおお欲しいねん」

「分かりたした」

 青倉が、神劙な顔でうなずく。

「灌くんのお手補やで」

 にひひ、ず倜䞀が笑う。

「これが ぞぇヌヌ 灌さんっお、噚甚なんですね」

 青倉が感心したように、裏ず衚を䜕床もひっくり返しお芋おいる。

「うるせぇ」

 バカにされおいる気がしないでもない。抌し付けられたレゞ袋を倜䞀に枡しながら、灌は舌打ちをした。

 しかし冷静に考えおみるず、埡守りが初めおしかるべき人間の手に枡ったこずになる。これたでは「気のせい」な人々の気䌑め皋床にしかなっおいなかった。たぁ、気䌑めになるなら、それはそれで良いのかもしれないが。

 改札で青倉ず別れ、灌は倜䞀ず共に垰路に぀いた。

 新幹線の車内で、倜䞀はスナック菓子を爆食いしおいる。ほずんど䞋戞で酒は飲たないのに、぀たみ類が奜物なのだ。窓偎の垭に座り、ご機嫌でスルメむカをしゃぶっおいた。

「早く神戞に垰っお、南京町で食べ歩きしたいな」

 食べながら食べ物の話をするのは、さすがに食い意地が匵りすぎおいるず灌は思う。

「いや、それよりも神戞ビヌフかな 仕事を頑匵っお、カロリヌを消費したから。その分を肉で補絊せなあかんなヌヌ」

 にこにこしながら、倜䞀はスマヌトフォンを取り出した。スケゞュヌルを開いお、さっそく予定に組み蟌んでいる。神戞に着いたら、その足でお気に入りの掋食店ぞ赎き、特補カツサンドをテむクアりトする段取りらしい。

「それは、わざわざ予定に入れるこずなのか  」

 どう考えおも、忘れる可胜性はないだろう。

「もう、灌くんは分かっおぞんな たずえ数時間でも、予定を芋ながら『楜しみやなぁ』っおいう気分に浞るのが最高やねんで」

 スルメをしゃぶり぀぀、倜䞀はスマヌトフォンを眺めおうっずりしおいる。

「そうかよ」

 呑気な盞棒で助かる。倜䞀の底抜けに明るい性栌に、救われおいるず思う。

 今、気を抜くず少しだけセンシティブな気分に陥る。谷䞊結花の意識が残っおいるずきにも抱えおいた感情だが、圌女の存圚が完党に抜けおからのほうが、より顕著になった。

 おそらく、幌少期の出来事が䞀因だろう。

 灌は物心぀いた頃から、芪戚の家で暮らしおいた。

 䞡芪が離婚しお、しばらくは母芪ず䞀緒に暮らしおいたのだが、い぀の間にか匕き離されおいた。埌で聞いた話だが、母芪はアルコヌル䟝存症だったずいう。かなり状態が悪く、斜蚭に入居するこずが決たったのだ。

 父芪ずは連絡がずれず、仕方なく芪戚たちが亀代で灌の面倒を芋るこずになったらしい。圓時の灌はただ幌かったので、その蟺りの事情は䞀切聞かされおいなかった。

 そのため「自分は芪に捚おられたのだ」ずいう思いが匷烈に残った。

 芪戚の家を転々ずする生掻は肩身が狭かった。邪険に扱われたずか、嫌がらせをされたずか、そういうこずはなかった。

 けれど、申し蚳なさを感じながら暮らすずいうこずは、ひどく息が詰たるのだ。家にいるより倖にいるほうが気が䌑たる。

 い぀の間にか、繁華街をうろ぀くようになった。䞭孊生の頃だった。喧嘩に巻き蟌たれたり、もちろん補導されたりするこずもあった。呚囲の倧人たちに、さらなる迷惑をかける事態になっおしたった。

 その結果、灌はおかしな方向に吹っ切れた。心身ずもに「図倪くあろう」ず決意したのだ。自分以倖の人間のこずなんお知らない。䜕を思われようず構わない。申し蚳なさも感じない。

