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芋出し画像

恒䞀は、東京垝囜倧孊を銖垭に近い成瞟で卒業し、䞭倮官庁に籍を眮く人間ずなっおいた。䞋町の䜃煮屋の息子が蟿り着くには、あたりにも遠い堎所だった。だが圌は、その距離を歩き切った。

    倕暮れの東京には、ただ昌の熱が残っおいた。

    煉瓊造りの建物の壁面が、西日に鈍く赀く染たっおいる。銬車の車茪が石畳を軋たせ、掋装の玳士たちが金時蚈を胞に䞋げお行き亀っおいた。ガス灯には早くも火が入りはじめ、通りには舶来銙氎ず石炭の匂いずが入り混じっお挂っおいる。

    文明開化——。

    人々はその蚀葉を、たるで新しい時代の祝詞のように口にした。

    だが、その光の䞋で、静かに消えおいった暮らしに぀いお語る者は少なかった。

    青幎は矀衆の流れの䞭を歩いおいた。

    黒い掋装に端正な襟。
    磚かれた革靎。

    圌は今や官僚だった。

    恒䞀は、東京垝囜倧孊を銖垭に近い成瞟で卒業し、䞭倮官庁に籍を眮く人間ずなっおいた。

    䞋町の䜃煮屋の息子が蟿り着くには、あたりにも遠い堎所だった。

    だが圌は、その距離を歩き切った。
    芪族の家ぞ匕き取られおからの歳月、圌は片時も忘れなかった。

    父が倒れる音を。
    母の着物ぞ滲んだ赀を。
    抌し入れの暗闇の匂いを。

    あの倜から、圌の人生には二぀しか残らなかった。

    勉孊。
    そしお埩讐。

    恒䞀は、ある角地で足を止めた。

    颚が吹いた。

    芋䞊げた先には、壮麗な西掋建築がそびえおいた。癜い石壁。倧きな窓。列柱。玄関には鉄现工の門が据えられ、ガラス窓には倕日が冷たく反射しおいる。

    そこは、か぀お圌の家があった堎所だった。

    䜃煮屋——。

    川魚を甘蟛く煮る匂いが、倕方になるず通りぞ流れおいた小さな店。朝には仕入れの声が響き、昌には職人たちの笑い声が混じった。父は倪い声で店先から客を呌び、母は垳堎に座りながら、ずきおり奥で遊ぶ兄匟ぞ優しく目を向けおいた。

    店は広くはなかった。だが、狭いからこそ、人の枩床が近かった。

    冬になれば炭火の赀が暖かく、倏には川颚が戞口を抜けた。父は気前がよく、金のない職人に飯を食わせるこずもあった。母はそんな父を叱るふりをしお、結局はもう䞀膳よそった。

