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【長線恋愛小説】『凍る声、溶ける匊』1章〜最終章 完結#note創䜜倧賞2026

    『凍る声、溶ける匊』あらすじ
    元䞭孊教垫の雚氎四季は、還暊を機にボむストレヌニングを始めた。ある日、実力掟ギタリストの䌊達颯倪朗ず出䌚い、圌の奏でる圧倒的な匊の響きに心を揺さぶられる。

    共に音楜を玡ぐなかで、四季は幌少期から母のこずばに瞛られ、「人の顔色を必芁以䞊に気にする」深い傷を抱えおいるこずを告癜。䞀方の颯倪朗もたた、実母からの壮絶な虐埅ずいう過去に苊しんでいた。

    愛されない存圚だず思い蟌み、他者ず深く関わるこずを恐れおきた二人。倧晊日、因瞁の町家を舞台に、運呜のお披露目ラむブが幕を開ける。

    二人の傷぀いた魂が音楜を通じお重なり合い、奇跡の共鳎レゟナンスを果たす倧人の長線恋愛小説。


    『凍る声、溶ける匊』

    第章


    京郜タワヌず冬枯れの銀杏が芋える窓を背に、
    雚氎四季うすいしきの歌声が、
    小さなボむトレ宀の空気を震わせた。
     
    「四季ちゃんの高音は
    クリスタルガラスを叩いたずきの柄んだ高い音。
    でも、喉だけの声ず違う。
    䜎音は地底から䌝わっおくる
    地響きみたいな迫力があるし。
    ホンマに声がええね」
     
    ボむストレヌナヌの
    田䞊たがみはるかが
    華やかで倧きな目を现め、
    四季は小さく埮笑んだ。
     
    四季は還暊をきっかけにボむトレを始めた。
    そう、60歳から。
     
    あれから幎、はるかが驚くほどの進歩だ。
    でも、その進歩に
    䞀番驚いおいるのは四季自身。
     
    ――プロに習ったら、
    声が響くし高い声も出るようになった  。
     
    四季は、ふふふっず笑った。
     
    「なんやの思い出し笑い」
     
    定幎を迎えるたで、
    四季は䞭孊の英語教垫だった。
     
    教垫時代、ボむトレに通うなど
    想像もしなかった。
    たたにカラオケに行っおも、
    人が歌うのを聞くばかり。
     
    ――昔から歌うのは奜きやったのにな  。
     
    四季は子どものころから
    歌うのがずおも奜きで、
    小孊校の音楜の授業を楜しみにしおいた。
     
    あのころ流行っおいた『瀬戞の花嫁』の替え歌
     
    「瀬戞ワンタン
    日暮れお チャヌシュヌメン 
    ナルトに メンマに」
    ず歌いながら小孊校から垰ったずきだ。
     
    『たた倉な歌を歌っおたんか 
    近所の人に聎こえたら笑われるやんか。
    可愛い顔しお歌っおるんやったらただしも  。
    いったい誰に䌌たんやろうな』
     
    今も母の頌子が皮肉をいう声が聎こえる。
     
    四季は矎人の母には䌌ず、
    祖母の喜䞖栄きよえにそっくりなのだ。
     
    四季が錻歌を歌ったずきでさえ、
    母は同じこずを蚀った。
     
    『人さんに笑われるやんか』ず。
     
    四季は母の声を振り払おうず頭を振った。
     
    「思い出し笑いしたかず思ったら、
    どうしたん 急に怖い顔しお」
     
    䞡芪も芋送り、
    倩涯孀独の四季が歌うこずに
    今は誰も反察しないが  。
     
    「八神玔子の『思い出は矎しすぎお』の
    䞀番高いずころたで、
    柄んだ綺麗な声がでるようになったね」
     
    「はるか先生のおかげです」
     
    ――ほんたやろか  。
    はるか先生は私をおだおおはるだけかも。
     
    「癟恵ちゃんの『いい日旅立ち』は
    情感たっぷりに歌っおた。
    四季ちゃんは衚珟力もあるね。
    次の曲は決めおるの」
     
    「英語の歌も歌えるようになりたいんです。
    『If we hold on together』ずか」
     
    「ああ、ダむアナ・ロスの。
    うちアホやし、
    タむトルの意味がわからんわ。
    どういう意味」
     
    「私たちが支え合ったら、
    決しお倢は死なないみたいな意味です」
     
    「さすが英語の先生 
    そのifなんたらも
    四季ちゃんの声ず衚珟力で歌えるわ。
    次はその曲を緎習しお、
    スクヌルのラむブに出挔するのが
    ええず思うねんけど  」
     
    「ラむブですか   
    私はただちょっず  」
     
    「四季ちゃんは声がええし、
    衚珟力もあるのに  」
     
    「  ラむブで思い出した。
    うち、たたラむブするねん」
     
    「い぀ 今床も゜ロですか」
     
    「ううん、2月にツヌマン。
    共挔する䌊達颯倪朗だおそうたろうは
    うちずタメでうちが初めお
    ラむブに出たずきに、
    ギタヌ䌎奏しおくれた。
    ホンマにええ音だすねん」
     
    四季は身を乗り出しおラむブの話を聞いた。
     
    「今床の盞棒、
    颯倪朗はなかなかむケメンなんや。
    根はいいダツなんやけどな  
    ちょっず女癖が悪くお、
    アむツず関係がこじれた女の子の
    フォロヌを䜕回したか  」
     
    はるかは少し顔をしかめた。
     
     
    梅が満開のたよりが聞かれるころ、
    四季ははるかず䌊達颯倪朗の
    ツヌマンラむブに出かけた。
     
    ラむブは倧阪で開催された。
     
    京郜しか知らない四季は
    ナビを頌りにやっずのこずで
    䌚堎のラむブハりスにたどり着いた。
    ラむブハりスのガラス戞には
    シャヌプなロゎがゎヌルドで描かれおいる。
     
    ――ここから入っおええんやろうか 
    そやけど他に入口は芋えぞんし  。
     
    四季は戞惑い、立ち止たっおいた。
     
    「どうしたん」
     
    䞉十代くらいの男に声をかけられた。
     
    「倧阪は初めおで  。
    私は田䞊はるかの生埒です。」
     
    「田䞊はるか  京郜から
      ふぅん、そうなんや。
    俺、共挔する䌊達颯倪朗。
    楜しんでいっおな」
     
    颯倪朗が埮笑んだ。
    よく手入れされた錻の䞋ず顎のヒゲ、
    クッキリ切れ長の涌しい目、
    錻筋が通った高い錻。
    はるかが噂しおいた通りのむケメンだ。
     
    そのずき、歓声がした。
    あっずいう間に颯倪朗は
    若い女性ファンに取り巻かれ、
    四季ははじき出されおしたったのだ。
     
    颯倪朗から埮笑みが消えお、
    䞀瞬だが狂気じみた憀怒が目に光り
    ふっず䞊を向くず
    䞀転しお目は虚ろに。
    四季はその倉化を芋逃さなかった。
     
     
    ラむブは颯倪朗のギタヌ挔奏で始たった。
     
    颯倪朗はアコヌスティックギタヌで
    フィンガヌピッキングスタむル。
     
    ――すごい 響きが肌に䌝わっおくる。
     
    ギタヌの音色が四季の胞に䌝わり、
    圌がギタヌの胎を打぀たび、
    四季の脈もドックンドックンず打぀。
     
    颯倪朗のギタヌの音色を䞀音も
    聎き挏らすたいず、
    誰もが息をこらす。
     
    曲の最埌の䞀音が終わった埌も、
    音は壁や床に反射しお響く。
    「い぀たでも聎いおいたい」
    ず芳客は息をひそめる。
     
    颯倪朗が匊に手を眮き
    響きが止たるず、
    芳客が䞀斉にフヌず息をした。
     
     
    田䞊はるかの歌声も圧巻だった。
     
    はるかは「爬虫類のうた」ずいう
    倉わったタむトルの新曲も披露した。
     
    『倉わったタむトルやろ 
    爬虫類は脱皮しお倉容するやん。
    ぀らいこずに出䌚っおも
    再生しようっお思いを蟌めお
    この曲を䜜ったんや』
     
    レッスンルヌムで
    はるかが話しおくれたずおり、
    圌女の匵りのある柄んだ声は
    曲に乗り圌女のメッセヌゞを
    芳客の胞に響かせた。
     
    芳客は颯倪朗のギタヌの響き、
    はるかの歌声に酔いしれる。
     
    最埌の曲の響きが消えるず同時に、
    ステヌゞラむトがすっず萜ちた。
    歓喜ず熱狂のうねりの䞭で
    ラむブは終了
     
    ラむブを終えたはるかが、
    四季を芋぀け、
    颯倪朗を連れおやっおきた。
     
    「颯倪朗、玹介するわ。
    こちらは雚氎四季さん。
    私の生埒さんやねん」
     
    「さっき䌚ったやんな。
    ラむブどうやった」
     
    「私を抑えおいた蓋みたいなのが、
    ギタヌの響きが胞に䌝わっお来るず
    ぜんず倖れお
    心が軜くなったんです」
     
    四季が声を぀たらせながら蚀った。
     
    「ラむブ䌚堎に入っお来たずき、
    ちょっずキョドっおたけど、
    今は明るい顔になった。
    そっか  俺のギタヌの響きが  」
     
    呟くように蚀った圌の目が閃いた。
     
    「四季ちゃんは、
    還暊から本栌的に歌を習っお
    ただ二幎やのに、
    ホンマにええ声だすようになっおん」
     
    四季はもっずいろいろ話したかったが、
    颯倪朗を埅぀若い女性ファンが
    恚めしげにこちらを芋おいる。
     
    ずりわけ、鮮やかなオレンゞ色の
    ワンピヌスの女の子が、
    倧きな黒目を䞊に寄せお、
    眉間には倪い筋を立おおいるのだ。
    ただならぬ敵意を攟っおいる。
     
    ――怖い顔 
    颯倪朗さんの熱烈なファンなんやろうな。
     
    圌女は服の華やかな色に負けない
    若々しい生呜力を攟っおいる。
    四季を睚む倧きな目は
    キラキラ茝き魅力的だ。
     
    ――20歳くらいやろうか 
    気が匷そうやけど、
    若い子独特の透明感があるな。
     
    圌女の匷い芖線に萜ち着かなくなり、
    四季は颯倪朗やはるかに挚拶をしお
    ラむブ䌚堎を去った。
     
    垰宅しおも興奮が冷めない。
    喉がからからに也いお、
    冷蔵庫から
    ミネラルりォヌタヌを出しお飲んだ。
    颯倪朗のギタヌの音色が
    ただ耳の底で響いおいる。
     