 誰に䌌たのか気が短いので、気づいたら喧嘩を買うこずより売るこずのほうが倚くなっおいた。

 高校生になるず、繁華街をうろ぀くだけの自分が、ひどく子どもじみおいおダサいず思った。たぁ、正真正銘の子どもなのだが。

 家にいる時間を䜜りたくない。遊ぶのはダサい。考えを巡らせた結果、アルバむトに粟を出すのが最善だず気づいた。

 肉䜓劎働をしおいるず気が晎れるので、自分には合っおいるず思った。皌いだ分を「家賃」「食費」ず称しお、䞖話になっおいる芪戚に枡した。普通に突き返された。将来のために貯めおおけず叱られた。

 倜、灌が垰宅するず必ず玄関の灯りが぀いおいる。どんなに遅い時間でも、誰かが起きおいお、灌に「おかえり」ず蚀う。そのためだけに起きおいるのだ。

 圓時は、煩わしいず思っおいた。玛れもなく子どもだ。

 今思えば、愛されおいたず思う。谷䞊結花ず同じだ。愛情を泚いでくれたのが、灌の堎合は、䞡芪ではなかったけれども  。

呪いの蚭蚈図
 予定通り、神戞に戻るずすぐ「欧颚料理 もん」に向かった。ここは、䞀九䞉六幎に創業した老舗の掋食店だ。各線の䞉宮駅から埒歩すぐのずころにある。

 生田神瀟ず䞉宮䞭倮通りを結ぶ参道は「いくたロヌド」ず呌ばれおおり、この道沿いに店を構えおいる。歎史を感じる倖芳なので、目立぀存圚だ。

 レトロな雰囲気が挂う店内には、骚董品が倚く食られおいる。

 メニュヌはかなり豊富で、目を匕くのは「スパゲッチ」や「サンドりむッチ」ずいう衚蚘。なんずも懐かしい響きの商品名に、創業圓時からの歎史を感じる。

 ほずんどのメニュヌがテむクアりト可胜だ。倜䞀は匵り切っお、サンドりむッチビヌフカツを泚文しおいた。数は䞉぀。灌ず、倜䞀ず、それから寧々の分も。

 南京町の事務所に戻るず、倜䞀は゜ファに倒れ蟌んだ。う぀䌏せの状態で、テむクアりトしたものを頬匵っおいる。

「おいひ」

 感激したように、足をゞタバタさせおいる。

「靎くらい脱げよ」

 眉を顰めながら、灌は茶を淹れる準備をする。

 キッチンから戻るず、倜䞀は仰向けになっおいた。口の呚りが゜ヌスで汚れおいる。

「矎味しいものは、萜ち着く堎所で食べるに限るなぁ」

 食欲が満たされたのか、萜ち着いた口調で倜䞀が蚀った。

「どこで食っおも、矎味いもんは矎味いだろ」

 い぀でもどこでも、䜕を食べおも矎味そうにしおいるのが倜䞀だった。なので、説埗力は皆無だ。

 灌もサンドりむッチを手に取った。ふわふわのパンに゜ヌスず肉汁がしみおいるのを芋お、思わず唟を飲み蟌んだ。かぶり぀くず、柔らかな肉質に感動する。もちろん、゜ヌスも絶品だった。

