
悪役令嬢の宮廷落語(壱)/その「安心」は誰のもの? 〜看板を捨てた男の物語〜
ごきげんよう、令嬢方。
本日は少々――
この国に根を張る、
“めでたくない神話”についてのお噺でございます。
ええ、昔話の体裁を借りておりますが、
中身はなかなか、笑えませんのよ。
どうぞ、お気をつけて。
【辰っつぁん騒動】
昔ゃ「鶴は千年、亀は万年」なんてぇ、
めでてぇ神話があったもんだが――
今の日本にゃあ、
もっとタチの悪ぃ神話が居座ってやがる。
「大企業こそが正しい」
これがまぁ、若ぇ衆の威勢のいい芽を、
片っ端から踏み潰してやがるんだ。
あるところに、
「辰っつぁん」てぇ若ぇのがいてね。
腕はいい、頭も切れる、何より気風がいい。
アプリだのAIだのと、
ちょいとしたもんを一人でサクサク拵えちまう。
ところが、親父さんが古い人でね。
「辰、そんなもんはただの道楽だ。
男なら看板の大きな店に入ってナンボだ」
「大企業は正しくて、
盤石で、未来が約束されてるんだよ」
辰っつぁんも、
「へいへい、そういうこって」
と渋々うなずいて、
名前の通った大企業に潜り込んだ。
――ところが、だ。
「稟議に稟議の稟議に再稟議、
役員会に分科会に検討会に報告会、
コンプラにガバナンスにセキュリティに監査、
ベンダー選定に相見積もりに精査に差し戻し――」
「気がつきゃ仕事より“説明”の方が多くなってやがる
――そりゃあ何も進まねぇわけだ」
辰っつぁんが「これだ!」とアイデアを出す頃にゃ、
お天道様は西に沈んで、
世間は三周どころか五周も先を走ってやがる。
「てやんでぇ!
これじゃあ、新しいことなんて起きるわけがねぇや」
ぼやきも出るが、周りは冷てぇもんだ。
「大企業が正しいんだよ」
「個人の考えなんて危なっかしい」
「失敗したら、誰が首を差し出すんだ」
「責任が怖くて、新しい未来が作れるかってんだ!」
辰っつぁん、心の中で毒づくが
――声にはならねぇ。
そんなある日。
辰っつぁんは茶屋
……じゃねぇ、喫茶店で、
野良犬みてぇなフリーランスの連中と出会った。
「俺たち?個人でサービスを作ってる」
「金はねぇが、動きは疾風(はやて)より速ぇ」
「失敗?そんなもん朝飯前よ。
すぐ直せばいいんだからな」
辰っつぁん、目を丸くして。
「えっ、
お一人でそんなことができるんですかい」
すると一人が、ニヤリと笑いやがった。
「できるさ。
ただ
――この国じゃあ、
個人が何か作ると“変わり者”の烙印を押されるけどな」
その夜。
会社に戻れば、上司が涼しい顔で抜かしやがる。
「辰くん、例のWeb3プロジェクトだがね、
6000億つぎ込んだが成果が出なくてね」
「まぁ、大企業だから大丈夫だよ」
――これには、辰っつぁんの堪忍袋の緒がブチ切れた。
「大丈夫じゃねぇですよ!」
「個人なら100万でできることを、
なんで6000億もかけて、
ぬけぬけと失敗してんですか!」
上司は、動じねぇ。
「辰くん。
大企業はね、“正しい”んだよ」
「たとえ失敗しても、
その過程が“正しい”」
「それが“大企業神話”ってやつさ」
辰っつぁん、そこでようやく悟った。
「ああ
……この国で守られてるのは、
俺たちの暮らしじゃねぇ」
「“大企業神話”っていう、
古臭いお化けの方なんだ……」
翌日。
辰っつぁんは、
その立派な看板を蹴っ飛ばして、
会社を辞めた。
親父さんが驚いて聞きやがる。
「おい辰、
なんで辞めた!
あんな良い店を!」
辰っつぁんは、
雲ひとつねぇ空を見上げて笑った。
「親父、俺ぁどっかの神話を拝むより、
自分の腕一本を信じるほうが――
江戸っ子らしいと思ってね」
親父さん、
その背中を見送って、
ぽつりと。
「……お前、大企業の看板より、
でっけぇ面構えになったな」
「もっとも――」
「この国じゃあ、
“看板に守られてる顔”の方が、
まだ信用されるんだろうけどな」
【あとがき】
さて、令嬢方。
このお噺、どこまでが昔話で、
どこからが現実だったのか――
もう、お分かりですわよね。
人はよく申しますの。
「安定が大事」
「大企業は安心」
けれど、その“安心”とは何かしら?
本当に守られているのは、
働く人間の未来でしょうか。
それとも――
「正しいことにしておかないと困る仕組み」
の方でしょうか。
そして、もう一つ。
辰っつぁんは飛び出しましたけれど、
大半の人間は、あの場所に残ります。
ええ、責めるつもりはございませんの。
ただ――
「疑問を持たないこと」こそが、
もっとも都合のいい従順さであることは、
覚えておいて損はございませんわ。
……ふふ。
神話というものは、
信じている間だけ、効力を持ちますのよ。
さて、
皆様が今いらっしゃる場所は、どちら側かしら?
ごきげんよう。