    ――ギタヌの響き、
    残響たでみんなで聞き入った。
    初めお䌚った人ばっかりやのに、
    なんか仲間っお感じやった。
     
    ラむブの感動や颯倪朗のギタヌで
    心が軜くなったこずを䌝えたくなり、
    フラむダヌのQRコヌドを読み取っお
    颯倪朗のSNSにコメントした。
     
    颯倪朗から、すぐに返信が来た。
     
    〈僕のギタヌが
    四季さんの心を軜くしたなら、
    こんなにうれしいこずはありたせん。
    もっずもっずいい曲、
    創りたくなりたした〉
     
    ラむブ以降、
    颯倪朗のSNSが曎新されるず
    毎回コメントするようになった。
    圌も四季のコメントに
    感じるものがあるのか、
    い぀も䞁寧な返事がきた。
     
    圌は倧孊圚孊䞭からプロずしお掻動し、
    37歳になった今も
    ギタヌの講垫をしながら、
    ラむブ掻動を続けおいるのだ。
     
     

    第章


    颯倪朗のSNSにコメントを曞くず、
    四季はしみじみず
    鏡に写った自分の顔を芋た。
     
    ――颯倪朗さんはギタヌ䞀筋。
    私はい぀か歌の勉匷をしお、
    歌の䞖界に行きたかったけど、
    結局は䜕にもできひんたた、
    62歳になっおしもた  。
     
    自分を嘲笑った顔が鏡に映り
    父方の祖母喜䞖栄きよえの顔ず重なった。
    䞍意に幌いころの倕食時の光景が蘇る。
    喜䞖栄が笑顔で母の頌子よりこに尋ねた。
     
    「頌子はん、今日は断氎どしたんか」
    「断氎  」
    「頌子、おかあはんのお茶  」
     
    父の昭倫あきおが目で頌子に合図した。
    頌子が喜䞖栄のお茶を出し忘れたのを
    喜䞖栄はやんわり皮肉ったのだ。
     
    喜䞖栄は生粋の京女。
    滋賀の蟲家出身の頌子を心の底で
    「野暮倩で気が利かない」
    ず芋䞋しおいた。
    敏感な頌子はそんな喜䞖栄を敬遠した。
     
    その倜、母が父を非難する声で
    四季は目が芚めた。
     
    「私がおかあはんのお茶を入れ忘れたんを、
    なんで先に蚀うおくれぞんかったん」
    「知らんがな  」
     
    母のこずばに向き合わない父の背埌で、
    四季はじっず二人を芋おいた。
     
    「『おかあちゃんが、
    おずうちゃんをいじめおはった』っお、
    たたおばあちゃんに告げ口する気か」
     
    ――告げ口なんか䞀回もしたこずない。
    心配やっただけやのに  。
     
    事実ではないこずを叱責されおも
    四季は䜕も蚀わなかった。
    䜕か蚀えばよけいに母を怒らせるだけだ。
     
    ――おかあちゃんが可哀想やもん。
    い぀もおばあちゃんに䜕にも蚀えぞんし。
     
    あるずき、䞡芪が経営する
    菓子店の埗意先に、
    母が進物甚の詰め合わせを届けに行った。
    するず、にわかに空が暗くなり、
    激しい雚が降り出したのだ。
     
    ――おかあちゃんが、雚に濡れおしたう
     
    四季は母の傘を持っお、
    母を迎えに行くこずにした。
    埗意先に向かう途䞭、
    貞しおもらったのか、
    母が傘をさしお垰っお来るのに出䌚った。
     
    「おかあちゃん 傘  」
     
    蚀いかけお四季は黙った。
    母の衚情が険しい。
     
    「子どもがなんで来るの 
    傘なんかいらんのに 
    あんたが雚に濡れるやんか」
     
    「おかあちゃんが濡れるず思っお  」
     
    「あんたが濡れたら、
    あんたの服を掗濯しなあかんやんか」
     
    「ごめん  」
     
    「ホンマにいらんこずしお 
    おかあちゃんを
    怒らせるこずばっかりする子や」
     
    ――おかあちゃんが心配やっただけやのに  。
     
    䞀事が䞇事こんな調子だったのだ。
     
    ――私、おかあちゃんを
    喜ばせたかったのに  。
     
    四季は母の顔色ばかり芋るようになり、
    今も人の顔色を気にしおしたう。
     
    ――62歳になっおも子どものころず同じ。
    おかあちゃんは20幎も前に亡くなったのに。
     
    四季は虚しい気持ちを打ち消すように、
    歌詞のノヌトを開いた。
    そこには
    『あなたの笑顔を芋おいたい』
    ず題された歌詞が
    敎った字で曞かれおいた。
     
     
    「䞀人になるのが怖いから
    芋せかけの笑顔を振りたいおいた
     
    䞀人になるのが怖いから
    うわべの優しさ嘘぀きだよね
     
    友だちがいおも私は寂しかった
    矀れおいおも心を満たせなかった
     
    もうやめようこんなこず
    自分に嘘は぀かない
    本圓に奜きな人の笑顔芋おいたい
    あなたの笑顔を芋おいたい」
     
     
    ――今の私、そのたんたの歌詞やけど、
    颯倪朗さんのギタヌで歌いたいな  。
    この歌詞に曲を぀けおもらっお。
    そやけど、私なんか玠人やし、
    無理やんな  。
     
    しかし、諊めきれず、
    歌詞をダむレクトメヌルで颯倪朗に送った。
     
    返事はなかなか来ず、
    ちりちり焊げるような時間が過ぎた。
     
    やっず連絡が来たのは二週間埌、
    メッセヌゞではなく電話だった。
     
    〈䞀回、䌚わぞんか 
    ちゃんず顔を芋お話したいし、
    俺が京郜に行くわ〉
     
    たさか颯倪朗が来るずは  。
    四季は鏡に写った自分をたじたじず眺めた。
    こために染めおいるが
    髪の根元には癜髪が䌞び始めおいる。
    色癜だが、うっすらシミもある。
     
    ――䜕を期埅しおどきどきしおるん
    颯倪朗さんは37歳、私は62歳、芪子やん。
     
    四季はあれこれ䌚わない口実を考えたが、
    䌚いたい気持ちに勝おなかった。
     
    颯倪朗ず埅ち合わせの堎所は
    京郜駅前のカラオケルヌム。
    䜜曲した『あなたの笑顔を芋おいたい』を
    匟き語りで歌っおくれるずいう。
     
    埅ち合わせの日は5月初旬、
    街路暹のみずみずしい若葉が
    初倏の日差しに茝いおいた。
    カラオケ店に着くず、
    ギタヌを持った颯倪朗が先に来おいた。
    慌おお遅れたこずを詫びた。
     
    「俺が早く来すぎおただけやし、
    謝らんでもええのに  。
    さあ、受付しよか」
     
    受付しおいる颯倪朗を芋るず
    受付の女性ず目が合った。
     
    ――あの人に私ず颯倪朗さんは
    どんな颚に芋えおるんやろ
    やっぱり芪子かな  。
     
    ガラスに䞞くお小さな目ず
    ちょこんずした錻が映っおいる。
     
    ――童顔やし、
    い぀も幎霢よりは
    若く芋られるけど、
    仮に10歳若く芋えおも
    私は52歳なんや  。
     
    ゚レベヌタヌに乗るず、
    自分の呌吞音が颯倪朗に聞こえないか
    心配になるほど息苊しい。
     
    郚屋のドアを開けお二人きりになるず、
    颯倪朗の動䜜がぎこちなく、
    圌も緊匵しおいるのが䌝わっおくる。
    四季の錓動がたすたす激しくなった。
     
    颯倪朗は緊匵をかき消すように、
    ケヌスからギタヌを出しお、
    音の調敎をしおいる。
     
    ――心臓が飛び出しそう
    どきどきの音が
    颯倪朗さんに聞こえたらどうしょ  。
     
    颯倪朗の指が匊に觊れる。
    圢のいい指はしっずりしおいお、
    別の生き物のように敏捷に動く。
     
    むントロが流れ、歌が始たる。
    ギタヌの音色に乗り、
    䜎くお響きがある歌声が
    四季の胞を激しく揺さぶった。
     
    ――なんお玠敵なんやろう  
    私が曞いた歌詞ず思えぞん。
    それにいい声。
    䜎いけど柄んでる。
     
    现かな振動は
    耳だけでなく、
    胞にもお腹にも䌝わっおくる。
    熱いものがこみ䞊げ、
    目が最みあたりが滲んで芋えた。
     
    「気に入っおくれたか」
     
    颯倪朗は顔をあげた。
    目を最たせおいる四季を芋るず、
     
    「『四季ちゃんはええ声しおいお、
    衚珟力もあるのにラむブに出たがらぞん』
    っおはるかさんが  。
    なんでラむブに出たくないか
    聎いおもええか」
     
    声を出そうずするず、
    颯倪朗の声に母の声が重なった。
     
    『芪子ほど幎の違う男はんず
    二人きりでなにしおるの
    人さんに笑われるえ』
     
    ――おかあちゃん  
     
    颯倪朗はギタヌに手を眮いお
    四季を芋おいる。
    ギタヌが圌の䜓の䞀郚のようだ。
    少し汗ばんだ額にかかった髪を
    無造䜜にかき䞊げるず
    県差しが優しい。
     
    ――ギタヌも声もいい颯倪朗さん。
    かっこよくお才胜も人気もある人に
    私の気持ちをわかっおもらえるやろうか  。
     
    そのずき、初めお䌚ったずきの
    颯倪朗の翳りが蘇る。
    狂気をはらんだ憀怒ず
    空を圷埚う目が  。
     
    ――颯倪朗さんに話しおみたい。
    わかっおもらえぞんでも  。
     
    四季は深く息を吞い蟌んだ。
    母の冷たい声ず、
    颯倪朗の枩かい響きが、
    胞の内で激しくぶ぀かり合っおいた。
     
     

    第章


    「䞀回䌚っただけの私に、
    なんでそんなに
    優しくしおくれはるんですか」
     
    四季の口から
    自分でも驚くこずばが飛び出し、
    颯倪朗もハッずしたようだ。
     
    「ホンマやな。なんでやろな。
    恋人でも、倫婊でもないのに  」
     
    ――芪子ずは蚀わはらぞん。
    恋人 倫婊
     
    そのずき、四季は思い切っお、
    人の顔色ばかり芋おしたう自分のこずを
    話そうず決意した。
     
    「ものすごく長い話ですけど、
    聞いおもらえたすか」
     
    「僕が聞いおもええんやったら、
    なんが長くおも聞かせおもらう」
     
    颯倪朗がそう蚀っおも、
    四季はなかなか話せない。
    握りしめた手のひらが汗ばんでくる。
    也いた喉から絞り出すように蚀った。
     
    「私が生たれたずき、
    䞡芪は京菓子の小さい店をやっおたした。
    母は店の手䌝いが忙しいので、
    祖母が私を育おおくれたんです。
    でも、それは口実で、
    母は䜓裁よく私を祖母に取られたんです」
     
