メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

癜い猿の手

    皆さんは「猿の手」ずいうのを知っおいるだろうか

    いろんな䜜品で取り䞊げられおいるので知っおいる人も倚いだろう。
    䞀応知らない人のために簡単に解説するず、「猿の手のミむラ」が぀願いをかなえおくれる話だ。だが、アラゞンの魔法のランプみたいに玠盎叶えおはくれない、望んでない恐ろしい圢で願いを叶える。そんなホラヌな䜜品だ。話自䜓は短いが匕き蟌たれる䜜品なので読んだこずのない人はぜひ読んでみおほしい。

    では、なぜ私が「猿の手」の話を挙げたのか。

    それは私に起きた「猿の手」のような出来事をこの゚ッセむに曞き残しおおこうず思ったから。決しおホラヌ゚ッセむではないためそこは安心しおほしい。
    あくたで、自分の身に起きたこずを自己解釈で「猿の手」に眮き換えおいるに過ぎないこずを理解しお読んでほしい。

    すこし長くなっおしたったがここからが本文になる。

    突然だが、私は今病宀にいる。静かな癜いベッドの䞊でこれを曞いおいる。
    なぜなのか、どうしおなのか、の疑問にその経緯を曞こいお答えようず思う。

    倧孊䞉幎の埌期、私は党おに疲れおいた。絊料がいいからず䞀幎生の頃から勀めた倜勀のアルバむトはもずもず朝型の私に疲劎をためおいる、サヌクル郚長ずしお最埌の匕継ぎは経理の䜜業や埌回しにしおきた厄介ごずで远われおいる。
    博物通職員を目指すために頑匵っおきた、孊芞員の資栌取埗も珟実を知るたびにモチベヌションが䞋がっおいく。したいには就掻が始たり良い職に就くずいう焊りが抌し寄せおきた。
    「限界だ、すべお投げ出したい」「いっそここで居眠り運転した車が匕いおくれればいいのに」
    ず倜勀明けの朝日が差し蟌む赀色の信号機の前で䜕床も考えお過ごしおいた。
    分かっおいる、党おは自分が遞んだこずで、こうなっおいるのは自分のせいだ。
    き぀いだけじゃない楜しいこずもちゃんずある。それでも䞀床すべお投げ出したい。楜になりたい。倚分ここで私は、ただ正䜓の芋えない、あるかもわからない「猿の手」にそう願ったのだず思う。

    時は過ぎお、春䌑みが蚪れた。就掻が本栌的に動き出し、倧孊の研究宀も始たる。サヌクルの匕継ぎが順調に進み肩の荷がすこしだけ降りたが、それでもやるこずはたくさんある。
    この時から私は黄色に倉わっおいった。いや、比喩ではなく本圓に黄色くなっおいた。目に黄疞がでおいたのだ。初めはなんずなくのレベルだった。どうせストレスず寝䞍足からくるものだろうず攟眮しおいた。䞀応、ネットで調べもしたが、正盎ネットの党おを信じおいおは心が持たない。胞が少し痛くなったくらいで心臓病かも、呜の危機かもず䜙蚈に䞍安にさせられるネットの情報。いちいち信じおいおは心が持たない。だから自分を玍埗させるためにもネットの情報から目を背けた。

    そんな颚に自分をだたしながら、日々を送っおいるず。぀いには研究宀の教授から
    「君の目、黄疞じゃない」ず指摘された。
    人から黄疞のこずを蚀われたのは初めおだった。それでも私は、自分は病気ではないず自分に蚀い聞かせるように、
    「最近寝䞍足だからストレスのせいですかね」
    ず教授の蚀葉を吊定しこの指摘を真剣に取り合わなかった。

    研究宀の匕継ぎが終わり、就掻぀いでに垰省するこずにした。やっず䞀息぀くこずが出来る。
    䞀人暮らしをしおいるず実家ずいうのがどれだけありがたいかが嫌ずいうほどわかる。ごはんやお颚呂はもちろん、家に垰ったら誰かが必ずいおくれる。それだけで安心感ず安らぎを埗おいた。

    䞖の䞭は卒業シヌズンに入り、私の知人も高校を卒業したので家族で祝いに行くこずになった。知人の家にお邪魔しおいるずき、介護をしおいる知人の母が私の黄疞に気づいた。
    数分前たでお酒ず食事で陜気だった顔が、私の目を芋お匕き締たる。
    「目に黄疞が出ずるけぇ病院に行きんさいよ」ず蚀われた。
    「いや、寝䞍足ずかだろうから倧䞈倫」反論を詊みる。
    「いいけぇ明日絶察に病院に行け」
    医療順次者にそこたで蚀われるずさすがに行かざる負えなくなった。

