
大人になりたい僕と子供になりたい殺し屋 Ep.17 -朔サイド-
俺はついに自覚した。将生に好意を抱いている。なんだかんだ理由をつけてはその感情に蓋をしていたのかもしれない。だが将生が突然訪ねてきたあの日、自分の感情を自覚したのだ。
将生に依存しているのかうだうだ考えていたが、そんな俺の考えをあっさり変えたのは将生の涙だった。何年も縛り付けていた「依存」という言葉の呪縛から解き放つくらい将生の存在が大きくなっていた。
あの涙を見たとき、もうこの子にこんな思いをさせたくないと心から思った。気が付けば抱きしめていたのだ、かなり重症であると苦笑した。
早速身辺整理を始めた。まずは桜井に意思を伝えた。
「殺し屋を辞めます。」
意を決して伝えたが、桜井はあっさりそれを許した。そもそもあまり他人に情を抱くタイプではないことは察していたがここまであっさりだと虚を突かれた。
「ただし、ここで見たこと聞いたこと知ったことは他言無用だからな。」
「もちろんです。」
餞別だ、と言って年季の入ったジッポライターを差し出してきた。貰ったライターを眺めながら、俺は桜井の役に立ったのかと自問自答した。
「…そのライターは俺が師匠から貰ったやつだ。」
そうだった、基本的に桜井は言葉足らずな人だった。これは桜井なりに背中を押してくれているのだろう。
「じゃあこれはいつか俺の大切な人に渡します。」
「それまで壊れてなきゃいいけどな。」
そう言って踵を返す桜井に俺は深々と礼をした。
さて残るは我らが親玉、田島である。約1年ぶりに再開する。家を出てから会うとしても忘年会か、任務にかこつけて俺を呼び出すときくらいである。田島は昔から俺のことを気に入っているという自覚があった。その自覚は今の状況ではプラスには働かない。重い腰を上げて、昔育った平家に向かう。
約束の時間に着くと、幹部である山崎が出迎えてきた。昔はよく遊んでくれたこともあり、俺のことを気にかけてくれている一人だ。
山崎に案内された部屋は、住んでいた時には立ち入り禁止だった部屋だ。重要な会合の時に使用されるため、田島も俺からの呼び出しに構えていることを悟った。
部屋に入るとソファに座りながらタバコを吸っている田島がいた。以前会った時よりも少し痩せているように見えた。
「おう、久しぶりだな。まあ座りなさい。」
「ありがとう。」
「…それで、話ってなんだ?」
「…殺し屋をやめる。一応、この組に属しているから筋通しに来た。」
「まぁそんなところだと思ったよ。理由はなんだ?」
「大切な人ができた。その人の近くにいるために辞めたい。」
「そんな理由で辞めれると思ってるのか?」
まぁそうだよな、あっさり許されるとは思ってない。身体の一部は欠損することも覚悟のうえである。
「正直、このまま殺し屋を続けたほうが楽だ。そりゃ慣れてるし稼げるし、学もない俺にとっては天職そのものだ。だけど呪縛があった。他人に依存したくないばかりに深く人と付き合わないようにした。不便はなかったが、快楽はなかった。そんな日々が面白くないなんて気が付かないほどに麻痺していた。そんな時にそいつに出会った。そいつはガキなのに俺に突っかかってきて、なぜか対等であろうとした。」
俺にとってはなぜ将生が対等でありたいのか本心は分からない。だが、
「俺はその気持ちに応えたいんだ。」
素直な気持ちをぶつけた。他人に左右される人生なんてごめんだ。その気持ちは変わらない。だけどそれ以上に将生の想いに応えたかった。恋は己を脆くするなんていつか見たドラマで言っていたのを思い出した。間違いではない、と思う。だけど、脆くなって壊れないように強くなってまた脆くなって、その分強くなってを繰り返すのではないだろうか。
俺の両親は強かったのかもしれない。一家心中という結果を肯定するつもりはないが、連帯保証人になるという選択をするくらい強かったのだろう。だって誰も連帯保証人になんかなりたくはないではないか。お人好しな両親だったが、今になってそう気がつくことができた。
