
掌篇小説『昼さがりの死』
そういえば我が家には死ぬことのできる薬のはいったガラス瓶がある。押入れの天袋奥に。
曾祖父だか曾祖母だか忘れたが、伝わったというか流れついてきたもの。『辱めをうける前に死ね』という家訓だったとか。平民だが。
椅子にのり天袋より、厚紙でくるまれた瓶をとりだし。これといって歳月の重みも錆びもなく、蓋のあっさりあいたそれから紫がかった艶のある3粒を、掌にのせ、なんとなく口にふくんでしまう。キッチンで水をいれ、飲みほし。死が確定。
倒れる際どこかにぶつかりたくないので、フローリングに予めねそべって。あぁ死ぬのか、とぼんやり思う。視点がひくいので窓から建物が消えうせ、空の光だけがやわらかな掌となり迎えいれるようにさしてきて。心臓のスイッチをとめられるのか、胃より血を噴くのか、それともふかく眠りに堕ちる感じか、夫はいつ帰るか……問うてもこたえぬ。
掛時計の長針が、180度うごいた。阿呆らしくなってきて、病院へゆく。
総合病院の2階にはいつからか、本屋とか服屋とか宝くじ売り場なんかが入居しており。まばらな客。見舞いにきたひと、診察か入院でいるひと、その家族のひと、近所から寄っただけのひと、区別ができるものだなと思う。かくいう私はどれに当て嵌るのか。
本屋にはいって。写真集『モテたいがための男のお洒落・野生動物編』とか、小説『遠隔で攻撃してくる女にまつわる20章』とか、絵本『べっけんたいほ』とか読むうち、陽が暮れて。
軀はなんとも、ない。薬の量が足りなかったのか、薬をそもそも間違えたか。或いは或意味死んでいるのか。
なんにせよこんなに時間が過ぎてしまっては、辱めうける前に死なれへんがな、と曾祖父だか曾祖母だかにつっこみつつ、番号不揃いの宝くじを石の銭で買い、服屋で気にいった紫グラデーションの生きた蛇を首に巻き。「ありガトーフレーズ」とどの店でもいう言葉が背中で糸をひくのを感じつつ、帰る。
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