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Photo bylazy_planet

エッセイ|『絵本屋さん』に行ったことはあるだろうか

    ピザが焼けるまでの15分で、まさか人生観がちょっと変わるとは思っていなかった。

    みなさんは「絵本屋さん」に行ったことがあるだろうか。

    本屋の絵本コーナーのことではない。

    絵本だけを売っている、絵本のための店だ。

    正直に白状すると、自分はその日まで、そんな店が存在することすら知らなかった。

    きっかけは完全に偶然だった。

    近所にピザのフードトラックが来ていて、せっかくだし家族でお昼はピザにしようか、と。

    そしたらピザ屋の店主に「焼くのに15分ほどかかります」と言われた。

    家に帰るには微妙、その場で突っ立っているのも変。

    手持ち無沙汰の極みである。

    そんな自分を見かねてか、ピザ屋の店主が店を出していた敷地の建物の中を案内された。

    そういえば、ここのお店は何屋さんなのだろうか。

    うちの近くにあるのに、全く何屋さんなのかの前知識はなかった。

    せっかく案内されたのだし、と入ってみたら壁一面に絵本が掛かっていた。

    圧巻である。

    でもこれが、いわゆる渡りに船というやつだった。

    うちにはちょうど、生まれて1ヶ月の赤子がいる。

    奥さんとも「絵本の読み聞かせ、してあげたいね」と話していたばかりだった。

    とはいえ、0歳の子に読める絵本なんてあるのか?と半信半疑で店員さんに聞いてみたら、ちゃんとあるという。

    それどころかその人、一冊一冊ていねいに解説までしてくれた。ピザを待っていただけの男に。

    そもそも、絵本に「選び方」があることすら知らなかった。

    0歳から3歳まで、みたいな年齢の区分があるのはなんとなく想像がつく。

    でも話を聞いていくと、それぞれの絵本にちゃんと意図があって、赤ちゃんの成長のどこに効くのかまで考え抜かれて作られているらしい。

    そして考え抜かれているからこそ、何十年も読み継がれるロングセラーになる。

    絵本、思っていた10倍は奥が深い。

    で、最初の一冊として勧められたのが『もこもこもこ』だった。

    店員さんいわく、こういうことらしい。

    日本語には擬音語・擬態語がやたら多く、僕らは普段、けっこう無意識にそれで世界を表現している。

    その「音」と「実際に起きていること」を結びつけてあげる、その最初の橋渡しとしてこの絵本がよく効くのだ、と。

    中身については、ぜひ実際に読んでみてほしい。

    買うもよし、図書館で探すもよし。

    ここで全部バラすのは野暮とだろう(あと、たぶん文章で説明してもあの良さは1ミリも伝わらない)。

    仕組みだけ言うと、挿絵に対して擬音語がひとつずつ当てはまっていく、という構成になっている。

    おもしろいのは、ただ擬音語を並べているわけじゃないところ。

    たとえば食べ物にまつわる擬音語。

    食べることは生きることに直結する、子供にとって最重要事項である。

    その「行動」と「音」と「言葉」を一致させて教えられる——そういう設計になっているらしい。

    よく考えられすぎていて、むしろ、ちょっと怖い。

    聞けば、ほかにもいろんな絵本がある。

    四季を感じてもらうための一冊、実際に触りながら学べる一冊。

    一冊ごとに、ちゃんと狙いがある。

    そこまで聞いて、自分は地味に打ちのめされていた。

    子どもには、本当にゼロから世界を教えないといけないのだ。

    Z世代のオンボーディングに各会社の担当者が苦戦しており、なんなら、退職代行で即辞められてしまうと嘆いていると噂の昨今だが、赤子の教育なんてオンボーディングどころではない。

    当たり前といえば当たり前なんだけど、その当たり前を、自分はまるで想定していなかった。

    たとえば「暑い」「寒い」は感じられても、それが日本においては四季というものから来ている、なんてことは生まれたての子は知らない。

    自分の中では当たり前すぎて、もう意識すらしていなかった感覚。

    そういうのを、これから一個ずつ手渡していくことになる。

    擬音語と「食べること」が結びつく。

    それが子供にとって、生活の一部になる。

    これから覚える最初の言葉になるかもしれないし、覚えた言葉は、いつか誰かと気持ちを通わせる道具になっていく。

    たかが絵本、されど絵本。

    その第一歩が、壁一面のこの中にある。そう思ったら、さっきまでただの「壁の絵本」だったものが、急に全部、意味を持って見えてきた。

    渡りに船だし、これも何かの縁だし、なんならそこまで説明されると、かなり欲しくなってしまう。

    記念すべき絵本の第一号として、『もこもこもこ』を購入。

    焼きあがったピザを受け取って、家路についた。

    片手にピザ、片手に絵本。

    ピザを買いに行っただけのはずが、思いがけず、子育ての入り口みたいなものをひとつ受け取って帰ってきた。

    きっと、これから何百回と読み聞かせることになるのだろう。

    その最初の一冊が、こんな偶然から始まったというのは、なんだか悪くない気がしている。

    ——で、肝心のピザはというと、ちゃんと美味しかったことも、一応ここに書き添えておく。


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