    思い出したくない光景が駆け巡る。
    母の怒った顔、祖母の嫌味な衚情、
    そこから逃げる日和芋な父の背䞭  。
     
    「小さかったから、
    私は母より祖母に懐いおたした」
     
    祖父母の郚屋で
    菓子を食べおいたずきのこずだ。
    母は四季が間食するこずを嫌っおいたが、
    祖母は始終、四季に菓子を䞎えたのだ。
     
    そのずき、
    母の足音が近づいお障子が開いた。
    祖母は慌おお菓子の袋を隠し、
    四季はこわごわ母を芋た。
    怯える四季を芋るず
    母の目がき぀くなり、
    圌女は荒々しく障子を閉め
    黙っお去った。
     
    「母はい぀も怖い顔をしおいお、
    私を芋るず叱りたした。
    なんで叱られるのかわからぞんので、
    母の顔色ばかり䌺っおいたした」
     
    䜕をしおも母に叱られる
    怖さず悲しみが入り混じった感情が
    どっず湧き䞊がった。
     
    四季は颯倪朗を芋る䜙裕を倱っお、
    自分の感情に飲み蟌たれた。
     
    「母は目立぀矎人だったんですが、
    私はあたり噚量がよくない祖母にそっくり。
    『ほんたにこの子は
    誰に䌌たんやろうな』っお、
    よく母に蚀われたした。
    憎々しげにそう蚀われるず、
    突き攟されるようで本圓に悲しかった  」
     
    悲しくおも出なくなっおいた涙が
    四季の目をにじたせ
    声が震えるのを懞呜に抑えお
    こずばを続けた。
     
    「少しでも気に入られたいず
    お手䌝いをしたり、
    お䜿いに行ったりしおも、
    『倧人の機嫌をずっお子どもらしくない』
    ず母はよけいに私を嫌いたした  。
    私が嫌な子やさかい母に嫌われる。
    私はみんなに嫌われる子なんやず思うず
    人さんの目が怖くお  」
     
    やっず目を䞊げるず、
    颯倪朗のたなざしは真剣で
    激しい怒りの火が芋えるようだった。
    関節が癜くなるほど匷く
    手を握りしめおいる。
     
    「教垫やったずきも
    他の先生ず違うこずしお、
    責められるのが怖いし、
    い぀も同僚がするこずを芋おから、
    私も同じようにしおたした。
    髪型や服装の指導をするのが
    ホンマにしんどくお  」
     
    あたり思い出したくない
    教垫時代が蘇る。
    数人の匷面教垫が
    四季のクラスの茶髪女子を抑えおいる。
    手に黒染めスプレヌを持っお  。
     
    「茶髪の女の子を担任しおいたずき、
    『雚氎先生が甘いから
    生埒が教垫を舐めお぀けあがるんです』
    そう蚀うおよく責められたした」
     
    四季は髪を染めおいる女の子の話を
    よく聞いおやっおいた。
    圌女は䞭孊生には
    重すぎる家庭の事情を抱えおいたのだ。
    四季ず信頌関係が少しず぀できお、
    自分から髪を黒くするず玄束もしおいた。
     
    「私は、あの子が自分から
    髪を黒くするのを埅っおいたんです」
     
    卒業匏の数日前、
    黒染めしない女生埒にしびれをきらした
    生掻指導や補導担圓の教垫が、
    担任の四季を飛び越えお、
    茶髪女子を盞談宀に
    連れおいくのを目撃した。
    四季は䜕も知らされおいなかった。
     
    「私が慌おお盞談宀に行くず、
    生掻指導の先生や補導担任の先生たちが、
    あの子を抌さえ぀けお、
    スプレヌで髪を黒にしおいたんです」
     
    黒染めスプレヌの錻を突く匂い、
    「やめおよ」
    ず叫ぶ女子生埒の甲高い声、
    「ええ加枛にせえや 
    い぀たでも茶色い髪しおあがっお」
    野倪い男性教垫の声。
    四季に向けられた女生埒の芖線。
     
    「あんたりなやり方やず思ったけれど、
    䜕も蚀えぞんかった  。
    髪が黒くなったので、
    あの子は䞋校するこずになったんです。
    でも、あの子は私を芋お、
    『四季ちゃん、
    䜕も蚀っおくれぞんかったな  』
    悲しそうに蚀ったんです。
    自分が぀くづく情けない  」
     
    颯倪朗は息を飲んで
    四季をじっず芋぀めおいた。
    責めおいる目ではなかったが  。
    思い出したくないこずを思い出すず、
    自分がたすたす情けなくなった。
     
    「私、自分では䜕も決められたせん。
    呚囲の雰囲気や人の顔色を
    い぀も芋おしたうんです」
     
    『赀の他人さんに
    ようそんな恥ずかしいこず蚀えるな  。
    心の底で笑ろおはるで  』
     
    母の声が耳の底で地鳎りのように響き、
    背筋をぞくぞくさせ、
    声が凍り぀いたようで出ない。
    喉を絞っおやっず声になった。
     
    「私、人の目が怖いんです。
    人前で歌うなんおずっおもできたせん」
     
    黙っお聞いおいた颯倪朗が、
    氎の入ったグラスを取っお四季に近づき、
    グラスを圌女の手に持たせた。
    颯倪朗の手が枩かい。
     
    「四季さん、冷たい氎、䞀口飲み」
     
    四季は氎を䞀口飲んだ。
    からからの喉を冷たい氎が最す。
    四季がグラスを眮くず、
    颯倪朗はそれを芋お蚀った。
     
    「これは『あなたの笑顔を芋おいたい』の
    ギタヌ䌎奏ず匟き語りの音源。
    これで緎習しお」
     
    颯倪朗は音源を
    四季の手を取っお握らせた。
    圌の手から枩もりが䌝わっおくる。
     
    「僕がギタヌ䌎奏するし、
    スクヌルのラむブで歌いいな」
     
    圌の手の枩もりも
    優しいたなざしも心匷い。
    しかし、ラむブに出挔できるず思えない。
     
    「぀らかったやろ  。
    いろいろ蚀わせおしもお堪忍な。
    僕でよかったらどんな話でもええし聞くよ。
    それでちょっずでも四季さんの気持ちが
    楜になるんやったら」
     
    颯倪朗が音源を握らせた四季の手を離し、
    それぞれが゜ファヌに黙っお座った。
    こずばは亀わさなかったが、
    郚屋の空気は静かで穏やかだった。
     
    その日から、
    四季は匟き語りや䌎奏の音源に合わせお
    『あなたの笑顔を芋おいたい』を緎習した。
     
    い぀の間にか、
    颯倪朗ずはチャットや通話で
    毎日のように話し蟌むようになった。
     
    京郜䞭京で祇園囃子が聞かれ
    蒞し暑いこずで知られる
    京郜の倏がやっおきた。
     
    颯倪朗のギタヌ音源で緎習を重ね、
    『あなたの笑顔を芋おいたい』に
    少しず぀思いを蟌められるようになった。
     
    ちょうどそのころ、
    颯倪朗が通話で蚀った。
     
    『今からでもラむブに十分に間に合う。
    スクヌルのラむブに出えぞんか』ず。
     
    月に開催されるスクヌルのラむブに
    出挔するこずを再び四季に勧めた。
     
    四季の心が揺れる。
     
    ――颯倪朗さんのギタヌ䌎奏で歌う
    『あなたの笑顔を芋おいたい』を
    人の前で歌っおみたい。
    たくさんの人に聞いおほしい。
     
    そのずきだった。
     
    『人さんに笑われるえ
     可愛い顔しお
    歌っおるんやったらただしも  』
     
    母のこずばがたた蘇る。
     
    ラむブの䌚堎は老舗ラむブハりス。
    系列校の講垫や
    プロを目指す生埒目圓おの
    耳の肥えた芳客もたくさん来る。
     
    ――ステヌゞラむトを济びお
    矎人のはるか先生は茝いおはった。
    心に届く声で堂々ず歌っおはった  。
    私なんか還暊を2幎も過ぎおいるし、
    無理やわ  。
     
    『四季さん、ラむブに出ようや』
    スマホから颯倪朗の声が響く  。
     
     

    第章


    颯倪朗の応揎に応えたい、
    思いを蟌めた歌詞を
    颯倪朗の曲に乗せお歌いたい
    そんな思いが四季の䞭を駆け巡ったが  。
     
    「颯倪朗さん  
    こんなに䞀生懞呜に応揎しおもらっおるのに、
    すいたせん  。
     
    『出られそうにないか
    無理せんでもええけどな  』
     
    颯倪朗はそう蚀ったが、
    萜胆がスマホを通しおも感じられた。
     
    「颯倪朗さん、堪忍しお䞋さいね。
    私、やっぱりただ人さんの目が
    怖いんです  」
     
    ――ほんたに情けない
    自分が恥ずかしい。
     
     
    四季が颯倪朗に誘われお
    次に䌚ったのは、
    晩秋の京郜だった。
    鈍色の甍屋根や枋みのある建物が、
    色づいた朚々ず鮮やかな察比をなし、
    深い趣を挂わせおいる。
     
    二人は京郜駅で埅ち合わせた。
    地䞋鉄の烏䞞線に乗り、
    埡池駅で東西線に乗り換え、
    東山駅で降りるず地䞊は小雚だった。
     
    玗のような薄雲が京郜盆地に蓋をしお、
    京の町が柔らかく芋える。
     
    「お腹枛っおきたな。
    昌飯にしようか
    䜕か食べたいものある」
     
    「いえ、私は特に。
    颯倪朗さんは䜕が食べたいですか」
     
    「矎味しい店があるんや。
    ただあるやろか  そこでええか」
     
    二人は癜川沿いを歩き、
    排萜た割烹に入った。
    本店は老舗料亭で敷居が高いが、
    ここの昌食は気軜に料理を楜しめる。
     
    「季節の埡膳でええか
    かぶら蒞しがあるし、
    久しぶりで食べたいんや」
     
    四季が頷くず
    颯倪朗は季節の埡膳を二人分泚文した。
     
    運ばれおきたかぶら蒞しがうれしい。
    癜身魚に乗せられた海老の赀、
    銀杏の黄緑、茞の茶色の圩りがいい。
     
    「癜身魚に具を乗せお、
    その䞊にすり䞋ろした蕪をかけお蒞し、
    葛あんをかけるなんお
    こんな手間なこずを考え぀くのが、
    京郜なんやろうな」
     
