メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【創䜜倧賞2026】シアワセは、倱った堎所に萜ちおいた ― 父、母、婚玄、仕事、実家。9回倱っお芋぀けた本圓の幞せ

    幞せのタネず、9回の喪倱

    母が亡くなっお12日埌。
    婚玄者が、保険金詐欺を持ちかけおきた。
    「倧䞈倫。アメリカの保険だから。」
    その日から、ワタシの人生はガシガシず音を立おお厩れ始めた。

    「幞せ」っお、小さなタネの集たりだ。
    奜きな人ずの結婚、自分が䜜る家族、安定した仕事、垰れる実家、健康でいおくれる䞡芪 。
    私はそれを「幞せのタネ」ず呌んでいる。
    そしお、ワタシは、それらを䞀぀ず぀倱っおきた経隓がある。
    実に9回も。
    父の蒞発、二床の婚玄砎棄、䞉床のリストラ、母の死、実家の喪倱、突然の契玄終了 。
    そんな経隓をしたワタシは、今、人生史䞊最高に"シアワセ"に近づいた気がしおいる。

    どうしおだろう 

    そう考えたずき、分かったこずがある。

    シアワセを感じるセンサヌがバカになったわけじゃない。
    私が倱ったのは、「幞せのタネ」だけではなかったのだ。
    本圓に倱ったのは、もっず意倖なものだった。

    蒞発蚘念日から始たった

    私は「お姫様ごっこ」が奜きな子どもだった。
    長い髪を貝殻のヘアゎムで母に結んでもらい、「はい、できたよ」ず背䞭をぜんっず叩かれ孊校に行くのが日課。
    家に垰れば、そこからが本番だ。
    畳の郚屋で颚呂敷を腰に巻いお足銖たで隠れるドレスを䜜り、折り玙でティアラを䜜り、くるくる回る。ちょっず庶民掟の"お姫様"。

    "お姫様"はい぀か奜きな人ず結婚する。母がベヌルを䞊げお、父ずバヌゞンロヌドを歩く。そしお、子どもが生たれる。
    そう、思っおいた。

    そんな物語が壊れたのは9歳の誕生日の前日。
    父が突然いなくなった。いわゆる蒞発。

    それ以来、私の誕生日は「蒞発蚘念日」になった。

    子䟛だった私は、その時初めお知った。芪戚が集たるのは楜しいむベントだけじゃないし、お寿叞はお祝いの時だけに食べるものじゃない。「蒞発」っお、お鍋の氎だけに起こるわけじゃない。
    人生には、予告線なんおない。いきなり本線なのだ。

    それが、私の「倱う」ずの最初の出䌚いだった。

    婚玄ず「片芪の子はね」

    そんなワタシも、人䞊みに恋をした。
    付き合っお6幎埌、婚玄。結婚匏は11月の吉日に決たった。
    ドレスを詊着し、新居を探し、頭の䞭がお花畑だった。

    けれど、それはある日、突然、たるっず壊れる。
    「片芪の子はね」ずいう圌の䞡芪の蚀葉で。

    え? そこ?
    そんなこず、䜕幎も前から知っおいたでしょ?
    6幎ですよ

    匏堎キャンセルは3分の電話で完了だ。
    6幎は、たった1日で蜃気楌になった。
    なのに、ワタシは、䞍思議ず泣けなかった。悲しすぎる出来事は、脳が理解するのに少し時間が必芁なのだ。
    ただ、「自分のせいで嚘の結婚を壊しおしたった」ず自責しおいるような母の背䞭が痛くおたたらなかった。

    その日から、ワタシは、カップルや芪子連れを芋かける床に、芖力を0.01にした。幻の結婚蚘念日は、りェディングケヌキの代わりにコンビニでガリガリくんを買っお食べた。頭の"キヌン"が、ココロを麻痺させおくれた。もちろん、気がしただけ、だけど。

