
『朝顔の鉢~小さな手で抱えて帰ったはじめての自信』 作:日々自由
小学校の中庭にたくさんの朝顔の鉢植えが並んでいる。木で組み立てたひな壇に、ずらりと綺麗に並べられている。
それぞれに友達の名前が書かれた札が、差し込まれていた。
みんなが、自分の鉢を見つけて喜ぶ中で、私も自分の名前を探したけど、どうしても見当たらない。「あれ? ない。」ちょっと悲しくなった。けれどよく見ると、雨に濡れたのか名札の字がにじんでいたり、文字がかすれているものが何個かあった。
「きっとこの中のどれかが私のだ。」
そう思うとなんだか、わくわくしてきた。
それからは、教室までの行き帰りに名前のわからない朝顔を見ながら、「これが私のかな?」「それともこれかな?」と思いながら、通るのが毎日の楽しみになった。
引っ込み思案で自分の思うことを、うまく話せなかった私は、担任の先生にもクラスの誰にもそのことを言えなかった。今、振り返ると当時は、友達もいなかったんだなと改めて思う。
そして、いよいよ明日から夏休みという日、先生が「今日は、みんなが育てた朝顔を忘れずに持って帰ってくださいね。」と言った。
その瞬間、心の中で大きな喜びが湧き上がってきた。「うわ~い」と叫びたい気分だった。
朝顔を持って帰ってお母さんに見せたい。「自分で育てたんだよ。」と言いたい。朝顔を持って帰れる喜びで胸がいっぱいだった。
中庭では、みんなが、わーわー言いながら、自分の鉢植えを見つけては、持って帰っている。はじめはつぼみだったけど、今は、青や紫の鮮やかな花を咲かせていた。美しい花を見て、自然と私もニコニコ顔になった。片隅でみんなが、帰るのを、ニコニコしながら、じっと待っていた。
みんなが帰って静かになった中庭には、いくつかの鉢植えが残されていた。わたしは、ただ嬉しくてその中の1つを「これにしよう」と決めて小さな手で、そのまま鉢を抱えた。
そのとき、担任の先生が私の姿をニコニコしながら、見守ってくれているのに気づいた。私は少し恥ずかしくなって、先生にはなにも言えず、そのまま鉢植えを抱えて、帰った。
家に帰ると、ランドセルを玄関に放り投げて、庭に鉢植えを置いた。奥から祖父がボソボソと「帰ったんか?」と言ったが、私はそれには答えず、外の水道から手で水をすくってきて、鉢植えに水を上げた。手が小さいので何回か、やった。
晴れ渡った空の下、誰にも頼らず、自分なりに考えて無事に朝顔を持って帰れたことが、ただただうれしかった。
私は、その温かいうれしさに、包まれながら、自分のものになった朝顔をじっと見つめていた。
あの夏の日、小さな手で抱えて持って帰ったのは、朝顔だけではなく、自分で一歩を踏み出した私自身の小さな自信だったのかもしれません。