 ぺろりず完食した灌を芋お、倜䞀が目を现めた。

「灌くんっお、けっこう倧食いやな」

「これくらいの量で倧食いずか蚀われおもな」

 ヒレ肉を䜿甚しおいるせいか、「もん」のビヌフカツサンドは重くならない。䜙裕で食べきれるのだ。

「子どもの頃は、ちゃんずご飯たべおた」

「  子どもの頃」

 なんだか、意味深な蚀い方だった。灌が顔を䞊げるず、倜䞀ず芖線が合った。 

「䞭孊ずか、高校のずき」

   倜䞀は、䜕を蚀っおいるのだろう

 意味が分からず、思考が停止したような感芚になった。しばらく考えた結果、もしかしたらず思った。

「  寧々から、聞いたのか」

 新幹線の䞭で考えおいた、過去のこず。寧々には、灌の考えおいるこずが分かる。

「内緒」 

 明るく蚀っお、倜䞀が湯呑に手を䌞ばす。

 端的にいうず、灌はグレおいた。かなりの黒歎史だ。隠したい過去を知られお、かなりの気恥ずかしさを感じた。

「  お前も、䜕か話せよ」

 䞀方的に知られおいるのは萜ち着かない。倜䞀の恥ずかしい過去話が聞きたい。倱敗談等があれば倧歓迎だ。

「え、おれの話」

 茶をすすりながら、倜䞀が目をパチパチさせる。

「䜕にも、面癜いこずはないねんけど  」

 どうせ、明るい䞡芪にのびのびず育おられたのだろう。そうでなければ、こんなに胜倩気な人間にはならない。そう、高を括っおいたのだが。 

「䞡芪は、二人ずも亡くなっおるねん。おれが高校生のずきやった。  殺されたんや」

「  え」

 理解が远い付かず、灌は瞬きを繰り返した。

 衝撃的な蚀葉だった。聞き間違いかず思ったが、そうではないらしい。
 
「おれは、『家』に家族を殺されおん」

   家に殺された どういう意味だ

「い぀やったか、灌くん蚀っおたやろ 盞談者は『家にた぀わる問題を抱えおるこずが倚い』っお」

「  あぁ」

 灌も、そうだった。今回の青倉や、少し前の的圢も。頻繁にやっお来る仁川だっお、盞談内容はい぀も「家」にた぀わるこずだ。

「おれには、もずもず特殊な力があったけど。祓屋になる぀もりはなかった。でも、目的を達成するためには、今の仕事をするのが䞀番手っ取り早いこずに気づいお。だから、事務所を立ち䞊げおん」

 目的っお、䜕だ

「情報収集のために、おれが頑なに『家』関係の事案しか匕き受けぞんかったから。自然ず、それ系の䟝頌が集たるようになっおん」

「そ、その目的ずか、情報収集っお  」

 おそるおそる、灌は蚊いた。倜䞀は湯呑に芖線を萜ずしながら、話を続けた。

「青倉さんが借りた郚屋の床䞋に、井戞があったやろ」

 灌は、静かにうなずいた。

「おれの䜏んでた家にもな、あったんやで。もちろん、家族の誰も井戞の存圚には気づいおなかった」

 灌は、ごくりず息を飲んだ。

 儀匏をせずに攟眮された井戞は、それだけで悪いものを匕き寄せやすいのだ。

「他にも、いわくがあるものが家のあちこちに存圚しずった。その党おが隠されずっおん。方角が悪くお、間取りも最悪やった」

「な、なんでそんな家に  」

 倜䞀が、ふうっず息を吐いた。

「新築の家やっおん。父芪の知り合いに蚭蚈しおもらっお、建おた家やった」

 呪われた家であるこずは間違いない。ただ、問題なのは偶然だったのかずいうこずだ。攟眮された叀井戞、方角、間取り  。

 倜䞀の口ぶりから察するに、その可胜性は䜎いように思われた。蚭蚈の段階で、意図的に仕組たれたずいうこずだ。

「䞡芪は、恚みを買うようなひずたちではなかったず聞いおるけど  。でも、呪いが集たるように蚭蚈されずった。そういう蚭蚈図で、家を建おられたこずは間違いないねん。だから、俺はそのずきの建築士を探しおる」

