
発達障害(ADHD)に対して知っておきたい2つの幻想
発達障害…この言葉そのものを知っている人は多いと思います。
ただ、深い理解をしている人はどれほどいるでしょうか?
言葉だけではなく、かくいう私の周りにも、「自分はADHDだと思う」という人そのものが増えてきました。
まず息子。大学生の時にそう言い出して、とてもとても悩んでいた時期があり、恥ずかしながらその頃まだまだ知識がなく無理解だった私とぶつかったりもし、悲しい思いをさせました。あとでものすごく反省した私です。
そして娘。娘も昨年、ADHDの詳しい検査をしたようです。
確定診断は出ませんでしたが、一部傾向がある、という結果でした。
他にも、親戚の娘さんも「自分はADHDだと思う」と言っているようで、友人の息子さんもアスペルガーであったりもします。
ちなみに「アスペルガー障害」は現在では、「自閉性障害」「特定不能の広汎性発達障害」「小児期崩壊性障害」と共に4つを合わせて1つの疾患とみなすようになり、「自閉症スペクトラム障害(ASD)」と呼ばれるようになっています。
無知だった私は今、心理学を専攻している大学で、今学期『障害者・障害児心理学』の授業をとっていて、そこで学んだことを通して、とても大切で印象深かったことを今日は伝えたくて記事にします。
今日の記事は次のような方々に向けています。
・ADHDの方とそのご家族
・発達障害かもしれないと思っている方、グレーの方
・発達障害の人が周りにいる方
・発達障害をよく理解していない方
発達障害(ADHD)について
厳密にいうと、『発達障害者支援法』において「発達障害」とは、先にあげた「自閉症スペクトラム障害」「学習障害」と「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」をすべて含んでいます。
今日の話は主に、自分はADHDなのでは?と思っている方も含めるといちばん多い「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」についてが中心です。
ADHDは、遺伝的な要因がその8割を占めているともいわれています。
ということは、
うちの娘や息子にもその特性があるのなら、私か相方、もしくはその両方にもその特性があるかもしれないということ。
私自身は自覚してきませんでしたが、もしかしたらあるかもしれないです。特性が。
そもそもADHDの原因は脳の中枢神経系に何らかの機能不全があると推定されていますが、推定です。今のところ、明確な原因は不明です。
はっきり言えることは、ADHDは生物学的な要因によって生じるもので、親の育て方や生育環境に起因するものではないということ。
ただ、周囲の無理解など社会的要因や心理的要因で問題が深刻化したり、二次的な影響が出たりすることもあるので、もし子どもがADHDの場合、親は自分を責めてはいけないけど、目をそむけたり耳を塞いだりしてもいけない、ということです。
大切なことは、ADHDをネガティブにとらえることも否定する必要もない。そこには2つの幻想があり、幻想に惑わされず受容することです。
2つの幻想
1. 「障害」の幻想
私(家族)には障害がある、と「障害」と受け止めることで、
「普通ではない」「人生がダメになった」と、
「有」か「無」かの幻想にとらわれ、「全てが無」になるとの畏れが出てくる。
でもこれは幻想である。何も失われてはいない。
そもそも「障害」の言葉の意味とは?
「ものごとの達成や進行のさまたげとなること、もの」である。
つまり、障害を持っている、というよりも、
周りの環境が「障害になっている状態」、
すなわち障害とは「人ではなく、環境の側にある」ということである。
2. 「普通」の幻想
「健やかさ」=「普通」。
これは「普通」の、「健やかさ」の幻想である。
子どもでも大人でも、みなそれぞれ成長の幅があり、
発達の偏りがあり、遅れもある。
その幅や多様性を無視して、典型的な健やかさを「普通」と捉えると、「障害」は「普通じゃない」となってしまう。
「普通」も「健やかさ」も幻想!
私も「普通は…」という言葉が大嫌いです。
「普通」の定義なんて、どこにもないと思うのです。
障害があっても楽しみを持って生きる人もいれば、
障害がなく普通と思っていても、苦しんで生きる人もいる。
要は「障害」とか「健やかさ」とか「普通」とかいう幻想に縛られず、
自分が自分であることが重要なのです。
凹凸は誰にでもある
何かしらで、レーダーチャートって見たことあると思います。
複数の項目を蜘蛛の巣状に可視化したもので、スパイダー(蜘蛛の巣)チャートなどとも呼ばれる、以下のようなものです。

今これは適当に点を入れて結んでいますが、発達障害、発達特性とは、このような各人固有の凹凸です。
でもこれは、発達障害などに関わらず、誰もが凹凸になるはずです。
ブルーのラインが綺麗な円になる人などいません。
誰にでも凹凸はある。得手・不得手がある。
凹んでいる部分もあれば、逆に突出した個性もあり、平均的なところもある。
つまり、「発達障害」とは「発達特性」なのです。
「個性」「特性」なのです。
まとめ
とはいえ、
とはいえです。
ADHDの本人や、その家族、またはADHDかもしれないと思っている当事者にとっては、とてもナーバスな問題であり、深刻な悩みになっていたり、実際に問題を抱えている場合もあります。
また、今とっているもう一つの授業に『神経・生理心理学』というのがあり、そこでは「発達障害」を「神経発達症」ともいい、確かに神経・生理学的知見では、脳の実行機能障害や報酬系の障害など、神経系の機能不全は認められています。
それでもあえて言いたかった。
「特性」であると。
そして私がこの記事でいちばん伝えたかったことは、
「幻想に惑わされないで、障害に対処できる環境を選ぶことと、自分の凹んでいる部分よりも特性を活かす方にフォーカスしてほしい」ということですが、それでもその具体策や深刻化している場合は、医師だったり、専門家に頼ることももちろん大切です。
そこで最後に一冊の本をご紹介しておきます。
『ADHDコンプレックスのための“脳番地トレーニング』という本で、
1万人もの脳MRI画像を見てこられた加藤 俊徳さんという脳内科医の先生が書かれたものです。
脳の機能を「脳番地」と称して8つの系統に分類し、それぞれの脳番地に苦手と感じる人の特徴や、それぞれに対する「処方箋」(対処法)が示されています。
自分の脳番地、系統を知り、コンプレックスや妨げになっているところを知ることによって、自分の「特性」を理解し、また周囲に知ってもらい、苦手や妨げになるところは対策を考え、得意なことはどんどん活かしていく。
自分の特性とうまく付き合っていくことを後押ししてくれる本だと思います。
「発達障害」が「発達特性」と呼ばれる日も近いのでは?と個人的には思っています。
あとがき
年末、関西から帰省していた娘が帰る時に、『ADHDコンプレックスのための“脳番地トレーニング"』の本を貸しました。
もしかしたら、うちの猫が粗相?したかもしれない“シミ"付きの本を。
「たぶんオシッコじゃないよ〜」と、あいまいに笑ってごまかしながら娘に手渡す、なんともテキトーな親です💦
最後までありがとうございました。