
アイの葬送
・この作品の主な登場人物
夫 ・・・アンドロイドを「妻」と呼び、その葬儀を強行する。
開発者 ・・・人工脳を開発した学者で、夫が「妻」と呼ぶアンドロイドに
も関与をしている。男性。
研究員 ・・・ロボット研究を行う工科大学の研究員。開発者との浅からぬ
因縁があるようだ。女性。
葬儀屋 ・・・今回の騒動に巻き込まれてしまったかわいそうな葬儀屋。
医師 ・・・一連の騒動に裏で奔走していた人物。男性。
・あらすじ
物語はある男の手紙から始まる。
「妻が亡くなりました。彼女の葬儀を行います。」
遡ること数日、男に呼ばれた葬儀屋は冷や汗をかいていた。男が妻と呼ぶ
ソレは明らかな金属製の骨格が見える損傷をつけた機械であった。
かろうじて人の形ではあるが、作り物じみた皮膚と剥き出しの配線はソレが人でない事を示している。玄関先では、開発者を名乗る男が頻りに戸を
叩き、男の傍らには、抗議文や役場からの封筒が山積みになっている。
前例のないアンドロイドの葬儀は一体どうなっていくのか、
そして彼女の死の真相は・・・?
・本編
第一幕
海辺を望む小高い岬。そこにこぢんまりと佇む葬儀場。
そこでは今まさに葬儀の真最中であった。
葬儀場の奥にぼぅっと立つ男の顔には、哀しみとはまた違った
仄暗い翳りが湛えられていた。
辺りは空席が目立ち、故人の生前について邪推をせずにはいられない。
そんな様相の中、喪主らしきその男が口を開いた。
夫 前略、妻がこの世を去りました。生前はよく、小旅行に出ては、手に
収まるほどの幸せを見つけ、私へとはにかんで見せてくれた彼女は、
もうどこにも居ません。
彼女との思い出深いこの地で、葬儀を執り行う事にしました。
つきましては…。
遡る事、数日。
夏の気配が薄らと気配を感じ始めさせた晩春の日暮れ彼は電話帳の冠婚葬祭の欄に載っていた葬儀屋へ手当たり次第に電話をかけていた。ごく平凡な男の、ごく平凡な悲劇には、少しばかり非凡と呼ぶ他ない「事情」があった。そのせいでもう何社も門前払いを受け、彼の表情にはどこか疲弊と焦燥が見えはじめていた。
夫 あの…。
葬儀屋 お電話ありがとうございます。白鹿(はくろく)葬儀社です。
夫 あの、妻が亡くなりまして…
葬儀屋 ・・・左様でございましたか。心よりお悔やみを申し上げます。
そうですね・・・。そうしましたら、本日中にご自宅の方へ
伺わせていただくという事でよろしいでしょうか?
夫 はい。あの、実は…
葬儀屋 それでは、ご住所を…。
矢継ぎ早な葬儀屋の応対に肝心の事情を話す暇さえ与えられぬまま、言葉もおぼつかず、しどろもどろなりながら住所を伝えると、ものの数十分で家の戸が叩かれた。
夫 どうぞ。
葬儀屋 改めまして、この度は…
夫 あの、少し私も混乱していまして。
葬儀屋 はあ。
夫 こういう場合は、その…どうする物なのでしょう。
葬儀屋 旦那さま、一度おちつきましょう。この状況では誰しも取り乱して
当然です。私どもにどうぞ、お任せを。
葬儀屋は、丁寧に靴を正して、居間へ入ってきた。
部屋は白を基調として、二人分のダイニングテーブルとイス。
そこには花瓶があって、それは随分と埃をかぶった造花が差してあった。
男が遅れて入ってくる。葬儀屋が奥に横たえられた妻の顔を見る。
それから振り返り、傍らの鞄から資料を取り出して、机の上に置いた。
葬儀屋 改めまして、この度は誠にご愁傷様でございます。心よりお悔やみ
を申し上げます。お気持ちが晴れぬ中ではあるかと思われますが、
式に際してお伺いをさせていただきます。
夫 よろしくお願いします。
葬儀屋 お弔いに際する方式、ご宗教は何かございますでしょうか。
夫 分からないです。
葬儀屋 どなたか分かる方は、いらっしゃいませんか。
夫 えっと。…いや、居ません。
葬儀屋 そうなりますと、我々からご提案が出来るプランは無宗教葬の形と
なりますが、よろしいでしょうか。
夫 そんなのが、あるんですね。
葬儀屋 頻度は少ないですが、近頃選ばれる方が増えたように思います。
夫 それだと助かります。
葬儀屋 では、無宗教葬のプランでご提案をさせていただきます。
まず「スーパーコンパクトプラン」
次に「ハイパーシンプルプラン」
最後が「鎮魂のッウルトラ弔ったろかプラン」です。
夫 え?
葬儀屋 はい?
夫 あの、何と?
葬儀屋 はい、スーパーコン…
夫 最初のじゃなくて、最後の
葬儀屋 えー、鎮魂のッウルトラ弔ったろかプランですね。
夫 その、ウルトラ…
葬儀屋 『鎮魂の』(指差し)ですね。
夫 だから、この鎮魂のウルトラ…何ですか?