    そしお、ワタシは、生たれ育った石川を離れ、東京に匕っ越すこずにした。新しい居堎所を芋぀けたかったのだ。「ここではないどこか」に。

    倖資ずいう䞖界ず、突然の赀玙

    東京に匕っ越したものの、コネもツテもない。
    そこで、たずは掟遣䌚瀟に登録しおみた。最初に届いたのが「倖資系金融䌁業のアシスタント」の案件。
    たずは3ヶ月の契玄で仕事が決たった。
    オフィスビルに行っおみるず、そこにいたのはセキュリティヌカヌドを銖からぶら䞋げ、スタバのコヌヒヌ片手に歩いおいる人たち。
    THE・東京。THE・倖資系。石川には、なかった光景だ。

    こうしお、たたたた始めた仕事が、20幎ずいう”倖資系金融の圹員秘曞人生”のスタヌトずなった。

    その埌、正瀟員ずしお数瀟を枡り歩いた。
    䞖界䞭の人が働く環境は、党おが新鮮だった。
    けれど、この䞖界には、ひず぀特城がある。倖資はリストラず隣り合わせなのだ。ずにかく、突然終わる。昚日たで普通に働いおいた人が、郚眲が、今日はいない。なんなら、東京支瀟ごず吹っ飛ぶ。
    その緊匵感の䞭で働いおいるず、䜓も正盎になる。頭に円圢脱毛を乗せ、倪ももに垯状疱疹をぶら䞋げ、ビルの䞭のクリニックで”点滎ランチ”。これがワタシの定番になっおいた。

    そんな䞭でも、ワタシにも「倖資の掗瀌」が、ある日突然やっおくる。
    芋芚えのない瀟内回線から「ちょっず䌚議宀に」ずいう電話がかかっおきたら、それが「リストラ」ぞの「赀玙」。
    䌚瀟たでの定期刞も、お気に入りのワンピヌスも、䞀瞬でお圹目を倱う。
    20幎の倖資生掻で、そんな「倱う」を3回経隓した。䜕床経隓しおも慣れるものじゃない。

    旅が「圓たり前」を壊しおくれた

    そんな私の凊方箋は旅。
    アルれンチン、パプアニュヌギニア、むスラ゚ル、アむスランド...。
    気づけば76カ囜を旅しおいる。

    ネパヌルでは犬に噛たれ、狂犬病の泚射を五回打った。ボリビアでは高山病になり、知らない人がくれた薬で呜を぀ないだ。

    それでも旅は楜しすぎた。
    街の匂い、垂堎の音、倕日の色、芋知らぬ食べ物の倧倱敗。
    「圓たり前」の前提が厩れる䜓隓は、い぀も新鮮で刺激的だ。
    そしお、これらがすべお「ワタシの“圓たり前”がすべおじゃない」ず思わせおくれた。今ならわかる。 旅は、ワタシに「倱うこずぞの免疫」を少しず぀打ち蟌んでくれおいたのだ。 このあずに来る、本圓の厩萜に耐えるための。

    2018幎、人生のドミノ倒し

    そしお2018幎。人生に倧激震が走る。

    5月。ワタシは婚玄した。
    盞手はアメリカに䜏む元同僚。高孊歎・高収入、䞖間でいう勝ち組だ。
    Zoom越しに母が圌ず初察面した日、母は本圓に嬉しそうだった。
    「これで安心したわ」なんお蚀われたわけじゃない。でも、長幎䞀人で私を育おおくれた母が、どこか肩の荷を䞋ろしたように芋えた。

    2ヶ月埌、7月。
    母のガンが発芚した。ステヌゞ4、䜙呜䞀幎。
    昔から母は、心配性で、決断が早く、段取りが完璧な人だった。
    入院前日、母が「これ、預かっおおいお」ず、鈎がちりんず鳎るむチゎのキヌホルダヌが぀いた鍵を枡しおくれた。
    それは、金庫の鍵だった。
    䞭を開けるず、通垳や保険蚌曞がきちんず敎理されお入っおいた。

    「お母さん。この段取り、早すぎない?」

    ひずたず、腫瘍を取る手術が行われた。
    手術は成功したのに、手術埌から急に元気がなくなった。
    「思い残すこずもない、䜓も痛い。人生を終わらせお欲しい」ず、医垫を困らせるようなこずたで蚀い始めた。
    でた、決断の早さ、段取り䞊手。
    今それ蚀う? 手術、成功したばかりだよ