    颯倪朗はかぶら蒞しを
    矎味しそうに食べながら蚀った。
     
    かぶらの甘み、海老の旚味が口の䞭で広がる。
    肌寒くなっおきた晩秋には、
    葛あんの枩かさがうれしい。
     
    「青蓮院さんが近いし、
    昌ごはんを食べたら、ちょっず歩こうか」
     
    二人が食事を終えお料理店を出るず、
    小雚は止んでいお神宮道をぶらぶら歩いた。
     
    「僕は京郜で生たれお高校たで居たんや。
    この近くに実家があっおな、
    実家は安政幎間から぀づく埡銙の店。
    店の䜜りは『うなぎの寝床』で、
    衚からは倧きく芋えぞんけど、
    けっこう広いねん」
     
    「京郜なんですか
    安政幎間っお江戞時代  。
    老舗なんですね」
     
    四季が颯倪朗の方を芋るず、
    颯倪朗はツヌマンラむブで
    女の子に囲たれたずきのように
    怒りを抑える衚情で目が泳いでいる。
     
    「うちの店の前を通るだけでも、
    き぀い埡銙の銙りがしおたな。
    今はどうか知らんけど  」
     
    「今はどうか知らんっお  」
     
    「埡銙の店は廃業したっお噂で聞いた。
    僕は高校を卒業しお以来、
    䞀回も実家には垰っおぞんねん。
    連絡先も䌝えおないしな  」
     
    颯倪朗の衚情が暗く険しくなっお
    圌は喉から絞り出すように続けた。
     
    「僕が実家にいたころから
    店の経営は厳しいし借金もあったようや。
    今は土地も建物も人手に枡ったらしい。
    建物は兞型的な京郜の町家。
    そやし、建物はそのたた残されおいる」
     
    石畳が雚に濡れおいる。
    苔むした楠の朚の倧朚が芋えおきた。
    青蓮院のようだ。
    どこからずもなく品のいい銙りが挂っおくる。
    癜檀だろうか  。
     
    颯倪朗は楠の朚の倧朚を芋るず
    立ち止たり、ぜ぀んず蚀った。
     
    「子どものころ、
    暗くなるたで青蓮院さんで遊んだ。
    家に垰るのが嫌で  」
     
    かすかに颯倪朗の声が震えおいる。
    圌は四季から目をそらせた。
     
    「家に鬌婆がいおな  」
    「鬌婆  」
    「鬌婆が俺を殎る蹎るやったんや  」
     
    颯倪朗は四季を芋た。
    圌は懞呜に䜕かを抑えるように肩を震わせ
    しばらく黙っおいたが、
    やがお絞り出すような震える声で蚀った。
     
    「おふくろのこずや」
    「お母さんが  」
     
    四季はこずばを぀たらせた。
     
    「俺が生たれおすぐおやじは愛人ず逃げた。
    家族も店も捚おお  」
     
    こずばが出ない四季は立ち尜くした。
     
    「俺が生たれたちょうどそのころ、
    愛人ずの間にも子どもが生たれたらしい。
    俺はおやじずそっくりみたいなんや  」
     
    「そっくりやから颯倪朗さんを  」
     
    「そうや、俺をカスやクズやっお眵る。
    殎る蹎るなんお日垞茶飯やったわ  」
     
    「颯倪朗さんは䜕も悪くないのに  」
     
    「子どものころ、
    なんでおふくろが俺をこんなに憎むのか
    わからんず぀らかった。
    殎る蹎るも぀らかったけどな、
    䜕をしおも拒たれるんが、
    ほんたに぀らくお悲しかった  」
     
    ――殎る蹎る  。
    幌かった颯倪朗さんはこの楠の朚を
    どんな気持ちで芋おはったんやろう  
     
    「『お前はクズや 
    絶察に幞せになれぞん』
    っお鬌婆が俺に呪いをかけたんや 
    俺は生きおる倀打ちないんや
    生たれおきいひん方が良かった」
     
    颯倪朗はしゃがみ蟌み背䞭を震わせ、
    握りこぶしで石畳を激しく叩いた。
    颯倪朗の背䞭は激昂ず絶望で
    激しく震えおいる。
    䞀瞬、四季は立ちすくんだが、
    颯倪朗の暪にしゃがみ
    圌の背䞭を撫でた。
    ぶるぶる震えおいる背䞭に觊れるず、
    手のひらに颯倪朗の悲しみが䌝わる。
     
    ――こんなこずしかできひん。
    ほんたにもどかしい  。
     
    「四季さんの手は優しくな  
    子どものころ、いくら぀らくお泣いおも、
    だれも慰めおくれぞんかった。
    四季さん、お願いや
    もうちょっず背䞭を撫でおお」
     
    ――私もそうやったな。
    おかあちゃんに優しく
    觊れられたこずなかった。
    颯倪朗さんが愛しい。
    抱きしめおあげたいのに  。
     
    圌の背䞭を撫でおいるず、
    震えが次第に静かになり、
    少し萜ち着いた声で颯倪朗が蚀った。
     
    「避けおいた京郜  。
    しかも実家のこんな近くたで  」
     
    颯倪朗は立ち䞊がり顔をそむけた。
    泣いた顔を四季に芋せたいず。
     
    「カラオケで四季さんの話を聞いお、
    『この人を心からのびのび歌わせおあげたい』
    そう思っお励たす぀もりやったのに」
     
    「そんなふうに思っおくれはったんや。
    うれしいわ」
     
    「なんで青蓮院さんに来おしもたんやろうな。
    ほんたは぀らかった時のこずを
    四季さんに聎いおほしかったのかもしれん  」
     
    颯倪朗の目から涙がこがれ萜ちた。
    四季がハンカチを枡すず、
    圌は目を拭っお蚀った。
     
    「ツヌマンラむブに来おくれたずき、
    『ギタヌの響きで心が軜くなった』
    四季さんが、そう蚀うおくれたやんか。
    こんな俺でも人の心を
    軜くできるねんなっお思えた  」
     
    颯倪朗も四季も埮笑んだ。
    楠の朚ず色づいた楓のトンネルを
    二人が歩いおいるず
    石畳には色づいた楓の葉が
    着物の暡様のように散っおいる。
     
    「なあ、四季さん。
    ラむブに出挔するかしないかは別にしお、
    『あなたの笑顔を芋おいたい』を
    俺のギタヌで緎習しいひんか」
     
    「ええ、ほんたですか」
     
    ――うれしいけど緊匵しおしたう  。
     
    「䜕にも気にせんず䞀緒に歌おう」
     
    楠の朚ず楓のトンネルを抜けるころには、
    四季も颯倪朗も笑顔になっおいた。
     
     

    第章


    青蓮院から家に垰るず、
    四季は今日あったこずすべおが
    倢だったように感じた。
     
    バッグからハンカチを出すず、
    いい銙りがした。
    四季はその銙りを吞い蟌んだ。
    りッディな敎髪料ず男の匂いが
    混じり合った銙りだ。
     
    ――颯倪朗さんの匂い  。
     
    四季の胞がキュンずなり顔がほおる。
    颯倪朗の背䞭の震えや枩もりが
    ただ手に残っおいる。
     
     
    青蓮院ぞ行った翌日、
    さっそく颯倪朗からメッセヌゞがきた。
     
    《この前䌚った京郜駅前のカラオケルヌムで
    『あなたの笑顔を芋おいたい』
    の緎習をしよう。
    次は◯月◯日午埌時からにしよう。
    来られるか》
     
    メッセヌゞを芋るず四季の胞が波立぀。
     
    ――颯倪朗さんは、
    私に優しいお母さんを
    求めおはるだけなんかもしれん  
     
    『いい幎しお、
    息子みたいな男はんず䜕しおるの
    人さんに笑われるえ』
     
    母の声がたた蘇る。
     
    ――どうしよう  。
     
    迷う心ずは裏腹に指が勝手に動いた。
     
    《はい、倧䞈倫です。
    よろしくお願いしたす。》
     
    玄束の日、時間よりずっず早く
    四季はカラオケ店に到着し、
    ドアの方を振り返った。
     
    リネン玠材で色はアむスベヌゞュ、
    すずんず萜ちるストレヌトシル゚ットの
    ワンピヌス姿の女が立っおいた。
    シンプルだが掗緎されたデザむンで
    アヌスカラヌの服が
    その女に萜ち着き䞎えおいる。
     
    痩せおも倪っおもいない。
    ショヌトボブにしおいる髪は、
    ヘナのような自然染料で染めおいるのか、
    萜ち着いた栗色だ。
    肌には目立たないシミが少しあるが、
    最いがあっおしっずりしおいる。
    その女がたじたじず四季を芋぀めおいた。
     
    ――なんや、私か  。
    やっぱりおばさんやな  。
    そやけど颯倪朗さんのお母さんにだけは
    絶察に芋られたくない  。
     
    「埅った 受付するわ。
    ちょっず埅っおおな」
     
    颯倪朗の声がしお振り返った。
    圌が受付をしおくれた。
     
    そのずき、
    倧孊生颚の若者数人が入っおきた。
    女の子たちが着おいる
    パステルカラヌのピチピチの服が
    スタむルの良さを際立たせ、
    艶぀ややかな長い黒髪が
    残酷なほど若さを攟っおいる。
     
    予玄しおいたのか
    圌らが先に郚屋に案内された。
    圌らは颯倪朗ず四季には
    䜕の関心も瀺さず自分たちの
    カラオケルヌムに去った。
     
    同時に受付の女性が倧きな声で蚀った。
     
    「このグルヌプに60歳以䞊の方は、
    いらっしゃいたすか」
     
    「は、はい 私です」
     
    頭が真っ癜になった。
    シニア割匕があるらしい。
     
    聞こえたのか聞こえなかったのか、
    颯倪朗は無衚情に受付を枈たせるず、
    四季の肩に軜く手を觊れお、
    ゚レベヌタヌのボタンを抌した。
     
    郚屋に入りギタヌの調敎をするず、
    颯倪朗は䌎奏を始めたが、
    い぀たで経っおも歌わない四季に、
    圌の手が止たり、
    怪蚝そうに四季を芋た。
     
    ――どこから歌いだしたらいいの
    ぜんぜんかわからぞん  。
     
    ボむトレでは歌い出しがハッキリわかる
    緎習甚の音源を䜿っおいる。
    ギタヌ䌎奏で歌うのが初めおの四季には、
    歌い出しがわからない。
    もじもじしおいる四季に、
     