それはどういったプランですかね…。
葬儀屋 こちらのプランが、近辺の海辺にて、提携しております会場で火葬
までを執り行いまして、その後、お骨と供に列車で北へ向かい、
我々がご用意したパワースポットで樹の苗と埋葬させていただく
プランとなります。はい。
夫 …。
葬儀屋 さらに上のプランも…。
夫 …プランで。
葬儀屋 はい?
夫 シンプルプランで。
葬儀屋 かしこまりました。
では、このハイパーシンプルプランで承ります。
夫 それで、その・・・質問良いですか。
葬儀屋 はい。
意を決して男は、横たえた妻に掛けられた布をはらりとめくり上げる。
そこには左の脇腹から右の腰辺りにかけての大きな裂傷と、そこから覗く
金属と被覆線も剥げたコードが乱雑に引きちぎられたかの様相でとび出した光景だった。
夫 彼女・・・いや、妻はその、一般的な人、とは違うと思うのです
が、可能なんでしょうか。その…
葬儀屋 ・・・そうですねぇ。少し、考える時間をいただいても…?
目前の事態に心が追いつかぬ様子でへたり込んだ葬儀屋と、
対照的に酷く冷静な表情になった男は、妻にいま一度布をかぶせ裾をきれいに繕うと、また諦めるようにため息をついた。
と、そこへ激しく戸を叩く音がする。
開発者 (戸を叩く)おい、開けてくれ。
家の前に車があるようだが、そこに居るんだろう?
話があるんだ。私も入れてくれないか。
夫 (ボソッと)・・・しつこいな。
葬儀屋 あの、出ないんですか?(つられてボソボソと)
夫 気にしないでください。
葬儀屋 えぇ…。はい・・・。
開発者 いつまで、こんな所で立て籠ってるつもりなんだ。
私を入れてくれれば手を尽くして、また再生できるように
取り計らおうじゃないか。どうだ、君にとって救いになるのは、
また彼女との日々を取り戻す事じゃないのか。
夫 ・・・。
開発者 家の前の車。あれはなんだ?君は今、何をしでかそうとしている?
夫 ・・・。
開発者 頼む、誰も君を責めたりしない。だから、考え直してくれ。
葬儀屋 あの、話が見えないんですが・・・。
夫 妻の・・・彼女の開発者なんです、あの人は。
葬儀屋 はぁ、奥様のカイ、ハツ、シャ・・・ですか。
夫 えぇ、彼は人工知能の権威だったそうです。訳あって今はその業界
から追い出されてしまったようですけど。だから彼にとっては名誉
を取り戻すチャンスでしかないんですよ、彼女の死は。
ポストに何かを入れる音。
開発者 読むだけは読んでおいてくれまいか。私なりの誠意は尽くすつもり
なんだ。後は君の気持ち次第でしかないが・・・また来る。その時
までに君が少しでも冷静になる事を願ってるよ。
男は玄関へと向かい、封筒を持って戻ってくる。
そして、戻ってくるなり部屋の隅へと乱雑に放り投げた。
ふと視線をその先へやると、そこには様々な書簡が山になって
積もっている光景があった。葬儀屋が目を凝らすと、かろうじて
抗議、不法投棄、区役所などの文言が見えた。そこに先の茶封筒が
自重で滑り落ちて、いずれも判読できなくなってしまった。
夫 ・・・すみません。今日のところは、帰ってください。
葬儀屋 え?、あぁ、そうですね、分かりました。一度持ち帰って各方面に確認を取った上で、今一度まいりましょうか。
夫 本当にご迷惑をおかけします。
葬儀屋 いえいえ、はは・・・(苦笑)
葬儀屋を玄関まで送ると、男は戸をピシャリと閉めた。
それから、静かに鍵をひねる男。その顔は先程の熱の感じぬ表情より
少しばかり綻びを見せ、重い足取りで居間に戻ってくる。
そして、戻ってくるなり、男は妻の傍らへと座り込んでしまった。
夫 君はまた、僕に会いたがってくれるんだろうね。きっと。
僕も最初はそう思っていたけれど、君が・・・君の言葉が頭の中を
埋め尽くしてしまって。君は口癖のようにこう言っただろう。
「貴方と同じように」って、どこへ行くにも、何をするのにも君は
そういって僕に合わせてくれていた。だけど・・・、これだけは。
これだけは一緒じゃダメなんだ。
「また、会いたいよ・・・。」
男は項垂れ、すすり泣く。
ヒールが硬い床に突き刺さらんばかりに強く鳴り狂う音が廊下に響く。
スーツ姿に結い上げた長髪、片手には分厚い資料を抱える女性が椅子へと
ズカッと音を立てて座った。そして、目一杯に息を吸いこんだかと思えば、それはそれは、長い溜息を吐くのだった。
研究員 “プロジェクトはいたって順調”そうでしょう?なら、この報告書は
一体何?この予算の見直し案って項目、私の見間違いかしら?
あのねぇ・・・、成果は例の再生エネルギーなんとかの数億倍は
出しているつもりなんだけど…?(着信)
なに!!今、忙しいんですけれど・・・
え? えぇ、構いません。すぐにお通ししてください。
女は電話を切ると、人払いよろしく手をひらつかせ、咳払いを一つ。
すると、間もなくそこに男が入ってくる。それは件の開発者であった。
開発者 ・・・
研究員 ・・・。
開発者 ・・・やあ。
研究員 ・・・。
開発者 長らく、だな。
研究員 ・・・。
開発者 悪かったとは思ってるさ。何せ…
研究員 一体、どこまで逃げてらしたんです?
