
僕の遺伝子は滅びない
よくここまで生き残ったな。
これは、30年間の僕の人生の歳月の話ではない。
自分の遺伝子がよくもここまで残ってきたな、という話だ。
僕は現代社会においては、生き残りづらい性質だと思っている。
この競争社会において競争が苦手だし、普通の人が当たり前にしている恋愛だってままならない。
なんとか、擬態をしようとはしているけど、学校で、会社で、きちんと生きている人たちを目の当たりしていると、僕という人間の遺伝子では弱すぎると思わざるを得ない。
多様性という言葉が浸透してきているが、この世の中は、強く前へ進める人が評価されやすい。
僕にはそう見える。
仕事でお金を稼いでいます。
結婚しています。
もっと高みへ、上へ目指していきます。
そんな人たちが現代の世の中では遺伝子を残しやすいのは自明のことだろう。
でも、現に僕の遺伝子は親、祖父母、いや、それよりはるか彼方前から脈々と譲り受けてきたのだ。
あれれ~、おかしいぞ~?。
現実の僕は、後世に遺伝子を残せる気がしない。
ネガティブすぎて身動きがとれなくなる。
何かに集中しようとしてもすぐに不安や雑念が浮かんできて、気になってしまう。
悪いことばかり想像してしまう。
自由になりたい、と言いながら人に嫌われたくなくて、自意識過剰。
悩まなくて良いことばかりに消耗している。
その結果、中途半端な生き方しかできていない。
仕事も恋愛も、上手くできない。
歳を重ねるごとに僕が末代になる可能性が高まる一方だ。
どうしたもんかいな。
そう思いながら、僕は散歩をしていた。
雑多なビル群の隙間から見える曇り空を見上げると、空が狭く感じた。
昔はもっと空が広かったのだろうな、とか考えていると、ふと思い出した情報があった。
それは、人間は圧倒的に原始時代長くて、急速に文明が進んだ為に進化が一切追いついていないということだ。
だとすると、現代社会になじめていないだけで、もしかしたら、原始時代に生き残れる何かがあったのである。
……、ほんまか?
現代文明を享受している自分が原始時代を生きられるか。
答えは、無理だ。
そんな生活をしているイメージができない。
狩りは下手くそだろうし、集団行動だって、上手にやれるとは思えない。
僕はさっさと淘汰されるに違いない。
じゃあ、何で生き残ってきたんだ。
意味わかんねえよ。
でも、ふと考えた。
これは、あくまで僕の原始時代に生き残れる人のイメージでしかない。
実際はどんな遺伝子が生き残ってきたのだろう。
僕はnoteのAIアシスタントに聞いてみることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――原始時代から現代まで生き残ってきた人間の特徴(生存戦略)には、以下のようなものがあると言われています。
不安を感じやすい(慎重さ)
「茂みが揺れたら猛獣がいるかもしれない」と最悪の事態を想定して動く個体の方が、楽観的な個体よりも生存率が高かったため、現代人にもその不安遺伝子が強く引き継がれています。ネガティブバイアス
良いニュースよりも悪いニュースに敏感に反応する性質です。危険を察知し、回避するためには不可欠な能力でした。注意散漫(マルチタスク・警戒心)
一つのことに集中しすぎず、常に周囲に気を配る(注意が逸れる)性質は、外敵の接近にいち早く気づくために有利に働きました。高カロリーなものへの欲求
食料が不安定だった時代、糖分や脂肪分の高いものを好んで摂取し、体に蓄える能力がある個体が飢餓を生き延びることができました。集団への帰属意識
群れから外れることは死を意味したため、他人の目を気にしたり、嫌われることを恐れたりする「社会的な痛み」を感じる機能が発達しました―――――――――――――――――――――――――――――――――
あれ? これ、ぼくじゃね?
僕の弱者的性質は、むしろ生き残るために必要だった……。
そう思ったら、なんか気が楽になった。
とはいえ、今の世の中で生きづらいであることも変わりはない。
まあ、でも、僕なら大丈夫。
今まで残ってきた遺伝子を信じることにした。