ショートショート|生まれた日|シロクマ文芸部
男の家庭は、それなりに円満だった。
だがある日、生活をより快適にするため、「使った物は必ず定位置に戻す」という小さな約束を夫婦で作った。
それは平穏を守るための、ささやかなマナーという名のルールの誕生だった。
しかし、男はすぐに思い知ることになる。
「決まりごとが生まれる」ということは、同時に「違反」という概念がこの世に生み出されることなのだと。
それまで気にも留めなかったテーブルに出しっぱなしのハサミが、その日から「ルール違反」という明確な罪の証拠に変わってしまったのだ。
平和を求めるあまり、家庭内には次々と新しいルールが産声を上げた。
「靴下は裏返して脱がない」「水滴は拭き取る」「ため息をついて嫌な空気にしない」
良かれと思って生み出された規則たちは、家の中で急速に成長していった。ルールが生まれるたび、それを互いに監視する冷酷な目と、破られた時の苛立ちがセットで誕生した。いつしか家の中には、息苦しい緊張だけが満ちていた。
このままでは家庭が崩壊してしまう。男は妻に提案した。
「今までの決まりは全部やめよう。これからはお互い、一切の干渉や制限をしないというルールにしよう」
妻も安堵して頷き、二人は久々に微笑み合った。
だが、男はわかっていなかった。それが最も恐ろしい化け物が生まれた日であることに。
彼らは「相手を制限しているように見えてはならない」という、極めて曖昧で絶対的なルールを生み出してしまったのだ。
今、二人は不用意な言葉ひとつ発せなくなり、ただ無言で互いの顔色を窺うだけの完璧な平和を手に入れている。
(終)
こちらの企画に参加させていただきました。
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30分で書いて100スキ超えのショートショート作成術をまとめました。
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