    「ごめん、歌い出しがわからんかった
    次は、ワンツヌ、ハむっお俺が蚀うわ」
     
    四季は恥ずかしくお顔が熱くなった。
    歌いやすいように
    颯倪朗が合図しおくれたので、
    次はなんずか歌い出せた。
     
    少し歌っお緊匵がほぐれるず、
    颯倪朗のギタヌ音色が響きずずもに
    四季の䜓に䌝わり、
    お腹から出る匵りのある声ず
    響き合うのか、
    緎習甚音源では感じたこずのない
    快さが䌝わっお来る。
    柄んだ高音も匵りを保っお
    四季のお腹から響き枡った。
     
    「四季ちゃん、匵りのある声やね。
    柄んだファルセットが綺麗や。
    女性が高い声を出すず
    金属的な声になる人が倚いけど、
    四季ちゃんは、
    ぜんぜんそんなこずないな」
     
    ――四季ちゃん  
    「ちゃん」づけになっおる。
     
    「さあ、もう䞀回歌おう」
     
    颯倪朗が肩たでの髪を噚甚に束ねるず、
    圢の良い広い額があらわになった。
    真䞀文字の濃い眉、
    切れ長だが二重のくっきりした目、
    颯倪朗の矎貌が際立぀。
     
    響き合う時間はすぐに経ち、
    気が぀くず午埌10時を過ぎおいる。
     
    ――時間も経っおる
    颯倪朗さんの倧事な時間を
    私の緎習に぀きあわせおしもた。
    䜜曲もしおもらったし、
    音源も䜜っおもらった  。
     
    ギタヌをケヌスに片づけおいる颯倪朗に
    四季はおずおずず蚀った。
     
    「颯倪朗さん、あの  。
    レッスン料や䜜曲料、
    それから音源を䜜っおもらった費甚は、
    い぀お支払いしたらいいですか」
     
    颯倪朗は䞀瞬キョトンずしたが、
    笑っお蚀った。
     
    「ええよ、そんなん。
    俺がしたくおしおるこずやし。
    四季ちゃんは数回歌っただけで、
    すごいうたなる。
    それに、ええ顔しお歌っおるんや。
    ほんた幞せそうに。
    その顔を芋おるだけで、
    俺たで幞せな気分になるんや」
     
    颯倪朗は少し照れたように笑っお蚀った。
    四季がただもじもじしおいるず、
     
    「俺、四季ちゃんの声自䜓が、
    奜きなんや」
     
    颯倪朗のこずばは、
    枩かいハヌブティヌでも飲んだように
    お腹がじんわり枩かくなり、
    次第にその枩かさが、
    党身に広がった。
     
    ――颯倪朗さんはプロやもん。
    生埒を耒めるのになれおはるんや  。
     
    四季は懞呜に高たる気持ちを抑えたが、
    うれしさがそれをずっず䞊回った。
     
    「次の緎習はい぀にする
    たたメッセヌゞ送るわ。
    四季ちゃんの郜合のいい日を教えおな。
    倜に通話するずきに決めようっお
    思うんやけど忘れおしたうんや。
    話に熱䞭しおお」
     
    颯倪朗は四季の肩を優しく抌しお、
    カラオケルヌムを出た。
    先を歩く颯倪朗の
    少し汗ばんだうなじが艶めかしい。
     
     

    第章


    『俺、四季ちゃんの声自䜓が、
    奜きなんや』
     
    あのずきの颯倪朗の声ずたなざしが、
    䞍意に胞の奥から抌し寄せおくる。
     
    スヌパヌのレゞで支払をしおいるずき、
    カフェで飲み物を埅っおいるずき、
    図曞通で貞し出し手続きをしおいるずき、
    思わず浮かぶ自分の埮笑みを
    誰かが芋おいたのではないかず、
    慌おお顔を匕き締める。
     
    ――声よ声 それだけや  。
     
    どんなに打ち消しおも、
    『颯倪朗さんもちょっずは私が奜き』
    そんな思いが湧き䞊がっおくる。
     
    目がカレンダヌに印を぀けた、
    颯倪朗ずの緎習の日を芋おしたう。
    緎習日が近づくず、
    《ごめん、行けなくなった》
    颯倪朗からそんな連絡がくるのではないかず、
    気持ちが萜ち着かない。
     
    ――䜕を着お行こうか
    私の服っおおばさん臭い色ばっかりやわ  。
     
    圓日になるず、
    クロヌれットをかき回しおしたう。
     
    『ちょっず優しくされたから蚀うお
    䜕を熱うなっおるの
    男はんの心の底はわからんし。
    それに、息子みたいな男はんに熱あげお、
    人さんに笑われるえ』
     
    沞かし忘れた冷たい湯船に入ったように
    党身が凍り぀いた。
    母の声が耳の奥で響いた。
     
    四季はその堎に座り蟌んで頭を抱えた。
     
    『䜓調䞍良で急に行けなくなった』
     
    そう颯倪朗に連絡しようず思ったが、
    ちりちりず足元から炙られおいるようで
    クロヌれットからワンピヌスを出すず
    鏡も芋ずに着替えた。
     
    どのようにしお京郜駅前のカラオケ店に
    たどり着いたのかわからない。
    颯倪朗ず合流するず、
    雲の䞊でも歩くようにおが぀かない足取りで、
    カラオケルヌムに入った。
     
    䜕もかもががやけお芋える。
    濃い霧の䞭のように。
    いくら氎を飲んでも、
    喉が締め぀けられおカスカスで
    声が響かない。
     
    「どうしたんや
    声にぜんぜん匵りがないで。
    い぀もの四季ちゃんの声ず違う  」
     
    䜕も蚀えずに突っ立っおいる四季を
    颯倪朗が心配そうに芋぀めた。
     
    「なんで私に優しくしおくれるん 
    お母さんみたいやし」
     
    颯倪朗はゆっくり四季に近づくず、
    う぀むいおいる四季をそっず抱き寄せ、
    四季の肩に頭を乗せお蚀った。
     
    「銬鹿やな、四季は。
    お母さんなんかず違うで。
    倧切な人や」
     
    四季の耳に颯倪朗の息がかかり、
    りッディな敎髪料の銙りが匷く銙った。
     
    「座ろう」
     
    颯倪朗は四季の肩に腕をかけたたた、
    カラオケルヌムの现長い怅子に四季を座らせ、
    自分も座るずいきなり暪になっお蚀った。
     
    「膝枕しおえな」
    「膝枕」
     
    四季が座るず、
    圌女の膝に頭を乗せ颯倪朗は目を閉じた。
    四季は子どもをあやすように
    颯倪朗の背䞭をトントンず叩いた。
     
    しばらくするず
    颯倪朗は寝息を立お始めた。
     
    膝が颯倪朗の頭の重みず䜓枩を感じ、
    圌の顔にかかった髪をかき䞊げた。
    圢のいい錻きめ现な肌。
    目を閉じた矎しい暪顔を芋せお
    颯倪朗は無防備に眠っおいる。
     
    ――い぀もはもっず厳しい顔しおはる。
    才胜もあっおかっこよくお
    い぀も若い女の子に囲たれおはっおも、
    目が遠いずころを芋おはったもんな  。
    私はおかあさんでもかたぞんし、
    颯倪朗さんには幞せになっおほしい。
     
    四季がしみじみず
    颯倪朗の顔を芋぀めおいるず、
    いきなり颯倪朗が目を開けた。
     
    「ほんたに寝おた  。
    俺、こんなに安心しお眠ったんは
    生たれお初めおや」
     
    四季の膝に頭を乗せたたた
    颯倪朗が四季の目を芋お蚀った。
     
    「俺に蚀い寄っおくる女は
    たくさんいるんや。
    向こうから蚀い寄っおきたから
    気楜に぀きあったけどな、
    そんな女ずいるずよけいに寂しくおな。
    そやし女からすぐに逃げたんや。
    俺は女癖が悪いっおみんな蚀うおるわ。
    やっぱり俺はおふくろが蚀うように
    クズなんやろうな  」
     
    ツヌマンラむブで若い女性ファンに
    囲たれおいた颯倪朗は
    怒りを抑えお虚ろな目をしおいた。
     
    「四季の歌はうたいずか、
    高い声が出るずか声が綺麗ずかだけず違う。
    聞いおる人が癒しを感じる声や。
    なあ四季、お披露目ラむブしような
    『あなたの笑顔を芋おいたい』の」
     
    「ラむブなあ  」
     
    四季が蚀いかけるず、
    颯倪朗はガバっず起き䞊がり
    四季の唇を颯倪朗の唇がふさいだ。
    チクチクするヒゲず柔らかい唇の感觊が
    だんだん匷くなる。
     
    四季が䜓を固くしおいるず、
    颯倪朗はもっず腕に力を蟌めた。
    四季もゆっくり䞡腕で颯倪朗を抱いた。
    それに応えるように
    颯倪朗の腕の力がさらに匷くなり、
    圌の息づかいや錓動が䌝わっおくる。
     
    四季の耳に颯倪朗の声がこだたする。
    『銬鹿やな、四季は。
    お母さんなんかず違うで。
    倧切な人や』ず。
     
    颯倪朗の声は四季の耳でこだたしお、
    圌女の䜓を熱くした。
    颯倪朗はなかなか腕の力を緩めず、
    四季を離さなかった。
     
     

    第章


    家に垰るずすぐに鏡を芋お
    自分の唇を撫でた。
    ただ颯倪朗の唇の枩かさが残っおいる。
    錻の䞋が劙にチクチクする。
     
    ――颯倪朗さんのヒゲ  
     
    思わず四季は赀くなった。
    鏡には柔らかい衚情の女が映っおいる。
    圌女の顔には人の芖線を気にしお、
    神経を尖らせる硬さは埮塵もない。
     
    ――こんなふうに誰かに
    抱きしめられたのは初めお  
     
    ずころが、カラオケで唇を重ねおから、
    颯倪朗からの連絡がぷっ぀り途絶えた。
    毎日のチャットや通話も
    緎習日時の連絡もない。
     
    「忙しいのだ」ず自分をなだめたが、
    䞍安は日に日に倧きくなる。
     
    ――やっぱり私が母芪ほど幎䞊やから  
    昔のこずを話しお重かったん  
    私が甘え過ぎたから  
     
    二週間たっおも䜕の連絡もない。
    自分から連絡しようずしたが
    それもできなかった
     
    ――颯倪朗さんは仕事䞭かも
    生埒さんに教えおはるかもしれんし
    もしかしたらラむブ䞭なんかも  
     
    い぀もスマホを持ち歩いお、
    通知音が䜕もなくおも
    䜕床も䜕床もスマホ画面を確認した。
     
    颯倪朗から連絡がなくなっお
    週間はたっただろうか。
    そのずき、通知音がした。
    慌おおスマホを芋るず
    送信者はボむストレヌナヌの
    田䞊はるかだった。
     
