
悪役令嬢の宮廷落語/アルゴリズム算盤(そろばん)
ごきげんよう、令嬢方。
最近、
庶民界隈でこんな噂を耳にいたしましたの。
「編集者がいなくなった」
「まともな編集者が絶滅した」
「お金を払わないとメディアに載らない」
なんて下品で、
なんて的外れな噂話でしょう。
でも、こういう“世間の誤解”をほどくのが大好きでしてよ。
では皆さま、
編集者が消えたのではなく、
“編集者が変質した”というお話、
長屋の皆さまの噺を借りて、お聞きあそばせ。
江戸は下町、裏長屋。
朝の井戸端で、
八五郎と熊五郎が、湯気の立つ味噌汁すすりながら話しておりまして。
「なぁ八、聞いたかい」
「なんでぇ熊さん、朝っぱらから眉間にシワ寄せて」
「最近よ、編集者ってぇのがいなくなったって話よ。
まともなのがいねぇ、金払わねぇと載せてくれねぇ、ってな」
八五郎が鼻で笑う。
「へぇ〜、そりゃまた景気の悪ぃ話だねぇ。
本だの新聞だのをこしらえる旦那衆だろ?
あれがいなくなったら世の中どう回るんだい」
そこへ、ご隠居が煙管をくゆらせながら近づいてくる。
「おやおや、朝から景気の悪い話だねぇ。
まぁ座んなさいよ、
いい話を聞かせてやるから」
「昔の編集者ってぇのはね、文章を直すだけじゃねぇ。
誰に読ませるか、
どんな順番で話すか、 どんな比喩で伝えるか、
どんな世間話にくっつけるか、
どう読ませりゃ一番響くか。
こういうのを全部、頭の中で組み立てる、
“文脈の職人” でござんした」
熊五郎が目を丸くする。
「へぇ〜、そりゃあ大工の棟梁みてぇなもんだ」
「そうそう。書き手の言葉を世間に通じる“噺”に仕立てる。
それが編集者の腕前でね」
「昔な、ある若ぇ書き手が“猫の話”を書いてきた。
『うちの猫が可愛い』ってだけの話だ。
そしたら編集者が言うんだよ。
『猫の話じゃ弱ぇ。
“猫を飼うと人生がどう変わるか”にしな。
読者は猫じゃなくて“自分”の話を読みてぇんだ』
若ぇのは言われた通りに直したら、
そいつが大当たりでね。
“猫”を“人生”に翻訳する。
これが文脈の職人の仕事でさぁ」
八五郎が感心して言う。
「へぇ〜、そりゃあ噺家の“枕”みてぇなもんだな」
「そういうこった」
「ところがだよ、今は違う。
編集者の上に“アルゴリズム”ってぇ機械の親分が、
どっかと座り込んじまった」
八五郎が首をひねる。
「アルゴリズムってぇと、あれかい?
算盤の親戚かい」
「まぁ似たようなもんだ。
クリックがどうだ、
滞在時間がどうだ、
SNSで伸びるかどうだ。
こういう“数字”が、噺の良し悪しを決める時代でね」
熊五郎がぼやく。
「そりゃあ、深ぇ話より、軽い話が増えるわけだ」
「そういうこった。
“人間の審美眼”より“機械のご機嫌取り”が優先されるんだ」
「でね、よく“編集者がいねぇ”って言うが、
腕のいい編集者が絶滅したわけじゃねぇ。
ただね、
広告が減った、
炎上が怖ぇ、
スポンサーがうるせぇ、
若ぇのを育てる余裕がねぇ。
こういう事情で、
“文脈の職人”が育たなくなっただけ なんだよ」
八五郎がため息をつく。
「そりゃあ、長屋の子どもが大工を習う前に、
親方が店じまいしちまうようなもんだな」
「で、その穴を埋めてるのが
“世間向けの口上を作る”ってぇ旦那衆でね。
今で言やぁPR会社ってやつだ。
ストーリーを作ったり、
世間話に仕立てたり、
炎上を避けたり、
メディアが拾いやすい形に整えたり。
これ全部、昔の編集者の仕事だ」
熊五郎が驚く。
「じゃあ“金払わねぇと載らねぇ”ってのは?」
「賄賂じゃねぇよ。
“文脈を整える手間賃” ってだけの話さ」
「昔は編集者が原石を見つけた。
今は違う。
noteだの、Xだの、YouTubeだの、
そういう場所で数字を出した人を、
編集者が後から“回収”するんだ」
八五郎が言う。
「つまり、先に自分で証明しろってことかい」
「そういうこった。
組織が冒険できねぇ時代だからね」
「だからね熊さん八さん。
今の問題は、
“編集者がいねぇ”
んじゃなくて、
編集者のOSが変わっちまった”
ってぇことなんだよ」
熊五郎がぽつり。
「そりゃあ、長屋の暮らしも変わるわけだ」
「変わるさ。
でもね、人が噺を求める気持ちは変わらねぇ。
だからこそ、
“文脈を作れる人”は、これからもっと大事にされる
そういう時代なんだよ」
ご隠居が煙管をトントンと叩きながら、
最後にこう言った。
「ま、こうして長屋で噺してるうちはいいがね。
今の世の中じゃ、
“文脈の職人”より“数字の召使い”のほうが出世する。
……だから編集者が減ったんじゃなくて、
編集者が“編集されちまった”のさ」
これこそ、現代の情報流通の悲喜劇。
どうぞ皆さま、
文脈を作れる者こそ、
これからの時代の貴族
であること、お忘れなく。
おあとがよろしいようで。