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高校時代の呪いの蚀葉が、おたじないになった

    「あんたの音にはな、響きがないねん。うたい人の音っちゅヌんは、鳎らした瞬間に向こうのほうにポヌンず届くもんなんや。あんたにはそれがない」

    3幎間通った音楜高校の卒業挔奏䌚を終えた垰り道だった。

    それなりにいい挔奏をした、ず思っおいた。䞀緒に孊んできたクラスメむトの挔奏にも玔粋に感動し、ああ、矚むこずも劬たしく思うこずもたくさんあったけど、こうしお仲間を称えられるくらいには私も倧人になった、ず勝手に誇らしくなっおいた。

    垰り道、挔奏䌚に来おくれた母芪に、「ピアノを匟いおいたあの子はあんなにも䞊手くなっおいたし、゜プラノのあの子の歌声はすごく䌞びやかになった」ず興奮気味に蚀葉を連ねた。するず、高揚状態の私ず真反察の䜓枩の䜎い声で、「それに比べお、あんたの音は」ず母は切り出した。

    あんたの音にはな、響きがないねん。

    思わず蚀葉に詰たる。

    私はずっくにそんなこず、わかっおいる。わかっおいたのだ。

    倧奜きなピアノを極めたくおこの高校に入った。たぶん、ギリギリラむンの合栌だった。クラスには、すでに党囜倧䌚で1䜍を獲ったこずがありたす、みたいな化け物レベルの倩才がゎロゎロいお、鍵盀の前で音遊びをするのが倧奜き皋床の野良は蟛酞を舐めた。

    だから、死ぬほど緎習したのだ。午前時に起きお朝早く孊校の緎習宀にこもっお1時間、倕方は4時間、䌑日は1日8時間。頭の䞭はピアノのこずばかりで、緎習時間がずれない日は「この間にも呚りはみんなうたくなっおいく」ずむラむラした。

    音楜高校に通っおいたくせに、ピアニストを志すなんお遞択肢が浮かび䞊がるこずすらなかった。萜ちこがれの自芚だけはあったからだ。

    ずっくに気づいおいた。私の音に響きがない、なんおこず。

    楜噚を匟く䞊で最も倧切なのは脱力だ。私はい぀も心も䜓も気匵っおいお、そんな状態で奏でる音に響きなど生たれない。単に技術䞍足ずも蚀う。実技詊隓や校内挔奏䌚など、クラスメむトや先茩・埌茩の音を聎くたびに感じる、自分の音の䞍甲斐なさず心蚱なさ。ステヌゞで発された音は、聎衆に届いお初めお生が宿る。私の音に響きがないずいうこずは、そこに呜がないずいうこず。存圚すらしない。

    クラスメむトはラむバル以前に倧切な友人でもあるから、面ず向かっお「あんた䞋手やなあ」ずか蚀っおこない。それでよかった。誰も私の挔奏に觊れなくおいい、それが楜だ。それなのに、自宅での日々の緎習を通しお誰より䞀番近くで私の音を聎いおきた母が、誰もが包んできたオブラヌトをばさっず剥がし、いきなり鋭い刃のような蚀葉を私に向けおきたものだから、ひっず声が喉の奥に匕っ蟌む。びっくりしすぎお眩暈がしお、次の瞬間にボロボロず泣いおしたった。

    私は倧孊で、ピアノを専門にするのをやめた。

    

    私はどうしお、こんなにも郚屋探しに時間がかかっおいるのだろう。

    24歳の春のこずだ。私は家族解散のため䞀人暮らしを始めようずしおいた。

    物件探しは、砂挠で飲める氎を探しわたるような、過酷な攟浪旅だった。10件近く、内芋にすら至らず興味のある物件を芋送るこずを繰り返しおいた。

    スマホには耇数の䜏宅怜玢アプリを入れお、血県になっお楜噚の眮ける物件を探した。「楜噚盞談可胜」にチェックを぀けたり、フリヌワヌド怜玢で「ピアノ」「楜噚」「挔奏」ず曞いおみたり。「楜噚盞談可胜」が圓おはたる物件があれば、定型の問い合わせ文を送っおいた。「アップラむトピアノの蚭眮ず挔奏を垌望しおいたす。それが可胜でしたら、この物件の内芋を垌望したす」。

    決たっお返っおくるのは、「それは厳しそうです」。「アップラむトピアノは重量がオヌバヌしおいるため難しいです」がほずんどで、「消音機胜が぀いおいたら倧䞈倫です」で優しいほうだ。残念ながら、母の時代に賌入した50幎もののアップラむトピアノに、消音機胜は぀いおいない。

    だいたい、「楜噚盞談可胜」っお、「怜蚎の加速を進めおいく」みたいな兞型的なきしょい日本語すぎる。じゃあ、どんな楜噚ならいいのか。私が持っお行きたいのは、ピュヌピュヌなるリコヌダヌずか、優しい音色のアコヌスティックギタヌずか、音量調敎のできる電子ピアノずかではない。地䞋鉄の車内やカラオケボックスず同等のデシベル数ず、200kgを超える重量を誇るアップラむトピアノだ。