開発者 別に・・・。君らを監視できるくらいには近くには居たさ。
研究員 それで? 今日は研究データでもお返し頂けるのかしら。
開発者 まだそんな事を言っているのか。ここで私が研究に協力していたの
は、私の研究が必要だと嘆願されたからだったはずだ。それが蓋を
開ければ、研究に加わる以前の研究データまで寄越せと来たもんだ
研究員 理論だけなら人工脳は空想の産物に他なりませんでした。それを私
が実現可能段階まで押し上げたんです。研究機関の協力なしに貴方
が人工脳を完成させたと思っているんですか?
開発者 あれは、私が長年…
研究員 出資したのはウチの機関ですよね。器となったアンドロイドの素体
にしたって、私たちの研究室が運用試験を受け持っていたから、
貴方でも盗m…触れることの出来る代物だったんですよ?
開発者 あぁ、もう分かった。データは、貴様らに全てやr・・・返す。
研究員 あら、意外。・・・貴方をそうさせるまでの事が何か?
開発者 そうだ、それが本題だ。力を貸してくれないか。このままでは
彼女が、その、なんだ。燃やされる事になる。
研究員 も、え?
開発者 彼が長い沈黙を破り、彼女を人間同様の方法で葬ろうと画策してる
ようだ。葬儀屋が出入りしているのも確認した。そう悠長に構えて
はいられない状況だぞ。
研究員 正気じゃないわ。アレは私達が彼に貸与した様なものでしょう?
それを、そんな事してただで済むと思ってるんですか?
開発者 だから、私も止めたいんだ。それに、彼女はまだ生きている。
研究者 ハァ、大体、元はといえば貴方が・・・。いえ、私も彼の身の上を
知った上で目を瞑ってきた事です。分かりました。とりあえず私も
同行しますから、もう一度彼の所に向かいましょう。
女は身を翻すようにして支度を始め、男は早々に部屋を去った。
女は、ふと資料の山から出た紙に目を留める。数秒の沈黙の後それを
手に取ると、四つ折りにして懐へと入れ込んでその場を後にした。
短い電子音が鳴ると、番号が読み上げられる。
休日の役所は人でごった返し、とても余裕がある状況には見えない。
その一角に夫の姿はあった。
職員 五〇一番の方。コチラへどうぞ。
夫 すみません。
職員 本日はどういったご用件でしょう。
夫 えっと、これなん…
職員 はい。死亡届と・・・。こちらは。
埋火葬許可証の発行のお手続きでよろしいでしょうか。
夫 え、あ、はい。
職員 書類を拝見いたしますね。
夫 ・・・はい。
職員 ・・・(ペラペラ)
夫 ・・・。
職員 ・・・(ペラペラペラ)
夫 ・・・。(咳払い)
職員 はい。・・・お返しします。
夫 え。
職員 こちらの右側にお医者さまの書く欄がございますので、記入をしてい
ただいて、改めてのご申請をお願いします。
夫 あの。
職員 五〇二番の方~。コチラへどうぞ。
夫 あのっ!
職員 番号を取ってお待ちください。
夫 ・・・・・。
男は番号札を取って座る。
開発者 (戸を叩く)おい、居るんだろう。出てきてくれないか。
研究員 いつも、そんな感じなんですか。
インターホン押せばいいじゃない。
開発者 それで出れば、私だってそうしている。
電子音が鳴る。
職員 五三〇番の方。
夫 あの相談が…
職員 本日はどういったご用件でしょう。
夫 この書類なんですけど
職員 拝見いたします。
夫 いや、あの…
職員 ・・・(ペラペラ)
夫 相談したいことが…
職員 ・・・(ペラペラペラ)
夫 ・・・。
職員 はい。お返しします。
夫 それで…。
職員 コチラの右側にお医者さまの記入欄がございまして、ココを記載の上
改めてご申請を願います。
夫 ですから、ご相談を…
職員 相談窓口は、三階突き当りの左手にございます。五三一番の方~。
男は力なく遠くを見つめる。
葬儀屋 はい。そうなんですよ。残った物の処理についてなんですが、現状
故人?を構成しているものが何か分かりませんので・・・。
あ、ちょっと後でかけ直します。(チラッ)
研究員 おい、開けろっ!!(戸を叩く)中に居るんでしょう!?
開発者 流石にもう居ないんじゃないだろうか。そろそろ・・・、あ。
葬儀屋 あ。・・・えーっと・・・。
開発者 貴様が例の葬儀屋の奴だな?
研究員 失礼ですよ。初めまして、総研の者です。
こちらは、明都工科大学研究室の…
開発者 そんなことはどうでもいい。奴は、ここの住人の男はどこだ。
葬儀屋 それは、私には分かりかねます。はいぃ。
研究員 彼は、その、一体どんな予定だとかは分かりませんか?
葬儀屋 予定、ですか・・・。本日は、私も急遽やってきたもので。
開発者 葬儀はするんだろう?なら、その辺りのこと知らないのか。
葬儀屋 えぇ・・・プランという事でしたら・・・。
電子音。
夫 あの・・・。
職員 本日は、どんなご相談でしょう。(先の職員と同一人物)
夫 え?
