優秀な人ほどコミュニケーションが少ないのはなぜか
仕事ではよく「コミュニケーションが重要だ」と言われる。
もちろん、それ自体は間違っていない。
しかしIT業界で長く仕事をしていると、少し逆の現象に気づく。
優秀な人が集まっているチームほど、むしろコミュニケーションが少ないのではないか。
ということだ。
コミュニケーションが多い=良いチームなのか
ある仕事を依頼したとする。
仕事ができる人なら、目的と前提を伝えるだけでかなりの部分を理解する。
資料を読み、自分で調べ、既存の情報から判断する。
分からないことがあったとしても、
「ここまでは理解しています。ただ、この条件だけ判断できません」
という質問になる。
一方、認識力や自律性に差があるチームではどうなるか。
「これはどういう意味ですか?」
「誰がやるんですか?」
「この場合はどうしますか?」
「それはどこに書いてありますか?」
説明しても、そこからさらに質問が発生する。
やがてSlackのスレッドが伸び、ミーティングが設定され、議事録が作られ、さらに認識合わせの会議が必要になる。
表面的には、後者のほうが「活発にコミュニケーションしているチーム」に見える。
しかし本当にそうなのだろうか。
優秀な人は「一往復」で仕事を終わらせる
仕事ができる人とそうでない人の違いは、会話しただけでは意外と分からない。
ある程度経験のあるIT人材なら、普通に会話しているだけでは大きな差がないように見える。
ところが、一緒に仕事をすると急激に差が見えてくる。
その一つが、
仕事を完了するまでに必要なコミュニケーションの往復回数
ではないかと思う。
5往復必要な人。
2往復で終わる人。
ほとんど説明しなくても終わらせる人。
これは単純な「コミュ力」とは少し違う。
理解力、経験、推論力、情報探索能力、相手の意図を読む力、先回りする力などが複合的に現れた結果だ。
だから優秀な人同士では、会話そのものが減っていく。
QAをやっていると、この問題がよく見える
この現象はQAをしていると非常によく分かる。
仕様書を確認していて、
「この条件について記載がない」
「この場合の挙動が定義されていない」
「Aの場合は書かれているがBの場合がない」
という問題が大量に出てきたとする。
QAは質問する。
仕様作成者が回答する。
回答から新しい疑問が生まれる。
再びQAが質問する。
場合によっては開発者も参加する。
これを「QA・開発・企画が密にコミュニケーションして品質を高めている」と評価することもできる。
しかし、別の見方もできる。
本来仕様を作る段階で完了しているはずの思考を、QAとのコミュニケーションによって後工程で補完しているだけではないか。
もし最初から十分な仕様が存在していれば、そもそも発生しなかったコミュニケーションだからだ。
コミュニケーションには二種類ある
ここを分けて考えたほうがいい。
一つは、
答えを作るためのコミュニケーション。
新しい機能をどう設計するか。
どんなUXがいいか。
技術的な制約とビジネス要求をどう両立するか。
こうした問題には最初から正解が存在しない。
だから優秀な人が集まっていても議論する価値がある。
もう一つは、
本来存在するはずの答えを探すためのコミュニケーション。
仕様が書かれていない。
担当者が分からない。
決定事項が共有されていない。
資料を読んでも意味が分からない。
同じことを何度も説明する。
こちらは少ないほうがいい。
「コミュニケーション能力が高い」の意味
そう考えると、コミュニケーション能力という言葉についても少し見方が変わる。
たくさん話す人がコミュニケーション能力の高い人なのではない。
少ない情報交換で、お互いの認識を一致させられる人のほうが、本当の意味でコミュニケーション能力が高いのではないか。
優秀な人は、一回の発言に必要な情報を入れる。
相手が次に疑問に思うことを予測する。
前提条件を書く。
曖昧な部分を明示する。
必要なら判断材料まで添える。
だから5往復の会話が1往復で終わる。
結果として、優秀な人が集まったチームは静かになる。
コミュニケーションが不要なのではない。
コミュニケーションコストが低いのである。
これは「コミュニケーションが重要」という言葉とは矛盾しない。
むしろ逆だ。
コミュニケーション能力が高い人たちが集まっているからこそ、コミュニケーションの量を必要としない。
仕事をしていて感じる「優秀な人たちとはなぜか仕事が楽だ」という感覚の正体の一つは、ここにあるのかもしれない。