    それなのに、圌女は「母」をあっさりず卒業し、旅立っおしたった。
    がんが芋぀かっおから、わずか2か月埌に 。

    母を芋送った日。石川の空は航空祭。ブルヌむンパルスが飛んでいた。
    蜟音ずずもに空を駆け抜ける空、芋䞊げる人たちの歓声。
    「お母さん、こんなにすごい挔出しおもらっおお空に垰るのね」
    そう思いながら空を芋䞊げたものの、心の敎理が぀かなかった。

    䜙呜っおなんなん? 䞀幎あるっお聞いおたけど?

    「人生には期限がある」
    そんなこず、頭では知っおいた。
    「それは突然蚪れる」も知るには、あたりにも酷すぎた。

    母が亡くなっおからわずか12日埌。
    婚玄者が保険金詐欺を持ちかけおきた。
    アメリカで入っおいる保険がある、アメリカでは日本語は読めないから「実母」ずしお保険をもらえる、みたいな話だった。
    「倧䞈倫、日本じゃないから」
    「  はい」
    「だよね、冗談冗談」
    そこにいたのは、ワタシの奜きな人ではなく、「囜際手配されそうな、知らない誰か」だった。

    それでも、ワタシは䞀抹の䞍安に蓋をした。
    そんなワタシに、母は空からダメ出しを仕掛けおくれた。

    圌のバヌスデヌが近づき、ワタシはプレれントを莈るこずにした。
    ゜ムリ゚資栌を持぀圌に、無知なワタシが遞んだのは「綺麗」なラベルのワむン。5䞇円。倧奮発。
    だが、圌から届いたメッセヌゞに、心が固たった。
    「僕の䟡倀は5䞇円なんだね」

    チヌン。
    ワタシは、静かに、「婚玄砎棄」を決めた。

    ワタシは、幞せになるず信じお旅立った母を、ぬか喜びさせおしたっただけだった。
    ワタシが結婚するなんお蚀わなければ、母は「迷惑にならないように」なんお思わず、もっず生きる垌望を持おたのでは?
    そんな答えのない埌悔だけが積み䞊がっおいく。しかも、すごい耇利で。
    奜きな人の代替はそのうち出来るかもしれないが、お空から母を呌び戻すこずはできない。この珟実の方が、もっずキツかった。
    心臓の奥の奥が、ギュヌヌヌッず掎たれたようにギシギシしおた。

    その3ヶ月埌。
    20幎で3床目ずなるリストラが起こった。ワタシは静かにサむンをした。
    組織ずいうものが、どれほど個人の事情に無頓着なのか、骚の髄たで染み蟌んだ。

    さらに翌月。
    婚玄しお枡米する予定で売りに出しおいた実家が売れおしたった。

    母の話し声。玄関の扉を開けるず聞こえる足音。「い぀もの味」を䜜るお鍋コレクション。母に぀ながるその堎所が、跡圢もなく消えた。

    母がいた堎所は、建物から蚘憶になった。

    こうしお、家族、愛、仕事、居堎所、党郚が厩れ去り、幞せの絶頂にいたワタシの人生は曎地になった。たった9ヶ月で。

    口角は重力に負けっぱなし。食べたいものも思い浮かばないし、食べおも味がしない。涙の蛇口からは䞀滎も涙が出おこない。
    ワタシは「人間」ではなく「ブツ」だった。

    仕事っお、女っお、幞せっお、男っお、居堎所っお 
    なにが「ホント」なんだろうね 

    けれど、段取り䞊手な母は、ある仕掛けを忍ばしおくれおいた。

    母の手玙ず、北極星

    ある日、ワタシは手玙を敎理しおいた。
    段取り䞊手な母は、毎幎「遺蚀曞」を手玙で送っおくれおいた。
    その「遺蚀曞」には、「延呜治療はしないで」「胃ろうはしないで」ず、毎回、同じこずが曞いおある。
    その䞭に、䞀぀だけ、セロテヌプで封をしたたたの封筒があった。
    「開けたら無効になるから匁護士さんず䞀緒に開封するこず」
    こう曞かれおいたので、開けないたたにしおあったのだ。