職員 この時間からは、私が対応いたします。
夫 ・・・えっと、妻が亡くなったのですが、その、込み入った事情が
ありまして、それをご相談したいんです。
職員 事情、ですか・・・。
話せる範囲で構いませんので、お聞かせ願えますか?
夫 はい。私の妻は、その…
男は訥々と妻に関する事情を語りだした。
葬儀屋 あ、え~と、開けんか~い。
開発者 やる気あるのか。
葬儀屋 いや、僕は別に急いでないんですよ。
研究員 そうですよ。もうお帰り頂いていいんですからね?
葬儀屋 そうなんですが、私共といたしましても確認事がありまして…。
あ。そうだ、コチラの奥様についてお聞きしてもいいでしょうか。
開発者 なんだ、興味があるのか。
葬儀屋 いえ。身体が何製なのかをお聞きしたいのですが。
開発者 なんだ、そんな事か。
研究員 それは、私が話すのが良さそうですね。彼女の体組成ですが…。
女は、丁寧な口調で説明をし、葬儀屋は忙しくメモを取った。
職員 ハイドロキシアパタイト・・・ですか。
なるほど、水酸燐灰石の事ですね。確かに、人工骨の移植患者の方で
火葬を認めた実例はありますが・・・。それが金属部も含む全身が
ソレとなりますと少々許可にも時間がかかるかと。
夫 何とかなりませんか。
職員 ・・・。こちらとしても正規の手段で、葬儀の手続きをして頂く
他ない。というのが答えになりますね・・・。
夫 ・・・分かりました。もういいです。
男は懐から電話を取り出すと、その場を足早に去っていった。
季節はまもなく春を迎えようかという木漏れ日暖かな日暮れの中。
男は河辺に面した公園で一人、ベンチに座してどこかへ電話をかけていた。
夫 お久しぶりです。あの時以来・・・ですか。
電話先の相手は無言を貫いた様子で、微かに嫌悪感のあるため息だけが
聞こえた。男の方もどこか重たげな口調で話を続ける。
夫 もう辞めにしませんか。
僕と貴方でしでかした事は、悪魔の取引だったんですよ。
これ以上、妻の命を弄ぶような事したくないんです。
大人しく僕の言う事に従ってください。
・・・お義父さん。
電話先では、また小さくため息が聞こえた。
男は、深く項垂れると電話口で何かを告げ、電話を切った。
そして、立て続けに電話をかける。
夫 (コール音)・・・もしもし。葬儀プランを変更したいのですが。
辺りは静けさと共に、一層暮れて街灯がちらほらと灯り始めていた。
薄暗くなる空の端で妙に明るく満月だけが光って見えた。
開発者 (戸を叩く)なあ、あれから何日居留守を決め込むつもりだ。
かれこれもう四日になるぞ。そろそろ待っているのも阿呆らしく
なってきた。今日こそは強行手段に出させてもらうぞ。
そう言って勢い良く手をかけたノブは、呆気なく回りスーッと扉が
開かれた。訝し気に顎を撫ぜながら中へと入った男の前には、白い机
と、その上にある空っぽの花瓶だけがあった。部屋の四つ角へと目を
やっても人の気配どころか、ものの一つ無くなっていた。
開発者 どうなっているんだ。一体・・・
(暗転)
第二幕
小気味よい揺れにあわせ跳ねる車窓の都市は、暗転を繰り返す内に
見慣れぬ海辺の駅へと辿り着く。あれから少し日は過ぎ、行方も動向も
分からずの夫から一通の手紙が届いた。
閑散とした駅前へと、降り立った女の手には、件の手紙がにぎられている。ふと、今にも走り出しそうなタクシーに手を挙げたその刹那、海風に呷られた手紙が音をストンッと立てた。
開発者 しっかり持っておけ、馬鹿者。これが無ければ、足を運んだ意味が
ないぞ。全く、一体どういうつもりなんだ、奴は私たちをわざわざ
呼び寄せて何がしたい。
研究員 この状況だけで見るなら、どうやら今日、彼女の葬儀が執行される
ようですが・・・。(手紙を受け取り) どうも、先生。
開発者 兎も角だ。行って真意を問う他あるまい。
引き止めたタクシーに手早く乗り込むと、タクシーは海沿いを岬へと向けて走りだした。田舎特有の未だタバコの臭いの染み付いた車内で、二人は沈黙の中で互いに苦々しい表情で外を見ていた。
やや勾配が出てきた頃。
岬を臨む会場が目前へと迫ると、女はその光景に違和感を覚えた。
研究員 どうなっているんでしょう。
こんな人数を呼んでの葬儀なんて・・・まるで。
開発者 だいたい察しはついた。ほら、気付かれる前にいくぞ・・・。
会場には、機材を携えた面々も見え、中へと入ると、大きなカメラが後方に所狭しと並べられている。
開発者 ふん。やられたな。
研究員 え? それ、一体どういう事ですか。
開発者 私達が下手に動けぬよう、何かネタでも売り込んだんだろう。
研究員 彼自ら、マスコミにですか。彼は彼女の死を・・・。
彼にとって、彼女は…そんな…
開発者 それ以上は、慎むべきだ。まったく誰の入れ知恵だ。こんな事
医師 私だよ。
開発者 っち。・・・アンタ程の男が、まさか奴に絆されちまったってか。
医師 ・・・。元より私は、あの子を第一にと考えているつもりだよ。
開発者 ほう。あの日も同じ台詞を吐いたな。一体どれを信じればいい?