田島は目を閉じて聞いていた。沈黙の後、口を開いた。
「お前は昔から世の中を俯瞰したような目をしていた。大人びているとそう思った。昔から甘えられなかったんだろうなと。俺たち大人が見ているとしても所詮は他人だ。その他人という壁を越えられなかったと後悔していた。だけど、今俺は安心している。」
田島は俺を顔をじっと見た。
「やっと子供らしいこと言ったな。」
俺は闇の世界から足を洗うことができた。最初の殺しの仕事から二度と火の光を浴びることができないと思っていた。結果的に周りの人に助けられて、真っ当な人間として人生を歩むことが叶った。
桜が散り始める4月中旬ーーー
向かうはあの場所、将生と初めて出会ったフェリー乗り場。珍しく緊張している、喉がカラカラだ。
到着すると同時に男性の集団が見えた。3人ほどの男性に囲まれているのは若い男のようだ。嫌な予感がしたので近づいてみると、囲まれているのはやはり将生だ。時間も場所も約束していないのに将生と会える確信があったのは、将生の持つ "絡まれ体質" を知っていたからだ。まさきの前世はひよこかな。
「危ないぞ、がきんちょ。」
声をかけると、彼は俺であることを確信しているのか、振り返らない。
「これから思い出の場所をデートするんだ。邪魔しないでね。」
そう目の前の男たちに殴りかかった。
「…なんでここにいるんですか?」
「なんでって、もちろん将生くんに会いに来たの。」
「いつから僕があの時の少年だって気付いていたんですか?」
「えー最初に出会った時からかな。運命だと思ったよ。」
「なんでその時、教えてくれなかったんですか?」
「もー質問ばっかり!」
俺は将生の手を取ると同時に、顔をチラリと見た。思ったより感情が剥き出しの顔をしており、笑いそうになる。嬉しいのか、泣きそうなのか、混乱しているのか、全部が混ざったかのような。
「じゃあ、僕からも質問。なんでこの土地の大学に進学したの?」
ファミレスでの質問の続きをした。こんな簡単な質問なのに、聞くのに1年半かかったのは、この答えを聞くのが怖かったからではない。
「あなたに逢いに行くためです。」
「それが聞きたかった。」
俺はそう言って将生を抱きしめた。
「俺も君に感謝しているんだ。君と初めて出会ったとき、結構思い詰めててさ、もう俺に幸せなんてこないかーとか考えながら、フラフラこのフェリー乗り場に来た。幸せそうな人たちを見てなおさら思ったね。でも将生くんが僕を地獄から救ってくれたの。君が俺に大切なことを教えてくれたんだよ。」
「僕、そんな大層なことしてませんって。大体、あなたがいなきゃ僕もここにいない。あなたのおかげでいろんな感情を知れたんです。僕の方こそ感謝してもしきれないです。」
「お、将生くん見ない間にちょっと大人になったね。」
「親戚のおじさんみたいなこと言わないでくださいよ。」
「俺がおとなの世界を見せたおかげかな。」
真昼間の観光地で男二人が抱き合う。これはこれで悪くない。
「じゃあ、今度は将生くんが俺を甘やかしてくれるんだよね?こどもの世界見せてくれるんだよね?」
顔がにやけているのが自分でも分かる。俺今どんな顔しているんだろう。
「ご要望があればなんなりと。」
将生が執事のように礼をするもんだから吹き出しそうになる。
「将生くんをただ見守りたい。ただそばにいたい。」
これはまるで告白だな。いや告白である。
「僕もです。どこか黙って遠くに行くのはもう無しですよ。」
ソフトクリームを食べに行きましょう!と将生が俺の手を引く。
恋というにはあまりにもあきりたりで愛というにはあまりにも僭越である。俺たちの関係はこれからどうなるのか。その答えを大人になりたい将生と子供になりたい俺で見つけていく。