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未来に膜をはれ

    未来に膜をはれ

    外を歩くとき、
    私たちは当たり前のようにパンツを履く。

    履かずに出たら落ち着かない。

    風が直接当たる。

    寒い。

    なんとなく心細い。

    でも不思議なことに、
    情報の世界を歩くときは違う。

    朝起きる。

    スマホを見る。

    ニュースを見る。

    SNSを見る。

    誰かの成功を見る。

    誰かの怒りを見る。

    AIに質問する。

    知らないうちに、
    いろんな風が吹き抜けていく。

    しかも、
    かなり強い風だ。

    昔はもう少し弱かった気がする。

    テレビは一日数時間だった。

    新聞も朝夕くらいだった。

    近所の噂話だって、
    せいぜい町内までだった。

    今は違う。

    世界中の出来事が、
    ポケットの中に流れ込んでくる。

    便利になった。

    それは間違いない。

    でも時々思う。

    少しだけ、
    風が強すぎないだろうか。

    私は最近、

    現代人には新しいパンツが必要なんじゃないか、

    と思っている。

    厚手じゃなくていい。

    鎧でもない。

    世界を拒絶する壁でもない。

    ただ、

    外と自分のあいだに、
    一枚だけ布を挟む。

    そんな感じだ。

    風は通る。

    景色も見える。

    人とも会える。

    でも、
    素肌では受けない。

    それだけで、
    ずいぶん歩きやすくなる気がする。

    私はその一枚を、

    「膜」

    と呼んでいる。

    膜という言葉が好きだ。

    壁ではない。

    壁は遮断する。

    膜は違う。

    必要なものは通す。

    必要ないものは、
    そっと流す。

    細胞だってそうだ。

    私たちの身体は、
    膜だらけでできている。

    細胞膜。

    粘膜。

    鼓膜。

    網膜。

    生き物は、
    膜によって世界とつながっている。

    全部を受け入れたら壊れてしまう。

    全部を拒絶しても生きられない。

    だから膜がある。

    考えてみると、
    人間関係も似ている。

    距離が近すぎると苦しい。

    遠すぎても寂しい。

    ちょうどいい距離がある。

    情報との付き合い方も、
    たぶん同じなんだと思う。

    最近はAIも身近になった。

    何でも答えてくれる。

    わからないことは調べてくれる。

    文章も整えてくれる。

    本当に便利だ。

    私も毎日使っている。

    でもだからこそ思う。

    全部を任せないための膜がいる。

    答えを受け取る。

    そのまま信じるのではなく、
    一度自分の中を通してみる。

    ちょっと寝かせる。

    散歩しながら考える。

    別の人にも聞いてみる。

    そういう小さな手間。

    その手間が、
    案外大事なんじゃないかと思う。

    効率だけ考えれば、
    無駄かもしれない。

    でも、
    人間って無駄の中で育つ。

    寄り道とか。

    立ち話とか。

    世間話とか。

    ぼんやりするとか。

    そういう時間が、
    いつの間にか膜を育てている。

    私は会社を辞めてから、
    そんなことをよく考えるようになった。

    平日の昼間にパン屋へ行く。

    図書館へ行く。

    三輪自転車で買い物へ行く。

    畑へ行く。

    特に何かが起きるわけじゃない。

    でも、
    そういう時間を過ごしていると、

    情報ではなく、
    世界そのものに触れている感じがする。

    風の温度。

    パンの匂い。

    土の湿り気。

    人の声。

    どれも、
    おすすめ欄には出てこない。

    アルゴリズムも提案してくれない。

    だけど、
    生きている実感はそちら側にある。

    だから私は、
    未来が少し楽しみでもある。

    AIはもっと賢くなるだろう。

    便利にもなるだろう。

    たぶん想像以上に。

    でもその一方で、

    人間は人間で、

    膜の作り方を覚えていく気がする。

    距離の取り方。

    つながり方。

    休み方。

    受け流し方。

    そういう知恵を、
    少しずつ身につけていく。

    昔の縁側みたいに。

    家の中でもない。

    外でもない。

    半分だけ世界に開いている場所。

    あの曖昧な空間。

    あれも、
    ひとつの膜だったのかもしれない。

    朝、
    スマホを開く前に窓を開ける。

    パンを買いに行く。

    誰かと立ち話をする。

    畑の様子を見る。

    ダムの貯水率を眺める。

    夕方の風に当たる。

    そんなことの中に、
    膜はある。

    未来に膜をはれ。

    それは世界を拒絶するためじゃない。

    世界と、
    長く付き合うためだ。

    ーーーーーー
    2026年6月7日
    むこパパ

     
     
    暮らしを歩いて、 景色に名前を付ける人。 日記も、ロックンコラムも、物語も。 鳥の眼と虫の目を行ったり来たり。 縁側で、ひとり語りする 昭和キッズおじさん。 note投稿遊牧民。 人生の変態格闘家 要介護ゼロで百歳オーバー狙います。 絶賛mibot納車待ち中。

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