研究員 もうやめてください。私には、一体どうなっているのか・・・。
開発者 はぁ。騒いだ所で何も変わらんか。こうなった以上、私らは腹を
括る他ないようだからな。
研究員 式を見守るしかない。と、そういう訳ですか。
だとしても、こんなに辺鄙な所へ、なぜ・・・。
医師 そうか。君達は事の始まりまでは知らぬわけだな。
研究員 始まり・・・ですか。
医師 そう、あれは君らが関わる少々前の事だ。あの子と彼はここに来て
いたんだ。私の妻の葬儀でね。
数年前。同葬儀場にて。
海からの潮風が吹き付ける中に一人、彼女から少しばかり離れた
テラスで男は腰をかけて彼女の様子を見ていた。
医師 おや、ここに居たか。随分探したよ。
夫 この度は…。
医師 君には、苦労をかけたろう。あの子は、私に弱音を吐かないからね。
夫 いえ。私にもあまり、相当堪えてはいるはずなのに。
だから、僕に助力できたことなんて、このくらいです。
医師 そんな、充分に助かったよ。
夫 いえ、全然です。
医師 あの子は、妻を亡くしてからの私の姿を見てか、無理に気丈なフリを
し、訥々とやるべき事をこなしてくれていたようだった。だが、心の
内では今も、離別の悲しみを拭えずに居るのだろう。
あの子は私なんかより母親にベッタリだったからね。
夫 そういう質なのでしょう。だから、分かったつもりで良いんです。
僕ができる事は、それだって思って寄り添うくらいは出来るから。
医師 ある時、ポツリとあの子に言われたんだ。
「もしも私が居なくなる事になったら、どんな手を使ったとしても
必ず、パパと彼の前に戻ってくるんだから。」ってね。剰え私にも
強制させようと強制させようとするものだから。私に対して、その
言葉を口にするのがどういう意味を持つか。なんて聞けそうもない
気迫だったよ。
夫 彼女がそんな事を…。
現在。葬儀場の片隅。驚いた表情の女と呆れ顔の男。
研究員 じゃあ、その言葉を鵜呑みにして、彼女を…。
開発者 だとすれば、とんだ片棒を担がされたものだな。亡くなった娘を
神をも恐れぬ実験の被験者に仕立てるとはな。
医師 全て彼女を想ってのことだった。まさか、あんなに早く決断を
迫られる事になるとは思わなかったが。
数年前。彼女の母の葬儀から数か月後の事。
慌ただしい病院内。そこに血相を変えた男が飛び込んでくる。
夫 すみません。彼女の病室は…。早くっ!…ありがとうございます。
(間)
…お義父さん?どうして…。
医師 すまない。
夫 何を。
医師 本当に、すまない。
夫 何を、言ってるんですか。
医師 …。すまな
夫 何か言ってくれよ。彼女は、僕の妻は、どうなるんですか。
医師 中央医科大の研究室へと運ぶ。
私は娘との約束を守らねばならない。
病室へと辿り着いた男の前には医師と数名の白衣姿の人物がいた。
彼女の体は大仰な装置に横たえられ、白衣らが運び出す最中であった。
夫 彼女は。どうして・・・
医師 土砂を積んだトラックが制御を失い側溝を越えて突っ込んだそうだ。
夫 なんで・・・。なんで妻が・・・。
医師 現場に居た者の話では、正面にいた母子を咄嗟に庇ってはねられた
そうだ。その際、左脇から斜めに車体にぶつかり、内臓が もう…。
運ばれて来た時には息があったが、十数分で心肺が停止した。
娘の行為はどうしたって咎めようがない。誇るべきことだ。
そんな事は分かってるんだ私だって・・・。
夫 そんな・・・。
医師 息も絶え絶えに娘は私を見るなり、あの日の事は冗談でも何でも
ない。と、次第に弱っていく握力の中、私の手を堅く堅く握って
言った。私は出来得る全ての手を尽くしたが、娘は…。
夫 だからって、こんな事。
医師 君はここからは付き合わなくたって良いんだ。
あの父親は気が狂れたんだとでも言って遠ざけてくれればいい。
ただ、私にはあの子の心を、あの鬼気迫った瞳を無下にすることは
出来そうもない。
夫 それは・・・。それは、僕だってそうです。
医師 いいんだね。君はまだ引き返せる道もあるだろう。
夫 その道もあるでしょうね。
医師 ・・・?
夫 でも、共に歩むはずだった道はもう無いんです。
それでも、進んだ先に彼女の想いが残っているなら、僕は進みます。
医師 ・・・。急ごう。
医師が淡々と語り終えると、開発者は目を血走らせて口を開いた。
開発者 そして?賽は投げられた、と? 彼女が望むなら、悪魔の取引をも
厭わないのが親の情だと。そう言うつもりか?