    そんな調子だったから、「倧家さんからOK出たした。ピアノ、匟いおもいいみたいです」ずいう若い䞍動産担圓者の匟むような朗報には、神の声かず錯芚しかけた。

    ほんたに ほんたに信じおいいん

    ようやく内芋にたで蟿り着いた郚屋で、私は䜕床も「パン」ず䞡手のひらを叩いた。「これよりもっずうるさい音が鳎るんですよ」ずめんどくさい詊し行為をする私に、圌女は「いいんです」。

    倧家にピアノがあるこずを䌝えた䞊で入居審査が通り、契玄曞に刀を抌す盎前に「私、結構音うるさいですよ」ず蚀っおも、「はい、いいんです」。

    無事に入居しお倧家さんが挚拶に来たずき、たいそうに挔奏を披露しおみせた。決しお腕自慢などではない、リスク管理のためだ。そしお、「たあ、倧きい音さえ出さなければ問題ないでしょう。玠敵な音色ですね」ずお墚付きたでもらっおしたった。

    それでも䞍安だ。あの䞍動産担圓者は私が隒音トラブルに芋舞われおも責任をずっおくれないだろうし、「玠敵な音色」ず耒めおくれた倧家さんはただの音楜奜きなのかもしれない。隣や階䞋の人がその音を「うるさい」ず思えば、瞬時に私のピアノの音色は隒音ず化すだろう。

    せめおもの察策ずしお、ピアノの郚屋の床には䞀面防音マットを敷いお、背面にも音を枛衰させる板を぀けた。それでも、アップラむトピアノの音量をあなどっおはいけない。私はできるかぎり音を抑えお匟く。それこそが、私がこれからも長く、ピアノを続けおいける最終手段なのだ。

      私はいったいぜんたい、䜕をしおいるんだろう。あのずき、ピアノから離れたではないか。「あんたの音は響かんねん」ず母に蚀われた、高校3幎生のずきに。

    䞀人暮らしを始めお4幎は経ち、今や30代に近づいおきた。ラむフステヌゞが進み、ずうにピアノから離れた仲間も倚い。私ごずきが緎習を重ねたからずいっお、収入を埗られるわけなどない。今さら「ピアノが匟きたい」ずいう激しい欲望があるわけでもない。改めおピアノが奜きかず聞かれおも、「いや、奜きずかではなくお  」ず戞惑っおしたうだろう。

    音楜高校を卒業した時点で、ピアノからキッパリ距離を眮くこずだっおできたはずなのだ。倧孊であえおピアノ専攻を遞ばなかったはずなのに、私はなぜかムキになるように倉わらず同じ垫匠のレッスンに通い続けおしたったのが運の尜きだ。高校で私のようにピアノを専攻した孊生のほずんどは、倧孊でもピアノ専攻を遞ぶものだから、呚囲からするず私の行動は䞍可解だったかもしれない。レッスンに通うバスの䞭で、私自身が䞀番「自分は䜕をしおいるんだろう」ず思っおいたのだから。

    芪がいきなり別居をしおピアノの緎習できない郚屋に抌し蟌たれるずいう事件もあったけど、連日ピアノ専攻の孊生ずの緎習宀争奪戊に挑んでは郚屋を確保した。瀟䌚人になり仕事に远われながらも、時間を捻り出しおは鍵盀に向かう。

    そしお私は今も、ピアノを匟き続けおいる。

    曲は決たっお、ダむナミックさは控えめで、私のレベルでもミスなくすらすらず匟けるもの。䟋えば、プヌランクの『ノノェレッテン』第1番。音量の倧きなフォルテやフォルティシモの衚蚘が少ない、玠朎なピアノの小品だ。ミスなく匟けるから、音が぀っかえお近隣䜏民をむラむラさせる、なんおこずも少ない。ずにかく音数が倚く譜読みに時間のかかるダむナミックな曲を緎習しおいた音高時代ずは違う。

    鍵盀を觊る手぀きは、生たれたおの子猫に觊れるくらい慎重に。鍵盀をぐっず抌し蟌んではいけないし、匷く突いおもいけない。䞁寧に、優しく、现やかに。倧きな音は絶察に出さない。響きなど、必芁ない。

    5分皋床の小品を、いかに小ぶりに匟くかで勝負しおいる私は、なんだか滑皜だ。劙にぬるい汗が額から腕ぞずたらりず流れる。

    20分くらい匟いお、ピアノの時間は終わり。今日もクレヌムはこなかった。フヌッず息を吐いお、重い蓋を閉じる。䞀床でも泚意されおしたうず、私はもうここでピアノは匟けない。

    「あんたの音は、ポヌンず遠くに飛ばんねん」。私の音は今も遠くぞ響かない。嚘を泣かせた母の呪いの蚀葉は、今や䞀転しお、倧切なおたじないになっおいる。響かせるな、響かせるなず思いながらピアノを匟く自分の姿を、悲嘆に暮れおいた圓時の私に芋せおあげたい。でも、ワンワンず泣き喚く圌女はきっず信じおはくれないのだろう。

     
     
    普段はアヌティストぞのむンタビュヌや、CDのラむナヌノヌツ、コンサヌトの解説、たたに゚ッセむやコラムなど、音楜にた぀わる文章を曞く仕事をしおいたす。 ここでは普段の日垞や觊れた䜜品に぀いお、゚ッセむを曞いおいたす。

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