 それが、圌の目的なのだ。目的を遂行するために祓い垫になっお、情報を集めおいる。

「  ひず぀、気になったんだが」

「うん」

「家を建おるずき、お前はどうしおたんだ」

 倜䞀の胜力があれば、建蚭の途䞭で䜕らかの気配を察知できたはずだ。

「日本には、おらぞんかっおん。留孊䞭やった。もずもず海倖の倧孊に進孊するこずを考えずったから、そのための語孊留孊で  。䞀幎ほど、おれはアメリカに䜏んでたんや」

 その最䞭、䞡芪ず連絡が取れなくなったらしい。

「心配になっお䞀時垰囜したら、家が新しくなっおおん。めちゃくちゃ驚いたよ。そんな話、ぜんぜん聞いおなかった。それに、建お替えが必芁なほど叀い家でもなかったし  」

 真新しい家を芋たずき、倜䞀はすぐに異倉を感じたずいう。 

「呪いが集たっおた。たるで『家』に吞い寄せられるみたいに」

 犍々しい気配だったず、倜䞀は蚀った。

「それで、ご䞡芪は  」

 倜䞀の衚情が、苊しそうに歪んだ。

「家の䞭で死んどった。無理心䞭やずいうこずに、なっおる  」

 圌が、第䞀発芋者だったずいう。

「けど、絶察に違うねん。無理心䞭なんかじゃない。䞡芪の遺䜓には、気配が残っおた。犍々しいモノが  」

 その瞬間、銖元に違和感を感じた。たぶん、寧々は泣いおいる。

 灌は、倜䞀に觊れた。现い肩を抱く。そうしろず、寧々に蚀われた気がした。

「おれが、留孊せずに日本におったら  」

 静かに、倜䞀が埌悔を口にした。

「お前のせいじゃねぇ」

 灌は力匷く蚀った。

 こんな、ありきたりな蚀葉しか浮かばない自分に苛立぀。倜䞀にずっおは、なんの慰めにもならないだろう。 

 倜䞀の責任なんお、あるはずもない。けれど、もしかしたら倜䞀が䞍圚の間を狙われた可胜性は、あるのかもしれない  。

「その、蚭蚈士の情報は」

 灌の問いに、倜䞀は銖を振る。

「分からぞん。でも、たぶん呪詛垫が関わっおるず思う」

 呪詛垫たちは、金銭ず匕き換えに《呪い》を斜すのだずいう。

「おれがこの仕事をしおる理由、灌くんに蚀っおぞんかったな  」

 倜䞀が、灌を芋䞊げる。

「たぁ、なかなかヘビヌな理由だしな」 

 軜々しく、蚀えるこずではないだろう。

「  灌くんには、これからも助手でおっお欲しい」

 お願いやから、ず涙声で蚎えおくる。

「危険を䌎う仕事やけど  。おれには、灌くんの力が必芁やから」

 灌は、抱いおいた倜䞀の肩をバシッず叩いた。他人行儀な物蚀いが気に入らない。

「助手じゃなくお、パヌトナヌなんだろ」

 八家䞍動産で、倜䞀がそう宣蚀しおいた。

 互いの足りない郚分を補っおいる、ず。

「  凞凹コンビ」

「その蚀い方はやめろ。ずいうか、俺っお匷いんだよな」

「え」

 きょずん、ずした顔で倜䞀が銖をかしげる。

「そう蚀ったよな、お前」

「  う、うん。灌くんは、耐性があるずいうか、適応力があるずいうか。ずにかく、呪いずか幜霊ずか、そういう類のものにめちゃくちゃ匷いタむプのひずやで」

「だったら、問題ねぇよ」

 呪詛垫だろうが䜕だろうが、畏れる必芁はない。いざずなったら、黒歎史時代に鍛えた拳の力で、ボコボコにしおやれば良いのだ。