医師 そういう事だ。
開発者 私が呼び出された頃には、彼女から彼女と言える意志はなかったの
だがな。まあいいさ。それでも、私の長年の研究が日の目を見るの
だから、これで学会に対し私の力を、正しさを証明できると喜んで
いた。そのはずだったのに。
研究員 公表されませんでしたからね。
開発者 ・・・君も知っていたのか、全て。
研究員 えぇ、まあ。貴方が彼女の生体脳を人工脳へと置換していた最中、
私の研究室からあの素体が消えたんですから。貴方が出来ないこと
などとっくに承知の上で事態を見ていました。
開発者 私が名指しで、必要だと要請したんだ。だがその際に、一体どんな
プロセスを踏んだかなど把握してはいないさ。承認を得られたとも
当然思ってなどいなかったが、しかしそれなら何故、私一人に矛先
が向いた?
研究員 それは・・・。
医師 人工骨格及び、義肢の開発研究への助成を行ったんだよ。私がね。
さしあたり、口止め料といった所かな。
それで私のしでかす事に目を瞑ってもらった。
開発者 はっ、ハハハ・・・それは散々な筋書きだな。
私の研究をいいように使い、研究機関を口止めする暴挙で私の人生
を滅茶苦茶にしておいて、挙げ句に彼は彼女を弔うのと同時に私ら
諸共、悪魔を断頭台へ送ろうってのか。
医師 少しばかり君は思い違いをしているようだが、彼は私らを告発する
気など端からないよ。彼はあの子の事を隠匿して世界で初めて機械
を伴侶とうたい弔う奇人としてメディアに載るだろう。
君たちの妨害抑止の苦肉の策ってところかな。
医師 君らはようやく世間に周知されるだろう。
神に成り代わった悪魔か。将又、生命の次代の開拓者か。
もう誰にも止める術もないだろう。
ただ成り行きに身を任せようじゃないか。
第三幕
夫 本日は、お集まりいただき誠に感謝しております。私の妻である、
自律制御型アンドロイド「トワ」の葬儀を始めさせていただきます。
男はどこか柔らかな笑みで、それでも深く哀しみを湛えた顔で式を進めた。男は時折、鼻を啜り、咳払いをし、言葉に詰まりながらも弔辞を読み、
そして最後に深々と頭を下げた。
夫 では…
開発者 まってくれ、ないか。貴様はこれで、本当にこれでいいのか。
夫 何ですか、急に。
開発者 貴s・・・。君は、弱いくせして上手いなあ、繕うのが。
ここまで冷淡に葬儀を進めてきて、君は涙1つ零さない。
それどころか、今の今まで棺の中の彼女の顔すら見ちゃいない。
夫 何が言いたいんですか。
開発者 合わせられないんだろ。
今の状況に君は、少なからず後ろめたさを感じているのだろう。
だから、合わす顔など無いのさ。
それに顔を合わせれば君は決心が揺らぐのを知っているんだろう。
男は会場の半ばまで歩いた所で足を止める。
そして、大仰に身を翻すとカメラへ向かって話し出した。
開発者 どうだ、君らも見てみたいとは思わんかね。
人類史で類を見ない機械相手の葬儀だぞ。
報道局としても起死回生のスクープになるかもな。
夫 やめてください。迷惑ですよ。
開発者 私には、君らの心の声が聞こえるぞ。
今まさに葬られようとするアンドロイドの姿をカメラに収めれば、
俺らも晴れて時代の先駆者だ。トップメディアも夢じゃない。とな
夫 やめろ。
開発者 まだ世界は、機械に権利を与えてはいないんだ。
倫理なんか捨てて俺たちは貪欲にスクープを求めていいんだ。
夫 やめろよ
開発者 折角だ。燃える姿も撮影すればどうだろうか。
貴重な資料になるぞ。さあ、さあっ!
夫 やめろって言ってるだろ。
彼の声は静けさの中を反響し、ばつが悪そうに顔を逸らす面々のどよめきは再び静寂を取り戻しつつあった。男は開発者に歩み寄ってくると、胸倉に手を伸ばす。が、しかし、掴むことはしないまま、襟元を払った。両者の顔が近づいたまま開発者は男にだけ聞こえる声で口を開く。
開発者 やはり、君の真意は他の所にあるんだろう?