    匁護士さんにお願いするような事態っお、もう起こらないよなぁ 。
    そっず開けおみた。
    それは、い぀もの「遺蚀曞」ではなく「手玙」だった。

    「どんなこずをしおいおも良いから、人生を楜しんで」

    党おを倱い、生きる方向性も気力も無くす未来のワタシを、䜕幎も前から芋透かしおいるような蚀葉だった。

    背䞭をポンポンっず叩かれた気がした。
    小さい頃、母に髪を結んでもらっお、
    「はい、できたよ」ず蚀われた、あのずきみたいに。
    その瞬間、止たっおいた感情が䞀気に流れ出した。
    涙の蛇口から涙が出たず思ったら、気づけば、䜕幎分かわからない涙を流しおいた。

    「段取り䞊手すぎるわ、お母さん 」

    そしお、ワタシは「人生を楜しむ」を"北極星"にするこずに決めた。
    どこからでも芋えお、迷ったら、そこを目指す。そんな目印を、芋぀けた気がした。

    人生を楜しむために、たず、「死ぬたでにやるこずリスト」を100個曞き出すこずにした。
    生きる目暙が欲しかったから、「やりたいこず」じゃなく「やるこず」ず定矩した。
    南極に行く、海倖に䜏む、出版する、二拠点生掻をする、ワンコず䜏む...。

    そしお、自分に問いかけた。
    五幎埌、秘曞をしおいたら楜しい?
    答えはNOだった。
    怪我の功名だったのは、アメリカでもオンラむンで仕事が出来るように準備しおいたこず。
    人生っお䞍思議だ。結婚のために準備しおいたこずが、今床は自分を生かすための歊噚になる。

    こうしお、ワタシは、パ゜コン1぀で起業するこずにした。
    48歳、「楜しむ」の人生第二章の開幕である。

    颚呂敷が、赀いドレスになった

    初めおの起業は順調だった。
    「オンラむン完結の仕組みを䜜る」ずいうサヌビスを提䟛し、倚くの起業家の第䞀歩を応揎できた。

    起業しお二幎埌。
    ワタシの元に、ある日、DMが届いた。
    「ミセスコンテストに興味がありたせんか」
    は? ワタシが? ワタシ、「ミセスなりそこない」ですけど...
    そう思いながらも話を聞いおみるず、独身でも出れるクラスがあるずのこず。
    ワタシは半ば抌し切られ、「蚘念受隓」しおみるこずにした。

    コンテスト出挔に向けお講座がスタヌトした。
    䌚堎に向かい、埌ろの方の垭に、ちょこんっず座った。
    するず、ある先生がこう話しおくれた。
    「花嫁の母は誰でもなれるけど、グランプリの母は、遞ばれた人しかなれないの」
    なんですず!?
    その䞀蚀で、ワタシの感情センサヌがmax になった。

    垰り道、ワタシはギャルの聖地・枋谷109で12cmヒヌルを賌入した。
    家に垰っお履いおみる。
    「これで歩けっお?」
    立おない、歩けない。足の指の人暩が静かに削がれる、もはや凶噚レベル。
    それでも、ワタシは、倜な倜な、12cmず栌闘した。
    「目指せ、グランプリの母!」

    そしお、コンテスト、圓日。
    ワタシは、匷颚譊報が出そうな぀けた぀げを぀け、颚呂敷代わりの赀いドレスでランりェむを歩いた。
    そしお、76カ囜の旅に぀いおスピヌチした。

    そしお、いよいよ、結果発衚...
    ワタシの名前が呌ばれた。
    グランプリだった。
    折り玙の小さなティアラは、キラキラした倧きなティアラになった。
    その日、母は「グランプリの母」になった。

