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『残響郜垂ECHO』 第䞃話 雚の境界線

    第䞃話

    雚の境界線

     雚は、昚日より冷たかった。

     時蚈台の窓を叩く雫が、倜明け前の静けさを现かく刻んでいる。

     薄暗い宀内には、工具ず鉄の臭いが挂っおいた。

     巚倧な時蚈の裏偎。

     剥き出しの歯車。

     止たったたたの針。

     十二時䞉分。

     そこから先ぞ、もう動いおはいない。

     けれど、空気だけは倉わっおしたっおいた。

     たるで時蚈台そのものが、䜕かを埅っおいるみたいに。

     タクトは窓際ぞ立ち、濡れた街を芋䞋ろしおいた。

     䞋局区は今日も灰色だ。

     排熱。

     ネオン。

     遠くのサむレン。

     どこかで怒鳎る声。

     党郚、雚に溶けおいる。

     埌ろでは、゚ミルが叀い携垯端末を叩いおいた。

    「  繋がんない」

     苛立った声。

     端末を軜く振る。

    「たた統制局の制限」

    「倚分な」

     タクトは振り返らずに答える。

     ゚ミルは舌打ちした。

    「ほんず嫌い。あい぀ら」

     その声には、珍しくはっきりした怒気が混ざっおいた。

     タクトは少しだけ目を现める。

    「今さらだろ」

    「今さらでもムカ぀くもんはムカ぀くの」

     ゚ミルは乱暎に端末を床ぞ眮いた。

     金属音が小さく響く。

     郚屋の隅では、チカが毛垃に包たったたた座っおいた。

     膝を抱え蟌み、小さく瞮こたっおいる。

     癜い髪が俯いた顔を隠しおいた。

    「  チカ」

     ゚ミルが少し声を柔らかくする。

    「たた聞こえる」

     チカはゆっくり頷いた。

    「近い」

     掠れた声。

    「昚日より」

    「  冷たい」

     タクトが振り返る。

     チカは窓の方を芋おいた。

     正確には、その向こう。

     雚の郜垂の奥。

    「癜い音がする」

     その蚀葉に、宀内の空気が少し止たった。

     統制局。

     タクトの脳裏に、昚日芋た癜いコヌトの女が浮かぶ。

     感情のない目。

     芳枬完了、ず動いた唇。

     あれは譊告だったのか。

     それずも。

    「  少し出る」

     タクトがコヌトを掎む。

     ゚ミルがすぐ顔を䞊げた。

    「たた」

    「食料も枛っおる」

    「それだけじゃないでしょ」

     鋭い声だった。

     タクトは答えない。

     沈黙が肯定になる。

     ゚ミルは苛立ったように髪をかき䞊げた。

    「ほんっず䞀人で行くよね」

    「二人で動く方が危険だ」

    「だからっお――」

     蚀いかけお、止たる。

     ゚ミルは小さく息を吐いた。

    「  無茶しないで」

     その蚀葉だけが、劙に静かだった。

     タクトは少しだけ芖線を逞らす。

    「善凊する」

    「絶察しないや぀じゃん、それ」

     タクトは薄く笑った。

     本圓にわずかだけ。

     それを芋た゚ミルも、小さく笑う。

     チカだけが、ずっず窓の倖を芋おいた。

       ◇

     䞋局区の朝は、汚れおいる。

     タクトはフヌドを深く被り、雚の路地を歩いおいた。

     濁った氎溜たり。

     排熱ダクト。

     錆びた看板。

     空を芆う配線。

     湿った空気が肺ぞ匵り付く。

     だが、この臭いに安心する自分もいた。

     䞊局区は綺麗すぎる。

     あそこには、人間の枩床がない。

     角を曲がる。

     现い路地ぞ入った瞬間。

     タクトの足が止たった。

     雚音の䞭に、別の音が混ざっおいる。

     芏則的な足音。

     静かな靎音。

     ゆっくり近づいおくる。

     タクトは芖線だけ動かした。

     路地の先。

     癜いコヌト。

     昚日の女だった。

     レむンは傘も差さず、静かに立っおいる。

     雚粒が癜い肩を濡らしおいた。

     護衛ドロヌンが二機、埌方で浮遊しおいる。

     逃げ道はある。

     戊える距離でもある。

     だが女は動かない。

     ただ、こちらを芋おいる。

    「  尟行の趣味でもあるのか」

     タクトが䜎く蚀う。

     レむンは瞬き䞀぀しない。

    「芳枬です」

    「最䜎な趣味だな」

    「吊定はしたせん」

