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聖地巡礼:Rest in Peace

    1.17 阪神・淡路大震災

    1995年、正月が明けて間もない日の未明、未曾有の大地震が私たちの暮らす神戸一帯を襲った。
    激しい揺れに叩き起こされ、何が起きたのか理解するより先に、身体が動いていた。
    会社から支給されたばかりの携帯電話を掴み、まずは両方の実家へと発信する。
    私の実家はつながったが、妻の実家は呼び出し音だけが虚しく鳴り続けた。

    胸騒ぎを覚えた私は、2歳の長女をスキーウェアにくるみ、着の身着のままで妻の実家へと車を走らせる。
    寸断された道路と大渋滞を抜け、妻の実家に辿り着いた頃、既に冬空は夕暮れの気配を纏っていた。
    そして、あったはずの実家が、無残にも瓦礫の山へと姿を変えている。
    両親はかろうじて難を逃れたが、祖母は1週間後、倒壊した家屋の下から発見された。

    辺り一面に瓦礫が散乱し、あちこちから助けを求める叫び声が聞こえる。
    遠い昔、あの異国で目撃した惨状と同じく、私が「死の気配」に再び近づいた瞬間だった。

    震災直後の3月に再来日した Bryan Ferryの公演は、私にとってまさに鎮魂歌となった。
    暗闇に響くその歌声は、言葉にならない喪失と混乱を、静かに受け止めてくれた。

    聖地巡礼

    この大惨事を機に、「死ぬこと」そして「死んでいった彼ら」を想うようになった。
    Brian Jones、Jimi Hendrix、Janis Joplin、Jim Morrison、Sandy Denny、Ian Curtis、John Lennon、Bob Marley、Nicoそして Kurt Cobain...
    いつしか海外へ行く度に、彼らの魂が安らぐ場所を訪ね歩くようになる。
    それは観光でも、好奇心でもなく、祈りに近い行為だったのかもしれない。

    最初の巡礼は、震災から2年を経た1997年の晩秋だった。
    会社の研修旅行でパリに立ち寄り、週末を利用して市内東部のペール・ラシェーズ墓地を訪れる。

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    撮影:2014年7月(二度目の訪問)

    石畳と木立に囲まれた静謐な空間の奥で、Jim Morrisonは眠っていた。
    無数の落書きと献花の中、私はただ立ち尽くし、長い時間をそこに費やす。


    次に訪れたのは、Brian Jonesだった。
    2009年、妻と20年ぶりに訪れた英国で、ヒースロー空港から直接チェルトナムまで足を伸ばした。
    晩夏の霧がかった芝生の中に佇むその墓標は、あまりに静かで、あまりに孤独に見える。

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    撮影:2009年8月

    彼の短すぎた生涯は、私に「才能と幸福は必ずしも比例しない」という真実を静かに語りかけてくれた。


    2012年、妻を伴い中米へ里帰りする際に立ち寄ったマンハッタンにて、早春のセントラル・パークを訪れる。
    ダコタ・ハウス向かいの西側門を抜けると、夢にまで見た Strawberry Fieldsへと辿り着いた。

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    撮影:2012年3月

    “Imagine”のモザイクの前で、多くの人々が思い思いに佇んでいる。
    その場所は、John Lennonという存在が、今なお生き続けていることを雄弁に物語っていた。


    その年の11月、バンクーバーに留学中の長女とシアトル市内で待ち合わせ、Jimi Hendrixが眠るグリーンウッド記念公園を訪れる。

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    撮影:2012年11月

    娘と並んで立つその墓前で、世代を超えて音楽が受け継がれていることを、私は静かに噛みしめていた。
    彼のギターが切り拓いた音の宇宙は、今もなお、私の内側で鳴り続けている。

    さらにその足で、Sea-Tacから JFKを経由し一路ジャマイカへと向かう。
    目指したのは、Bob Marleyが眠る故郷ナインマイルの生家だった。

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    撮影:2012年11月

    灼熱の太陽と、風に揺れる草木の中で、彼の歌が生まれた必然を、身体ごと理解したような気がする。
    私にとって「子守唄」であり続けたレゲエは、ここに還っていくのだと腑に落ちた。


    最後は、2018年のスペインだった。
    長女が留学するムルシアで卒業式に参列し、そのまま初夏のマヨルカ島へと向かう。
    目指すは、Kevin Ayersが眠るデイアの小さな墓地だった。
    地中海を望む断崖に立つその地は、どこか現実離れした静けさに包まれている。

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    撮影:2018年5月

    盟友 Ollie Halsallと並んで石壁に刻まれたその名は、なぜか誇らしげに見えた。
    Soft Machineから広がった私の音楽遍歴は、その円環の終着点へと静かに辿り着く。

    Rest in Peace

    生と死は、常に背中合わせにある。
    そして音楽は、その狭間に寄り添い、言葉にならない感情を受け止めてくれる。
    これらの巡礼は、別れの儀式であると同時に、これまで生きてこられたことへの、静かな感謝の旅でもあった。

    次に訪れるのは、George Harrison、John Entwistle、Joe Strummer、Syd Barrett、Lou Reed、Daevid Allen、David Bowie、John Wettonそれとも Charlie Watts...?
    皆様、安らかにお眠り下さい m(_ _)m。

    Even today, your songs resonate in my heart.
    Thank you for the music.

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    James Marshall Hendrix NOV. 2012 Seatle
     
     
    2024年夏、腎細胞癌で右腎を摘出しました。 肺門部の縦隔リンパ節に転移があるので、立派なステージⅣです。 今のところ分子標的薬で小康を保っていますが、先行きは分かりません。 だから、自分が生きた証を残したく、ペンを取りました。

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