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Photo bynoouchi

私の服を、着る母よ


    母が、私の服を着ている。
    最近は、私の買ったズボンばかりを履いていそいそと働きにいく。それは私のズボンですが、と言おうか悩んだけれど、なんの違和感もなく着こなしているんだから野暮なことはいうまい。
    私は感覚過敏なところがあるので、気に入った安い服の同じ色とサイズを複数枚購入することで数が足りなくないようにしている。それなのに、着る服がない。本当にない。
    母が着るようになってからというもの、服たちは私の手元にまるで戻ってこない。洗濯を終えた後に母が自分の引き出しにしまっているからだ。タチの悪い借りパクである。
    ほんの5年、10年前までは母が私の服を着ることなどまったくなかったのに、お互い歳を重ねたことで洋服の趣味が似てきたのかしら。ひとつ屋根の下で暮らす親子ってそういうものなのかもしれない。

    いや、ちがうか。サイズが同じになっただけか。
    昔は揚々とMサイズを着ていた私も、いまやXL。9号を着ていた頃のことは、もう思い出せない。号で自分のサイズを知ることが怖くてたまらない。喪服とか必要になった時に知ることになるのかしら、頼むからみんな長生きしてくれ。


    そんなわけで、歳を重ねたことで母と服のサイズが同じになった。
    母は子育を終え、出戻ったとはいえ娘も一度は嫁に出したことで安心したのか、最近はのびのびと暮らしている。むしろのびのびしすぎていて、朝出かけたと思ったら、連絡一つせずに夜遅くに帰ってきたこともある。急に日帰り旅に出てみたり、スマホの買い替えに時間がかかっていたりと理由は様々だけど、なんにせよ一言くらい連絡してくださいよ、と思う。思うけれど、そんなことを言うとうざいかなと今のところまだ口を噤んでいる。

    まるで、親子が逆転したかようだ。
    私が大学生のころ、せめて遅くなるかどうかは連絡してくれと言われたことがある。わかっていたけれどその後もたびたび連絡を忘れたことで母は憤怒し、それ以降夕飯を用意しなくなった。
    作った夕飯が冷めていくのは悲しかったろうな、と当時の母の気持ちを思って反省していたけれど、それだけじゃなかった。今の私が母を心配するように、事故にあってやしないか、事件に巻き込まれていないか、心配でたまらなかったのだ。
    帰ってこないと思っていれば心配で心が動かされることもないから、夕飯を作らないことにしたのかもしれない。

    お互い自立している今、親子としてどこまで干渉し合うかは難しい。
    服のサイズが同じになったことをポジティブに受け止めて、買い物をしながら母と肩を並べるのも良いかもしれない。守られる娘から、伴走する娘へジョブチェンジする時期がやってきたのだ。

    甘えすぎず、頑張りすぎず、お互いに尊重し合える親子とはどんなものなのだろう。
    限りある人生を後悔なく過ごすために、今後も母の動向から目を逸らさずに、まずは携帯を携帯してもらうことを目標にしたい2026ねんなのであった。



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