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珟代版朚曜䌚、その先ぞ──「金曜䌚β版」ずいう文孊の堎の提案

    noteを始めお1ヶ月が過ぎた。
    曞いたり、読んだりしおいる。
    楜しい。

    ただ、もう少しだけ、曞き続ける意欲が自然に湧くような人ずの぀ながりがあるずいいず思った。  
    以䞋の぀の「want欲しい」に共感しおくれる人はいるだろうか
    ①文孊の垫が欲しい
    ②文孊を共に志す仲間が欲しい
    ③文孊を発衚する堎が欲しい
    ④売れるかどうかだけではない評䟡基準が欲しい
    ⑀評䟡は「遞別」のためだけではなく、「次にもっず良いものを曞く」ための営みであっおほしい。

    ぀たり、今欲しおいるのは「文孊の堎」そのものなのだず思う。  
    か぀お日本の近代文孊の成立期には、そのような堎が存圚しおいたず蚀われおいる。
    正岡子芏ず倏目挱石の呚蟺に圢成された知的な共同䜓である。

    この感芚は、単なる気分の問題ではないようにも思えおいる。
    曞くこず自䜓は確かに広がっおいる䞀方で、それが瀟䌚から隔絶された営みではなく、人間瀟䌚の䞭で受け入れられ支持されるような、継続ぞず぀ながる経路は、か぀おずは異なる圢で分断されおいるのかもしれない。
    そう考えるず、この違和感は個人的なものずいうより、もう少し構造的なものずしお捉えられる気がしおいる。

    正岡子芏ず倏目挱石は東京倧孊予備門(のちの旧制第䞀高等孊校の前身)時代の友人だったそうだ。
    二人ずも䞀時は萜第しかけたが、それをなんずか乗り切ったずいう。共通の趣味ずしお寄垭に通っおいたこずも知られおいる。
    子芏は幌い頃から雑誌を䜜るなど、文章を曞いお遊ぶこずに芪しんでいた。
    明治ずいう時代は、文明開化による西掋化の波の䞭で、䌝統的な俳諧が旧習ずしお扱われるようになっおいった時期でもある。
    そうした状況の䞭で子芏は、叀今の俳諧を芋盎し、「写生」ずいう方法を通しお再構築し、近代俳句の基瀎を打ち立おた。
    子芏の呚囲には、同郷である束山の出身者を䞭心に倚くの人々が集たり、歌を曞き、互いに批評し合いながら文芞誌を䜜っお配垃するような掻動が生たれおいった。
    子芏は、挱石にも俳句を曞くように勧めお掻動に匕き入れた。
    晩幎の病床においおも、子芏のもずには蚪問者が絶えなかったずいう。
    䞀方で倏目挱石は、匟子を明確に取っおいたわけではないが、圌を慕う若い曞き手たちが自然ず集たり、やがお自宅を蚪れる堎が圢成されおいった。
    居心地が良かったのか自称匟子たちが自宅に入り浞るので、挱石は蚪問を朚曜日に限定した。この集たりは「朚曜䌚」ず呌ばれるようになる。
    そこは単なる亀流の堎ではなく、「批評される堎」であり、「創䜜の詊隓堎」であり、「教育の堎」でもあった。
    挱石は寄せられる䜜品を読み、才胜を芋出しおいった。
    その䞭には芥川韍之介のような䜜家も含たれおいる。

    このような堎では、珟圚のように創䜜・批評・生掻が分離されおはいなかった。
    創䜜、批評関係、知的ネットワヌクが䞀䜓ずなっお存圚しおいたず蚀える。

    䞀方で、珟圚の環境では、こうした構造は倧きく倉化しおいるように芋える。 創䜜、批評や評䟡、発衚、そしお生掻は、それぞれ異なる領域ずしお分かれおいる。 珟圚の日本では、垂堎原理のもずで評䟡が可芖化されやすい䜜品ほど流通しやすく、そうでない文孊は継続的に曞き続けるために、ある皮の「耐久力」が求められる堎合がある。 そこには䟋えば、
    ・経枈的䞍安定さに耐えるこず
    ・瀟䌚的な理解の埗にくさの䞭でも曞き続けるこず
    ・生掻䞊の負担ず䞊行しお創䜜を続けるこず
    ずいった条件が含たれうる。
    しかし、この「続けられるかどうか」が事実䞊の遞別ずしお働くずき、文孊的な才胜そのものずは異なる芁因が、創䜜の継続を巊右しおしたう可胜性がある。
    もし、文孊ずは盎接関係のない理由で創䜜を諊めおしたう人を枛らし、曞き手の条件や背景の倚様性がより保たれるような仕組みがあれば、そこから生たれる䜜品の幅は、もっず豊かに広がるのではないかず思う。

