
しゃーないは、優しい。
私は、長男の口癖「しゃーない」が好きだ。
うちの子どもたちは、三歳の頃からサッカーを始めた。
サッカーは足でボールを操るスポーツ。
頭の中では、
「ここに蹴って、こう動いて……」
とイメージできていても、その通りにいくとは限らない。
そして、チームスポーツ。
仲間へつなごうとしてミスをすることもある。
そんな時によく聞こえてきた言葉が、
「しゃーない。」
関西なので、「仕方ない」は自然と「しゃーない」になる。
誰のせいでもなく、そうなってしまったら、
しゃーない。
やってしまったものはしゃーない。
しゃーないから、次切り替えていこう。
負けてもた。
しゃーない、次は勝とう。
しゃーないから練習しよう。
いろんな「しゃーない」がたくさん飛び交っていた。
長男はサッカーをしていた十数年間で、一体何回「しゃーない」を口にしたのだろう。
いつの間にか、それは彼の口癖になっていた。
本人は気付いていないかもしれないけれど。
「しゃーない」という言葉は、使う場面によって印象がずいぶん変わる。
自分に向ける時は、
「テスト悪かった。しゃーない。」
「宿題終わらんかった。しゃーない。」
「朝起きられへん。しゃーない。」
……いやいや。
しゃーないで済ませるな。
そう言いたくなる。
でも、相手に向ける「しゃーない」は違う。
体調不良で試合に出られなかった。
しゃーない。
怪我をしてしまった。
しゃーない。
思うようなプレーができなかった。
しゃーない。
長男が使う「しゃーない」は、自分より相手に向けての方が多かった気がする。
私がお弁当を作れない日も、
迎えに行けない日も、
彼はいつも一言、
「しゃーない。」
で済ませた。
責めるわけでもなく、
誰かのせいにするわけでもない。
どうすることもできなかったことを、そのまま受け止める。
しゃーない。
この言葉は優しく響いた。
そんな長男は現在大学生。
サッカーは中学で辞め、高校では突然ドラムをやりたいと言い出した。
今まで一度も触ったことがないのに。
驚いたけれど、どうせ始めるならちゃんとしたものを。
楽器は妥協しない方がいい。
彼は私のアドバイスを受け入れた。
そして今まで貯めていたお年玉と高校入学祝で電子ドラムを購入した。
幸い田舎の一軒家。
置く場所には困らない。
高校三年間、長男は軽音部で夢中になってドラムを叩いていた。
そして大学進学。
一人暮らしの部屋には、さすがにドラムは置けないだろう。
そう思っていた。
しゃーない。
押し入れにしまうしかないかな、と。
ところが、実際に決まった部屋は思っていたより広かった。
防音シートを敷き、音対策も工夫して、彼はドラムを部屋へ持ち込んだ。
大学でも軽音部に入り、今も部屋で練習している。
部屋の半分近くをドラムが占領している。
「置けない」と思っていたが、
「置けた」に変わった。
しゃーないと思っていたけど、しゃーなくなくなった。
ところが大学三年になった頃、
今度は急に、
「ちょっとドラム飽きてきた。」
と言い始める。
将来のことを考える時期でもある。
いろいろ思うことがあるのだろう。
でも、また叩きたくなる日が来るかもしれない。
だから私は言った。
「とりあえず、そのまま置いといたら?」
まあ、持って帰ってきてもいいよ。と付け加えた。
私は本当は物を減らしたいんだけど。
ま、しゃーないな。