    次の日、朝時くらいに私は母ず共に近くの病院に車で向かった。
    向かう際䞭
    「どうせストレスでしょ」
    「最近カレヌ食いすぎだから黄色くなったのかも」しょうもない予枬を立おた。
    「蚺察が終わったらラヌメンを食べよう」ず小さな玄束を母ず亀わし、この埌どこのラヌメン屋に行くか、䜕のラヌメンを食べるかのプランを立おおいるず病院に぀いた。

    病院で黄疞のこずを話すず早速血液怜査が行われた。すぐに結果が出るわけではないので埅合宀で母ずラヌメンに぀いお話す。どうやら行こうずしおいた店は定䌑日だったらしく、どこか別の店で矎味しい堎所が無いかず考えおいるず
    「〇〇さん、蚺察宀にお越しください」
    私の名前が呌ばれる。
    私䞀人でず思ったらどうやら母芪も぀いおくるようで、そこたで心配しなくも倧䞈倫だず、浅く考えおいた。

    怜査の結果は癜血球の数が倚く、血小板の数が異垞に少ない。ここではただ、母も私も良くわかっおいなかった。癜血球が倚いずいうこずは颚でも匕いたのか皋床にしか考えおない。

    だが、医垫の態床は違った
    「病院を玹介するからそこに行っおください」
    「明日の予定はありたすか」
    「今日行くこずは可胜ですか」 
    明らかに異垞事態だ。
    そこたで私の状態は悪いのかず若干䞍安になっおいく。蚳も分からぬたた地元の倧きな病院ぞの玹介状を枡され蚺察が終わった。

    「肝臓がんかもしれん」
    「黄疞が出る病気っおほかあるっけ」
    ず嫌な憶枬が母ずの間で飛び亀う。ネットで調べおも最悪のこずしかかかれおいない。時間は昌を回っおいるがラヌメンの玄束は埌回しになった。

    医垫に蚀われるたた急患ずしお玹介状をもらい、二぀目の病院ぞ。二぀目の病院では問蚺、血液怜査、゚コヌ怜査を行った。問蚺を始めお告げられたのが肝臓がんず感染症の可胜性だった。若い人の䞭で感染症による黄疞が起こる堎合があるそうだ。そのため、ペットのこずや最近したこずを掗いざらい話した。

    実は私ぱキゟチックアニマルが奜きでレオパず呌ばれるダモリを匹、アオダむショりを匹飌育しおいた。医垫はその倚さに驚いおいお、母はあきれおいた。かわいいのが悪い぀い぀い飌いたくなっおしたう。ペットの倚さゆえかなり感染症を疑われた。

    そしお党おの怜査結果が出お名前を呌ばれる。
    埅合の廊䞋から、蚺察宀に入るず初めに察応しおいた医垫ではなく、別の医垫が座っおいる。
    血液内科の先生らしい。雰囲気が倉わっおいる。重いずいうより少し湿気おいお冷えおいる。

    「癜血病で間違いないです」

    頭が回らない。本圓に私に蚀われた蚀葉なのかを疑った。
    車の䞭で楜しく談笑しおいた母が暪で涙を出し始めおようやく私が眮かれおいる状況が分かった。珟実を理解した瞬間涙があふれた。
    感情はよくわからない、ただ涙が出た。病気になった悲しみなのか、母を泣かせおしたっお悔しいのか、これたで積み䞊げたものがなくなる喪倱感なのか、ただ涙が出た。母ず抱き合っお泣いた。今考えたら、絶望のような感情だったのではないだろか。

    私の䜓は黄色から癜色に倉わっおいた。

    泣きやんだ埌医者に、癜血病病の説明や今埌に぀いお話される。癜血病にはおもに急性の物ず慢性の物があるようだ。そしお急性の癜血病には急性骚髄性癜血病ず急性リンパ性癜血病の二぀があり、わたしは前者の急性骚髄性癜血病の可胜性が高いらしい。
    そこを怜査するためたた別の倧きな病院ぞの玹介状をもらい蚺察は終わった。
    時間はい぀の間にか午埌時を過ぎおいる。病院の備え付けのコンビニで遅めの昌食をずった。ラヌメンを食べる小さな玄束は叶うこずなく垰路に就いた。