     淡々ずした声だった。

     感情が薄い。

     たるで機械みたいだった。

     タクトは壁ぞ寄りかかる。

    「で。統制局様が俺に䜕の甚だ」

    「確認です」

    「䜕を」

     レむンは数秒黙った。

     その沈黙すら、無駄がなかった。

    「あなたは危険ですか」

     タクトは思わず笑った。

    「今さら聞く」

    「回答を」

    「危険じゃなきゃ䞋局区で生き残れねぇよ」

     レむンは静かにタクトを芋る。

     雚音だけが二人の間ぞ萜ちおいた。

    「  あなたは」

     レむンがゆっくり口を開く。

    「感情䟵食に適応しおいたす」

    「は」

    「通垞、人は壊れたす」

     その声は倉わらず平坊だった。

    「怒り、恐怖、絶望。過剰なECHOぞ觊れ続ければ、粟神は厩壊する」

    「講矩なら垰るぞ」

    「ですが、あなたは壊れおいない」

     タクトの目が现くなる。

     レむンは続けた。

    「なぜですか」

     初めおだった。

     圌女の声に、わずかに“感情”が混ざったのは。

     タクトは答えない。

     答えられない。

     そんなもの、自分でも知らない。

    「  知らねぇよ」

     ようやく出た蚀葉は、それだけだった。

     レむンはじっずタクトを芋る。

     芳察するみたいに。

     解剖するみたいに。

     その芖線に、タクトは埮かな苛立ちを芚えた。

    「お前ら統制局は、人をそうやっお数字で芋るのか」

    「効率的です」

    「最䜎だな」

    「そうかもしれたせん」

     レむンは吊定しなかった。

     雚が匷くなる。

     遠くで雷が鳎った。

     その時だった。

     レむンの端末が、小さく震える。

     圌女は芖線を萜ずした。

     瞬間。

     衚情が初めお揺らぐ。

    「  反応」

     小さな呟き。

     タクトの眉が動く。

    「䜕だ」

     レむンは答えない。

     だが、その芖線は時蚈台の方角を向いおいた。

       ◇

     時蚈台の空気は、たた重くなっおいた。

     ゚ミルはチカの肩を支えおいる。

     チカは苊しそうに息をしおいた。

     癜い髪が汗で匵り付いおいる。

    「チカ、しっかり」

    「  やだ」

     震える声。

    「来る」

     黒い粒子が、たた挏れ始めおいた。

     ノむズ。

     䟵食。

     空気がざら぀く。

     ゚ミルは歯を食いしばる。

    「タクト  早く  」

     その瞬間。

     ――コチ。

     時蚈の針が動いた。

     ゚ミルの顔が凍る。

     十二時䞉分。

     そこから、ほんの少しだけ。

     さらに進む。

     同時に。

     チカが、びくりず震えた。

    「  癜い人」

     掠れた声。

    「もう、すぐそこ」

       ◇

     タクトは走っおいた。

     雚を蹎り䞊げ、䞋局区の路地を駆け抜ける。

     背埌ではレむンも走っおいる。

     だが敵意はない。

     奇劙な沈黙だけがある。

    「説明しろ」

     タクトが叫ぶ。

    「時蚈塔で異垞ECHO反応が急䞊昇しおいたす」

    「チカか  」

    「恐らく」

     レむンの声は冷静だった。

     だが、その歩幅だけが少し速い。

     焊っおいる。

     タクトはそれに気づいた。

    「お前  䜕知っおる」

     レむンは答えない。

     ただ、前を芋おいる。

     やがお。

     時蚈台が芋えた。

     雚の向こう。

     巚倧な圱。

     止たった時蚈。

     その瞬間。

     チカの悲鳎が響いた。

     タクトの顔色が倉わる。

    「チカ」

     駆け出そうずした、その時だった。

     レむンの足が止たる。

     圌女は時蚈台を芋䞊げたたた、初めお明確に動揺しおいた。

    「  そんな」

     掠れた声。

     タクトが振り返る。

     レむンは時蚈台を芋぀めおいる。

     その目に映っおいたのは、恐怖だった。

    「どうした」

     レむンは小さく銖を振る。

     そしお。

     雚音に消えそうな声で、呟いた。

    「  “噚”が、二぀ある」



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