
検索とかいうすばらしくありがたい機能
「エッセイ 書き方」で検索。
「小説 書き方」で検索。
「脚本 書き方」で検索。
検索すれば何かしらの情報を得られる。そんな時代。素晴らしいね本当に。私はよく検索をする。言葉の使い方が間違っていないか。名前が思い出せない。あんなのを見た気がするんだけどなんだっけ。検索検索検索。答えがすぐにわかるってすばらしい。
でも、文章を書くこと、それに関してだけは永遠に答えが見つからない。そりゃ文法とか避けたほうがいい言葉とか綴りとか色々あるだろうけど。伝えやすい順序とかね。でもさあ、すぐ答えが見つかるようなら誰にだって心に響く文章が書けるでしょう。書いて書いて書きまくった先に、自分なりの答えの断片のようなものがあって、読んで書いて読んで書いて断片を集めなきゃいけないのに、そのどちらもができていない私には答えなんか永遠に見つかるわけがない。見つかってたまるかとも思うけどね。
事実だけを書くなら苦しくない。事実が書いてあって、ある程度の読みやすさがあって、曖昧な表現を潰していけば少なくとも悪いものではなくなる。見かけだけは「できてる」風に見せるのがうまいらしいから、それくらいのことは私にもできる(できていてほしい)。
エッセイも小説も脚本も、ありとあらゆる文章表現はとにもかくにも難しい。私は格好つけたがりなので、抽象に抽象を重ねて、芯が見えないぼんやりとした文章を書いてしまう。格好つけたがりなので、変に気取った文章を書いて後悔する。
心の底から溢れてくる言葉が美しい人がうらやましくて悔しくて悔しくてたまらない。
お前の言葉を食って私のものにしてやりたいと思う。
でも、その人が培ってきた経験も知識も見え方も見せ方も、その人がずっと努力をしてきた証拠だ。私の悔しさを理由に食い物になんかできない。貴いものだからずっと守っていきたいと思う。世間に広めてやりたいと思う。もっと評価されて売れてでっかくなって、でっかくなったぞって笑ってもらえたらどんなにいいか。だって格好いいから! 努力で輝いた人ってめちゃくちゃ格好いい! 輝いている! 目の前にある背中が、私の五十倍くらいデカく見える。ハグしたくなっちゃうだろ。
答えなんかを探さずに書いた言葉は、ハグしたくなっちゃうくらいカッコいい。
追いつきたい悔しい羨ましい誇らしい。
検索をする。良いものの書き方を調べる。凡人が何者かになれる方法をずっと探している。そんなことする前に読んで書いてを繰り返しなさいよ。
何事も検索すればわかるこの素晴らしい時代に、答えがない、見つからないものがまだ存在する。ないことはないんだろうけど「これが答えです」と差し出されたものを、自分の血肉にするまで時間のかかるものがこの世にはまだまだ存在している。
もはや苦行にも思える、言葉を紡ぐという行為。検索しても、良いものを書くための答えは見つからないらしい。検索ってのはこれがおもしろいところだね。答えが見つからないという答えを教えてくれるんだからね。すばらしくありがたいお話だぜ。