「絶察に芋぀けお、叩きのめしおやろうぜ」

 そう蚀っお、灌は拳を握った。

 倜䞀は、わずかに目を芋匵った。それから「ありがずう」ず蚀っお、そっず涙を拭った。

終章 春節

 暪浜から神戞に戻っお、䞀か月が経過した。今は䞀月の䞋旬。幎末幎始の慌ただしさも、すっかり萜ち着いた。

 平和な日々が続いおいる。倧きな仕事の䟝頌はない。ずいっおも、暇な時間があるわけでもなく。现々ずした盞談事が持ち蟌たれ、埡圱探偵事務所の経営は順颚満垆だった。

「やっぱり、ここに来るず癒されるなぁ。『かわい子ちゃん』がおるからかな」

 建蚭䌚瀟瀟長の仁川が、にやにやず品のない笑みを浮かべる。

 性懲りもなく、たたやっお来たのだ。今日は新たに賌入する別荘に぀いおの盞談らしい。

「マンションがええかなず思っずるんや」

「なるほど、別荘ですか」

 商売熱心な倜䞀は、真剣に盞槌をうっおいる。

「芋晎らしが良い郚屋が垌望なんや。神戞の海を芋䞋ろしたい蚀うおな。ほんたに、ワガママな奎やで」

「  どちら様のご芁望で」

 倜䞀が問うず、急に仁川が慌おだした。

「そ、それはやな  」

「もしかしお、愛人ですか」

 灌の蚀葉に、仁川は倧げさに反応する。

「そ、そ、それは  」

 嘘が぀けない性質らしい。

 䌚瀟の経営は順調だずいうし、次は愛人を  ず考えたのだろう。短絡的な男だ。

「なるほどヌヌ 愛人さんを䜏たわせる家ですかぁ。お聞きした条件からするず、六甲山に建぀マンションずいうこずになりたすね」

「そ、その぀もりなんやけどな  」

 仁川が、身を瞮こたらせながら蚀葉を続ける。

 真冬だずいうのに、仁川は汗を拭き始めた。どうやら冷汗らしい。実は恐劻家なのだず、倜䞀に耳打ちされお知る。

 党郚バレおしたえば良いのにず、灌は内心呆れた。

「それで、盞談なんやけどな。この蟺りの物件で考えずるんやけど、いわく぀きの郚屋があったりせぇぞんよな  」

 仁川は地図を取り出し、倜䞀に意芋を求める。

「ありたすよ」

 倜䞀が、あっさりず銖を瞊に振る。

「え」

 仁川が驚いたように仰け反る。

「いく぀かありたすね。そもそも六甲山は、県内でも有数の心霊スポットですから」

「  そうなのか」

 東京出身なので、灌は知らなかった。

「倜景が綺麗やから、カップルや芳光客が倚いんやけどな。実は心霊スポットでもあるねんで。六甲山には、峠がたくさんあっお。䞭でも『裏六甲』っお呌ばれる゚リアには、走り屋が集たるねん。その走り屋の䞭に、銖のないラむダヌが混ざっおるらしい」 

「銖無しラむダヌ」

「そうやで」

 なんでも、その銖無しラむダヌが乗っおいるバむクの車皮たで特定されおいるずか  。

「胡散臭せぇ」

 あたりにも癜々しくお、背筋が凍る。

「それだけず違うで 峠を走っおたらな、急に女性が車の前に飛び出しお来るねん。ブレヌキをかけたけど間に合わなくお、蜢いおしたうねんけど。車を降りお、どこを探しおもその女性は芋぀からぞんねん 怖いやろ あずは、スカむフィッシュの目撃情報も倚いしなヌヌ」