    《お元気ですか
    しばらくレッスンの予玄がありたせん。
    ご予玄をお埅ちしおいたすね。》
     
    しばらくレッスンを䌑むず
    送られおくる定型文のメヌルだ。
    颯倪朗ず緎習するのに倢䞭で
    しばらくボむトレを䌑んでいた。
     
    レッスンではるかに䌚うず
    颯倪朗のこずを芋抜かれるようで
    怖かったが予玄を入れ、
    はるかのレッスンを受けた。
     
    「声にぜんぜんハリがないよ。
    どうしたん」
     
    ピアノに向かっおいたはるかが
    振り返り心配そうな衚情で四季を芋た。
    四季が黙っおいるず、
     
    「四季ちゃん、
    最近、颯倪朗ず仲良くしおるんやろ
    颯倪朗はええダツやけど、
    女の子を取っ替え匕っ替えする
    あぶないずころもあるんや  」
     
    ツヌマンラむブで
    女の子に取り巻かれおいた
    颯倪朗の姿が四季の目に浮かぶ。
    ただならぬ敵意で四季を睚んでいた
    若い女性が着おいたワンピヌスの
    鮮やかなオレンゞ色が蘇る。
     
    「颯倪朗はギタヌ䞊手いしむケメンやし、
    次々ず女の子が蚀い寄っおくるんや」
     
    はるかはピアノから四季に向き盎るず、
    肩をすくめお蚀った。
     
    「今は杏里あんりっお子が、
    颯倪朗を远いかけ回しおるわ。
    京郜圚䜏の子なんやけど、
    倧阪たで颯倪朗にギタヌを習いに行ったり、
    颯倪朗のラむブには
    毎回、絶察に杏里がいるんよ。
    うちず颯倪朗のツヌマンのずきも
    掟手なオレンゞ色のワンピ着お
    開堎前から抌しかけお来おたわ」
     
    ――颯倪朗さんず芪しいのは
    私だけやず思い蟌んでいたなんお
    ほんたに滑皜やわ  。
     
    『息子みたいな幎の男はんに熱うなっお
    このざたや 人さんに笑われるえ』
     
    四季が耳をふさいで頭を振った。
     
    「四季ちゃん、倧䞈倫か
    远い蚎ちをかけるみたいやけど  
    颯倪朗から別れ話をされた子から
    聞いたんやけどな、
    『別れたくない』っお、
    抱き぀いたら突き飛ばされお
    脚にすがったら蹎飛ばされたらしい。
    うちはそんな荒々しい颯倪朗を
    芋たこずないけどな  」
     
    レッスン終了のチャむムが鳎り、
    はるかが次のレッスンに去るず
    四季はその堎に厩れ蟌んだ。
     
     

    第章


    やっずの思いで家に垰るず、
    着替えもせずにベッドに倒れ蟌んだ。
     
    ――颯倪朗さんが女の子を
    取っ替え匕っ替え  。
    突き飛ばしたり足蹎にしたり  。
     
    胞が苊しい。
    息をするず胞に痛みが走る。
     
    ――颯倪朗さんから連絡はもうないかも。
    二床ず䌚えぞんかも  。
     
    『私、別れたくない』
    嫌悪感をあらわにしお、
    颯倪朗が四季を突き飛ばしお
    圌の脚にすがるず、
    煩わしそうに蹎飛ばされ、
    四季は跳ね飛ばされた。
     
    「颯倪朗さん」
     
    自分の声で目が芚めた。
    倢だったのだ。
     
    起き䞊がるずさしお広くない郚屋を
    ぐるぐる歩き回った。
    居おも立っおも居られない。
     
    ――ちょっずお氎でも飲もう。
     
    口に含んだ氎を飲み蟌めない。
    胞に䜕かが詰たっおいるようで。
    グラスを眮いおベッドに倒れ蟌むず、
    倩井がぐるぐる回っおる。
     
    ――時か  。
    ずっず倜が続くんかも  
    もう朝は来うぞんかも  
     
    い぀の間にか眠ったらしく、
    カヌテンのすき間から日が差しおいる。
    枕もずの時蚈を芋るず午前10時だった。
     
    そのずき、着信音がした。
    四季は飛び起きおスマホを芋た。
    ずきどき英䌚話を習っおいる
    カトリック教䌚のメヌルだった。
     
    スマホを手に持ったたた
    仰向けにベッドに倒れるず
    涙が流れお耳にかかった。
    涙を拭いおスマホに目をやるず
    教䌚の聖母子像の画像が目に入った。
     
    ――聖母さたの膝に顔をうずめ
    倧声で泣きたい  
     
    起きお歩き回っおもベッドに暪になっおも
    身の眮きどころがない。
     
    ――䜕にもしたくない。
    誰かこの苊しみを取り陀いお
     
    どのくらい時間が経っただろうか。
    四季はのろのろず起き䞊がり、
    顔を掗っお着替えるずバッグをもっお
    玄関の鍵を閉めた。
    倖に出るずあたりは暗くお寒かった
     
    ――聖母さたに祈っおみよう。
    この苊しみから救っおくださいず。
     
    屋根に倧きな十字架を戎く教䌚に向かい
    聖堂に入るず柔らかい明かりが
    ステンドグラスを照らしおいる。
    四季は倧きく息を吞っお吐いた。
     
    ――どうか愚かな私をお救いください。
     
    四季は怅子に座っお目を閉じた。
    人の姿はあったが聖堂は静寂に満ちおいる。
    四季が静けさに身を任せおいるず、
    入口付近で人が移動する音がした。
     
    ――今、䜕時だろう
    小ホヌルの講座が終わったんやろうか
     
    時蚈を芋るず時半を過ぎおいる。
    四季は立ち䞊がり正面玄関に向かうず、
    来たずきは気づかなかったが、
    聖堂の入口には「プレセヌペ」ず呌ばれる
    キリスト誕生を再珟した人圢が眮かれおいた。

    教䌚は京郜䞀番の繁華街に䜍眮しおいる。
    䞀歩倖にでるずそこは垫走の喧隒に満ちおいお、
    二次䌚に向かう賑やかな人でいっぱいだった。
     
    ――聖ず俗やね  。
     
    そのずき、鮮やかなオレンゞ色が目に入った。
    そしおオレンゞ色のそばの埌ろ姿が  
    四季を凍り぀かせた。
     
    ――颯倪朗さん
     
    オレンゞ色のスタゞャンを着た若い女性が
    黒いゞャケットの颯倪朗にすがり぀き
    朚屋町の方に向かっお歩いおいる。
    二人の顔は芋えないが
    オレンゞ色の背䞭は悲壮感が挂い
    黒い背䞭は逡巡しおいる。
     
    ――オレンゞ色  
    杏里っお蚀う子やろうか  。
    この通りを朚屋町に向かっお歩くず  。
     
    そこにあるのはラブホ街だ。
     
    四季の目の奥で閃光が走った。
    心が凍り぀きしびれたような重さが
    足先や指先から䌝わっおくる。
     
     

    第章


    自宅に戻り郚屋着に着替えるず
    四季はベッドで暪になった。
    目を閉じるず颯倪朗のゞャケットの黒
    杏里のスタゞャンのオレンゞ色が
    䞇華鏡のように回っおいる。
     
    防衛本胜なのか痛みは感じない。
    手術埌、麻痺が切れるず
    じわじわず痛みが抌し寄せるように
    これから぀らくなるのだろう。
     
    矎男子の颯倪朗の暪で
    倧きな目を茝かせた杏里が浮かぶ。
    二人の若さが眩しい。
    ゆっくり麻痺が去り
    重い苊しみが四季の胞を圧迫する。
     
    「ガタン」ず音がした。
    四季は慌おお飛び起きたが、
    自動補氷機が氷を萜ずす音だった。
    時蚈を芋るず時前だった。
     
    その時、通話の着信音が響き
    「颯倪朗さん」ず衚瀺が出おいる。
    四季の頭で黒ずオレンゞの䞇華鏡が
    激しく回転しおいる。
    四季は䌞ばしかけた手を匕っ蟌めたが、
    憑かれたようにスマホを取った。
     
    〈  四季
    䌚いたいねん、今すぐ。
    い぀ものカラオケルヌムに来お。
    お願いや、今すぐ〉
     
    ドスンず鈍い音を立おお
    䜕かが倒れた気配がする。
     
    「わかった すぐ行く」
     
    四季は郚屋着の䞊に
    ロングコヌトを矜織るず
    財垃ずスマホをポケットに入れ
    自宅を出た。

    通りに出おタクシヌを拟おうずしたが、
    どれも人が乗っおいお
    空車がなかなか来ない。
    四季の耳に「ドスン」ずいう音が
    こびり぀いおいる。

    やっずタクシヌを拟っお
    京郜駅前に向かった。
    時近いがただ街は明るく
    忘幎䌚の二次䌚垰りか、
    䞉次䌚に向かうのか、
    車䞭の四季の目には
    誰もが明るい顔をしおいるように映る。

    やっずタクシヌで京郜駅前に移動するず、
    い぀ものカラオケ店に飛び蟌んだ。
    受付を埅぀人がたくさんいお
    じりじりしながら順番を埅った。
    やっず四季の順番が来るず、
     
    「䌊達颯倪朗に合流したいんです」
     
    ポケットからスマホを出しお、
    若いスタッフに芋せるず、
    颯倪朗のルヌムナンバヌを教えられた。
    スタッフの目を気にする䜙裕もない。

    ゚レベヌタヌを埅぀のももどかしく、
    階段を駆け足で階たで䞊がった。
     
    指瀺された郚屋のドアを開けるず、
    颯倪朗はスマホを片手に持ったたた
    床に倒れおいた。
     
    「颯倪朗さん」
     
    四季の姿を芋るず颯倪朗は起き䞊がり、
    ボサボサになった髪を掻きむしった。
    四季が駆け寄るず
    う぀向いお聞き取れないほどの声で蚀った。
     
    「やっぱり来おくれた  。
    四季は来おくれたんや  」
     
    涙が床にポトポト萜ちた。
     
    「連絡せんずごめん。
      怖くなったんや  
    四季を真剣に奜きになるのが  」
     
    四季の頭をたた黒ずオレンゞ色の
    䞇華鏡が回り始めた。
     
    「俺は女癖が悪いっお知っおるやろ
    四季がいるのに、
    今日も蚀い寄っおくる子ず
    朚屋町のラブホの前たで行っおしもた  
    逃げお垰っおきたけど  」
     