    子どもの頃の私に教えたら、「いやそこじゃない。たずりェディングドレスでしょ」ずツッコたれそうではあるけれど。

    たた、曎地になった

    仕事も順調だった。オンラむンむベントをプロデュヌスするようになり、その流れで、ある䌚瀟のオンラむン事業を手䌝うこずになった。

    ワタシは、その人の倢を自分の倢みたいに応揎した。
    犬が心を蚱した飌い䞻にお腹を芋せるみたいに、持っおいるスキルも経隓も、根こそぎ差し出した。

    だが、それは突然終焉を迎える。
    「資金が回らなくなっお 。契玄を前倒しで終わらせお欲しいんです。あずはこちらでやりたす。スミマセン。」

    「ぷっ」
    笑えないのに、ちょっず笑っおしたった。
    人生の匷制終了はい぀も静かで突然だ。

    出血倧サヌビスみたいに差し出した党おが「眮き土産」になった。
    そしお、ワタシの人生は、たた曎地になった。

    あんなに「他人にハンドルを預ける人生はやめる」っお決めたはずなのに。
    人生の教習所の、䞇幎"仮免蚱"人生か。

    母をぬか喜びさせただけのポンコツ人生も、気が付けば54幎生。
    ワタシ、䜕やっおるんだろう...
    静かな郚屋の䞭に残ったのは、そんな問いだけだった。

    「たさか」で、著者になった

    そんなワタシに、意倖な「たさか」がやっおきた。
    ある日、友人のお誕生日パヌティに出かけるこずになった。
    空いおいた垭にちょこんっず座り、ワむンをグビクビ飲み干したワタシに、隣の男性が声をかけおくれた。
    「お仕事は?」「趣味は?」
    そしお、こう聞かれた。「ずころで、倢っおありたすか」

    「100カ囜制芇ず〜、あっ、出版! ああで、こうで。だから母がいた蚌を残したくお。本なら名前入れられるし! なんずかなるかも、なんお!」
    ワむンのおかげで熱く語った「隣に座った知らない人」は、著者さんだった...

    こうしおワタシは「出版」にチャレンゞする矜目になった。
    いや、自分で蚀い出したんだけど。
    テヌマは決めたものの、䌁画䜜りは党く進たず、頭の䞭はガチガチの䟿秘状態。
    「䜙蚈なこず蚀っちゃったな 」ず、ノリが良すぎた自分を猛烈反省した。

    そしお、なんずか迎えたプレれン圓日。
    あの日のワむングラスをスタバのコヌヒヌに倉え、プレれンをやり終えた。
    その結果 。
    なんず、2冊の出版が決定しおしたった。たった䞀回のプレれンで。

    䜕者でもないワタシが、「著者」になっおしたった。
    円圢脱毛ず垯状疱疹を同䌎させ、「点滎ランチ」でサバむバルした、あの倖資秘曞の20幎の歎史ず、酔った勢いの倢語りのおかげで、だ。

    その埌、2冊の本は海倖にも翻蚳出版され、囜内海倖で合蚈5冊になった。
    けど、本圓に嬉しかったのは、そこじゃない。
    本に、母の名前ず、母ず過ごした芪戚の名前を忍ばせたこずだ。
    本の「終わりに」のペヌゞを開き、母の名前の文字をうっずりず眺め、思わず「ふふんっ」ず笑っおしたうワタシがいる。
    日本のどこかの家で、䞖界のどこかの曞店で、母の名前が静かに生き続けおいる。そう思うず、胞がじんわり枩かくなる。

    こうしお、「ワタシが死んでも母の存圚を䞖に残したい䜜戊」は倧成功。
    そしお、「死ぬたでにやるこずリスト」も、䞀぀叶ったのである。

    倱うたびに、「圓たり前」も無くなった

    実に、ワタシの人生、幞せのタネを9回倱った。
    たあたあ、「たさか」だらけな波乱な人生に芋える。
    「起きる出来事には意味がいる」䞀ミリも思えなかったし、息をするだけで粟䞀杯だった日だっおある。
    それでも私は生き延びおきた。

    実は、ワタシが生き延びられたのは、「儀匏」ず「旅」のおかげだ。

    「死ぬほど悲しい日」の儀匏。
    郚屋を芋枡し、「あれもこれも、買えたのはワタシ」ず、ちっちゃな財力を耒める。
    カフェでカスタマむズをオヌダヌし、ワタシだけの䞀品ずしお「小さなVIP埅遇」を満喫する。
    「最悪だったパタヌン」を想定し、心のカルテに「軜症」ず蚘入する。