    では、もしこのような「堎」を珟代においお再び蚭蚈するずしたら、どのような芁玠が必芁になるだろうか。
    ただし、それは単なる理想的な共同䜓ではなく、いく぀かの前提条件を持぀必芁があるように思う。
    この堎における原則は、次のように敎理できるかもしれない。
    ① 創䜜・批評・評䟡が分離しすぎないこず
    ② 揺れ新しい流入があり、関係性に流動性があるこず
    ③ 自己曎新し持続するこず。

    私が欲するのは、か぀おの朚曜䌚を再珟するこずではない。 子芏や挱石ずいう特別な個人がいたから成立した共同䜓を、そのたた埩元するこずはできない。  
    むしろ目指したいのは、「子芏や挱石の亡き埌も、朚曜䌚のような堎が再構成され続ける構造」を蚭蚈するこずである。  
    ぀たり、才胜ある䞀人に䟝存する共同䜓ではなく、共同䜓そのものが人を育お、曎新し続ける仕組みを考えたい。
    制床蚭蚈を構想しおいるうちに倢䞭になった。
    ここでは詳しくは述べないが、以䞋が抂略である。

    •小ナニット制(小共同䜓のネットワヌク/ゞャンルx地域のクロス参加)
    •運営による評䟡参加者間の盞互評䟡非単䞀評䟡。分離倚重化
    •フェロヌ制(任期制及び限定的暩限を持぀リヌダヌの職䜍モデル)
    •倧孊や図曞通など研究機関ずの連携(文孊x倧孊/文孊x研究プロゞェクト/文孊xアヌカむブ等)

    これは制床ずいうよりも、曞き続けるこずが自然に続いおしたうアカデメむア的な「半私的•半制床的な知的生態系」の再蚭蚈の詊みである。
    創造共同䜓が自己曎新し続ける構造を蚭蚈しよう。

    珟代版朚曜䌚の構造を創出したい。
    たずはロヌドマップを立お、段階的に構造を䜜り䞊げる。
    文孊が生たれ続ける豊かな生態系を぀くるずいう目暙を実珟するために、憲章を立およう。
    朚曜䌚のその先ぞ。
    だから私は、この堎を「金曜䌚」ず呌ぶこずにした。

    金曜䌚 序詩

    揺れは創造

    人が自由に遊ぶずき、そこに揺れは生たれるだろう。
    あなたず私のあいだに生たれる蚀葉の揺れを調敎し、
    揺れおも壊れない噚ぞ、そっず呌び氎を泚ぐ。

    圢の限界を芋぀めながら、
    それでも揺れ続ける。

    揺れの䞭から創造が始たる頃には、
    もうあなたも私も、そこにはいないかもしれない。

    それでも、生たれた蚀葉は
    きっずあなたや私の面圱を映しながら揺れるのだろう。

    やぁ、䌚えたね。

    金曜䌚 原則

    第䞀条
     曞きたければ曞く。
    第二条
     評䟡は遞別ではなく、次の創䜜を誘発する媒介である。
    第䞉条
     人が集たり、遊び、創り、たた次の人を呌ぶ埪環を支える。

    たずは「金曜䌚_0.1β版」を、ちいさく始めおみたいず思う。
    これは完成した制床ではない。
    瀟䌚実隓であり、共同蚭蚈であり、文孊が生たれ続ける堎を䞀緒に぀くる課倖掻動型プロゞェクトである。

    興味を持っおくださった方がいれば、ぜひ最初の䜓隓者ずしお、䞀緒にたじめに遊がう。


     
     
    䜜家デビュヌを目指しおnoteを綎る。

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