まさか、本意ではないだろう? こんな事。
これじゃ、まるで時代錯誤の見世物だ。
夫 本当に貴方は・・・。
開発者 邪魔ばかりしやがって、だろ。これが私の性分なんだ。
だが、君が私達を止めようと呼び寄せたのは、こんな連中だ。
このまま、火葬なんてしてみろ。好奇に狂った怪物が群れを成して
押し寄せ、彼女の亡骸にカメラを向けるぞ。
夫 ・・・。
開発者 君の慈悲には感謝するが、罪は罪だ。
私も彼女の存在を無かった事にしたくない。
私の研究成果を無に帰す事にさせまいて
なんて・・・柄じゃあないか。
医師 あの男まさか、ありのままを話す気か。
研究員 どうですかね。あの人なら、まあやりかねないです。
医師 そんな事させ…(お供えの饅頭をねじ込まれる)フガッ、フガッ。
研究員 はぁ、お供え無くなっちゃった、どうしよう・・・。
あ、大学にも連絡入れなきゃだ・・・。はぁ
女は医師の襟首を引きつつ携帯で何処かに電話をかけ始めた。
開発者 お集まりの諸君。私からすべてを話そう。しかと聞くように…。
明都工科大学の人工知能分野と言えば、誰しもが聞き及ぶ所だろう
が、私はそこの出で、人工脳による生体脳の代替及び、換装実験を
行ってきた。今は事情により、個人での開発を行っているが。
アレは四年ほど前になるが・・・。
開発者は、過去に起こったことの顛末と、それに附随する関係者たちの話をした。医師はその様子に呆然と立ち、研究員は電話口に向かい、頻りに頭を下げていた。マスコミは開発者の言葉に様々な反応を見せた。撤退の判断を下す者、局に電話を入れる者、開発者を扱き下ろす者、そして事態を撮影し続ける者。
会場は混乱の渦中にごった返すのに反して、静かな中に男は立っていた。
火葬場の職員が棺を押し入れると、重たい金属音を立てシャッターが下りていく、操作盤には鍵がさされ、稼働音が出てくると職員が男に一瞥を送る。男は頷くと祈りを捧げた。釦が押され、轟々と音を立て始める。
開発者の引き留めも空しく、喧騒はだんだんと男の元にも迫っていた。
やがて、一帯は人に飲まれ、誰が誰かも分からなくなった。
それから数時間後、騒ぎは落ち着きを見せ始め、男たちはつかの間の静けさにコーヒーを飲んでいた。
医師 なんて事をしてくれたんだ。
研究員 ホントですよ。私はまあ慣れっこですが。
開発者 その割には、晴れやかな顔だな。
医師 ふんっ。真っ当な非難を浴びせてくれたからな。
私達もやっと清算が始まるんだ。
夫 そろそろ、行きますよ。
男たちは、取り出された遺灰の元へとやってくる。
取り囲むように立って、各々が遺った物を集めてゆく。
研究員 確かに、あの時燃えるとは言ったんだけど・・・。
まさか、こんなに近似的な形になるとは・・・。
医師 こんな時まで・・・、まったく、熱心な事だ。
夫 相当な無理を言ったと思います。
研究員 かなり時間がかかってましたものね。
夫 やっぱり、そうなんですか。
医師 普通ではないだろうね。大体はこんなにかからんもんだ。
少しばかり、ぎこちない笑みで会話をする三人と、
それを意に介さず開発者は懸命に何かを探して、一頻り掘り返すと、
ポツリと口を開く
開発者 ・・・ない。
夫 ・・・
研究員 何が無いんですか。
開発者 黒い箱のようなものだ。
人工脳と素体を繋ぐ根幹となる、重要な部分なんだが、
確かこの辺りにあるはずなんだがな・・・。
夫 ・・・。
研究員 燃えちゃったんじゃないんですか?
開発者 馬鹿を言え、航空機にも搭載する物と同等だぞ?燃えてたまるか。
夫 …これ、ですよね?
男は首元から、ネックレスチェーンの先についた黒い箱を取り出す。
開発者 何故、それがそこに。
夫 あの時、彼女から手渡されました。
開発者 あの時?
夫 彼女が僕を突き飛ばし、車と衝突したんです。
医師 その時、損傷したということか。
研究員 それはないと思います。彼女の身体は凡そが、水酸燐灰石とはいえ
混合した金属とジルコニアを含む耐久性、人工皮膚のクッション等
を考えると・・・。
中型車両程度では、致命的な損傷は受けないでしょう。
夫 そうです。彼女の損傷は、その時はまだ軽微なものでした。
開発者 なら何故。
夫 多分、僕が、原因です。機械となった彼女を当初、私はなかなか
受け入れられないで受け入れられないで居ました。見た目も言動も、
彼女らしくはあるんですが、律動的というか、受動的というか。
ただ、ある時、彼女が旅行をすると言い出したんです。
らしくない張り切りようで、どこへ行くとか、僕の気持ちも知らず、
楽しそうに計画し始めちゃって、だから「無理しないで」って。
そう言ったんです。そうしたら、苦笑いしながら
「そうだよね。らしくないよね・・・」って。その時に、多分彼女は
確かにそこに居るのだと確信しました。仮にそう見えるように
謀られたのだとしても、信じている内は彼女が居るのだと思えて、
それだけで幸せな気でいました。
研究員 ・・・私たちも、そうなる事までは把握できていませんでした。
まさか、アンドロイドが心を解するだなんて・・・。
夫 ひとえに貴方がたの力があっての事だと思います。でも・・・彼女
が居るのだと分かってしまうと、急に辛くて。僕が眠った後、彼女
はずっと外を見ていました。僕が怪我をした時も、食事の時だって
いつも、申し訳なさそうに見るだけで、彼女はただ傍に居るんじゃ
なくて、共に感じたり、分かち合いたいと苦しんでいたんです。
そんな日々が僕を次第に冒して行きました。あの日、僕は彼女の目
を盗んで一人出ていくことにしました。いつも、彼女が花に水やり
をするタイミングで、そっと勝手口から出て、国道沿いへと歩いて
ふと気が付くと道の真ん中に立っていたんです。それに驚きもせず
僕は目を閉じました。車がブレーキを踏む音が聞こえて、それでも
僕は動く気がしなくて、そうしたら彼女の声が聞こえて、体が凄い
勢いで突き飛ばされて・・・。
医師 でも、それでは壊れたりしないはずなんだろう?