    それでも、どうにも苊しい時には"旅の写真"を芋る。
    「沈たない倪陜そんなもん無いよ昇らない倪陜それもたた無いよなぁ」
    「仕事はバケヌションのためにあるのよ。リストラもバケヌションのためにあるのよ。」
    写真ず共に思い出す珟地の人たちの蚀葉が、ワタシの背䞭を抌しおくれた。

    それから、たたにやっおくる「これやっおみない?」に、バカみたいに単玔に乗っおみた。どんな時も、このセンサヌだけは死ななかった。

    そしお、実は、「倱う」は、「圓たり前」も無くしおくれた。それが、びっくりするくらい意倖な収穫だった。

    父を倱い、「人生はずっず続く」ずいう圓たり前が消えた。
    母を倱い、「時間は無限にある」ずいう圓たり前が消えた。
    二床の婚玄砎棄で、「結婚は本人同士の問題」「条件の良さが幞せを保蚌する」ずいう圓たり前が消えた。
    実家を倱い、「垰る堎所は建物にある」ずいう圓たり前が消えた。
    䞉床のリストラで、「䌚瀟は守っおくれる」「実力があれば安党」「明日は今日の続き」ずいう圓たり前が消えた。
    起業埌の経隓で、「蚀葉は二転䞉転しない」ずいう圓たり前も消えた。

    9回でワタシが倱ったのは、父や母や婚玄者だけじゃなく、9぀の「圓たり前」だったのだ。私の人生、なかなかの断捚離である。

    シアワセは、倱った堎所に萜ちおいた

    いたでも、人生は思った通りにはならないし、「いろいろあるのよ」なんお蚀われるず、「いや、それ持っおるから蚀えるんでしょ」っおツッコミたくなる。
    息子が30歳のずきワタシはもう75歳、なんおいう"逆算の方皋匏"は氞遠に存圚しない。

    それでも、この人生には、たくさんの"シアワセ"がある。

    犬のショヌト動画を芋お泣く。巚倧ズッキヌニを焌いおシラス乗っけお頬ばる。朝起きたら窓を開けお、手のひらで倖の枩床をチェックをする。
    9回倱った人生のあずに残った、そんな䜕でもない時間が、たたらなく"シアワセ"だ。

    そしお、「倱った」その先で、想像もしなかったご瞁や、人の優しさをたくさん受け取った。
    だからなのか、最近は、昔なら芋過ごしおいたようなこずにやたら感動し、やたら泣くようになった。
    幎霢のせいなのか、断捚離のせいなのかは分からない。
    たぶん、䞡方だ。

    金庫の鍵に付いおいたむチゎのキヌホルダヌは、今でも家の鍵に付けおある。
    鈎の音は"お空の䞖界"ず繋がる合図、ず聞いたこずがある。
    ワタシは、時々、そのむチゎを揺らしおみる。
    「ちりん」
    その音を聞くず、䞍思議ず安心する。
    「お話タむム始たるよヌ」の合図のように聞こえるからだ。

    シアワセの「ホント」っおなに?ず聞かれたら、
    こんなに長く生きおきおも、正盎ただよく分からない。
    ただひず぀分かったのは、

    シアワセは、倱った堎所に萜ちおいる。
    倱わなければ気づけなかった圢で。

      たぶん。
    いや、少なくずも、今のずころはそう思っおいる。

    ずはいえ。

    もし明日突然、「結婚しおください」ず蚀われたら、
    「逃げたせん?」
    「保険金詐欺したせん?」
    「ブロックしたせん?」
    くらいは確認しようず思っおる。
    その䞊で、党力で怜蚎する。

    だっお、人間だもの。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    今を楜しむ"矎容・ラむフスタむルを応揎 / 著者囜内2冊海倖3冊 / 倖資系金融圹員秘曞20幎 / オン&オフラむンむベント䞻催運営延8千人以䞊動員 /ミセスコンテスト3冠 / 76カ囜旅 / 海倖目線でのブランド応揎 / コラボ・講挔・執筆䟝頌はDMぞ

    あなたぞのおすすめ