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娘の“はじまり”の話:生まれて15分でNICUに入ったあの日

    ▼はじめに

    娘が生まれたのは、2016年の9月。
    でも、家族としての生活がはじまったのは、それから3か月後の12月でした。

    この3か月が、僕たちにとっての“はじまり”でした。
    命に関わる病気、長い入院、手術、そして制度との出会い──
    すべては、ここから始まりました。

    ▼娘の誕生

    2016年9月、娘は2,076gで生まれました。
    出産直前までは順調な経過で、特に心配もしていませんでした。

    ただ、通っていた産婦人科では出産ができなかったため、予定日が近づいてから別の病院に紹介され、そこで出産をすることになりました。

    そこで、はじめて異変が見つかりました。
    心臓に気になる点があると言われ、すぐに大学病院を紹介されました。

    精密検査の結果、「大動脈縮窄(だいどうみゃくしゅくさく)」が判明しました。

    心臓から出た直後の大動脈が細くなっていて、下半身への血流が足りない状態。

    血圧を上げようとしても、上半身の血圧が異常に高くなったり、逆に下半身がうまく循環できず、内臓にダメージが出る恐れがある。
    放っておくと1歳前後で亡くなってしまうケースもあると説明されました。

    幸い、うちの娘は出生前にこの病気が見つかったことで、出産後すぐに手術の準備が整っていました。

    ▼NICUと手術

    出産自体は大きなトラブルもなく、無事に生まれました。

    でも、娘と対面できたのはほんの15分。
    すぐにNICU(新生児集中治療室)へ運ばれていきました。

    生後5日目に、1回目の心臓手術。
    予定通りの流れだったはずが、そこで大きなトラブルが起きました。

    心臓の機能が弱まり、脳への血流が一時的に途絶えてしまった。
    「脳虚血」と呼ばれる状態です。時間にして15分ほど。

    右後頭部に脳内出血も見られましたが、どのような影響が出るかはまだわからない、と言われました。

    そして娘は、そこから1か月間、目を覚ましませんでした。

    その間、心臓が血液を十分に循環させられず、肺に血液が逆流してたまり始めました。
    結果、2度目の心臓手術を受けることに。

    毎日、NICUに通いました。
    特に土日は、朝から晩までNICUにいたような気がします。

    やっと目を覚ましてからも、母乳を飲む力が弱く、体重がなかなか増えず、NICUを出られたのは2か月以上経ってからでした。

    入院中にかかった医療費は、およそ1,500万円。

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    手渡された請求書

    請求書を受け取ったときは、本当に手が震えました。

    でも、最終的にはすべて税金による助成制度でまかなわれました。
    このとき、心から思いました。
    税金って、こうやって誰かの命を支えているんだなと。

    ▼そして退院

    退院後も、心臓の経過観察のため、年に一度は出産した大学病院に通うことになりました。

    最初は「毎年通うのか…大変だな」と思っていましたが、その後、てんかんなどで月に何度も通院するようになるとは、このときはまだ想像もしていませんでした。

    娘が生まれたのは9月。
    でも、娘が初めて“家に帰ってきた日”は12月でした。

    僕たちの家族としての生活はそこからようやくスタートしました。

    ▼最後に

    このときはまだ、娘の発達のことも、てんかんのことも、何もわかっていませんでした。

    でも、この“はじまり”があったからこそ、今の僕たちがあります。

    これからも「娘のことシリーズ」として、娘のこれまでと今を、少しずつ綴っていこうと思っています。

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