    あの家には、安心ずいうものが確かに存圚しおいた。

    子䟛だった恒䞀は、䞖界ずはそういうものなのだず思っおいた。

    人は働き、笑い、家ぞ垰れば灯りがある。
    父ず母は、どんな時でも自分たち兄匟の味方でいおくれる。

    そのはずだった。

    だが時代は、別の理を遞んだ。

    川沿い䞀垯の土地開発。
    倖囜商通ずの取匕。
    工堎建蚭。
    枯湟敎備。

    新しい富を求めた財閥は、叀い町を抌し流しおいった。

    父は最埌たで土地を手攟さなかった。

    金額の問題ではなかった。
    そこには暮らしがあり、蚘憶があり、人の顔があった。

    そしおあの寄り、父ず母は殺された。

    拳銃で。

    たるで、叀い時代を片づけるように。

    恒䞀の瞳が、石造りの建物を静かに映した。

    あの時、男は確かに蚀った。

    「—— 久我様は、実に先の早いお方だ」

    その蚀葉だけは、骚の奥に刺さったたた抜けなかった。

    久我財閥。

    いたや政財界に巚倧な圱響力を持぀䞀族。
    銀行。
    鉄道。
    軍需。
    貿易。

    この囜の近代化ず共に、巚倧になっおいった家。

    人々は圌らを成功者ず呌ぶ。
    時代を動かす者たちず。

    だが恒䞀にずっお、それは違った。

    あの䞀族は、父ず母の血の䞊に立っおいる。

    圌は、その事実だけを抱えお生きおきた。

    ふず、近くを幌い子䟛が駆けおいった。買い物垰りなのだろう。母芪ず手を繋ぎ、父芪がその埌ろから穏やかな顔で歩いおいる。

    子䟛は笑っおいた。

    無邪気に。
    䜕ひず぀倱われるこずなど知らぬように。

    恒䞀は、その姿を芋぀めたたた動かなかった。

    胞の奥で、䜕かが静かに軋んだ。

    もし、あの日が来なければ。
    もし父が、頭を䞋げる人間だったなら。
    もし自分が、䜕も知らぬたた町で生きおいられたなら。

    自分も、ああしお誰かず笑っおいたのだろうか。

    倕颚が吹いた。

    文明の銙りをたずった石の街路を、也いた颚が抜けおゆく。

    恒䞀はゆっくりず芖線を䞊げた。

    巚倧な西掋建築は、倕陜を受けながら沈黙しおいた。

    たるで、䜕も知らぬ顔で。

    だが恒䞀は知っおいる。

    囜家の䞭枢ぞ入った今だからこそ、芋えるものがあった。

    誰が鉄道利暩を動かしおいるのか。
    誰が土地収甚に眲名しおいるのか。
    誰が軍ぞ金を流しおいるのか。
    そしお、誰が法の倖偎で人を消しおきたのか。

    この囜は、衚向きは法で動いおいる。

    だが本圓は、もっず巚倧で、暗い力で結ばれおいる。

    恒䞀は、その内郚ぞ蟿り着いた。

    だからこそ埩讐は、刃物では終わらない。

    圌はただ、その党貌を誰にも語らない。

    だが胞の奥では既に、静かな蚭蚈図が描かれ始めおいた。

    財閥を支える者。
    政治家。
    官僚。
    銀行。
    新聞。
    利暩。

    どこを断おば、この巚倧な家が厩れるのか。

    それを圌は、冷静に孊び始めおいた。

    その時、圌の䞭で長い幎月をかけお沈殿しおきたものが、静かに圢を持った。

    怒号ではなかった。
    激情でもなかった。

    もっず冷たいものだった。

    決意だった。

    恒䞀は誰にも聞こえぬ声で呟いた。

    「父さん  母さん  」

    唇の動きだけが、わずかに震えた。

    「ようやく、私はここたで来たした」

    ガス灯に火が灯る。

    通りは次第に倜の色ぞ沈み始めおいた。

    「あなた方を螏みにじった者たちは  私が、この囜の内偎から裁きたす」

    颚が吹いた。

    その颚はもう、あの土手を枡った柔らかな颚ではなかった。

    時代そのものの匂いがした。


    【あらすじ】

    文明開化の熱が枊巻く明治の東京。財閥による土地収甚の果おに父母を奪われた少幎・恒䞀は、埩讐を胞に刻みながら、官僚ぞの道を䞊り぀めおいた。幌き日に出䌚った財閥什嬢・綟乃は、本来ならば最も遠い堎所に属するはずの存圚であった。だが再び巡り合った二人は、土手を枡る颚や西掋喫茶の午埌の光の䞭で、蚀葉にならぬたた、互いの䞖界を静かに倉えおいく。

    䞀方、囜家䞭枢を担う名門・朝倉家の嫡男であり、将来を嘱望される政治家・雅圊もたた、綟乃の人生ぞ静かに歩み寄っおいた。内務行政を掌る父・朝倉正芪ず、巚倧財閥を率いる久我隆䞉郎。政界ず財界、この囜を動かす二぀の力は、囜のかたちそのものを織り盎すかのように、芋えざる意思のもずで結び合わされおいく。囜家、家、階玚、そしお近代化ずいう名の奔流の䞭で、䞉人はやがお、愛か、埩讐か、あるいは秩序かずいう遞択の前に立たされるこずになる。だがそのいずれもが、すでに時代の深局においお静かに線たれおいたものであるこずを圌らは知る。これは、明治ずいう激動の時代に、颚の向こう偎で静かに圢を倉えおいった、ひず぀の蚘憶である。


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    詊し読み

    https://drive.google.com/file/d/1TjbFl9tJJ4yBvpeMZ6p4HH4SctAj4iKM/view?fbclid=PAZXh0bgNhZW0CMTEAc3J0YwZhcHBfaWQPOTM2NjE5NzQzMzkyNDU5AAGn2ZQSadLAoRZ__Qx3EF3yqNnkzuqMRtEuymZXkFxQMFwhC_635J7-BLYrbmk_aem_NoCKJDjyDPoAIDylcFgtIg



    Book Trailer

    ※本映像は挔出意図により、音声は䜿甚しおおりたせん。

    https://youtu.be/pOKc51aIZ3U



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