「なんとなく分かってしまう人」が、疲れてしまう理由
“なんとなく分かってしまう”ことに、疲れたことはありませんか。
・周りの空気にすぐ気づいてしまう
・人の機嫌に左右されて疲れる
・「大丈夫」と言いながら、どこか無理をしている
私自身、ずっとそうでした。
介護の仕事をしている中で、
「人の気持ちに気づけること」は大切なことだと感じてきました。
でも同時に、
気づけてしまうからこそ、しんどくなる瞬間もありました。
例えば、誰かの悪口を聞いている時。
その言葉をただ聞いているだけなのに、
「自分も同じように思われているのではないか」と感じてしまうことがあります。
悪口の内容というよりも、
“どういう視点で人を見ているのか”まで伝わってきてしまう。
だからこそ、その思考が自分にも向いている気がして、少し怖くなることがあります。
また、入居者さんとの関わりの中でも、
表情やちょっとした反応から
「この人は自分に警戒しているかもしれない」
「もしかしたら苦手に思われているかもしれない」
と感じ取ってしまうことがあります。
そうすると、こちらも自然と構えてしまって、
本当はもっと自然に関われたはずの距離が、少しだけ遠くなってしまう。
職場の人間関係でも同じでした。
本来は中立であってほしい立場の人が、誰かの話を共有したことで、その人に対する見方が周囲の中で少しずつ変わっていく。
その空気に気づいてしまうと、どうしても違和感や不公平さを感じてしまうのです。
「こうあってほしい」という理想と、現実のズレ。
それに気づいてしまうからこそ、心が少し疲れてしまうのだと思います。
気づいたのは、
優しい人が疲れてしまうのは、優しさのせいではないということでした。
本当は、
気づきすぎていること。
そして、気づいたものを無意識に抱え込んでしまっていること。
それが、少しずつ心を疲れさせているのかもしれません。
もし今、少し疲れているなら、
無理に全部を受け取らなくても大丈夫です。
全部に気づかなくてもいいし、
全部を背負わなくてもいい。
優しさは、本来
誰かのためだけのものではなく、
自分自身も守るためにあるものだと思います。
少しだけ、自分にも同じように優しくできたら、
きっと今より少し楽になるはずです。