夫 そうです。だから、気が付くと車は去っていて、片足を引きずった
彼女に抱えられていました。彼女は僕が目を覚ましたのに気がつく
と、僕をおろして、路傍に座らせ言いました。
「貴方を苦しめている事は、気付いていたけど、わたしが耐えれば
良いと考えていた」と、「でも貴方が、そんなにも思いつめて
いたのなら、私は・・・。」そこで彼女は、沈黙しました。
その時の表情は、どこか冷たく、彼女のするどんな顔よりも、
慈しみに溢れ、そして悲しそうでした。
それから彼女は突然、自らの手で腹を裂きました。
研究員 彼女が自ら死を選んだと?
夫 分かりません。ただ、彼女は自らの腹部から、このキューブを抜き
取って私に渡しました。ここに彼女が居るから、手放さずに待って
いるように。と、それから彼女は足を引きずって歩いていきました
が、数歩行った所で前のめりに倒れ、起きる事はありませんでした
開発者 ・・・?
医師 あの子には、最後まで驚かされる事ばかりだな。
研究員 まさか、自分で取り出したなんて。
医師 それだけ、あの子も自身がした決断に苦悩していたって事かもな。
開発者 ・・・。キューブなんだが。君が持っていてくれ・・・。
どうやら、私にはもう必要がなさそうだ。
医師 では、我々はもう行くとしようか。
研究員 はい。納める物は納めたようですから、後は彼に…。
医師と研究員がその場を離れてゆく。
男は、骨壺を抱いて、ゆっくりと歩いてゆく。
開発者は、その背に声をかけた。
開発者 なあ、一つだけ聞いていいか。
夫 どうぞ。
開発者 その箱には、君の妻の人格が入っている。
それを無くしてあの身体は動くはずがないんだ。
そこに全ての意志系統が集約してあるからだ。
夫 そうなんですか。・・・難しいことはちょっと…。
開発者 ふん。それ程までに重要なパーツだったと思ってくれればいい。
それを無しに動くことが仮にあるとすれば、それは副次的な人格が
補助的に動作をした場合だ。だが、私は彼女にそんな物を設けては
いなかったんだ。
夫 じゃあ、奇跡が起きたんですね。
開発者 ははは、確かに非科学的だが、そうとも言える。
だが私が聞きたいのはそんな事じゃない。
夫 じゃあ、何ですか。
開発者 君は、それを受け取るとき違和感を感じていたんじゃないか?
夫 ・・・。
開発者 それを受け取るとき、彼女は「ここに彼女が居るから」と言って
渡してきたんだろう?えらく他人事のようには思わなかったか。
夫 さあ・・・。
開発者 じゃあっ・・・貴様は今日、一体誰を弔った?
夫 ・・・“彼女”ですよ。
開発者 そうか・・・感謝する。
男は、少しだけ笑みを浮かべ、妻と共に火葬場を後にした。
一人残され静かに項垂れる開発者は、笑い声か泣き声かも分からない
声をあげていた。
エピローグ
あれから数日。
某局某番組の討論企画にて、一連の騒動に関する話題が出ていた。
一人は人類学者でアンドロイド研究を主とし、あくまで機械としての立場を主張する立場。もう一人は、最近急に現れた活動家で機械にも人同等の権利を主張する人物であり、討論では中々の超理論を展開し続けている。
そして、内容は遂に、例の葬儀に触れる。
司会 いや、これね。僕自身びっくりの展開やったんですけどね。
元々は人間やった女性が、事故で亡くならはった後に
機械の身体になって甦ったんですって…
学者 正確には、蘇生ではなくですね…
司会 いや、でも帰って来たんですよね?
学者 帰ってきたと言えるかは分かりませんが、意識をトレースした
自律制御AIがですよ?…
司会 その自立なんとかは、ロボってことなんですよね?
活動家 んんっ。そのロボって言い方、やめて貰ってもいいですか?
学者 言い方はともかく、ロボットであることは間違いありません。
司会 そう。それでその奥さんが、また亡くならはって、その葬式が先日
見たアレやった訳なんですが、先生はどうお考えですか?
学者 私としては、機械に対する弔いなど必要があるとは思えませんね。
実際、元は人であったと言いますが生体の含まれる義肢利用者とは
違い、全てが人工物ですから、それでは人同様に処置するのは無理
がありませんかね・・・。正当な方法で廃棄する方がいいでしょ。
活動家 お言葉ですが、先生。我々の生活の中にまで入ってきている彼らに
対して私たちは、隣人として敬意を払って何がいけないんです?
学者 私たち人類が、その、彼ら?を作り出している以上、それらには
ツールとしての役割が存在します。人は日常的にスマホを使っては
いますが廃棄をする度に弔ったりしませんよね?
活動家 ・・・。私はしています。
学者 えっと・・・。それは、不法投棄なのでは?犯罪ですよね?
活動家 え・・・、いや、それは…
司会 はい!さて、それでは次週は太平洋ゴミベルト問題についての対談
をお送りします。それでは、また次回お会いしましょう。
番組は半ば強引に終了された様子ですぐにコマーシャルに入った。
人々がまた日常に返っていくように、男とその周囲もまた生活を取り
戻してゆく。残酷なまでに、人は機械的に明日を生きて、昨日に思い
を馳せる。
夫 行ってきます。
日々はまた、続く。