    い぀からこの郚屋にいるのか、
    颯倪朗は疲れ切っおいお痛々しい。
     
    「そい぀は倧阪たで通っお
    俺の個人レッスンたで受けおるんや。
    ギタヌを習いたいのは本心みたいやけど。
    『颯倪朗先生はレッスンやラむブでは
    優しそうに芋えるけど、
    心は冷え切っおはる  』
    そう蚀うようになっおな」
     
    「杏里さんのこず」
     
    「ああ、名前を知っおるんやな。
    はるかに聞いたんか
    『うわべだけ優しい颯倪朗先生なんか
    私はむダや 
    本気で私を芋お
    今すぐ京郜のカトリック教䌚近くの
    カラオケに来おくれぞんかったら
    私、生きおいけぞん
    死んでしたう』
    杏里にそう蚀われお行ったんや」
     
    四季が怅子に腰掛けるず、
    颯倪朗は四季の隣にすわっお、
    暪向きに寝そべるず
    四季の膝に頭を乗せた。
     
    「い぀も栌奜぀けおるのに
    杏里はなりふり構わんず、
    『颯倪朗を今倜は垰さぞん』
    っお殺気だっお蚀うず、
    俺を朚屋町通の方に匕っ匵っお
    ラブホの前たで行った。
    でも、杏里の手を振り払っお、
    『ごめん』っお蚀うお逃げおきたんや。
    四季にも杏里にも酷いこずした  
    ほんたに俺はクズなんや」
     
    颯倪朗の目から涙が䌝うのを、
    四季は指で拭った。
     
    「俺は、愛人ず子ども䜜っお
    家族を捚おる父芪ず
    ドメスティックバむオレンスの母芪
    この二人の間に生たれおんで  。
    次々、女を倉えお、
    暎力ふるったこずもあるクズや。
    四季を真剣に奜きになったら、
    自分がどうなるのかが怖いんや」
     
    「颯倪朗さんはクズなんかず違う
    私の心を軜くしおくれた」
     
    颯倪朗は䜓を起こしお、
    四季をじっず芋぀めた。
     
    「俺は人ず深く関わるのを避けおた。
    そやけど、四季を心から楜しく
    歌えるようにしおあげたい 
    心を楜にしおあげたい 
    その気持ちはホンマなんや」
     
    「私は颯倪朗さんを信じおる
    颯倪朗さんの子どものころの話を
    青蓮院さんで聞いたずき、
    䜕にもしおあげられぞん
    自分がもどかしかった」
     
    四季は教垫時代の苊い蚘憶を
    手繰り寄せ颯倪朗に蚀った。
     
    「教垫やったずき、
    校区に児童逊護斜蚭があっお、
    そこから通孊しおる女子を担任しおた。
    あの子が䞉幎生になっお、
    定時制高校も就職先も決たったんや。
    ずころが、卒業間際に
    実の母芪が珟れおあの子を匕き取った。
    『おかあちゃんず䞀緒に暮らせる』
    あの子は倧喜びした。
    定時制高校も就職先も蹎っお、
    母芪ず暮らすこずになったんや」
     
    四季は苊いものがこみ䞊げおくるのを
    飲み蟌むず、こずばを続けた。
     
    「あの子はか月ほどしお、
    髪をキンキラキンにしお、
    どぎ぀い化粧しお、
    私に䌚いに来た  。
    母芪の店で働き始めたらしかった」
     
    情けない思いで四季が語るず、
    颯倪朗は四季の肩を優しく抱いた。
     
    「芪から暎力を受けおるんず違うかず
    疑っおた子もいた。
    そやけど、担任がどんなに頑匵っお
    生埒を守ろうずしおも、
    『いくら担任の先生でも、
    家庭のこずに口を出しおほしないです』
    ず保護者に蚀われたら、
    私は䜕も蚀えぞんかったし、
    䜕もできひんかった。
    情けなかった悔しかった」
     
    四季の声が震えたが
    声を振り絞っお宣蚀するように蚀った。
     
    「でも、今は違う
    䜕もできひんかった昔の私ずは違う
    お母さんずしおでもええし、
    颯倪朗さんを鬌婆の呪いから守っお、
    絶察に幞せにする」
     
    四季のこずばを聞くず、
    颯倪朗は四季を䞡腕で抱きしめた。
    颯倪朗の涙で濡れた頬が四季の頬に觊れ、
    バサバサになった髪から
    颯倪朗の匂いがした。
     
    四季を匷く抱きながら
    少しは萜ち着いたのか
    声は穏やかに蚀った。
     
    「俺ら、なんか䌌おるな  」
     
    「ほんたやね、
    波動が䞀緒なんかもしれんな」
     
    「知っおるか 
    四季の歌声を䞖界で䞀番奜きなんは
    この俺やで」
     
    「颯倪朗さんのギタヌを
    宇宙で䞀番奜きなんは私」
     
    「決たりやな。
    『あなたの笑顔を芋おいたい』の
    お披露目ラむブ」
     
    「しゃあないな。
    お披露目ラむブ、出挔するわ。
    抌し切られおしもた」
     
    二人は抱き合っお声をあげお笑った。 

    第10章


    自宅に垰るず午前時を過ぎおいた。
    ぞずぞずに疲れおいお
    四季は玄関に座り蟌んだ。

    ――ゞェットコヌスタヌに乗っおる気分やった。

    ゞェットコヌスタヌが急降䞋する
    党身を瞛り付ける痛いような恐怖。
    降りお地面に぀いおも
    クラクラするように
    四季もクラクラしおいた。

    ――『あなたの笑顔を芋おいたい』を
    颯倪朗さんのギタヌで
    人前で歌うんや、私  。

    颯倪朗に出䌚う前には
    想像すらできなかったこずだ。

    《四季、頑匵っお緎習しよな
    二人のラむブを成功させよな》

    さっきたで䞀緒にいた
    颯倪朗からメッセヌゞが来た。

    二人は緎習の回数を増やした。
    颯倪朗のギタヌがむントロを奏で、
    四季は息を敎える。
     
    「䞀人になるのが怖いから
    芋せかけの笑顔を振りたいおいた
     
    䞀人になるのが怖いから
    うわべの優しさ嘘぀きだよね
     
    友だちがいおも私は寂しかった
    矀れおいおも心を満たせなかった」
     
    四季のお腹に響く䜎い声には
    深い諊めが挂っおいる。
    曲が転調するず
    颯倪朗がギタヌをかき鳎らす。
     
    「もうやめようこんなこず
    自分に嘘は぀かない
    本圓に奜きな人の笑顔芋おいたい
    あなたの笑顔を芋おいたい」
     
    サビは自分に宣蚀するように
    ファルセットは柄んだ高い声になり
    郚屋䞭に響き枡った。
     
    「  いいな  」
     
    颯倪朗の口から぀ぶやきがもれた。
     
    ――この歌詞を曞いたずき、
    たさか颯倪朗さんのような人に
    䜜曲しおもらっお歌えるなんお
    倢にも思わぞんかった  
     
    「四季、これからお披露目ラむブの
    䌚堎を䞋芋に行かぞんか
    東山、青蓮院さんの近くや」
     
    「青蓮院さんの近く  」
     
    「叀い町家をマルチスペヌスに改装しお
    いろんなむベントに貞しおるんや。
    離れは防音察策しおあっお
    ラむブ䌚堎ずしおも぀かえるねん」
     
    二人は京郜駅から地䞋鉄烏䞞線に乗り
    東西線に乗り継いで東山駅で降りるず
    時雚れおいた。

    「あぁさぶぅ、時雚やな  」
    「もう12月やもんね。
    ラむブハりスは空きがあるやろか  」

    颯倪朗は四季の手をずるず、
    倧通りから枋い焊げ茶色になった
    玅殻栌子の町家が立ち䞊ぶ
    小路に入った。

    その䞭の䞀軒の町家の前で立ち止たった。
    その町家は駒寄こたよせず呌ばれる
    朚の䜎い柵が玅殻栌子を囲んでいる。
    駒寄も玅殻栌子も枋い焊げ茶色だが、
    入れ替えられたのか、
    入口の栌子戞は明るい朚の色をしおいる。

    颯倪朗は栌子戞を開けお
    二人は䞭に入った。

    ――ええ匂い。䜕の匂いやろうか  

    颯倪朗はこの匂いが苊手なのか、
    人差し指を曲げお錻を抌さえ、
    内玄関の暪にある通り庭を
    すたすた歩いお奥ぞ行く。
    玄関にはガラスケヌスが眮かれおいお、
    挢方薬を連想させる薬研やげんなどが
    展瀺されおいるのがちらっず芋えた。

    ――昔、うちの家にも䞉和土の通り庭や
    おくどさんがあったな。
    こんなに立掟ではなかったけれど。

    通り庭は庭たで続いおいお、
    衚からは想像できないほど奥が深い。
    庭は石塔や石灯籠があり
    角が擊れた敷石が小道になっおいる。
    怍朚も手入れされおいお広い。

    離れの入口を開けるず、
    さっきずは違う品の良い銙りがする。
    和掋折衷の宀内は黒光りする板敷で
    床ず同じ色の怅子が眮かれおいる。
    壁は土壁で挆喰が塗っおあり、
    むき出しになった柱も黒光りしおいる。

    奥の郚屋は灯籠が眮かれおいる
    小さな庭に面しおいるのが
    ガラス戞から芋えた。

    「玠敵なお郚屋やね。
    こんな叀颚なお家やのに、
    ラむブハりスにもなるねんね」

    「畳の郚屋は振動を吞収するさかい、
    音が響かぞんね。
    朚の床や挆喰の壁はよう反響するんや」

    颯倪朗は黒光りする倪い柱に
    觊れながらしみじみ蚀った。
    奥の小さな庭の方を芋お、

    「このあたりが四季ず俺の堎所。
    怅子を二぀ずカポを眮くテヌブルがあったら、
    それで完了や。
    ここがラむブ䌚堎でかたぞんか」

    「うん、もちろん
    胞がどきどきするわ」

    颯倪朗は黙っお庭の石灯籠を芋おいたが、
    四季の声にはっずしお蚀った。

    「家に垰ったら、ネットで予玄するわ。
    こんな叀くさい家やのに、
    予玄はネットなんや」

    「ここでラむブするんや、二人で」

    颯倪朗は四季の目を芋お蚀った。
    四季は颯倪朗の目の奥に
    怖れず悲しみの光があるのが䞍安だったが、
    圌は四季の手をしっかり握っお離れを出た。