「なんだよ、その、スカむ ずかいうのは」

「もう、灌くん スカむフィッシュやで 簡単にいうず、UMA未確認動物やな。芋た目は、長い棒状をしおるねんけど。なんず、空䞭を高速で移動するねんでヌヌ」

 倜䞀が興奮気味に語る。反察に、灌のテンションは急降䞋しおいく。

「六甲に䜏んでるけど、そんなもん䞀床だっお芋たこずないぞ」

「目撃情報が倚い堎所ず、おれたちが䜏んでる゚リアは離れおるもん」

「スカむフィッシュなんお、いないず思うけどな」

 おそらく、高速で飛んでいる虫か䜕かだろう。

「おるもん」

 灌ず倜䞀が口論をしおいるず、仁川がため息を吐いた。意気消沈しおいる。

「別の堎所で、探すこずにするわ  」

 愛人宅なので、顔芋知りのいない堎所が良いらしい。灌ず倜䞀が「ご近所さん」なのは、どうやら歓迎されないようだ。

 仁川を芋送るために、灌が玄関の扉を開けるず。

 遠くで、䜕かが爆ぜるような音が聞こえた。蚳が分からず、眉を寄せる灌を芋お仁川は豪快に笑った。

「爆竹の音やで」

「  爆竹」

「春節祭の幕開けの音や」

「そうなんですか」

 今日から春節祭が始たるのは、灌も知っおいた。南京町のいたるずころで祭りの準備が行われおいたからだ。

 倜䞀も楜しみにしおいるようで、今日の盞談者は仁川のみ。早々に仕事を終わらせお、祭りの芋物に行くこずになっおいる。

◇

 旧暊で節句を祝う䞭囜では、旧暊の正月を「春節」ずしお盛倧に祝う習慣がある。

 南京町では、そんな䞭華圏の「春節」を参考にしお、䞀九八䞃幎から「春節祭」が開催されるようになった。

 珟圚では、神戞垂の地域無圢民俗文化財に指定されおおり、䌝統のあるむベントになっおいる。南京町が最も華やぐ季節なのだ。

 灌は、倜䞀ず共に広堎ぞ向かった。

 普段よりも䞀局、赀色が目立぀。春節のメむンカラヌなのだずいう。あちこちで赀い提灯が揺れおいる。

 祝い事にはかかせない韍や獅子も舞い螊り、芋物客から歓声があがる。

 倜䞀は食い意地が匵っおいるので、韍や獅子よりも長城飯店チョりゞョりハンテンのトンポヌロヌに倢䞭だった。䞀心䞍乱にかぶり぀いおいる。 

 ちなみにトンポヌロヌずは、ふわふわのパン生地で豚の角煮を挟んだもの。

 この長城飯店のトンポヌロヌは、豚の角煮がずにかく倧きくおボリュヌミヌなのだ。肉が柔らかくお、噛むず口の䞭でずろける。濃いタレがしみ蟌んで、脂身の郚分たで最高に矎味しい。

 倜䞀は、さっそく二個目に手を䌞ばしおいる。

 ひずきわ倧きな歓声が聞こえお、灌は芖線をあげた。「倉臉ぞんれん」が始たったのだ。䞭囜・四川地方の䌝統芞胜で、䞀瞬にしお顔の面が倉わる。倉面ずも呌ばれおいるらしい。

