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【原作】黒衣の隣人 第7話 決壊

この小説は、短編動画の原作的位置づけの小説です。
興味を持った方はぜひYouTubeの動画もご覧ください。


乾いた音が、部屋の中に響いた。鏡が割れた音だった。

少女は動けずにいた。

壁際にあった大きな鏡は、もう鏡と呼べる形をしていない。

縁だけを残し、砕けた破片が木の床に散らばっている。
その一枚一枚が、冷たい月明かりを拾っていた。

部屋には何もない。

少女と。魔女と。そして、女。三人だけだった。

「なぜ、今度はできると思うの?」

女が放った言葉が、まだ少女の頭から離れなかった。
未来の自分である魔女は、家族を救えなかった。
魔力を制御できなかった少女は、家族を失った。

そして、生き残った。

その先にいるのが、今、隣に立っている魔女だった。

ならば。

自分も同じことをするのではないか。

少女は考えないようにした。
だが、考えないようにすればするほど、その未来は鮮明になった。

女がゆっくりと右手を上げた。黒い革手袋。

ただ、それだけだった。
何かが起きたようには見えなかった。

けれど次の瞬間。

壁の向こうから、声がした。

「……助けて……」

少女の身体が固まった。

聞き間違えるはずがない。

「ママ?」返事はなかった。代わりに、何かが床へ倒れる鈍い音がした。

そして父親の声。

「彼女を放せ!」

少女は駆け出した。

両親はすぐ近くにいる。壁の向こう。扉の先。

少し走れば届くはずだった。

だが。

進めなかった。

何もない。

目の前には壁も、鎖もない。

それなのに身体だけが、一歩も前へ進まない。

少女は両足に力を込めた。

見えない何かが、押し返してくる。

「……っ」

女はただ少女を見ていた。

「家族に何をしたの!?」女の表情は変わらない。

「あなたに理由を与えているだけ」

再び、壁の向こうで物音がした。
少女の胸が大きく上下する。

助けなければ。

早く。

今すぐ。

その思いに呼応するように、小さな音がした。

カタ。

少女が足元を見る。割れた鏡の破片だった。一枚が、震えている。

カタカタ。

二枚目。

三枚目。

やがて床に散った破片のあちこちから、細かな音が鳴り始めた。

少女の呼吸が止まる。

――まただ。

自分が怒ったとき。怖くなったとき。物が勝手に動く。

そして――――

その先にあるものを、少女はもう知っている。

家族が死ぬ。

「無理やりでは駄目」

魔女の声だった。少女が顔を上げた。魔女は、少女だけを見ている。

少女だけを。

「力の行き先を決めて」聞いたことのある言葉だった。
小さな駒を前に、何度も失敗したあの日。
魔力に動かしてもらうのではない。力が進む先を、自分で決める。

少女はゆっくり息を吸った。目を閉じる。

聞こえる。

母親の声。父親の声。それでも、少女は呼吸だけを数えた。

一つ。

二つ。

三つ。

カタカタと震えていた鏡の破片が、少しずつ静かになっていく。

少女が目を開けた。

床は静かだった。何も動いていない。

できた。

ほんの一瞬、そう思った。
魔女の表情がわずかに緩んだ。

その変化を、女は見逃さなかった。

黒い革手袋をした手が、ゆっくり握られる。

「あっ――!」

母親の声。

少女の身体が跳ねた。

「やめろ!」

父親の叫び。

少女は壁の向こうを見た。

集中が切れる。

女が言った。
「あなたは一度、失敗している」

少女は動かなかった。

「また同じことをしている」

その言葉は、少女に向けられていた。

だが。魔女もまた、何も言わなかった。

少女は気づく。同じなのだ。

自分も。魔女も。失敗したのは、自分。
未来でその失敗を背負っているのも、自分。

カチ。

床から音がした。

鏡の破片が一枚。ゆっくりと浮き上がった。

少女の瞳が揺れる。

二枚目。

三枚目。

息が速くなる。

「私を見て」魔女の声。少女は顔を上げようとする。
だが、また壁の向こうから音がした。少女の視線がそちらへ動く。

「私に集中して」魔女が一歩近づいた。

少女は魔女を見る。ほんの一瞬だけ。

未来の自分。家族を失った自分。
自分がこれからなるかもしれない姿。

その向こうから、また両親の声が聞こえた。

少女の中で、何かが切れた。

床から、一斉に音が消えた。

静寂。

次の瞬間。

散らばっていた鏡の破片が、すべて宙へ浮かび上がった。

数十枚のガラスが少女を囲む。

月明かりを反射しながら、小刻みに震えている。

少女の髪が浮く。

黒い服の裾が、風もないのに大きく揺れる。

魔女が少女を見つめる。その光景を、女はただ静かに眺めていた。

少女は自分の手を見た。震えている。

止めようとする。力を押さえ込もうとする。

だが、押さえれば押さえるほど、鏡の破片の震えは激しくなった。

少女は魔女を見る。目には、はっきりと恐怖が浮かんでいた。

「止められない」

魔女は何も言わなかった。

少女の周囲で、鏡の破片がさらに激しく震える。

あの夜が。

まだ起きていないはずの悲劇が。

もう一度、始まろうとしていた。

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