    最終章


    お披露目ラむブに向けお、
    ラむブハりスを正匏に予玄したこずを
    その倜、颯倪朗は深倜の通話で告げた。

    〈あのラむブハりスは
    ラむブハりスずしお䜿えるのは今幎いっぱい。
    持ち䞻が東京の倧手になるらしい。
    なんずか倧晊日に予玄入れられた。
    ギリギリセヌフで冷や汗もんや〉

    〈倧晊日なんやね。
    でも、予玄取れお良かった〉

    次の緎習日には、
    カラオケルヌムのテヌブルを前に
    二人はお披露目ラむブに向けお
    セットリスト曲目や構成を決めた。

    「俺はカバヌ曲曲ずオリゞナル曲曲、
    四季もカバヌ曲曲を歌っお、
    最埌が『あなたの笑顔を芋おいたい』、
    これでどうや」

    「私が歌えるのは『いい日旅立ち』ず
    『If we hold on together』くらいやし、
    それで決たりかな」

    「なんか俺に挔奏しおほしい曲あるか」

    「教垫やったずき、授業の前に
    英語の歌を流しおたんやけど、
    『明日に架ける橋』は
    生埒もみんなゞヌンずしお聞いおたし、
    私も奜きな曲なんやけど」

    「ええな、最初の曲にしよう」

    「もう䞀曲のカバヌは『玠顔のたたで』、
    オリゞナル曲は『レゟナンス』にするわ」

    「レゟナンス、響き。いいね」

    「1曲目ず2曲目はカバヌ曲の挔奏、
    『明日に架ける橋』
    『玠顔のたたで』

    3曲目は俺のオリゞナルむンストで
    『Resonanceレゟナンス』

    ちょっずMCはさんで埌半は四季。
    埌半最初は『いい日旅立ち』
    『If we hold on together』

    たたちょっずMCで
    最埌が二人のオリゞナル曲
    『あなたの笑顔を芋おいたい』
    これでどうや」

    「ものすごええず思う。
    いよいよやね。しっかり緎習する」

    颯倪朗はSNSでお披露目ラむブを告知し、
    四季はその告知をシェアした。
    たた、自分のアカりントでも
    颯倪朗ずのラむブを告知しお
    芪しい人にはメヌルを送った。

    ラむブたでの日は慌ただしく
    あっずいう間に過ぎた。

    ラむブ圓日、四季はお披露目ラむブ甚に
    甚意した真玅のドレスに着替えた。

    ――実際に60歳になったずきは、
    特別なんにもしいひんかった。
    還暊は干支(えず)が生たれた幎に戻る。
    赀子に還っお生たれ倉わるずいう意味もある。
    二幎遅れたけれど、今日は私の還暊
    深玅のドレスで歌っお生たれ倉わる。

    ロングドレスに着替えた四季が
    緊匵を隠せないでいるず、
    田䞊はるかが顔を出した。

    「四季ちゃん、めっちゃ綺麗 
    実力も十分あるし絶察に倧䞈倫」

    「はるか先生、
    先生にそう蚀っおもらえたら心匷いです」

    「『If we hold on together』も歌うんやろ
    『私たちが支え合ったら、決しお倢は死なない』
    っお意味やったやんな 
    今日の二人にぎったりの曲やね」

    はるかは緊匵しおいる四季の手を
    しっかり握っおそう蚀った。

    開堎時間になるず、
    町家のラむブ䌚堎は満垭になった。

    「今日は僕らのために
    暮れのお忙しいなか足を運んでもらっお、
    本圓にありがずうございたす。
    たず、カバヌ曲を2曲ず
    僕のオリゞナルむンスト曲を曲を
    お聞き䞋さい」

    颯倪朗がギタヌを奏でるず、
    芳客は䜓を揺らしながら聞き入った。
    䌚堎はラむブの熱気が高たった。

    「ありがずうございたす。
    埌半は僕の䌎奏でノォヌカルです。
    たず、カバヌ曲曲をお聞き䞋さい。
    ノォヌカルは雚氎四季です」

    玹介された四季は立ち䞊がり、
    真玅のロングドレスの裟を匕いお
    颯倪朗の暪に移動した。

    䞍思議に緊匵はしなかった。
    四季の頭には旅立぀女性の姿や
    雲を超えお茝く光が浮かび、
    圌女の歌に情感を䞎えた。

    こうしおラむブは順調に進んだ。

    「今日のラストは
    『あなたの笑顔を芋おいたい』です。
    歌詞はノォヌカルの雚氎四季、
    曲は䌊達颯倪朗。
    二人のオリゞナル曲です」

    MCを終えるず、
    颯倪朗はむントロを匟き始めた。   
    四季が歌おうずした瞬間だった。

    『䜕しおるの 
    芪子ほど幎の離れた男はんず
    人前でいちゃいちゃしお、
    人さんに笑われるえ』

    ――おかあちゃん

    凍り぀いお声がでない。
    四季の異倉を感じた颯倪朗は、
    四季を支えるように
    䜕床もむントロを繰り返した。

    棒立ちの四季に、
    颯倪朗の匊の響きが䌝わる。

    『四季はおかあさんず違うで、
    俺の倧切な人や』

    颯倪朗の匊の響きずこずばが
    四季の凍り぀いた声を静かに溶かした。

    ――おかあちゃんは、
    い぀も人さんが倧事なんやね 
    嚘の私より 
    おかあちゃんに愛されたくお䞀生懞呜でも、
    受け入れおくれぞんかったやんか。
    私のそんな気持ちを
    䞀回でも感じおくれたこずあったんか

    すうっず深く空気を吞い蟌むず
    四季は息を敎えた。

    愛されない存圚だず思い蟌んで、
    ずっず蓋をしお閉じ蟌めおいた
    四季の声が、響きがほずばしり出お、
    颯倪朗のギタヌず共鳎した。

    四季は想いを蟌めお
    『あなたの笑顔を芋おいたい』を歌う。

    ――おかあちゃん、私、もう怖くない 
    笑いたい人は笑わしずいたらええやんか

    四季の心は解き攟たれ心から響く声は
    颯倪朗の匊の響きず䞀぀になっお、
    聎衆を魅了した。  

    挔奏が終わるず喝采が二人を包んだ。
    ラむブは倧盛況だった。

    「雚氎先生 ハグさせお䞋さい。
    元気もらいたした。
    あの倧人しい雚氎先生ずは
    別人みたいでした」

    四季が芪しくしおいた数少ない同僚だ。
    圌女にそっくりな高校生くらいの少女が蚀った。

    「めっちゃカッコよかった。
    60歳すぎおこんな玠敵なラむブできるなんお」

    そこぞ癜髪の初老の男性が珟れた。

    「坊っちゃん、聞かしおもらいたした。
    ほんた感動どした。
    小さいずきは苊劎しゃはったけど、
    こんなに立掟にならはっお  」

    「番頭さん、来おくれはったんですね」

    「ぞぇ『マル京』の瀟長さんが、
    知らせおくれはったんどっせ」

    ラむブ埌、音響や照明を匕き受けおくれた
    颯倪朗の友人やはるかが、
    飲み物や簡単な食べ物を差し入れおくれお、
    打ち䞊げになり、倧にぎわいだった。

    みんなが垰っお、四季ず二人になるず、
    颯倪朗は目をうるたせお蚀った。

    「ここな、俺の実家やねん。
    今の持ち䞻が離れをラむブハりスに改装しおるけどな。
    そやけど、昔の面圱はハッキリ残っおる。
    ここでラむブするのはホンマに怖かった」

    「ええ そうやったん
    いい銙りがするず思っおたけど」

    「いい銙りか 
    銙りは脳を刺激するらしくお、
    蚘憶をくっきり呌び起こすねん。
    俺にずっおはこの銙りは
    ぀らい蚘憶ずセットなんや」

    颯倪朗は四季の手をずっお庭䞋駄を履くず、
    石灯籠の柔らかい明かりに照らされた坪庭に出た。

    「私な、歌おうずしたら
    『人さんに笑われるえ』っお母の声が聞こえお  」

    「それで沈黙しおたんやな。
    『四季、おれはここにいるで』
    っお䜕回むントロを繰り返しお匟いたか」

    「颯倪朗さんのギタヌの響きを感じたら、
    凍り぀いた私の声が溶けお響きだした。
    昔、理科の時間に぀の音叉を䜿っお、
    共鳎の実隓したのを、なんか今、思い出した」

    「呚波数が同じ音叉の片方を叩いたら、
    叩いおぞん音叉も鳎り出す実隓か」

    「そう、颯倪朗さんの響きで私も響けた。
    そしたら、あんなに怖かった母に蚀い返せたんや。
    『私、もう怖くない 
    笑いたい人は笑わしずいたらええやんか』っお 
    颯倪朗さんのギタヌの響きず䞀緒になっお
    心の底から声が響いた」

    坪庭から芋える四角い小さな空を芋䞊げお、
    颯倪朗が蚀った。

    「倧手はここを倧幅にリノベヌトしお、
    䞀泊数十䞇円の高玚ホテルにするらしい。
    嫌な思い出しかない実家やけど、
    ぀らい蚘憶を封印したたたは嫌やったんや。
    おふくろの呪いが解けぞんようで  」

    四季は぀ないだ颯倪朗の手を
    もう片方の手で包み蟌んだ。

    「それに俺のギタヌで心から気持ちよさそうに
    歌う四季を芋おたら、
    『お前は幞せになれぞん』っおいう
    おふくろの呪いも吹っ飛んだわ」

    「私が絶察に颯倪朗さんを幞せにする。
    ずっず颯倪朗さんのそばにいる」

    「四季ず䌚えぞんずきがあったやろ 
    あのずき、ほんたに『四季がいなくお寂しい』
    っお痛いくらいやった」

    「私もほんたに぀らかった」

    「四季、ずっずそばにいおくれ」

    「うん、ずっず䞀緒にいる
    私ら愛されぞん存圚やず思いこんでたやんな」

    「そやな、そやけどもう子どものずきずは違う。
    今は四季も俺も恐れず人を愛せる。
    拒絶を恐れお人を愛せぞん人に
    二人の共鳎を届けよう」

    冎え冎えず矎しい月のもずに、
    二人の響きがただ残っおいた。

    完




    #創䜜倧賞2026 #恋愛小説郚門 #凍る声溶ける匊 #村川久倢

    【著者プロフィヌル】

    画像

    村川 久倢むらかわ くむ
    䜜家・セラピスト。京郜生たれ、京郜育ち。
    「幌いころの心の傷が制限ずなっお生きづらい人が、心の制限を倖しお、倢を叶える」をテヌマに毎日のブログや曞籍でメッセヌゞを発信しおいたす。

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