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競争社会から降りる事

    みり

    1月22日 気づき

    最近やっと、自分が世の中と比較して疲弊する事から解放された気がする。

    今までの自分は、何事も常に周囲と比較して落ち込むことが多かった。

    でも、snsを辞めてから顕著にその傾向は減ったように感じる。

    snsは素晴らしいツールだし、自分自身もインスタやX・TikTokで友達や推しの投稿を見る事が大好きだった。

    でも、おすすめ欄はいつも自分の興味あるジャンルのほかに、似ているジャンルでキラキラしている人・目立つ人を表示してくる。

    その人たちに嫉妬して、劣等感を感じて
    「自分はなんでこの人達みたいじゃないんだろう」
    「もっとイケメンでいられたら・お金があったら、どんなに幸せだろう」と外の世界に救い(?)を求めていた。

    でもそれは果たして自分が本当に叶えたい目標や、夢なのだろうか。
    ある日のsns疲れした日に考えてみた。

    そこで気づいたことは、自分は結局、資本主義社会の作り上げた虚像とシステムに踊らされていただけなんだなあと。

    この世に人間として生まれ落ちた時点から、持っている資質や能力、更には親の経済状況や国の情勢など、自分では決められないものばかり。

    それにもかかわらず世間は「個性」じゃなくて、
    「みんなと同じ土俵でいかに戦うのか」を常に問いてきているように感じた。

    だから自分は、思い切って捨ててみることにした。

    お金をいくら稼ぐとか、高級車に乗るとか、めちゃくちゃ美人と付き合うとか、タワマンに住むとかそんなのどうだっていい。

    大事なのは、大切にしなきゃいけないのは、
    自分の心がどうやったら踊って・喜んで・楽しんでくれるか。
    ここに尽きると感じた。

    そうしたら、日常の小さな幸せに気付けるようになった気がする。

    「今日も朝平和に起きられた」「今日も事故に遭わなかった」「今日もおいしいご飯が食べられた」その繰り返しで充分なんじゃないかなって。

    勿論、この社会のシステムの中で上を目指して頑張り続ける事の出来る人は凄いし、かといってそれが出来ないから凄くないとも思わない。

    単純に自分が何をしたいか・どう生きたいかをこれからも突き詰めていきたいなと思った。

    それが自分が少なくとも”今”思う、お金持ちになるとか、高級車に乗るとかよりもやりたい事なのだと。

    そして最後に、完全に資本主義社会の競争から降りたくないと思うのであれば、疲れたら”今は”一旦競争を休む。

    そういった意識をもって、肩を抜いて生きるだけでもだいぶ違うのかなって思ったり。

    生きるの大変な中、日々懸命に生きているだけでみんなすごいよなあと、休職した時や適応障害になった時に強く思ったという話でした。

     
     
     

    みり

     
     
    関東/26歳 日々を生き抜く誰かのためになりたい #雑記note 【経歴】 高1終わりに中退 →オーストラリアに約2年留学 →通信制高校卒業 →専門学校2校通い社会人に →適応障害を経験。最終的に4社経験 現在転職活動中💪

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