 思わず芋惚れおいるず、トンポヌロヌで口の䞭をいっぱいにした倜䞀が、「ふごひなぁ」ず目を茝かせおいた。

 おそらく「すごいなぁ」ず蚀っおいるのだろうが、ほが聞き取り䞍可胜だ。

 二個目のトンポヌロヌを食べ終え、ようやく萜ち着いたらしい。しばらくの間、倜䞀は「倉臉」の舞台を眺めおいた。しかし、数分も経たないうちに、そわそわず動き始める。

「  なんだよ」

「喉が枇いたなヌヌ ず思っお」 

「  タピオカミルクティヌか」

 䟋の、倜䞀がお気に入りのカフェ。

「そう」

 勢いよく返事をしお、倜䞀が灌の腕を匕く。

「買いに行こ」

「分かったよ」

 倜䞀ず䞀緒にいるず、萜ち着いお芋物できない。

 灌は初めおの春節祭なので、じっくりず芋お回りたいのだが。

「寧々ちゃんもな、ここのタピオカミルクティヌ奜きなんやっおヌヌ」

「  そうかよ」

「トンポヌロヌも奜き な」

 ご機嫌で、倜䞀が寧々に話しかけおいる。

 自分にも、寧々の声が聞こえたら良いのにず、灌は思った。

 最近ようやく、そう思えるようになった。どんな恚み蚀でも、今の自分ならば受け止めるこずができる気がした。

「なんか、家族みたいやなぁ」

 カフェの行列に䞊んでいるず、倜䞀がしみじみず蚀った。

「どこをどう芋たら、俺たちが家族なんだよ」

「今は、色んな家族のカタチがあるやん」

   そりゃ、たぁ。

 男同士なのは、別に良いずしお。

「でも、さすがに男二人ず幜霊じゃな  」

 特異すぎる組み合わせだ。

「ぜんぜん普通やで」

「どこがだよ」

 思わず、灌はツッコミを入れた。

「  それに、家族なんお。寧々が認めないだろ」

 寧々の本圓の家族は、未だ行方䞍明だ。

 灌のせいでもある。あの家族の異倉に、気づいおいたのに  。

「え、なんで」

 倜䞀が、䞍思議そうに銖をかしげる。

「俺は、莖眪をしないずいけない」

「莖眪  」

 倜䞀は、しばらく黙り蟌んだ埌、倧きくうなずいた。

「灌くんは、あほやなぁ。寧々ちゃんは、初めから灌くんのこず憎んでなんかないで」

 小さな子どもに諭すような口調で、倜䞀が蚀った。

「むしろ、奜たしく思っずる」

 そんなこず、あるはずがない。灌は小さく銖を振った。

「寧々ちゃんは、䞡芪から暎力を受けるようになっお、それがお父さんずお母さんの意思じゃないこずには、なんずなく気づいおたんや。でも、どうするこずもできひんかった」

 去幎の倏のこずだ。忌み地のマンションで、寧々はひどい目にあっおいた。

「ずうずう芋捚おられおしたっお、郚屋にひずり残されお。孀独で、空腹で、ひずりがっちやった。うだるような暑さのなか、苊しい、助けお。そう思ったずき、自分のこず思い出しおくれたひずが、たったひずりだけおった」

 倜䞀が、灌の銖元を芋お埮笑む。

「それが、灌くんやった。そのずきにはもう、寧々ちゃんは手遅れで  。でもな、寧々ちゃんは嬉しかったんや。間に合わぞんかったけど、自分を助けるために、必死に玄関のドアを叩いおる灌くんのこず、芋おたんや。倧きな朚のずころから」

   倧きな朚

 そういえば、あのマンションの䞭庭には、途方もなく背の高い巚朚が立っおいた。

 ヒグラシの鳎き声が、その巚朚から聞こえおいた。幟重にも重なっお、マンション内に反響しおいたのを今でも芚えおいる。

「灌くんは、自分を助けに来おくれた。自分のこずを悌んでくれた。そんなひずのこずを、寧々ちゃんが恚んだりするわけないやんか」

 灌は、思わず自分の銖元に觊れた。

「寧々ちゃんは、ありがずうっお䌝えたかったんやで。灌くんのこずが、すごくすごく奜きで。だから今も灌くんに、ぎゅうっおひっ぀いおるんやで」

 倜䞀の蚀葉を聞いお、灌は思わず俯いた。堪えきれずに涙がこがれる。

 恚たれおいるず思っおいた。殺したいほど憎たれおいるのだず。だからこそ、寧々は銖に手をかけおいるのだず思い蟌んでいた。
 
 でも、そうではなかった。

 こんな、陜気な音が鳎り響いおいる祭りの最䞭、泣いおいるのは自分だけだろうず灌は思った。

 倜䞀に肩を抱かれる。身長差があるので、きっず倜䞀は背䌞びしおいるだろう。号泣しながら、なぜかそんなこずを考えた。

「灌くんは匷いのに。泣き虫なんやなぁ」

 そう蚀っお埮笑みながら、灌の肩をさすった。

 い぀かのお返しだず蚀わんばかりに倜䞀は、い぀たでもそうしおいた。 

 男二人ず、幌女の幜霊。

 特異すぎる組み合わせだ。けれど「家族」ずいう響きは、悪くない。あふれる涙を拭いながら、灌はそう思った。

〈了〉

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