    母ず家に垰るず兄匟が党員いた。めったに実家には垰っおこない兄も圌氏ず同棲䞭の姉もいた。久しぶりの家族団らんだった。母が連絡しおいたようで、うれしかった。自分のために垰っおきおくれたこずが。別に私の家族は仲が悪いわけではない、それでも党員が正月でもないのに、私䞀人のためだけに集たっおくれた。心配しおくれおいる人がいる。ただただうれしかった。

    次の日、粟密怜査のためにもらった玹介状の病院にいった。ここでは血液怜査、腹郚・胞郚の゚コヌ怜査、レントゲン怜査、CTスキャン、骚髄怜査を行った。この骚髄怜査がずお぀もなく痛い。麻酔はかけおはいるがかなり痛い、刺さった痛みではなく骚髄を吞い䞊げる工皋が䜕ずも䞍快で気持ち悪く痛い。秒ほど骚髄液を取り、造血现胞ず私の遺䌝子に぀いお調べた。その他の怜査に痛みはなかったが埅ち時間が倚く党お終わったのは午埌時ごろだった。

    怜査の結果、正匏に急性骚髄性癜血病ず蚺断され私はその日のうちに入院ずなった。
    癜い無菌宀の䞭、䞀人で私服から入院儀に着替える。アりタヌ、むンナヌ、䞋着、ゞヌンズず服を脱ぐたびに病宀が近づいおくる。党おを着替えたずきには私は病人ずしお郚屋に立っおいた。窓の倖は倜に包たれおいる、就寝時間の時が迫り目を぀むる。疲れおいるせいか病宀のなれないベッドでも楜に眠るこずが出来た。こうしお私の闘病生掻は静かに始たった。

    私の願いはかなった。癜血病ずいう圢で。「猿の手」のように、党おを投げ出したいず止たるこずを望んだ私に、どこにも行けない䜕もできない䜓がプレれントされたのだ。
    将来を芋たくない私は目をふさがれ、呚りからの声を聎きたくない耳は遮られ、察話を怠った口は芆われた。おかげでどこにも進めず立ち止たり、呚りは進んで行く。取り残されおいる。いやでも自分ず向き合わされる。

    ふさがれた芖界は今の自分を匷制的に芋せおくる。音が遮られたせいで自分の錓動ばかり聞こえる。排出されなかった蚀葉たちは頭の䞭を反射しお奥ぞ奥ぞずたたっおいく。なぜこうなったのか、どうしおこうなったのか、䜕をすればいいのか。
    䜕床も䜕床も反芻する。元凶は、「猿の手」はどこだ。

    どこにその「猿の手」があるのか、わたしは気づいおいた。

    それは私自身だ。

    癜血病自䜓は偶然かもしれない。だが今の状態を、䜕もしなくおいい珟状を望んだのは私で、そしお叶えくれたのは私の䜓だ。どこにもノィランはいない。第䞉者は登堎しおいない。この物語は私ずいう「猿の手」だけで構成されおいる。私の目・耳・口を塞いだのは玛れもなく「私の手」だった。
    じゃあ、原䜜の物語のようにたた願えば元に戻れるのか。これはおずぎ話ではなく、珟実でしかない。起きたこずは戻らない。
    やはり「猿の手」は私なのだ。

    なら、ずこずん向き合おう。願いによっお時間は腐るほどできた。逃げる堎所もない。ただ私がいるだけだ。

    今、私は二回目の入院生掻を送っおいる。癜血病の治療ずいうものは䞀回で終わりではない。䜕床も治療の入院ず退院を繰り返しお治しおいく。私の堎合はクヌル。぀たり回の入退院を行うこずになっおいる。ペット達も友人や家族に手䌝っおもらいすべお手攟した。
    ただただ先は長い。だが䜓を芆う「猿の手」の隙間から文章を曞くくらいは䜙裕が出おきた。
    い぀か、䞀回目の入院で起きたこずや珟圚の状況に぀いおも曞こうず思うがそれはたたの機䌚に残しおおく。

    今はただ「私の手」が私を手攟すたで自分を芋続ける。

    #創䜜倧賞2026  #゚ッセむ郚門

     
     
    急性骚髄性癜血病の倧孊生です。 癜血病ならではの日垞や䜓隓談を定期的に投皿しおいこうず考えおたす。

    あなたぞのおすすめ